第733話
砂漠に佇む、ピラミッド型の研究施設
その地下に、アスタロトの秘密の工場が作られていた
飛空艇は、その工場に併設されたドッグに置かれていた
アーネスト達は、その飛空艇に乗り込んでいた
飛空艇のエネルギーは、順当に充填されていった
しかし大きな飛空艇なので、充填には時間が掛かっていた
しかしイチロが乗り込む頃には、エネルギーはフルまで充填されていた
それでイチロが席に着く頃には、すっかり発進準備は整っていた
「エネルギー充填率120%
魔力伝達バイパスを遮断」
「圧力隔壁を閉じるわよ」
ガゴン!
ゴウンゴウン…!
鈍い音を立てて、艦橋の窓が隔壁に覆われる。
それと同時に、壁面のパネルに光が灯る。
「全天モニター、オン」
「おお
これが外の景色を…」
パネルに外の映像が映し出される。
しかし足元までは映されていなかった。
「上部隔壁を展開
飛空艇、リフトアップ」
ガゴン!
シュゴオオオオ!
天上の金属製の板が、左右に広がって開かれる。
それから何段階かに分かれて、上部の隔壁が開かれる。
そうして隔壁が開かれると、上から外の光が降り注ぐ。
その中を飛空艇は、金属製の昇降機に乗って地上間近まで登って行った。
「あれが外の光か?」
「ええ
リフトはここまで
後は飛空艇を操作する事になるわ」
「いよいよか…」
アーネストは緊張しながら、飛空艇の舵を握った。
これを手前に引けば、飛空艇はゆっくりと上昇する。
アーネストは息を吐きながら、緩やかに舵を握って引っ張る。
それに合わせて、飛空艇が船台からゆっくりと離れて浮かび上がった。
ギギギ…!
ガガン!
「う、浮いたぞ!」
「そうね
そのままゆっくりと引いて」
「ああ」
アーネストがゆっくりと舵を引き、それに合わせて飛空艇がゆっくりと上昇する。
飛空艇は外壁を流れる砂を掻き分けて、ゆっくりと地表に向かって上昇する。
そうして流砂から出たところで、下の外壁は閉まって行った。
そのまま開いていると、施設内が砂だらけになるからだ。
「アスタロト様も砂は計算出来なかったのね…」
「へ?」
「ほら
流砂が施設内に入ってる
そこまでは予想出来なかったんでしょうね」
「ああ
それはそうだろう?
いくら賢くても、砂の動きまでは計算出来ないだろう?」
「そうかしら?」
「アスタロト様ならしそうだわ…」
「そんなに凄いのか?
オレが見たアスタロトという男は、そこまでに見えなかったがな…」
アーネストも、一度だけアスタロトには会っている。
界の女神との戦いで、協力してくれたからだ。
しかしその最期は、アーネストもよく分からなかった。
彼と戦ったミハエルは、亡くなったと言っていた。
だから魔王アスタロトも、既にこの世には居ないのだ。
「アスタロト様は偉大なお方ですよ!」
「そうですよ!
今この世界にある魔法のほとんどが、アスタロト様が形態化した物なんです」
「魔法とは魔力を用いて、精霊が行う現象です
それを精霊と厳密に相談して、形態化したのはアスタロト様です」
「魔法を?」
「そうですよ
呪文を唱えたり、魔力を用いて念じる
それに精霊が応えて何かを起こす
その取り決めを行ったのはアスタロト様なんです」
「へえ…」
「まあ、オレの提案だったんだが…」
「え?」
ここでイチロが、ボソリと呟く。
「それまでにも、女神の要請で精霊は協力していた
しかしハッキリとした取り決めは無かった」
「イチロはそれに、明確なルールを決めようと言ったのです」
「ルール?」
「ああ
ただ闇雲に、魔力を込めて願えば何でも出来る…
それでは危険だろう?」
「危険って…」
「際限が無いんだ!
人の欲望には、制限は出来ないからな」
「魔力を込めるだけなら、いくらでも強力な破壊魔法が生まれるでしょう?」
「それでは世界を破壊しかねない」
「だからイチロは、その上限や制限が必要だって言ったの」
「それでアスタロト様が、魔力量や魔法の恩恵に制限を決めたの
それで呪文やある程度の魔力の制限が生まれたわ」
「今の魔法は、そうして取り決めが決まったの」
「そうなのか?」
「ええ」
確かに魔法には、込められる魔力量の制限などが決まっている。
同じ火を起こす魔法でも、魔力次第で全てを燃やす炎になるのでは危険だからだ。
この魔力量や制限を、精霊と相談して取り決めを行ったのだ。
それだけでも、アスタロトが魔王と呼ばれるだけの事はあるだろう。
「魔物を制したのがルシフェル様
そして魔法を制したのが、アスタロト様なの」
「それは…凄いな」
「でしょう?」
「チセ
お前が威張るとこじゃ無いぞ?」
「へへ…」
アーネストは改めて、彼と話せなかった事が悔やまれた。
彼ともっと話せたなら、魔法の神髄に近付けたのだろう。
その機会を、彼は失ってしまっていた。
「もう少し…
彼とはゆっくり話したかったな」
「その気持ちは分かるぞ
あいつは機械文明にも興味を持っていた
あいつならスーパーロボットを…」
「いや!
