第740話
飛空艇エリシオン号は、エジンバラの南西の海の上に停泊していた
夜間は少し、風が吹いていた
しかしエリシオン号には、自動で現在地を修正する機能も備わっていた
自動で重力ジャイロを使って、微調整を続けていた
外で冷たい風が吹いても、飛空艇内には吹き込んで来ない
それどころか、船内は魔法の木材のお陰で暖かかった
それで船内に居た者達は、ゆっくりと休んでいた
そして夜明けの少し前まで、何事も無く過ごせていた
「む…」
最初に異変に気付いたのは、機能停止をしていたイスリールだった。
彼女は異変に気付いて、静かに身体を動かした。
ヴーヴーヴー!
艦橋では魔物の接近を感知して、警報が鳴り響いていた。
イスリールはその音に気が付き、みなを起こす事にする。
伝声管を使って、各部屋に伝わる様に声をだす。
イチロ達も今頃、就寝しているからだ。
「起きろ!
魔物が接近しているぞ!」
「何!」
「にゃああああ
ま、まもにょ?」
「早く!
艦橋に戻るわよ!」
イチロ達は慌てて、警報の鳴る艦橋に向かって駆け出した。
ハイランド・オークや騎士達も、身支度をしながら持ち場に戻る。
みんなこんな時だからこそ、眠る時にも装備を身に付けたままだった。
だから起きだすと、すぐさま持ち場に向かう事が出来た。
警報は聞こえなかったが、伝声管は船内のあちこちに繋がっている。
騎士達も起きだして、船倉の中で支度を始めていた。
彼等は船上での戦いの経験が無いので、船内で待機する事になる。
彼等が活躍する場は、この先の事なのだ。
「魔物の数は5体!
恐らくワイバーンよ!」
「翼竜か!
こちらに向かってるか?」
「気付いていないみたいだけど…
近付いて来るわ」
「迎撃態勢を取れ」
「任せて」
「こっちも良いわよ!」
ここでチセから、魔物の討伐に対して提案が出る。
「アイシャ
出来れば引き付けてから倒して」
「え?」
「ミリアの攻撃だと、そのまま海に落ちてしまうわ」
「でも…
危険じゃない?」
「魔物の大きさからみて、レッサーワイバーンみたい
このまま倒すよりも、なるべく引き付けて落として欲しいの」
「落とすって…」
「翼を撃ち抜いて、甲板に落として欲しいの」
「甲板に?
どうする気だ?」
「ハイランド・オーク達に倒してもらうの
そうしたら素材も回収出来るわ」
「なるほど
ハイランド・オーク達の訓練にもなるか…」
「そういう事」
そのまま倒したのでは、ここは海の上なので、海の中に落ちてしまう。
そうすれば倒しても、素材を回収する事が出来ない。
それに甲板に落とせば、甲板でハイランド・オーク達が倒す事が出来る。
ここで甲板で戦う訓練を、行える事は大きかった。
「騎士達には悪いけど、彼等は地上で戦うからね」
「ハイランド・オークには甲板で戦ってもらう必要があるか」
「慣れてもらわないと」
「よし
ハイランド・オークの諸君は、甲板で待機しておいてくれ」
「分かった」
「魔物の数は少ないんだろう?
連携の訓練もして良いか?」
「ああ
存分に訓練してくれ」
「了解した」
ハイランド・オークは半数の、10名が甲板で待機する。
撃ち落とされた魔物なら、この数でも何とかなるという判断だ。
そして残りの10名は、後方で待機して様子を見る。
前衛が苦戦しない限りは、彼等は後方で待機となる。
「アイシャは翼竜の翼を狙って」
「翼を?
難しいわよ!」
「アイシャなら出来る
翼を撃ち抜いて、甲板に落として頂戴」
「簡単そうに言わないでよ…」
飛空艇には、全部で24基の弩弓が設置されている。
左右両舷に8基ずつ、そしてメインマストとサブマストの周りに2基ずつ設置されている。
この船にはマストも設置されていて、帆も張る事が出来る様になっている。
海上に降りて、帆船として偽装する為のマストを設置しているのだ。
艦橋の上にメインマストがあり、その両脇に艦橋を守る様に2基の弩弓が置かれている。
そしてその前に2本と、艦橋の後ろに1本のサブマストを設置している。
帆船にしては数は少ないが、帆は大きな物を2枚ずつ張れる様になっている。
このサブマストの下にも、左右に2基の弩弓が設置されていた。
「魔物が5体だから…
4基ずつ狙えるわね」
「近付けば、照準も狙い易くなるわ
よく狙って撃って」
「もう!
