第74話
昨夜の酒が抜け切らず、アーネストは顔を顰めて起きた
昨夜は気が付かなかったが、どうやら薄めてない葡萄酒に手を出していた様だ
それとは気付かずに呷っていた為に、とんだ醜態を晒した様だ
気が付いたら客室で寝ており、途中からの記憶が無かった
アーネストは頭痛を何とかすべく、鎮静の魔法を掛けながら食堂へ向かった
蒼白い顔をして、自身の顔に向けて魔法を掛け続ける
そうしながらフラフラと食堂に向かうアーネストを見て、ギルバートは吹き出した
それを見て恨めしそうな顔をするが、却ってギルバートの笑いを誘った様だ
その笑い声が頭に響き、アーネストは苦痛に顔を顰める
「どうしたんだよ
大丈夫か?」
ギルバートが笑いながら尋ね、アーネストは声を絞って答える。
「ああ
単なる二日酔いだ
暫くすれば治る」
アーネストは不機嫌そうに答え、再び呪文を唱える。
「へえ
魔法で治してるのか
器用だな」
「鎮静の呪文だ
魔法使いたる者、自身の酔いぐらい制せなくてはな」
「その前に酒を…ぶふっ」
「くっ」
吹き出すギルバートを見て怒りが込み上げるが、頭痛が酷くて怒る気にもなれない。
「今日はフランドール殿と模擬戦の約束だが、お前はどうするんだ?」
「遠慮しとく
今お前らの声を聞いてたら、頭が爆発してしまう」
「ぷっ、くくく
そうだな、ゆっくり休んでいてくれ」
ギルバートは笑いを堪えながら、メイドに水と苦そうなスープを用意させる。
これは二日酔いに利く特性のスープだそうだ。
野菜が入った特製のスープは苦いが、確かに効果が有りそうだった。
アーネストは顔を顰めながら、苦いスープをチビチビと飲んでいた。
向かいに座ったセリアとフィオーナは、不思議そうにその光景を見ていた。
「あんな苦そうなの、よく飲めるね」
「アーネストさんって変なの」
二人の言葉がグサリと刺さる。
「あれはお酒を飲み過ぎた人が、翌日罰として飲む物だよ
二人もお酒には気を付けるんだよ」
「はーい」
「お酒って嫌い
お父様も飲んでいたけど、あんなのどこが良いの?」
二人の言葉が、弱ったアーネストのメンタルを抉る。
「大人になると分かるらしい
だけど飲み過ぎは…ねえ」
「ねえ」
「だめですよね」
おのれ…ギルめ
後で覚えていろよ
アーネストは悔しさで血の涙が流せそうな気がした。
今だけは親友じゃない、とまで思えるほどであった。
そうしてアーネストが悔しがる様子を見ながら、ギルバートは朝食を終えて出て行った。
向かう先は訓練場のある兵舎。
そこでフランドールや彼の私兵と会い、模擬戦を行う為だ。
模擬戦は騎士対騎士、兵士対兵士で行われ、それぞれの技量や訓練の成果を確かめる。
互いの技量を見極め、今後の訓練や人選に役立てる為だ。
ギルバートは兵舎に着くと、フランドールの姿を探した。
一足先に出掛けて、私兵を集める段取りになっていたからだ。
フランドールの姿は訓練場にあり、将軍達と話していた。
「おはよう」
「おはようございます、殿下」
「おはよう、ギルバート殿」
挨拶を交わし、早速模擬戦について話を始める。
「今日はどういう経緯で模擬戦を?」
「フランドール殿の私兵の力量と、こちらの兵士の実力を見極める為
まあ、本当は魔物の討伐が一番なんですが、先にどれほどの実力か見たいと言うのが本音です」
「いきなり魔物の討伐ですか?
うちの私兵はほとんどが経験はありませんよ?」
「え?」
「ん?」
フランドールの発言に、二人は言葉を失う。
「えーっと…
それでは実戦経験やスキルは?」
「実戦経験ですか?
