第736話
アーネスト達は、一旦王城に泊まる事にする
飛空艇が到着した時点で、既に午後も遅い時間だった
それで会談をしている間に、時刻は夕刻になっていた
アーネスト達は、そのまま王城に留まり休息していた
イチロは城下を眺めて、嬉しそうに微笑んでいた
彼が生きていた時代には、人間は他の人間種族を敵視していた
そして捕まえた亜人や獣人を、奴隷として扱っていた
それが許せなくて、イチロは女神に反旗を翻した事になっている
「イチロ
ここに居たのね」
「ああ
ここからなら、この国の国民の様子が見える
この城の王は、国民を愛していたんだな…」
「イチロ…」
アイシャは呟きながら、イチロの横顔を見詰める。
イチロは封印される少し前に、仲の良かった友を殺していた。
彼が獣人や亜人を、道具として扱う事が許せなかったのだ。
そして二人は対峙して、両軍に別れて戦ったのだ。
戦いは正々堂々と行われて、互いの主張を掲げて行われた。
女神は争いを止める様に訴えたが、両軍は激しくぶつかった。
それでエジンバラの竜騎士達も、その多くが命を失った。
イチロと仲の良かった男も、その竜騎士の隊長だった。
「アレンの事…
思い出しているの?」
「ああ
この光景を見れば、あいつも考えを変えていたかな?」
「そうかしら?」
「ん?」
「あの方達は、それが当たり前だと思っていたの
だからあなたの言葉も、彼等の耳には届かなかったのよ」
「当たり前…か」
「そうよ
大体、私はイチロが好きで一緒になったのよ
私達は奴隷では無いわ」
「はは…
そうだよな…」
アレンは優しい男だったが、他国の人間も見下していた。
イチロを認めていたものの、その他人に対する姿勢は変えようとしなかった。
その事が彼と、イチロが激しく対立する理由にもなっていた。
彼等はイチロの妻達を、奴隷として扱っていたのだ。
「奴隷…か」
「イチロ?」
「前にも話したが…
オレの世界では奴隷とは、誤った風習として消え去ろうとしていた」
「そうね
最初は私達も、イチロの世話係として仕える気だったわよ
だから奴隷として、働かされるのが当たり前だと思っていたわ」
「な!
オレは決してそんな意味では…」
「違うの!
それが当たり前だったの!」
「アイシャ?」
「女神様に言われた時も、何を馬鹿な事を…って思ったわ
イチロが一人の女の子として、私達を見ているなんて…」
「いや!
それが当たり前だろ?」
「当たり前じゃ無いの!
少なくとも、あの頃の世界ではね…」
アイシャはそう言いながら、眼下の光景を眺める。
「ここは…
素晴らしい国ね」
「ああ…」
「奴隷とか身分さなんて無くて
みんなが幸せになる為に必死になって生きている…」
「そうだな」
「あの時に…
全ての人間がこんな感じになれれば…
結果は違っていたわよ」
「そうだな」
「でも、現実は違っていた」
「ああ」
「賛同する人間は、極少数だったわ
それは支配されていた側も一緒」
「そうだな…」
イチロが立ち上がった時、付き従う人間達は少なかった。
それは奴隷として、支配されていた側も同じだった。
ほとんどの亜人や獣人は、支配する人間達の側に回った。
解放を信じて着いて来てくれたのは、極少数の者達だった。
それは共に戦った、亜人や獣人達も同じだった。
「結局…
オレの考えは独りよがりだったのかな?」
「そんな事は!
そんな事は無かった筈よ!
ただ、あの時にはまだ受け入れられなかったのよ
あの時には…」
「そう…だな」
二人は黙って、眼下の光景に魅入っていた。
そこには人間と、獣人や魔物が一緒に談笑していた。
彼等は仕事を終えて、酒場に向かっていた。
それは人間や魔物など関係無く、仲の良い者達が肩を組んで歩いている姿だった。
「こんな光景が…
見られるなんてな」
「これだけでも、エミリアには感謝しないとね」
「ああ
後は女神を…
いや、狂ってしまった神を止める」
「そうね
ようやくここまで来たのよ
この流れを止めさせないわ」
「ああ」
「イチロ!
