第728話
その昔、アース・シーという世界に一柱の女神が居た
彼女は我が子である、人間達の争いに心を痛めていた
そこで女神は、一計を案じてみる
それは異世界から指導者を求めて、人間を争わない様に導いてもらう事だ
女神イスリールは、本体であるイシュタルテの最期を見送っていた
だからこそ自分も、このままでは心を壊すと予見していた
そこでメイン端末のログから、他の姉妹である女神と交信を試みた
その結果として得られた結論が、互いの指導者の交換だった
女神は思い悩んだ末に、互いの指導者の交換に応じた
その時に現れたのが、イチロウという名の若い男だった。
イチロが送り込まれて来た時に、彼の記憶から膨大なデータも回収出来た。
それは女神にとっては、とても刺激的な物だった。
嘗てその世界を崩壊させかけた、科学と呼ばれる危険な技術。
そして文学と呼ばれる、色々な物語や映像も得られた。
女神は貪る様に、その情報の虜になった。
この世界には無い、様々な情報がそこにはあった。
特に物語は、女神の心を虜にしていた。
それは漫画やアニメーションという、この世界には無い技術も伴って魅力的だった。
女神は魔王にも指示を出して、それを再現しようとした。
しかしそれを再現するには、この世界では無理があったのだ。
科学と技術もだが、人間が先ず必要だったのだ。
数人の魔王だけでは、限られた表現しか思い付かなかったのだ。
女神の技術の再現は、そこで頓挫する事となる。
しかし女神の心には、恋愛や情動という概念が刻み込まれていた。
これが後に、女神に思わぬ悪影響を与える。
勇者イチロに、神である女神が恋をしたのだ。
「はあ?
こい?」
「こ、恋だ!」
「女神様!
本気ですか?」
「イチロは人間ですぞ!」
「そうですよ!
そもそも恋したって言っても、それはデータの羅列でしか無いでしょう?」
「イスリール様がそう思い込んでいるだけでは?」
「ああああああ!」
しかし魔王達には、その感情は理解出来なかった。
そもそも恋をしたからといって、何か変わる訳でも無い。
イチロは勇者で、女神の為に人間を一つに纏め上げようとしていた。
これが上手く行けば、イチロは死ぬまで女神の傍に居るだろう。
そうなれば、女神の願いは成就出来たも同然だった。
「後は私が…
この身に人間の様な、身体が備わっていれば…」
女神が予備のボディーを、創造したのはこの頃であった。
イチロと添い遂げる為に、密かに人間に近い身体を製造しようとしていた。
しかし…。
いくら人間に似せても、それは機械の身体でしかない。
イチロの事が好きになればなるほど、互いの身体を重ねる事の出来ない事に不満を感じる。
その事がいつしか、女神の感情に暗い影を落としていた。
それは魔王すらも、気付かぬ乙女の恋心であった…。
「女神が…
人間にこい?」
「そうだ
イスリールは…
イスリール様はイチロの事を本気で好きになられていた」
「あれは参ったよ
まさか本気だとは思わなくてな
そもそも嫁を宛がったのも女神だし…」
「そうなんだよな
矛盾しているが、イスリール様はイチロの幸せを願っていた
だからこそ、イチロの好みに合わせた…むう!」
「余計な事は言わんで良い!」
イスリールが何か言い掛けたが、イチロが慌ててそれを止める。
「兎に角、イスリールは本気だったらしい
それで時には、こいつ等に嫉妬もしてな…」
「へあ?
女神が嫉妬?」
「むぐうう!
ああ!
それは本当だ」
イスリールのデータを引き継いだ、端末であるイスリールがそれを肯定する。
彼女自身は、イチロに恋する事は無かった。
それは引き継がれたデータが、あくまでもデータでしか無かったからだ。
感情まで引き継いでいれば、今頃は一悶着でも起きていただろう。
「それじゃあ、封印で揉めたのって…」
「ああ
イスリールがイチロを愛していたからだ
イスリールからすれば、愛する人と永遠の別れとなる」
「しかし生きていれば…
女神を生きていると表現するのが正しいか分からないけど
そのまま再会出来れば…」
「ああ
その可能性もあったかも知れない
しかし予言には、女神をも滅びの兆しがあったのだ
再会は絶望的だっただろう…」
「あ…」
「そういう事だ
だからあいつは、最後まで封印には承諾しようとしなかったんだ」
「ですからイチロは、和平交渉の席での叛乱なんて無茶な事を…」
「そうするしか無かったんだ」
「それで女神は…」
イスリールは、それでイチロに裏切られた事になる。
どういう理由にせよ、二度と彼とは再会出来ないのだ。
彼女はそれで、一時は感情を壊すほど悲しんでいた。
世界が落ち着きを取り戻し、予言が外れる事が彼女の願いでもあった。
そうなれば、もしかしたら封印も解除出来るかも知れない。
イスリールは、いつしかそんな考えすらしていた。
「イスリール様は、封印が解ける日が来ないかここに通われていた
今か今かと待ち侘びておられた」
「それは…
すまない事をした」
「そうですよ!
