第729話
その船には、簡単な帆と動力しか記されていなかった
元々飛空艇は、空を渡って荷物を運ぶという目的で開発されていた
だから自衛の為の、簡単な砲門を数機しか備えていない
それに沢山装備しても、それを起動するだけの魔力を賄えられないのだ
もし、この飛空艇が本当にあれば、暗黒大陸まで安全に渡れるだろう
確かに空にも、危険な魔物は居るだろう
しかし砲も数機装備しているし、何よりも勇者が居るのだ
問題は、本当にこの飛空艇が完成しているかどうかだ。
「ありませんね…」
「そんなに簡単に見付かる様な場所に、アスタロトが隠す筈が無いだろう?
飛空艇では無く、アスタロトの移動のログを洗え」
「アスタロト様のですか?」
「ああ
オレ達が封印された頃から、頻繁に出入りしていた施設だ
そこで建造していた可能性が高い」
「施設という事はファクトリーですか?」
「他にもあるかも知れん
あいつは秘密の研究施設も作っていたからな」
「あの人は秘密が多いですからね」
「ああ…」
チセが飛空艇で調べても、設計図以上のデータは見付からなかった。
そこで今度は手分けして、アスタロトの行動履歴を調べる事となった。
アスタロトも魔王だったので、行動の履歴は管理されていた。
そのログを洗う事で、頻繁に出入りしていた場所は判明するだろう。
事実調べ始めてすぐに、何件か怪しい場所が見付かった。
「ありました!
砂漠の研究施設です」
「こっちも!
中津国に施設があります」
「詳しく調べるんだ」
「はい」
「こっちもありました!
しかし…
ここは?」
「海の中だと?
あいつは何処に行こうとしてたんだ?」
中には海底に、秘密の施設も作られていた。
どうやら海洋の魔物や、深海で生き物が生きられるか調査をしていたらしい。
ここには深海探査艇なる物はあったが、飛空艇らしき物は見付からなかった。
アスタロトの行動範囲に、イチロは呆れて頭をかかえていた。
「あいつ…
いつ寝てるんだ?」
「さあ…
そういえば、寝ている時間がほとんどありませんね」
「この後もすぐに出ています」
アスタロトの行動には、一貫して謎な行動が多い。
特に不思議なのは、睡眠時間がほとんど無い事だ。
女神ですら、情報の集積と整理の時間が必要だ。
それで人間と同じ様に、睡眠する時間を必要としていた。
しかしアスタロトは、その時間がほとんど無いのだ。
「あいつの方が、よっぽど神みたいだぜ…」
アスタロトはちょくちょく、場所を移動している。
そして各施設を見ると、そこで研究や観察をしている記録も見れた。
しかしその記録が、莫大な数に上っている。
一人でこれだけの、研究と記録を取っているのだ。
「これを全部一人で?」
「ああ
その様だ」
アーネストも記録を覗き込み、その量に驚いていた。
それから暫く、アーネスト達は記録のログを見る。
しかし量が多くて、その全てを確認している暇は無かった。
それにその中には、飛空艇の記録は見当たらなかった。
「変だな…」
「何が?」
「これだけ調べても、飛空艇の記録が一切ない」
「そういえばそうだな
この当時には、竜神機の移動手段は確立されていた筈だ」
その移動手段とは、あの不規則な飛行をする動きだ。
イチロの記憶を下に、アスタロトか理論を構築させたのだ。
それで竜神機は、飛行する事が出来る様になっていた。
しかしその理論を使った、飛空艇の記録が見当たらなかった。
「ううん…
そう言われれば変だな」
「だろ?」
「いや、そこもだけど
さっきの施設の記録…」
「ん?
海底の施設か?」
「ああ
そこの日付と時間
こっちの記録と被らないか?」
「え?」
アーネストに指摘されて、イチロは記録を見返す。
すると他の施設に移動した筈の、アスタロトが研究の記録を続けている。
ここに居ない筈のアスタロトが、ここで記録をしているのだ。
その他もよく見れば、ログが重複している箇所が見付かる。
「ん?」
「どうしたの?
イチロ」
「何か見付かった?」
「変なんだ
アスタロトが二人居る」
「へ?」
「アスタロト様が二人?」
「二人どころじゃ無いだろう
これを見るに、各施設に数人居るぞ
この記録もおかしいだろ?」
「そういえばそうだな
ここで観察していたのなら、記録は取れないか…」
アスタロトのログを見ると、研究と記録が重なっている箇所も見付かった。
最初は少なかったが、日を追って少しずつ、重なっている箇所が増えていた。
まるで少しずつ、アスタロトの人数が増えている様だった。
これにはさすがに、イチロも違和感を感じていた。
「なあ
イスリール」
「何でしょう?」
「魔王のクローンって、完成してるんだよな?」
「ええ
既に実装しています」
「それじゃこれって、アスタロトのクローンじゃ無いのか?」
「え?