難しいのよ」
「今から慣れてないと、本番では魔物の群れを狙うのよ」
「分かってるわよ!」
アイシャは愚痴りながらも、素早く弩弓と魔物をタップする。
そうして照準を魔物に合わせてから、翼の上を狙う様に調整する。
そのまま翼を狙うよりは、上めに狙った方が的確に射抜けるからだ。
弩弓の矢は大きいので、当たっただけでも大きなダメージを与えられるだろう。
「気付かれたわ!」
「まだ何かあると思っただけだろう?」
「そうね
敵性反応は出ていないわ」
魔物の光点は、未だに青い光点のままだった。
これは魔物が、まだ敵と認定していないからだろう。
怪しい物が見えたので、偵察として見に来た様子だった。
ワイバーンはゆっくりと近付き、飛空艇の真上に差し掛かる。
「後少し…
10…上に来たわ」
「発射!」
バシュシュシュ!
アイシャがパネルをタップして、一斉に弩弓から矢が放たれる。
弩弓は弾の補充に、約5秒ぐらい掛かる。
しかし矢筒が設置されているので、連続して20発まで撃てる様になっている。
空になる前に補充すれば、続けて発射出来る様になっているのだ。
「命中!
甲板に落ちるわ」
「よし!」
「やったわ
ハイランド・オークさん」
「任せておけ!」
「うおおおおりゃああああ」
「ふん!」
ハイランド・オーク達は、甲板に落ちて来るワイバーンに攻撃する。
不意を突かれて射抜かれたので、受け身を取る事も出来ない。
そのまま落下した先で、ハイランド・オーク達に首や胴を切り裂かれる。
中には弩弓の上に落ちて来た者もいたが、ハイランド・オークは器用に叩き切る。
そうして弩弓に当たらない様に、魔物は甲板の上で葬られた。
「光点が消えたわ
魔物は全滅よ」
「よし
素材を回収する為に船倉に仕舞ってくれ」
「イチロ!」
「ん?
しかしレーダーを見る者が居なくなるぞ?」
「私とエルリックが見ているわ」
「任せてくれ」
「分かった
チセは解体に向かってくれ」
「うん♪」
魔物を解体する為に、チセは艦橋を出て行った。
「なあ
魔物は他に居ないのか?」
「そうね」
パチ!
パチ!
ファリスがレーダーを弄って、周囲に魔物が居ない事を確認する。
「恐らく群れから、偵察に出ていたんでしょうね」
「群れが居るのか?」
「確認した限りでは、近くには居ないわ」
「そうか」
「今の内に食事を用意しておくわ」
「そうだな
そろそろ朝食の時間か…」
「騎士達にも声を掛けておく」
「ああ
頼む」
アーネストは伝声管を使って、騎士達に食事の手伝いをする様に伝える。
「すまないが、朝食の準備を手伝って欲しい」
「オレ達がですか?」
「私達は自慢では無いですが…」
「あまり料理は得意ではありませんよ?」
「食材を洗ったり切ったりするだけだ」
「それなら…」
「手伝います」
「食堂は無いが、キッチンがその上の階にある」
「分かりました」
騎士達は鎧を脱ぐと、手伝いをする為にキッチンに向かう。
朝は魔物の肉を焼いて、サラダとパンを用意していた。
騎士達は肉を切ったり、野菜を洗う手伝いをする事になる。
サラダや肉の味付けは、アイシャが一人で行っていた。
「さて
アーネストはどうする?」
「このまま動かないだろうが、念の為に暫く居るよ」
「そうだな
魔物が接近してくれば、移動する必要もあるだろう」
「イスリールが報せてくれて助かった」
「私は警報を聞いて、報せただけだ
それよりもこんな場所で、誰一人歩哨も立てないのは不用心だぞ?」
「そうだな
さすがにすぐに見付かるとは思わなかったな」
「ああ
しかし見張りを立てない事には、オレも賛成していた
油断していたな」
「今後は眠りに着く時も、見張りは立てておくべきだな」
「ああ」
空には空の、脅威となる魔物が生息している。
海上に居た事で、イチロも周囲には居ないと判断したのだ。
しかし魔物は、何処かに住処でもあるのだろう。
偵察に出ていた魔物も、レッサーワイバーンと少し小型の翼竜だった。
これは魔物の住処が、ここからそう遠くない場所にある証拠だろう。
「あまり大きく無かったよな」
「ん?」
「チセはレッサーワイバーンと言っていた
つまり小型の翼竜だ」
「それが何か?」
「小型という事は、この近くに巣がある訳だ」
「まさか?
ここは海の上だろ?」
「ああ
だからこそ油断したんだがな
こうなってくると、この付近に島でもあるんだろうな」
「そこに翼竜の巣が?」
「ああ
恐らくな」
「進路上で無ければ良いが…」
魔物は大型で無いので、そんなに長距離の移動は出来ない筈だ。
そう考えれば、そう遠くない場所に巣がある筈だ。
魔物に見付かっていなかったのは、幸運と言えるだろう。
このまま無事にやり過ごせれば、問題無く進める。
しかし問題は、その魔物が住む島が近くに在るという事だ。
「まあ、今考えても無駄か」
「そうだな
朝食を食べてから出発だろう?