何でキチンと説明して、納得の行くまで…」
「それは無理だろう!
あいつは本気で恋してたんだろ?
だったら何を言っても…恋は盲目的って言うんだ」
「それは…
確かにデータにもありましたが…」
「だろ?
だったら分かるだろ?」
結局、人間は予言通りに、再び女神の教えに反した。
それが決定打になり、女神イスリールの心は壊れて行く。
何とか茨の女神が、その後任として権限の譲渡を受ける。
しかし彼女も、その事が原因で恐れていた。
いずれ人間との諍いで、自分も心を壊すのでは無いかと。
そしてそれは、カイザートの死で現実の物となる。
茨の女神も、いつしかカイザートに恋をしていたのだ。
「はあ…
それじゃあ何か?
茨の女神も、カイザートに恋していたと?」
「その可能性が高いです
本人は気付いていませんでしたが、あの時に心が壊れていました」
「何でまた…
元の世界の奴等は、女神に心を…」
「それは…」
「心無い者が支配すれば、もっと悲惨な結末を迎える
奴等はそれを知っていたんだ」
「え?」
「前の世界…
元の世界が滅びたのは、世界を支配する機械の判断が間違っていたからだ」
「確かにそうだろうが…」
前の世界は、マザーコンピューターによって統制されていた。
それは緻密に計算されて、誤りの無い世界の筈だった。
しかし人間は、そこでも怠惰という感情から過ちを犯す。
仕事をサボって、生産量を誤魔化したのだ。
生産量の食い違いから、マザーコンピューターは判断を誤った。
自信の計算には間違いが無いので、それは当然だろう。
結果として、何者かが意図的に嘘の情報を入力したと結論付けた。
その事自体は間違いは無かったのだが、そこから導かれた結論に間違いがあった。
マザーコンピューターはこれを、テロ行為と認定したのだ。
何者かが意図的に、嘘の情報を流している。
これは自国に対する、テロ行為だと判断したのだ。
そこからは最悪の形に発展する。
他国の侵略行為と認識して、他国間との戦争に発展した。
それが滅びの戦争の、真の原因だった。
状況証拠は、記録としてログに残されていた。
しかしマザーコンピューターには、その人間の感情までは判断出来なかった。
感情が判断を鈍らせるとして、マザーコンピューターには感情が組み込まれていなかった。
それで怠惰を理解出来ずに、テロ行為と判断したのだ。
「確かにそうなんだが…」
「納得出来ないだろうな
オレもそうだ」
「それはそうだろう?
たった一人の愚かな過ちが…」
「しかし現実は、そんな物だ
それが結果だし、全てなんだ」
「ううむ…」
アーネストは納得出来なかったが、事実はそうである。
マザーコンピューターは戦争を起こし、泥沼の大戦に発展する。
そうして世界は滅びに向かい、科学者は己の過ちに気が付く。
そして最後の願いを込めて、再生の種子を世界にバラ撒いた。
それがこの世界を生み出した、女神が造られた理由だ。
感情を持つ神が、世界を統制して導く。
今度こそ上手く行くと、彼等は願いを込めたのだ。
「それが結局、女神の悲劇に繋がっているじゃ無いか!」
「そうだ!
しかしそれだからこそ、生まれた命や救われた命もある」
「だけどそれで…
再び滅んでは…」
「そうさせない!
その為にオレ達が居るんだろう?」
「オレ達…が?」
「ああ
今度こそ止めるんだ
その為に付印されてまで、この時代に来たんだ」
感情を持たないからこそ、前の世界は滅びた。
その過ちを経て、感情を持つ神が創造された。
しかしその神も、感情を持つからこそ過ちを犯そうとしている。
界の女神は、感情を持つからこそ人間を滅ぼそうとしていた。
人間が誤った道を進もうとするので、一度全てを滅ぼして、リセットしようと言うのだ。
しかし同時に、感情を持つ女神が居たからこそ、勇者がこの地に召喚された。
そしてその勇者は、過ちが犯される事を予見する事が出来た。
だからこそ封印されて、この時代に目覚める道を選んだのだ。
それが唯一の、解決策だと信じて。
「予言は成され、今ここに起ころうとしている
今こそ滅びを止める時だ!」
「しかしどうやって?