半数は普段から盗賊の討伐等人間相手なら…」
「スキルも騎士なら多少は
しかし兵士はほとんどが覚えていませんよ?」
「なんと…」
「こいつは…まいったな」
「え?」
ギルバートと将軍は頭を抱えた。
確かに、フランドールのお蔭で兵士や騎士の人数は増えた。
しかし、実質的には中身が無い訓練不足に近いだろう。
訓練をしてはいるだろうが、スキルも実戦経験も不足しているのでは、魔物相手に戦わせるのは危険だ。
ギルバートは急遽模擬戦を中止して、先ずはダーナの兵士の技量を見せる事にした。
「では、模擬戦は止めておいて…
将軍、兵士同士の模擬戦を見せましょう」
「そうですな
その方が良さそうです」
フランドールの私兵は集められ、訓練場の周りから見る事となる。
そして、ダーナの守備隊から数人の兵士が呼ばれる。
彼等は訓練場に入り、1体の模擬戦を始める事となる。
その様子を見て、フランドールの私兵から不満の声が上がる。
「オレ達の実力を見せるんじゃないんですか?」
「こんな田舎の兵士の訓練なんか見ても、何にもなりませんよ」
「どうせ大した技量でもないんでしょう?」
口々に不満を言う兵士達。
それを制する様に、フランドールは声を上げる。
「お前らが自信を持っている事は知っている
私もそれを自慢していた
だが、これから行われる戦いを見てから、発言をしようじゃないか」
フランドールにそう言われ、兵士達も文句を言うのを止める。
何が起きるって言うんだと、訓練場の兵士達を凝視した。
「それでは
先ずは歩兵から行こうか
ジェフとアレックス、前へ出ろ」
私兵達からは、またも侮った感じの声が上がりザワザワとし始める。
それを気にせず、将軍は開始の合図を送る。
「それでは、互いに中央へ
試合開始!」
「うおおおお」
「うりゃああああ」
最初は様子見なのか、二人は互いに接近し、フェイントを混ぜて剣を振る。
装備は互いに皮鎧と木剣だが、スキルを受け損なうと骨折する可能性がある。
互いに隙を探して、身体を左右に振ったりする。
次の瞬間、アレックスが後方に1歩跳び下がり、腰溜めに構える。
それに釣られる様に、ジェフが1歩前に踏み込む。
「りゃあああ
ブレイ…」
「スラッシュ」
ドゴッ!
ジェフのスキル、ブレザーが出掛かる隙を突いて、アレックスがスラッシュのスキルを出した。
アレックスはスラッシュの軌道ですり抜け様にジェフの胴を打つ。
勿論模擬戦なので、威力は加減してある。
それでも良い音がして、ジェフは一瞬息が詰まる。
「ご、ごほっ
ま、参った」
「1本
アレックスの勝利」
『おおおお』
私兵達は驚きの声を上げる。
ただの歩兵が巧みにスキルを使ってみせた。
それも少なくとも2種のスキルを使ったのだ。
王都にもスキルの話は伝わっており、兵士達も修練に励んで身に着けてはいた。
それでも1つか2つで、それもこの様に実戦で使いこなせるレベルでは無かった。
田舎の歩兵と侮っていた1兵士が、苦も無くスキルを使って戦っている。
この事は私兵達を驚かすには十分だった。
「馬鹿な!」
「な、なんだと!
1歩兵が使いこなしている?」
「オレでもまだ、スラッシュが出せる様になったばかりだぞ」
「騎士でも十分に戦えるのでは?」
ゴクリと唾を飲み込む音がして、視線が騎士達に向く。
騎士達も驚いており、数人が首を振る。
「いくら私達でも、あんなに簡単には出来ないぞ」
「そうだそうだ
せいぜいスラッシュぐらいしか使えない」
「さっきの彼は、本当にただの兵士なのか?」
騎士からはアレックスが熟練兵士なのではと言う声が上がる。
だが、当の本人がそれを否定する。
「オレはそんなに強くありません
まだまだヒヨッコ扱いですよ」
その言葉に、いよいよ私兵達は困惑する。
「次
ミハエルとバラン、前へ」
「よっし」
「やれやれ」
今度はベテランの様で、二人は軽口を叩く余裕がありそうだ。
「今度こそ、その鼻っ柱へし折ってやる」
「抜かせ
今日も晩飯はお前の奢りだ」
どうやら晩飯を賭けているらしい。
「両者見合って
試合開始」
「ふん」
「はっ」
ガコーン!
ギリギリ!
いきなり中央で打ち合い、二人の膂力で木剣が軋む。
二人は押し合いながら後方へ跳躍し、再び構える。
「スラーッシュ」
「なんの」
ミハエルのスキルが発動するも、バランが軽く躱して後方へ迫る。
「隙あり、ブレイザー」
「喰らうか!スラント」
ガ・ガ・ガン!