その時に注意しながら進むしかないさ」
「そうだな…」
二人の話を聞いて、ファリスは念の為にレーダーを操作する。
しかしレーダーの有効範囲内では、島の陰は見付からなかった。
アーネストの言う通り、近くには島は無いのだろう。
後はレーダーに注意して、哨戒している魔物に気を付けるしか無いだろう。
「エルリック
食事は交代で向かうわよ」
「ん?」
「また偵察が来るかも知れないわ」
「そうだな
それなら先に向かってくれ
私は後でゆっくり食べるよ」
「良いの?」
「ああ」
エルリックはそう言って、レーダーの前に移動する。
今は何も映っていないが、それは海上に出ているからだ。
魔物が近付けば、再び光点が映し出されるだろう。
エルリックはレーダーの見える、席に腰掛けて見張っていた。
食事は順番に向かい、一行は食事を無事に済ます。
魔物もこの時間は、あまり哨戒には出ないのだろう。
しかし仲間が戻っていないのだ、いずれ次の偵察が来るだろう。
食事が終わった事で、アーネストは舵を握り締める。
「さあ
出発するぞ」
「エネルギー充填率は問題無いわ
周囲の魔力と、先ほどの魔物の魔力で補充出来ているわ」
「よし
エリシオン号発進」
「発進」
アーネストは舵を操作して、ゆっくりと飛空艇を進める。
レーダーはファリスが代わり、エルリックは食事に向かっていた。
チセは魔物を解体すると、そのまま工房に籠っていた。
まだ騎士の装備が、半分も出来上がっていないのだ。
「チセは工房か?」
「ええ
騎士達の武器や防具を作っているわ」
「騎士の…ね
役に立ちそうか?」
「そうね
魔力は並みよりも低いかな?」
「しかし戦闘経験はあるんでしょう?」
「並みの魔物ならな
しかしどんな魔物が現れるか分からないぞ?」
「だから装備を一新しているんでしょう?
少しは信用しましょう?」
「そう…だな」
イチロからすれば、人間の兵士は弱くて当てにならなかった。
それは人間が、伸びしろはあるが基礎能力が低かったからだ。
鍛えれば確かに、それなりに戦える様になる。
しかし寿命も短いので、戦える様になる頃には全盛期を過ぎようとしていた。
彼はそうした経緯で、多くの人間の兵士が亡くなる光景を見て来た。
しかしそれは、当時の兵士が主に奴隷だった事もある。
職業軍人は、彼の居た頃には少なかったのだ。
今の騎士は、職業軍人として毎日の様に戦っていた。
そして奴隷と違って、装備や食事も十分に与えられているのだ。
「あの頃とは…
違うか」
「え?」
「いや
彼等は騎士であって、奴隷の兵士じゃ無いんだな」
「そうね…」
「ねえ
騎士ってなあに?」
「ん?」
エレンは子供なので、騎士という物をよく分かっていなかった。
「そうだな…」
「騎士は市民を守る為に、日夜魔物と戦う訓練をしている」
「日夜?
それじゃあ奴隷兵と同じじゃない?」
「いや
訓練の内容では、奴隷兵の方が上だっただろう」
「それじゃあ、奴隷兵の方が強くない?」
「そうでも無いぞ?
騎士だって訓練しているし、魔物の討伐に参加している」
「それが役に立てば良いがな」
「何だよ!
イチロは何が不満なんだ!」
「不満では無い
事実を述べているだけだ」
「事実って…」
「イチロもアーネストも!
いい加減にしなさい!」
「そうよ!
実際に腕を見れば良いでしょう?」
「それもそうか…」
「腕を見るって…」
「実際に戦ってみせれば良いさ
島は見えるか?」
「まさかワイバーンと?」
「ワイバーンだけとは限らんだろう?」
ワイバーンが飛んで来ていたのなら、島が近くに在る筈だ。
そして島には、他の魔物が居る可能性は十分にある。
しかし問題は、今はそんな事をしている場合では無いという事だ。
二人の言い争いを見かねて、イスリールも発言をする。
「いい加減になさい」
「イスリール…」
「そんな暇は無いでしょう?」
「しかし!」
「イチロの気持ちも分かります
彼等が亡くなるのを恐れていますね?」
「そんな事は!」
「そしてアーネスト
魔物が強いのは、あなたも分かっているでしょう?」
「ええ
ですが騎士を馬鹿にする様な発言は…」
「イチロはそんなつもりでは無いのです
ですが騎士の力量が分からないのも不安でしょう」
「ですから…」
「でしたら!」
「この先で、戦う機会は幾らでもあります
それまで待ちなさい」
「しかし…」
「それは…」
「良いですね!」
「はい…」
「ああ…」
二人はイスリールに睨まれて、黙って頷くしか無かった。
まだまだ続きます。
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