ご飯だって!」
「ああ」
「ふふ
チセったら」
二人は笑いながら、手を振って呼んでいるチセを見る。
すっかりお腹が減ったのか、チセは早く早くと手招きをしていた。
王城の食事は、決して豪勢とは言えない。
元々クリサリス聖教王国は、女神の教えを守っている王国であった。
だから豪勢な生活をするよりも、静謐で真面目な暮らしを美徳とする。
その為食事も、無理に多くの食事を用意する事は無かった。
近年では収まっていたが、魔物の影響も少なく無い。
その魔物を使った食事は、肉に関しては満足の行く物となっていた。
ジャーネが居なければ、さらに食生活は苦しくなっていただろう。
イーセリアが居なくなった事で、精霊の加護が薄れていたのだ。
「これ程の食事が…」
「ええ
精霊の加護のお陰です」
「いえ
アーネストが騎士を率いて、魔物を討伐してくれるからですわ
魔物の肉も使ってますのよ」
「そうだね
こっちはフォレスト・ディーアの肉だね」
「チセ…」
「う~ん
お酒に合うわ」
「ふふ
今年の酒が間に合って良かったわ」
チセはドワーフなので、お酒は水感覚で飲んでいる。
他の者は葡萄酒の、芳醇な香りを楽しんでいた。
こちらも精霊の加護を受けて、すくすくと育った葡萄が使われていた。
その葡萄を使われた葡萄酒は、芳醇な香りを含んでいた。
魔物の肉は焼いたり、根菜と一緒にスープにされていた。
採れたての新鮮な葉野菜が、サラダとして食卓を彩る。
こうして質素ながらも、美味しい食事が供せられた。
イチロ達もこの食事は、美味しそうに楽しんでいた。
「この国は素晴らしいな…
美味い食事に、幸せに暮らす国民」
「ありがとうございます」
「獣人や魔物ですら受け入れるのは、この国の統治者が素晴らしい考えだったのでしょう」
「ええ
しかし父は、数年前の魔物の侵攻で…」
「あ…」
「マリアンヌ王女…」
「いえ!
決して責めるつもりでは」
「いいえ
責められて当然です
私はその時には、何も出来ませんでした」
「女神様…」
一瞬だが、楽しい筈の宴席が暗くなる。
そこでアーネストが、話題を変えようとする。
「それも後少しだ
暗黒大陸に渡れば、ギルもきっと…」
「その暗黒大陸って、どんな場所なの?」
「名前だけ聞くと、何やら恐ろしい場所に聞こえますわね」
「ああ
それは…」
「未開の土地が多いのです
本来ならば、その地を任された女神が、民を率いて開発をすべきなのです」
「女神自らがですか?」
「いえ
そこはこの大陸と同じです
彼女の元にも、魔王と呼ばれるガーディアンや、エルリックの様な使いの者が居た筈なんです」
「女神の声を届けるのが、神の使いたる者の役目です
私の様な、神の使いも居る筈なんですが…」
「エルリックか…
それは当てになるのか?」
「失礼な!」
「はははは
あの頃のエルリックは、頼りなかったぞ」
「仕方が無いだろう
何かと制限を受けていたんだ
まさか偽物だとは思わなかったからな」
「そうか
界の女神のせいで…」
「ああ
とんでもない命令ばっかりでな
実は幾つか誤魔化して放置していた」
「そうなのか?」
エルリックは、界の女神の指令を無視していた。
それは内乱や戦争を誘発するもので、そればっかりは従えなかった。
ギルバートの封印の件も、実は界の女神と茨の女神の両方から指令が来ていた。
それで封印したり暗殺しろと、ややこしい仕事となっていた。
あの禁書の中には、ガーディアンの力を封じる方法が記されていたのだ。
エルリックは禁書の中から、女神に見付からない方法を探る事にした。
それが封印の中でも、生存すら不明にする方法だった。
封印の方法の中から、指示された物ではない方法を選んだのだ。
エルリックは指示された方法では無く、その存在自体を消し去る方法を選んだ。
禁書の中にその方法が載っていたのは、女神も意図していない偶然だった。
女神はあくまでも、端末からの報せで、危険な王国のガーディアンを封じようとしていた。
それが結果として、ギルバートを殺してアルフリートの存在を消し去る事となった。
全ては偶然の出来事だったのだ。
「女神の…
偽の女神の指令を聞いていたら、内乱や戦争ばっかりになっていただろう
だから私は、時々脱走して放浪の旅に出ていた」
「え?
傷心の為の放浪では?」
「それもある
だから誤魔化せたんだ
そこは同情されていたからな
却って好都合だった」
「そ、そうなのか」
「ねえ
傷心って何かあったの?」
「ああ
実はエルリックの愛した女性が…」
「ウオッホン!」
「え?