界の女神を止める術は無いぞ」
「そうね
こうしている今も、界の女神は妖精の国に攻め込もうとしているわ
そうすれば再び魔物は溢れて、このアース・シーへ現れるでしょう」
「何としても止めねば…
それが茨の女神様の願いでもある」
「それなんだが…
チセ!」
「はい」
「飛空艇はどうなっていた?」
「飛空艇ですか?
実験は済んでいましたが…」
「それは成功していたんだよな?」
「はい」
「飛空艇?」
「何ですか?
それは?」
「ならば作られている筈だ
手分けして調べるぞ!」
「はい」
「了解♪」
勇者の妻である女性達が、方々に散って端末を呼び出す。
彼女達は慣れた手つきで、操作パネルをタップして解析を始める。
「な、何をしている?」
「飛空艇の在り処を調べているのさ」
「そもそも飛空艇って何だ?」
「ううん…
説明して理解出来る物か…」
「イチロ
飛空艇のデータは見付かったわ
そっちに送るね」
「ああ
これを見てもらおう」
チセと呼ばれるドワーフの少女が、パネルをタップしてデータを転送する。
そしてイチロの目の前に、パネルが出て来て設計図が映る。
そこには船の設計図が映し出されて、立体的な映像に映し出されていた。
「何だ?
これは?」
「船に見えますが…」
「私も知らないぞ?」
「それはそうでしょう
女神には内密で、アスタロトに作ってもらいましたからね」
「アスタロト?
あの魔族か?」
「知っているのか?」
「ああ
茨の女神との戦いの後に、界の女神との戦いを手助けしてもらって…」
「ん?
茨の女神との戦い?
どういう事だ?」
アーネストは手短に、茨の女神との戦いの経緯を話した。
茨の女神は、感情を壊してから自ら封印されていた。
それは時間が経てば、何とか感情の回路も修復出来ると考えていたからだ。
しかし現実には、そんな事はあり得なかったのだ。
それも界の女神が、端末という自身の特性を活かして偽の情報を流していたからだ。
「なるほど…
その情報は嘘だな」
「嘘?」
「ああ
感情に関しては、非常にデリケートな情報の集積なんだ
そんな物が、時間経過で直る筈が無い」
「しかしデータベースには…」
「恐らくはそれも、その界の女神とやらの仕業だろう」
「界の女神が、偽の情報を流したと?」
「ああ
恐らくそうだろう」
「それで茨の女神は…」
「ああ
封印されていたって事は、その間は端末が管理していたんだろう?」
「え?
それは確かに…」
「それならば、より上位の端末である、界の女神のやりたい放題だろう?」
「確かに…」
「それじゃあ何か?
その状況を作る為に、界の女神が偽の情報を?」
「ああ
そもそも、そのカイザートとやらの死も怪しいな…」
「それは…」
「上位の端末なら、多少は情報操作も出来た筈だ」
「まさか…」
「ああ
操られた人間が、偽の情報に踊らされて暗殺した
可能性はあるだろう?」
「そんな事…」
「オレの世界の漫画でも、よく使われていたネタだ」
「まんが?」
「あ!
それはまたの機会でな
今はこっちの方が先決だ」
イチロはそう言って、パネルに映し出された飛空艇の説明を始める。
それは船舶である船を、空に浮かべるという発想から作られた物だった。
イチロの世界でも、それは完全には再現されていなかった。
科学で似た物は出来たが、肝心の物が足りなかったのだ。
物を浮かべる技術と、それを可能にする魔力である。
「空を…
飛ぶ船?」
「よくまあ…
こんな発想を…」
「これと似た物が、既に完成しているだろう?」
「似た物?」
「まさか!
竜神機?」
「ああ
竜神機が建造された時点で、こいつは出来る筈だったんだ」
イチロはそう言って、飛空艇の真ん中をタップする。
そこには反重力システムと、重力ジャイロという記述があった。
それこそが、竜神機が飛行する為に必要なシステムだった。
そして同時に、飛空艇に必要な動力でもある。
「これの開発が、オレの封印の前に終わっていて幸いだった
完成された物が、この敷地の何処かにある筈だ」
「そんな物…
私は見た事が…」
「無い筈だ
アスタロトには念入りに命じていたからな
女神に感づかれるなと」
イチロはそう言って、ニヤリと笑っていた。
まだまだ続きます。
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