まさか!
クローンが同時に動くだなんて…あり得ないわ」
ログを見る限りでは、複数のアスタロトが同時に行動している。
しかも本体が移動して、情報の整理をしている様子だった。
「これは…」
「なあ
各施設にアスタロトのクローンが居て、研究や記録をしてたんじゃ無いか?」
「それは確かに…
しかしそんな事をすれば、普通は精神に異常をきたすわ
私達でさえ、各自に感情を組み込む事で、自我を維持しているのよ
ただの魔王であるアスタロトが、とても複数の自分を見て自我を保つだなんて…」
「しかし現実に、そうなっているぞ?」
「そう…ね…
何でこんな事を…」
アスタロトは自分の分身を作って、各施設に振り分けていた。
そして各々研究や記録をさせて、時々本体が見回って確認していたのだ。
それでこれだけの研究を、一人でこなしていたのだ。
記録を細かく確認すると、分身がそれぞれ休息や睡眠を取っていた。
彼が睡眠を取らないのでは無く、交代で上手く休んでいたのだ。
「これが秘密だったのか…」
「そうね
確かに分身を使えば、こうして自由な時間を取れるわ
しかし驚いたわ
私達女神以外に、こんな事が出来るだなんて…」
「恐らく女神の行動を見て、自分も真似してみたんだな
それで問題無く出来て、こうして実行していたんだ」
「それで?
飛空艇の記録は見付かったの?」
「それが…」
「この施設だけが、一番頻繁に訪れているな」
「砂漠の施設か?」
「ああ
しかもここだけ、記録がほとんど無い」
「そう言われればそうだな
ここが怪しいか…」
「さっそく行ってみましょう
そこなら転移で行けるわ」
「大丈夫ですか?」
「ええ
中は無理でも、外なら座標を合わせれるわ」
ここで調べても、これ以上の情報は見付かりそうに無かった。
そこでアーネスト達は、その砂漠の施設に向かう事にする。
この施設を調べれば、飛空艇の記録が見付かるかも知れない。
女神の転移の力を使って、一行は砂漠の施設の外に向けて転移した。
「ここが…」
「ピラミッド?」
イチロはその施設の、外観を見てそう呟いた。
「ピラミッド?」
「オレの世界の、昔の王族の墓だ」
「墓?」
「ああ
しかし特殊な作り方をしていて、東西南北を正確に測って、それに合わせて作られている
それによって、宇宙の神秘的なエネルギーを得られるって考えだ」
「へえ…」
「眉唾物だがな」
「まゆ…ん?」
「いい加減で怪しい話って事だ」
「そうかしら?
私には理に適った作りだと思うわ」
「イスリール?」
「四方を方位に合わせているんでしょう?
それならば、精霊の力を受ける事が出来るわ」
「そうなのか?」
「ええ
だけどあなたの世界では…」
「あ…
そういう事か…」
イチロの世界では、精霊の力はほとんど失われていた。
それで魔力も発言出来ず、代わりに科学が発展していた。
だからピラミッドが、精霊の加護を受けていても不思議では無い。
その力が弱まったので、神秘的な力などと表現されているのだろう。
「精霊の加護か…」
「そうね
四方の精霊力を吸収して、利用していた
あるいは利用しようとしていたと考えるべきね」
「精霊信仰も失われて、精霊自体が姿を隠していたからな
そうで無ければ、もっと違った世界になっていただろうな…」
「そうね
あなた自身は、ガーディアンの血を持っていた
それがこの世界に来るまでは、平凡な人間だったのですから」
「え?
そうなのか?」
「ああ
向こうの世界では、魔力も精霊の力も発現しないんだ
オレは普通の青年だったんだ」
「へえ…」
「イチロはこの世界の勇者です」
「そうですよ
向こうの世界は見る目が無かったんです」
「はははは
それは少し違うんだがな」
イチロはそう言って、ピラミッドの周囲を調べる。
すると一定の距離を離れると、その姿が違って見える事に気が付く。
この結界と認識阻害が、この施設を見付からない様に守っていた。
外から見れば、ここは流砂の断崖絶壁となっていた。
「これは…」
「精霊力を使って、結界と同時に認識阻害も行っているのね
それでこの場所が、見付からない様にしていたのね」
「アスタロトめ…
よく考えるものだ」
イチロはその発想に、素直に感心していた。
精霊の加護もあって、この場所は誰にも見付けられていなかった。
アーネストも結界の外に出て、改めてその場所を見てみる。
するとそこは、嘗て帝国に向かう途中に通った場所だった。
「え?
