第741話
アーネスト達は、飛空艇で海の上を進んでいた
ここはエジンバラから、西に暫く進んだ海上になる
今のところは、魔物の姿は見当たらなかった
しかし先ほどの、ワイバーンの件もある
ファリスは油断なく、レーダーの反応を確認していた
艦橋内に、不意にファリスの声が響いた
それはアーネストとイチロが、言い争いをした少し後だった
イスリールに睨まれて、二人は不満そうに黙っていた
そのタイミングで、ファリスが声を上げたのだ
「し、島陰が!」
「島だと?
魔物は?」
「まだレーダーの端で…
5…10…
確認出来るだけで、32体の魔物の反応があります」
「32体…
ワイバーンか?」
「分かりません」
「アーネスト
一旦船を停めろ」
「え?
ここでか?」
「ああ
魔物にはまだ、気付かれていない」
イチロはアーネストに指示して、飛空艇を停めさせる。
「どうする?」
「どうするとは?」
「ここでなら騎士の力量を試せるのではないか?」
「それは…」
「駄目です!
今は一刻を争う時なのです
こうしている間にも、魔物は妖精の国へ侵攻しています」
イチロはアーネストに、騎士に戦ってみせろと言う。
しかしイスリールはそれは駄目だと言っている。
「オレは反対だな」
「何でだ?
魔物がワイバーンなら、そのまま弩弓で狩ってしまうが?」
「そうじゃない!
今は妖精の国へ向かうべきだ」
「怖いのか?」
「挑発しても無駄だ
オレは妖精の国へ向かうべきだと思う」
「ふむ…
それならそうするか」
アーネストが反対すると、イチロはあっさりと了承した。
「へ?」
「何だ?」
「いや
もっと色々と言って来ると思っていたが…」
「ああ
お前が賛成したら、そこは考えていたさ
急ぐ旅だしな」
「はあ?」
イチロはそう言うと、ファリスの方へ向き直る。
「魔物に気付かれずに進むには?」
「南に躱しながら進むのが良いかと
それに見付かっても、この飛空艇の速度なら…」
「そうか
アーネスト
進路を南へ変更してくれ」
「良いのか?」
「あん?」
「魔物を倒さなくても良いのか?」
「おいおい
イスリールも言っていただろう?
急ぐ旅なんだ」
「しかしさっきは…」
「あれはお前を試したんだ
すまなかったな」
「試すって…」
「どこまで覚悟出来ているか…
少なくとも、お前は単純に人数を増やす為に騎士を乗せていない
それが分かった」
「な!」
「イチロ!
これはイチロが悪いよ
キチンと説明して」
「あ…」
イチロは少し考えて、口を開けた。
「お前は騎士達を信じているよな」
「当然だ!」
「しかしオレ達は、その騎士の力量を知らない」
「それは仕方が無いだろう?
試す機会が無いんだ」
「だったらどれほど、お前が彼等を信じているか…
そしてお前が、どこまで覚悟を決めているか確認する必要がある」
「それはこのまま妖精の国へ向かっても、騎士達は最期まで戦うつもりだ
それにオレも、そのつもりで彼等を連れて来ている」
「それを示す手段は?」
「え?」
「それを確認する為に、お前の気持ちを確認した
ここで魔物に向かって行くなら、その程度の覚悟だ
騎士達が戦えたとしても、果たしてお前達が、本気で妖精の国を救いに行く気か…」
「それは…」
「だがお前は、目の前の功名心よりも、妖精の国を救う方を選ぶという
それならば、オレもお前を信じるしか無いだろう?」
「そんな…ものなのか?」
「ああ
信頼ってものは、言葉よりも態度が重要だ」
「それをお前が言うか?」
イチロは、確かに色々と考えているのだろう。
しかし言葉にしないので、アーネストには伝わっていなかった。
態度で示せと言うが、それはイチロも同じ事だろう。
イチロの態度に、アーネストは目を細めて睨み付ける。
「まあまあ
これはイチロが悪いよ」
「そうよ
私達じゃ無いんだから
アーネストにイチロの気持ちが分かる訳無いでしょう?」
「そんなんだから誤解されるのよ」
「それは…」
「さあ
謝って!」
「え?
いや…」
「謝りなさい!