エルリックさんって、恋人が居たの?」
「どういう意味ですか?」
「いえ
あの…その…」
「そりゃあその性格だとな」
「おい!」
「おほほほほ」
「はははは」
エルリックの話題で、再び宴席は明るい笑いに包まれる。
そうして宴席は、最近の情勢を話したりして和やかに終わった。
各自食事を終えると、そのまま部屋に戻って行った。
そしてイチロは、その後に風呂に入りに向かった。
「ふう…」
クリサリスの王城には、魔石を使った大きな浴場があった。
魔石が手に入る様になってから、ギルバートが王城に作らせたのだ。
イチロはその湯船で、ゆっくりと背中を伸ばしていた。
大きな風呂で寛ぐのは、イチロの世界でも至福の時間だった。
「はあ…
これだけ広い浴場があるとはな
やはり広い風呂は最高だよな」
「気付いてたのか?」
「ああ
戦士の勘ってやつさ」
「ふうん」
「私も一緒に入って良いかな?」
「ああ
構わんぞ」
湯船の温度は、イチロの魔力で熱めに設定されていた。
「おい!
熱く無いか?」
「え?
そうか?」
「私はちょうど良いが?」
「だろ?
オレの世界では、熱い風呂が一番なんだ」
「そうか?
少し熱いぞ」
「それなら魔力を使って、身体強化を行えば良い」
「え?」
「身体強化にはな、熱への耐性もあるんだ」
「しかし寛ぐ為に風呂に入るんだろ?
それじゃあ意味が無いだろう?」
「はははは
慣れるまでだ
慣れれば熱い風呂も良いぞ」
イチロはそう言って、熱い湯船に浸かっていた。
イチロの世界では、熱い湯船に浸かる習慣があった。
それでイチロも、湯船の温度は熱めに設定していた。
この世界では、少し温めのお湯が好まれていたのだ。
「少しピリピリする」
「はは
それぐらいが良いのさ」
「え?」
「身体の新陳代謝が活性化されてな」
「何だ?
そりゃ?」
「オレも当時は学生だった
詳しい事はよく分からん」
「何だ、そりゃ」
「でもな、身体には良いらしいぞ」
「本当か?」
アーネストはヒリヒリする熱さを堪えて、湯船に浸かっていた。
「なあ」
「ん?」
「がくせいって何だ?」
「あん?
学校は無いのか?」
「学校?
色々な知識を学ぶ場所だろ?
それならあるぞ」
「なら学生ってのは、そこで学んでいる生徒の事だ」
「せいと?」
「はあ…
文化が違うからな」
イチロは少し考えてから、説明を始める。
「学校って場所は、生活の知識以外にも専門の学問を学ぶ場所でもある」
「ギルドみたいなものか?」
「そうだな…
仕事では無いが、金を払って学びの場を提供されるんだ」
「へえ…
わざわざ金を払って…」
「おいおい
ギルドでも仕事をするだろ?
それの代わりに、金で学問を学ぶ専門の施設だ」
「え?
それじゃあイチロは、貴族か何かなのか?」
「いや
オレの世界には貴族は居ないんだ」
「え?
貴族は居ないのか?」
「ああ
王政も随分前に廃止されてな」
「それじゃあどうやって、国を治めていたんだ?」
「それは民主主義と言ってな、国民の代表を選挙で選んでな」
「せんきょって?」
こうして暫く、三人は湯船の中でイチロの世界の話をした。
それは信じられない世界で、女神がわざわざ呼び出したというのも納得だった。
イチロは一般人だったが、それでも基礎知識はこの世界の住民よりも上だった。
それだけの知識を、安価な金額で学べる施設が幾つもあるのだ。
イチロもその施設で、多くの知識を身に付けていた。
「オレは高校生と言ってな、ちょうど国からの金で学べる年齢を越えていた
それで金を払って…」
「待て!
国が金を払う?」
「ああ
幼少から15になるまでは、国が金を出す施設で学べるんだ」
「そんな施設もあるのか…」
「その前に、そんな小さな頃から学んでいるのですか?」
「あ…」
「そうだな
家庭にもよるが、4歳ぐらいから施設に預けるな」
「孤児院みたいなものか?」
「いや
昼間だけ預けて、集団生活や一般常識を学ぶんだ」
「へえ…」
「子供だけを預かって、学ばせるんですね」
「ああ」
「それは素晴らしい
この戦争が終われば、私も作ってみたい」
「女神に…
イスリールに頼んだらどうだ?」
「イスリール様に?」
「ああ
イスリールなら、オレの記憶から学校がどういう物か知っている筈だ」
「そうですか
考えてみます」
「戦争が…
終わったらか」
アーネストはそう呟くと、浴槽の天井を見上げる。
これまではギルバートの行方を探してばかりだった。
戦争の事もあるが、先ずはギルバートを見付ける必要がある。
それが終わったら、この国を豊かにする為にする事が山ほどあるだろう。
それこそ学校も、その一つになるに違いない。
「必ず…」
アーネストはギルバートを、見つけ出すと心に誓っていた。
そうする事で、クリサリスの国王を任せれる事が出来る。
それは必ず、成し遂げなければ成らない事であった。
まだまだ続きます。
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