こんな場所にあったのか?」
「ん?」
「このすぐ側を通ったんだ」
「ほう?」
「外から見ると、流砂の断崖絶壁だろ?
危険だと思って近付かなかったんだが…」
「そうだな
この景色を見れば、踏み込もうとは思わないだろうな…」
今立っている場所も、流砂になって流されそうになる。
しかし実際には、ここには流砂など無いのだ。
そう見える様に、認識阻害の魔法が掛かっているのだ。
それで断崖絶壁に流されると思って、近付く者は居ないのだ。
「よく考えた結界だ」
「そうだな…」
一向は入り口を目指して、ピラミッドに近付く。
ピラミッドの大きさは、一辺がおおよそ100mほどだった。
高さも150mぐらいで、かなり大きな建物だった。
しかし周辺を調べても、入り口らしい物は見当たらなかった。
「むう?
入り口が無いな」
「侵入されない様に、隠しているのでしょう
そこの正面に、魔力を感じるわ」
イスリールは魔力を感知して、入り口のおおよその場所を発見する。
しかし開閉する方法が分からないので、そこを念入りに調べるしかなかった。
魔力の波動から、魔法で開閉をしている様子だ。
そこで女神が、強引に魔力で抉じ開ける事にした。
「はあああああ…」
「こんな事で…」
「しっ
動き出したぞ」
「開くのか?」
「ああ
あくまでも、普通の人間に侵入されない為の扉なんだろう
だから開閉する分の魔力を送れば、開くんだろう」
「ううむ
不用心な気がするがな…」
ゴゴゴゴゴ…!
岩がゆっくりと動いて、ピラミッドの正面に入り口が開いた。
中には通路があり、少し進むとホールになっていた。
その両側には、まるで入り口を守る様に竜神機が立っていた。
左右から挟む様に、入り口に立っているのだ。
「な!
竜神機だと?」
「慌てるな
ただの張りぼてじゃ」
コンコン!
女神はすぐに、それが鉄で作られた偽物だと気付いた。
あくまでも入り口で、客を出迎える為の飾りなのだ。
だから素材も鉄で、中身は空洞だった。
「何だ…
しかしあいつめ…」
「城の警備みたいだな
あまり良い趣味とは言えないな…」
「そうか?
オレは恰好が良いと思うがな…
何せ竜神機って、男のロマンだろ?
「へ?」
竜神機を見詰める、イチロの目は輝いていた。
彼からすれば、この様な兵器が動く姿には憧れがあるのだろう。
しかしアーネストもエルリックも冷やかな視線を送っていた。
「なんかさ、こう…
恰好良いじゃ無いか」
「そうか?」
「オレはそうは思わないがな…」
「え?
巨大ロボット兵器とドラゴンのフュージョンだぞ?
男の子なら憧れるじゃ無いか」
「そうか?」
「イチロ…
子供じゃの」
「イチロ…」
「興奮するイチロは可愛いけど…
私達には分かんないや」
「う…」
女神だけでなく、妻達にも呆れられる。
イチロはガクンと項垂れると、落ち込んでしまった。
「そんな事より
早くこっちを調べるぞ」
「うわあ…
これは凄い部屋ですね…」
「趣味は悪く無いな
しかし色々と分からない物が多いな…」
落ち込むイチロを放って置いて、アーネスト達はその先の部屋に入る。
そこはアスタロトの居室で、中には様々な機材が置かれていた。
基本的にはアスタロトは、不必要な物は置かない。
しかしこの部屋には、彼が色々と研究した成果が置かれていた。
「こ、これは!」
「何だ、騒々しい…」
「飛空艇があったのか?」
「違う様じゃな…」
「て、て、テレビがあるじゃないか!」
「テレビ?」
「何じゃ、それは?」
イチロは薄いガラスの様な物の前で、再び興奮した様子を見せていた。
「これは凄いんだ!
オレの世界の娯楽の一つで…」
「あー…
前にイチロが、うたばんぐみ?
それが見れるって言ってた?」
「そう!
それだ!」
「だけどそれって、向こう側に人が居ないと駄目なんでしょう?」
「いや、録画した映像を流せば…」
「それってパネルと何が違うの?」
「ぐ…
兎に角色々と見れて…
あれ?」
しかし形は出来ていたが、中身までは再現出来ていなかった。
番組を視聴するには、テレビの向こう側も必要なのだ。
「凄いのに…
凄い事なのに…」
イチロは納得出来ず、テレビのリモコンを操作していた。
まだまだ続きます。
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