イチロが悪いんだから」
「すまなかった」
イチロはここで、もう一度頭を下げてアーネストに謝る。
ここでアーネストも、イチロが一時の感情で動いていないと納得する。
本当に色々と考えて、アーネストを信用出来るか試していたのだ。
その事には腹が立つが、素直に謝罪している以上、これ以上怒るのも良くない。
アーネストも大人の態度で、素直に謝罪を受け入れる事にした。
「そういう事なら…
オレも言い過ぎて悪かった」
「はい
これでこの件はもうお終い
さっさとこの場所を抜けるわよ」
「そうよ
時間はあまり残されていないんだから」
「ああ
南に向かって島を迂回するんだな」
「ええ
マーカーを出すからそれに従って進んで」
「分かった」
ファリスやアイシャの指示を受けて、アーネストは再び飛空艇を進める。
このまま進んでは、魔物が居る島に近付いてしまう。
そうなると、魔物との戦闘は避けられないだろう。
それよりは見付かる前に、迂回して進んだ方が安全なのだ。
飛空艇の進行方向に、進むべき起動が表示される。
アーネストはそれに従って、飛空艇を南に向けながら進める。
多少の時間のロスはあるが、魔物と戦闘するよりはマシだった。
魔物と戦闘すれば、それだけ時間を余計に使ってしまうだろう。
「魔物には気付かれていないか?」
「青い光点
依然、気付いていないわ」
「よし
このままこの海域を抜けるぞ」
飛空艇はそのまま、南寄りの進路を進む。
そうして数分も経たずに、飛空艇のレーダーから島の陰が消えた。
これで魔物も、さすがに飛空艇を追って来ないだろう。
後はこのまま、暗黒大陸に向かうだけだ。
「順調に進んでいるが…
どのぐらい掛かりそうだ?」
「そうね…」
「地図を出しましょう」
イスリールがパネルを開き、立体映像を映し出す。
そこには世界の地図が描かれ、飛空艇の位置も光点で示される。
「今は大体…
海の半分ぐらいか」
「そうね
このまま進んでも…」
地図の光点が移動すると、地図の周りが薄暗くなる。
「大陸に着く前に、もう一度夜になるわね」
「それは仕方が無いだろう
進めるだけ進むだけだ」
「このペースなら、あと4日ほどで妖精の国の上空へ辿り着けます」
「4日か…
間に合いそうか?」
「それは…」
「イスリールには、向こうの情報を閲覧する権限が無いのよ
魔物の侵攻具合は分からないわ」
「精霊は?
精霊もその妖精の国に居るんだろう?」
「今は無理よ
精霊も交信を断っているわ
今話せるのは、独立した下位の精霊だけよ」
「それじゃあ向こうの様子は…」
「さすがに下位の精霊では、そこまでの情報は持っていないわ」
「そうか…」
ミリアも精霊と交信して、情報を得ようとしていた。
しかし交信に出て来るのは、下位の精霊しか居なかった。
ある程度上の精霊は、みな妖精の国へと向かっていた。
そしてそことは、今では交信が出来ない状態だった。
「交信が出来ない状況となれば…
攻め込まれている可能性も高いな」
「そうね」
「だけど、まだ戦っていない可能性もあるわよ」
「どの道交信出来ないぐらいだ、状況は悪いのだろう」
「そうね
最早攻め込まれていると、考えておいた方が良いでしょう」
下手に希望を持つよりは、最悪を想定しておいた方が良い。
この場合では、既に魔物が攻め込んでいるという状況だ。
イチロ達は最悪を想定して、いつでも戦える様に準備をしている。
そしてアーネストも、操舵を握る手に力が入っていた。
「エルリック?
顔色が悪いぞ?」
「あ…」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ…」
「そうね
大陸は違うけど、彼にとっては同じ妖精の仲間ですもの」
「そうか
気が回っていなかった
すまない」
「謝らないでください
それにまだ、絶望的って訳じゃありません」
「エルリック…」
エルリックにとっては、再び同族の国が滅びようとしている。
それも妖精の国には、世界樹も現存していた。
エルリックの国が滅びた時、その世界樹も破壊されていた。
世界樹はハイエルフにとっては、大切な国の象徴でもある。
「ミリア
あなたは大丈夫なの?」
「そうね
ショックが無いかと言われれば、正直疑問だわ
私にとっては、その国は関係無い国だもの」
「ミリア?」
「でもね
私が眠っている間に、私の子供達も殺された訳よね?
エルリックやイーセリアだっけ?
生き残りがいるからまだ良いけど…」
「あ…」
「そうか
エルリック達は子供に当たるのか…」
「え?」
「アルフェリア…
私の娘が作った国なのよね」
「まさか?」
「そうよ
私の曾孫に当たるのかしら?」
「ええ!
こ、この方が?」
今まで気付いていなかったが、エルリックにはミリアの血がながれているのだ。
そしてエルリックの居た王国は、ミリアの娘が作った王国だった。
だからミリアにとっては、そっちの方がショックが大きかった。
しかし今まで我慢していたのは、封印をされていた間に世界が大きく変わっていたからだ。
「まだこの世界に…
関心を大きく持てないのよね」
「そうなんだよね
私達ってさ、封印されていたのよね
その間に随分と、世界も変わっていたから」
「そうね
ひょっとしたら、あのドワーフの中に私の子供達が居たかも…」
「チセ
あなたはまだ、子供は居ないでしょ?」
「てへへへ…」
「あなた達の子供?
