第727話
竜神機アインスは、そのまま空中で力を失い落下する
そうして地面に落ちて、砕けて壊れてしまった
これで竜神機は、全て壊れた事になる
しかし同時に、女神の神殿には強力な結界が張られた
結界が張られた事で、当面は魔物が出現する事は無い
さすがに界の女神も、暗黒大陸からそう多くの魔物は送れないだろう
それに送れたとしても、結界の範囲外に限られる
リスクを冒してまで、女神も魔物は送って来ないだろう
「ああ…
希少な竜神機が…」
「アーネスト
あんな兵器は、本当は必要無いの」
「しかし魔物が再び来たら…」
「結界内には来ないわ
来るとすれば結界の外よ」
「しかし他の場所が…」
「そうね
しかし主要な魔物は倒したわ
当面は強力な魔物は来ないわ」
「そう願いたいな…」
強力な魔物が来なくても、複数の死から強力な魔物を召喚出来る。
そう考えれば、まだまだ油断は出来ないだろう。
しかし女神にとっては、暫くは安心だろう。
結界がある以上は、この中では魔物の生成も難しいのだ。
「この中に居れば、取り敢えずは安心よ」
「安心ねえ…」
「何が言いたいの?」
「それはこれまでの経緯を考えれば…」
アーネストはそこで、女神のポンコツぶりを思い返す。
イスリールんび限らず、女神は案外と抜けているところがある。
一見すれば、神であるから完璧に感じる。
しかし妙なところで、女神は失敗をしている。
「それで?
勇者は復活した訳なんだが…」
「そうね
これで暗黒大陸に攻め込めるわ」
「暗黒大陸に?
しかしここからでは…」
「そうですよ
転移も不完全ですし、妖精の隧道も行けるとは…」
「そうじゃな
ワシ等も簡単には行けない」
「それよりもノーム
早く戻らないと」
「そうじゃな」
ひと段落したところで、精霊達は慌ただしく移動を開始する。
「どうしたの?
さっきも何か起こっているって…」
「魔物の群れが、妖精の国を襲撃しようとしておる」
「こちらに来る前に、あと数日の距離まで迫っていたわ」
「そろそろ到着している筈じゃ」
「急いで戻らないと」
「それは大変ね
私達も一緒に…」
「それは無理じゃな」
精霊の一人が、女神の申し出を断る。
それは精霊の移動と、人間や女神の移動では違うからだ。
人間や女神では、妖精の隧道を使わなければならない。
しかし暗黒大陸まででは、距離が遠過ぎるのだ。
しかし精霊は、転移に近い移動方法がある。
これは精霊や、高位のハイエルフが可能な移動手段だ。
しかし通れる者は、限られた存在だけなのだ。
それで精霊は、女神の要請を断ったのだ。
「それではワシ等は急ぐのでな」
「待って
他にそこに向かう方法は無いの?」
「ワシ等に聞くよりも、もっと詳しい者が居るじゃろう」
「急いでいるの
ごめんね」
精霊達はそう言うと、そそくさと姿を消して行く。
炎になって消えたり、そよ風に乗って消えたり。
彼等は精霊力を使って、その身体を自然界に溶け込ませる。
そうする事で、彼等は別の場所に移動するのだ。
精霊が消えてから、アーネストは女神の方を見る。
女神も何か言いたそうだが、何も言えなくて困っていた。
女神も移動に関しては、精霊を頼りにしていた様子だ。
それで手段を失ったのか、返答に窮していた。
「なあ
他の移動手段って…」
「無いわ」
「無いって…」
「精霊の力を借りようと思っていたのよ」
「しかし妖精の隧道は?」
「不安定だし、どうやって行けば良いのか…」
「単純に開けば良いのでは?」
「それでは駄目よ
そもそも出口が分からないでしょう?」
「それは…」
妖精の隧道も、出口を知っている必要がある。
それは向きや距離を、見誤るととんでもない場所に出るからだ。
だからこそ妖精の隧道を使う時は、あまり離れていない場所である必要がある。
妖精郷に向かった時も、セリアが案内したから向かえたのだ。
「誰か知っている者が居れば良いのか?」
「そうでも無いのよ
ズレたら危険なの
だから私達が使う時も、行った事がある場所で、目標を間違わない事が前提なの
ここからなら、精々クリサリス王都が限界よ」
「そうなのか?」
「ええ
思ったよりも難しいのよ?