それには興味は無い」
「おい!」
「オレが興味があるのは、魔法に関してだ」
「きゃははは
イチロ♪」
「見事にフラれたな」
「うるさい!」
「しかしアーネストだっけ?
君もブレないね」
「アスタロト様みたいに、魔法一筋って感じ?」
「同じ研究者ってところは、息が合ってたんじゃ無いかな?」
アスタロトは、魔王である前に探求者であった。
だからこそ魔法の取り決めをしたし、様々な研究も行っていた。
魔法という事なら、確かにアーネストと意見が合っただろう。
二人が魔法の研究をすれば、もっと良い魔法の開発が進んだかも知れない。
そうこう話す内に、飛空艇は地上に出て安定した姿勢に入る。
そうして安定したところで、艦橋を覆った隔壁が下ろされた。
「地上に出たわ
アーネスト
舵を水平に戻して良いわよ」
「分かった」
「外部隔壁を解除
モニターを通常に戻すわよ」
プシュー!
ガゴン!
隔壁が下りると、外の景色が再び見える様になる。
それと同時に、外の景色を映していたパネルも消灯する。
そうして砂漠の、ぎらつく様な日差しが差し込んで来た。
飛空艇は一旦、姿勢を制御する為にその場に待機する。
「神殿に向かっても良いか?」
「まだよ!
レーダーの調整をしないと」
「調整?」
「ええ
これは魔力察知と同じ、魔力を使ったレーダーなの
何も無い状態で、感度を調整しないと」
「魔力察知?
どういう仕組みなんだ?」
「そうね…」
チセは少し考えてから、説明を始める。
機械的な事には詳しいが、魔法に関してはファリスの方が詳しいのだ。
「魔力察知って、魔力を周囲に飛ばすでしょう?」
「ああ
その魔力の波動で、跳ね返って来た物で判断する」
「そうね
その跳ね返るのは、同じ様に魔力を持った者だけ
そうよね?」
「ああ」
「正確には、魔力を持った者では無く、全ての物なんだがな」
「え?」
「そこはアスタロト様が調整されたからね」
「そうなのか?」
魔力察知が生き物しか反応しないのは、アスタロトがそう決めたからだ。
実際には魔力は、生き物意外にも反応している。
いや、正確には魔力に反応する物だから、無機物でも反応するのだ。
そこから生き物の反応だけを、術者に報せる様に改良したのだ。
それが今使われている、魔力察知の正体だった。
「え?
それじゃあ岩や植物にも?」
「そうよ
本当は魔力に反応するから、反応が返っているの」
「そこを精霊と協議して、生き物の反応だけ感じれる様に調整してるの
それがあなたの魔力察知よ」
「それじゃあ周りの地形まで把握出来るのか?」
「精霊を介してなら、そこまで出来るわよ」
「精霊か…」
「ええ
例えガーディアンであっても、それは無理でしょうね
もし試したなら、あまりの情報量に頭がおかしくなるわよ」
「情報量?」
「ええ
草木や小石だけじゃ無く、空の上にもあるのよ?」
「あ…」
周囲の状況でも、距離次第で莫大な情報量になるだろう。
それが空中や地面の下にまで、魔力の波動は向かうのだ。
そんな情報が一度に来れば、文字通り人間の頭では処理仕切れない。
だからこそ、アスタロトは情報の制限を決めたのだ。
「この機械は、その全てを処理しているの」
「これが?」
「ええ
そうしてその情報を、視覚で見られる様にしているの
その調整を行うのに、少し時間が必要なのよ」
「それっていつも必要なのか?」
「いえ
今回が初めての起動だからね
さっきは地下深いドックの中だったし」
「そうか
良かった…」
アーネストは、毎回必要だと思って困惑していた。
しかし今回調整しているのは、最終調整の様なものだ。
これでより細かい情報を解析して、問題が無いか確認しているのだ。
そして調整が終わって、再び丸いガラス面に映像が浮かび上がる。
「よし
問題無さそうだわ」
「そうか
良かった」
「周囲数百メートルには、敵対する魔物も居ないわ」
「そこまで分かるのか?」
「ええ
細かい情報は範囲が狭まるけど、敵意ぐらいなら1㎞ぐらいまで可能よ」
「そこまで…
しかし敵意ってどうやって確認するんだ?」
「そこは魔力の反応ね
あちらが気付いていなければ、当然敵意も確認出来ないわ」
「なるほど…
魔力が攻撃的に、こっちに向いているかどうかなのか?」
「そういう事よ
だからそこまで当てには出来ないわよ」
「分かった」
向こうがこちらに気付き、攻撃的な意思を示す。
そうなれば多少なりとも、魔力にも干渉してしまう。