二人がほぼ同時にスキルを出し、木剣が打ち合う。
最後のミハエルの一撃を木剣を捻って受け止め、バランは横へ逃げる。
「おお、怖い怖い」
「くそっ、仕留め損ねたか」
『おおおお』
訓練場は二人の剣技に湧き、歓声が上がる。
二人は向き合い、再び正面から打ち合う。
「こなくそっ!」
「ふんぬぬぬ!」
ガン・ガン・ゴガン!
ベキッ!
しかし、先ほど無理して受けたからか、バランの木剣が折れてしまった。
「ありゃ!」
「ぷっ」
「こりゃ参った
ワシの負けじゃ」
「よっしゃ!
これで12勝32敗だぜ」
『うおおおお!!!』
呆気ない幕切れであったが、スキルを受けていたとはいえ、木剣はそう簡単には折れないだろう。
二人の技量に、改めて私兵達から歓声が上がった。
それを見て、フランドールは私兵達の前へ出た。
「どうだ?
これがお前達が侮っていたこのダーナの兵士達の実力だ」
興奮していた兵士達も、主であるフランドールにこう言われると、返す言葉も無かった。
「悔しいと思うなら、今後は鍛え直して見返して見せろ
それが王国の兵士たる誇りという物だ」
『おおおお』
兵士達は今度は歓声ではなく、決意の籠った咆哮を上げた。
「それでは、最後に
ギルバート殿と一戦手合わせをお願いしたい」
「承知した」
フランドールに促され、今度はギルバートとフランドールが訓練場に入る。
「約束通り、ここで互いの技量を見極めましょう」
「ええ
手加減抜きでお願いします」
二人は中央で向き合い、互いに構える。
将軍が合図の声を上げると同時に、二人は中央で剣を打ち付け合った。
「それでは
勝負開始」
「はっ!」
「ふん!」
ガ・ガ・ガ・ガ…
激しい剣戟の応酬が繰り広げられる。
それはスキルでは無かったが、最早スキルの様な鋭く強烈な一撃が、まるで雨の様に間断なく打ち付けられていった。
そして、不思議な事に、それだけ激しく打ち合っているのに、木剣は軋んだり折れたりしなかった。
凡そ20合は打ち合っただろうか、二人は距離を取って離れた。
呼吸も乱さず、二人は距離を保って睨み合う。
「やりますねえ…」
「そちらも…
噂通りの腕前ですね」
互いに睨み合い、そしてニヤリと笑う。
二人を見守り、将軍の胸はざわついていた。
殿下の腕は、最早オレとそう変わらないだろう
その上で、更にスキルの腕で上を行っている
フランドール殿も互角の様だ
だが…
二人の腕は互角だろうが、問題は年齢だ。
フランドールはもうすぐ18歳になる。
今が正に絶頂期を迎えようとしている。
それに対してギルバートは、先の話が本当なら今は13歳になったところだ。
まだまだ伸びしろがある。
将来が空恐ろしい事になりそうだ。
恐らく伝説の皇帝に迫る剣技を会得する可能性もあるだろう。
その剣技は凄まじく、一刀の下に大地を切り裂いたと言う皇帝。
先の帝国を建国したと伝えられる、伝説の人。
殿下ならその域にまで上り詰めるのでは?と思ってしまう。
そうして全員が見守る中、次の一手が放たれようとしていた。
しかし、フランドールは構えを解いた。
「どうしました?」
「いや
このまま勝負を楽しみたくはあるんですが…
目的は遂げました」
「あ…」
「そうです
これは手合わせですから
勝負を決する必要はありません」
フランドールはそう言うと、木剣を従者に手渡した。
ギルバートも木剣を仕舞い、頭を掻きながら退場した。
いつの間にか熱くなり、勝負を決しようと夢中になっていた。
あのまま打ち合っていては、どちらか怪我をしただろう。
それでは遺恨が残ってしまう。
ギルバートはフランドールの粋な計らいに感謝しつつ、自身の未熟さを嘆いていた。
しかし彼は気が付いていなかった。
フランドールはそうは言っていたが、内心では焦り、恐れていた。
まだ少年である彼が、自身の剣技に追い付いていた事を。
このままでは遠からず、彼は自分を追い抜くだろう。
彼は自分の事を英雄と言ってくれたが、それならば彼は何なんだろう?
フランドールの中で、ギルバートの存在は恐ろしい物に感じられていた。
次の話は魔物の討伐です
順調に行けば、その次辺りで旅立ちになりそうです