少しでもズレたら変な場所にでるんだから」
「それは…」
「あなた達も、岩の中や湖の中なんて嫌でしょう?」
「そんな場所に?」
「ええ
移動距離を変えて移動するのよ
ちょっとのズレでそうなるわ」
「そうか…」
そこへちょうど、イチロ達が帰って来た。
「さっきの連携は上手かったぞ」
「へへ」
「だけど今ので、結構矢を使ったわよ」
「ううむ
ミスリルの矢は後どのぐらいある?」
「そうね…
今ので200ぐらい使ったわよ
残りは1000ぐらいね」
「そうなるとアダマンタイトを加えても、そう打てるものでは無いな
普通の矢は?」
「そっちは補充しないと…
100本も無いわよ」
「そうか…」
「勇者様
どうしましょう?」
「どうしたんだ?」
エルリックの慌てように、イチロは訝しむ。
イチロとしては、神殿周りの魔物は一掃していた。
だから暫くは、安心出来るつもりでいた。
しかし事態は、今まさに悪化している。
「魔物の軍勢が、暗黒大陸の妖精の国へ向かっているわ
このままでは決戦に間に合わないわよ」
「間に合わないとどうなるんだ?」
「更なる力を着けて、魔物がこのアース・シーの何処かへ転移して来るわ
次が防げるか…」
「あの機械の竜は?」
「竜神機は今ので最後なの
あちらの手に渡るのを恐れて、そんなに数を作っていないの
すぐに作り始めても、ファクトリーでも何日掛かるか…」
「そうか
すぐに使える兵器は無いか…」
イチロは何かを考える様に、顎に手をやって考え込む。
「陽電子砲や核爆弾は?
ルシフェルに設計図は渡した筈だが?」
「それらは恐らく、ルシフェルも危険だと判断したのでしょう
仮に製造していても、彼が亡くなった今は…」
「クローンは?」
「記憶の移譲が出来ていないわ
バックアップがどの時点の物か…」
「そうか…
記憶の移譲が無ければ、持ち物の場所も分からんか」
「記憶の移譲?
それにクローンって?」
「それを説明するには、それなりの時間が必要になるな
今はそこまで、時間が無いんだろう?」
「それは…」
「そうね
兎に角早く、何とか手を打たないと」
女神の言葉に、イチロも頷く。
「移動の手段は、オレに考えがある
それよりも先ず、現状を説明して欲しい
オレ達が居なくなってから、何が起こったのかを…」
「でも、時間が無いわ」
「それは任せてくれ
多分何とかなる」
「でも…」
イチロに再度お願いされて、女神はこれまでの経緯を語る。
「イチロ
あなたは封印される為に、女神イスリールに戦いを挑んだわよね?」
「ああ、そうだ」
「そうなんですか?」
「知らなかったの?」
「エレンとアナスタシアは後から加わったからな
詳しい話はしていないんだ」
「それならそうと…」
「あの時は時間は無かったんだ
月の満ち欠けも重要だったからな」
「そうね
封印自体がタイトな物だったから、条件が厳しかったのよね」
「そうだ
だからあの日を選んだんだ
イスリールが魔物と、人間を一堂に集めるあの日が…」
イチロは、女神が和平交渉をする日に反旗を翻した。
その事は、女神とその側近である、魔王にしか話していなかった。
人間の王族の一部には、叛乱を起こすと伝えていた。
それはその時点で、女神に敵対する人間をあぶり出す為だった。
「あなたの計略通り、数国の王が叛乱を指示したわ
しかしあなたが破れて、彼等も囚われた」
「ドレスデン王は怒っていただろうな…
オレを当てにしてたから」
「そうね
イベリアの王は捕まり、エジンバラの宰相も捕らえられたわ」
「アーサーは?」
「若き国王は無事だったわ
あなたの話を聞いて、宰相の裏切りを予測してたみたい
しかし最後まで、あなたの事を嘆願していたわ」
「そうだな
アーサーには悪い事をした…」
「悪いと思っていたのなら、何で自分の口から真実を告げなかったの?
彼は泣いて怒っていたわよ
これでは友への裏切り行為だって…」
「言えるかよ!
オレはあの時、アーサーと今生の別れを言いに行ったんだぞ?
それの意味を知れば、あいつはどうしたと思う?
死んでも止めようとしただろう?」
「そうね…」
「それでは駄目だったんだ
あの後にアーサーも必要だったし
オレも封印されなければならなかった
この時の為にな…」
「あの…
盛り上がっているところを悪いんだけど
封印されなければ、本当に駄目だったのか?」
「こいつは?
今のガーディアン候補だったよな?」
「ええ
あなたの子孫に当たるわ」
「へ?」
「ほう?
誰の子孫なんだ?」
「アイシャの血が流れているわ
それにエミリアの血も…」
「そうか
アイシャとエミリアの…」
「おい!
オレがこいつの?
子孫ってなんだよ?」
「そうね
分かり易く言えば、イチロが残した子の子孫って事よ」
「しかしオレは、獣人の血は…」
「そうね
そっちも薄まっているわ
だけど条件が重なって、ガーディアン候補として覚醒出来たのよ
両親には感謝しないとね」
「え?