その結果として、魔力の攻撃的な波動を検知出来るのだ。
それがこのレーダーには、赤い光点として示される訳だ。
味方の場合は、緑色の光点で示される様になっている。
元々、魔物も人間も…。
いや、生き物の全てに魔力は備わっている。
それを容易く制御する仕組みが、魔石と呼ばれる結晶である。
魔石はいわば、魔力を調整して発露させる、制御盤の様な役割なのだ。
魔物が人間を好んで食すのも、実は人間が多くの魔力を有するからだ。
魔石を持たない魔物も、普通の食事よりは魔力を持つ獲物の方を好む。
それは魔力を食す事で、自身に魔力を取り込めるからだ。
これは食事の美味さ以外に、一種の多幸感の様な物を与える。
それで魔力の多い魔物の肉の方が、美味く感じる事が出来るのだ。
この事はまだ、アーネスト達は知らない事ではあったが。
「周囲には魔物以外の、敵性外生命体の反応しか無いわ」
「敵性外って、ワームやサソリか?」
「ええ
どうやらその様ね」
「そんな事も分かるのか?」
「詳細は分からないわ
だけど地面の下だからね
ワームやサソリ以外には居ないでしょう?」
「そうだな」
「後は真下の、クローンぐらいでしょう」
「なるほど…」
「こっちが青い光点
反応していないという意味よ
で、クローンは緑の光点」
「そうやって見分けるのか?」
「ええ
生命活動しているものは、光点で示されるわ」
ファリスが説明して、チセと交代で見張る事にする。
チセには矢や弩弓の弾を用意する仕事がある。
それ以外の時は、ファリスが飛空艇のメンテナンスを行う事になる。
そうして交互に確認する事で、魔物の接近を確認出来るのだ。
「それじゃあ、神殿に向かっても良いわよ」
「神殿はどっちになる?」
「そうね
大型パネルに示すわよ」
ブウン!
鈍い音がして、正面のパネルに光点が示される。
アーネストは舵を回して、先ずはゆっくりと方角を調整する。
その間にも、飛空艇はゆっくりと前進する。
舵の調整は簡単だが、移動しながらの調整は難しい。
「そこでゆっくりと手を離して」
「まだ早く無いか?」
「良いのよ
舵はゆっくりと戻るから
多少早い方が良いの」
「まるで車の運転だな」
「車?
それは何だ?」
アーネストの操縦を見て、イチロは素直に感想を漏らす。
「オレの世界での乗り物だ
凄い速度で走る乗り物だぞ」
「凄い速度?」
「それって足は大丈夫なの?」
「何だか気色悪いな…」
「おい!
何を想像した!」
ほとんどの者が、馬の様な乗り物が、もの凄く早く動く姿を想像する。
それは速度に合わせて、脚がシャカシャカと動いていた。
あまり気色の良い光景では無かった。
「イチロの世界の物じゃ
想像も出来んじゃろう?」
「そりゃあそうだが…」
「これじゃ」
女神がパネルを出して、映像を映し出す。
そこには複数のスポーツカーが、レースをしている光景が映し出される。
それはイチロの記憶から、ゲームのグランプリ・ツアーを映し出した物だった。
イチロの目がそれを見て、輝き始める。
「すっげえ!
スポーツカーを再現したのか?」
「馬鹿者
これはお前の記憶の映像じゃ
今のこの世界の技術では、再現は…出来ん筈じゃ」
「筈?」
「アスタロトならあるいは…」
「それなら!」
「無理じゃろうがな」
「何で?」
「この飛空艇ですら、魔力を蓄えて動かしておる
あの様な小さい物で、どうやって魔力を賄う?」
「あ…
それは…」
アーネストの目には、それは鉄製の馬車が馬無しで走っている様に映った。
魔力で動かすにしても、莫大な魔力を消費するだろう。
その魔力を蓄える、魔石の用意から容易ではない無い。
それにどうやって、魔力を供給するかだ。
少なくとも、飛空艇の様に魔力の貯蔵タンクは付けられないだろう。
それだけで、大きな負担が掛かるからだ。
それに使用者が、魔力を供給するのも無理がある。
アーネストの様なガーディアンでも、そこまでの魔力を長時間放出出来ないだろう。
「所詮は科学の作った代物
この世界には合わない乗り物じゃ」
「そうだよな…
スーパーロボットもどこまで動かせるか…」
「くどいぞ!」
「イチロ!」
「いい加減に諦めなさい!」
「だって…」
イチロは当分、スーパーロボットを引き摺りそうだった。
まだまだ続きます。
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