そんな者達が居たのか?」
「ええ
アイシャとミリア、ファリスには子供が居たわ」
「イスリールに預けていたからな
その後はどうなったか知らない」
「ただしアルフェリアは、私の娘が作る筈だった国名よ
そうよね?
イスリール」
「ええ
エリアネーゼは確かに、アルフェリアを作りました」
「他の子達は?」
「セリオンは獣人の国を作りましたが…
界の女神の企みだったんでしょうね
人間と激しく交戦して…」
「え?
それじゃあ…」
「今では獣人達は、アース・シーでは隠れ住んでいます」
「神殿の側の集落は?」
「あれもその一つです
しかしアイシャの血を受け継いだ者は、生きているのかどうか…」
「そうか…」
「分からないのね
そう…」
「アイシャ…」
アイシャの子供達も、今ではどうなっているのか分からない。
ひょっとしたら、集落の獣人の中に居たかも知れない。
しかしそれも、女神には把握出来ていなかった。
肝心の権限を持っていた、茨の女神は眠りに着いていた。
その間に、彼等がどうなったのかは分からないのだ。
「もしかしたら、その辺もその女神なら知っているかもな」
「え?」
「だってずっと、女神の権限を奪おうとしていたんだろう?
それで随分と、暗躍もしていたみたいだし」
「そうですね
ファリスの娘も…
こちらは名前も決まっていませんでしたよ?」
「いや…」
「名前は与えていたんだ
アズライールとジブリールって…」
「しかし記録が残されていません
それに翼人族は、アース・シーでは生き残っては…」
「そうか…
どうなったかは分からないか」
「ええ」
翼人である、ファリスの子供達は行方不明であった。
アース・シーでは、翼人は禁忌とされていた。
ファリスとその子供だけは、女神が認めて生きて行けた。
しかしファリスが封印されてからは、その消息は不明となっていた。
こちらももしかしたら、界の女神が関わっているかも知れない。
「イチロ…」
「よし!
その界の女神とやらを締めれば、オレ達の子供の事も分かるかも知れない」
「そうね
私の子供がどうなったのか…」
「私の子供達…
許せない!」
「ああ
キッチリ締めてやらないとな」
アーネストは心配していたが、それは無用だった。
イチロ達は既に、女神を倒して聞き出そうと新たな目標を定めていた。
それで落ち込むどころか、さらに気合が入っていた。
この性格も、イチロが勇者として選ばれた所以なのだろう。
後ろ向きにならず、常に前を向いて進んで行ける。
それはギルバートにはない、強い心の芯を持っているからだ。
「気合が入っているのは分かるが、今日はもうそろそろ…」
「え?
もう?」
「そうね
日が翳り始めたわ」
「早いな…」
「そうは言っても、既に半日以上飛んでいるぞ」
飛空艇での移動は、ほとんど何事も無く進んでいた。
それで時間の進みが、早く感じられていたのだろう。
しかしそろそろ、海を照らす日は赤くなり始めていた。
「レーダーの端に、島陰を発見」
「島陰か…」
「大陸では無いんだな?」
「ええ
島陰というか…
島の集団?」
「ん?」
「まさか?
ここにも日本列島があるのか?」
「イチロ
似た様な地形はあっても、それは必ずしも同じでは無いぞ」
「分かっている
分かっているが…」
それは島と言うには、些か大きな物だった。
エジンバラに近い大きさの、島が幾つか集まった場所だった。
そしてその島には、生命反応が示されていた。
「恐らくは魔物では無く、人型の者です」
「人間…だよな?」
「詳細は分かりませんが…
多分…」
「おい!
イスリール!」
「分からないと言っているだろう?
そもそもここは、暗黒大陸の圏内だ
私には閲覧の権限は無い」
「しかし…」
「それに地形を見てみろ!
あれはその…
お前が言う日本とやらに見えるか?」
「いや…
確かに違う」
「そうだろう?
似た様な島国は、他にもあるかも知れない
たまたまこの場所にあっただけだ」
「そう…だな」
イチロは明らかに、動揺している様子だった。
「イチロ
どうするの?」
「アーネスト
離れた場所に停めてくれ
見付かったら騒ぎになる」
「そうだな…」
アーネストは住民に見付からない様に、島国から少し離れる。
それから何も無い場所に、飛空艇を停泊させた。
まだまだ続きます。
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