ええ!」
イチロが居なくなってから、実に500年以上の月日が経っている。
その間にイチロが残した血は、他の種族へと流れて行った。
その血が偶然に交わると、ガーディアンとして覚醒する可能性があった。
アーネストに流れる血も、そうした流浪の民の血から成されていた。
そもそもアース・シーには、元々のガーディアンの血も流れている。
ギルバートはそうした、アース・シーのガーディアンの血を継いでいた。
しかしアーネストの両親は、流浪の民の血を継いでいた。
アーネストが知らないだけで、両親はそうした血を受け継いでいたのだ。
「帝国の中にはね、そうした流浪の民の血が交わっていたの
獣人の血が入ったからと、必ずしも獣人の見た目や力を受け継ぐ訳では無いの
むしろあなたは、イチロの血が強く残されていたみたいね」
「ええ?
オレがこいつの…」
「こいつって言うな!
オレはお前の父親みたいな物だぞ」
「そ、そんな…」
「ふふ
そういえば、どことなく似ているわね」
「え?」
「ううむ
そういえば…」
「どちらかと言えば、ギルに似てません?」
「それはそうかもね
ギルバートには強くガーディアンの血が出ていたから」
「ギルバート?」
「ここに居ない、マーテリアルの血を目覚めさせた者よ」
「ああ
エミリアが言っていた…」
どうやらエミリアは、イチロにマーテリアルが現れる事も予言していたらしい。
そしてギルバートが、そのマーテリアルとして覚醒したのだ。
しかしギルバートは、界の女神との戦いで行方不明だった。
今では生きているのかも、分からない状況だった。
「ギルバートは…
界の女神を追って暗黒大陸に転移して、それ以降は…」
「くっ
ギル…」
「ふむ
肝心のマーテリアルは居ないか
それで、暗黒大陸とは?」
「へ?」
「知らないのか?」
「イチロ様
恐らくはイチロ様が、アメリカって呼んでいた場所です」
「ああ
あそこが暗黒大陸なのか…
何で?」
「当時は一部の魔族と、魔物しか住んでおりませんでした
それで界の女神が預かるまでは、開発もされておらず…」
「それで暗黒大陸か…」
暗黒大陸の事を、イチロはアメリカと呼んでいた。
それはその大陸が、イチロの居た世界のアメリカと呼ばれる大陸に似ていたからだ。
この世界の一部の地域は、その影響で女神が名付けている。
しかし暗黒大陸は、その特殊な成り立ちから暗黒大陸と呼ばれていた。
「ううむ…
そうなると距離は微妙か…」
「イチロ?」
「いや
何とかなるだろう
それで?
その後はどうなったんだ?」
「ああ
人間はこの地を去り、獣人と魔物が暫く残った
エルフは森に住み、ドワーフは元の洞窟に戻った
暫くはそれで、何事も無く済んでいたんだ」
「何事も…無くねえ」
「ああ
何事も起こらなかった
だからイスリールも、回復の兆しを見せていた」
「だが…
駄目だったんだろう?」
「ああ…」
イチロの叛乱を受けて、女神は何とかイチロを封印する。
そうして叛乱は鎮圧されて、再び和平交渉が行われた。
それで各種族は不可侵を誓い、各地に帰って行った。
ここまでは、女神が望んでいた結果となっていた。
イチロが叛乱を起こして、封印される事以外は…。
事が起こったのは、それから数十年後の事だ。
結局人間は、再び奴隷制度を行っていたのだ。
それが発覚され、再び戦乱がアース・シーを覆った。
この戦乱を制したのが、古代王国であった。
「古代王国ねえ…」
「ええ
この王国が、二期に渡って世界を制していたわ
それで表向きは、アース・シーも平和に…」
「奴隷制度と選民思想はそのままか?」
「うっ…」
「そうなんだな?」
「ああ
そのままだった」
「だから言ったんだ!
そうそう簡単には改まらないぞってな!」
「しかしイスリールも…」
「それで精神を病んで、壊れてしまっては元も子もないだろ!」
「だがそれは!
それは…お前のせいでもあるんだぞ…」
「言っただろう?
オレは人間で、あいつは女神なんだ
そこには恋愛感情や、夫婦の愛は育めないって」
「しかしイスリールは!
イスリール様は友愛だけでも…」
「あいつがそれ以上を求めたんだ
それが原因でもあるんだぞ」
「ええ?」
「それは…」
「イスリール様は、イチロ様に恋をしておられました」
「私達のイチロだもの
それは好きになるでしょう」
「それが問題だったんですよね…」
「ええ?」
アイシャ達の発言に、アーネストだけでなくエルリックも驚いていた。
この事は、女神と勇者しか知らない事だったのだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




