第718話
クリサリス王国の王都に、エルリックが戻って来た
彼は女神の一人を連れて、城に帰還して来た
そして女神から、事の真相が語られる事になる
女神が何を考え、何を求めているのかが…
女神の口から、複数の女神の名が出て来る
元々の世界を創世したのは、イシュタルテという女神だった
そしてギルバートと戦っていたのは、界の女神という名だった
そしてその女神も、元は支配の女神と呼ばれていたらしい
「そもそも支配の女神というのも、彼女の役職から来ているの
創世の女神イシュタルテ
アース・シーを治めた泉の女神イスリール
それからノースランドを治めた、支配の女神ドミネーター」
「え?
待って
あなたもイスリールでは?」
「そこなんだよな…」
「元々イスリールは、一番目の名前なのです」
「え?
一番目?」
「そう
そして私は、四番目の女神です」
「へ?
だけどイスリールって…」
「順を追って説明しますね」
女神はそう言って、再びパネルの画面を切り替える。
そこの樹形図の頂点には、イシュタルテの名が書かれていた。
その下に、細かな説明と共に7本の線が伸びている。
その一番左側に、イスリールの名が書かれていた。
しかし一番目と二番目は、既に色が暗くなって線が引かれていた。
「見てもらえば分かると思うのだけど…
女神は元々一人だったの」
「その一番上のイシュタルテだな?」
「ええ
そして翼人の氾濫を経て、彼女は役割を分担したの
一人では無理だと判断したのね」
「なるほど…
それで7人の女神が…」
「最初は4人の女神が生み出されたわ
そしてそれぞれの仕事を割り振られたわ
私は運命、フェイト・スピナーの運営を任されたわ」
「エルリックの様な、人間を導く者を生み出す仕事か?」
「ええ
そうして人間を、より良い存在に導く仕事だったわ…」
「私の様なフェイト・スピナーは、身分を隠して各地を巡った
人間に謝った価値観を持たさない様に…
争いを事前に納める様にね」
「そういう役割なのか?」
「元々は…ね」
フェイト・スピナーの役割は、本来は女神の声を届ける役割だ。
悪しき選民思想を打ち消し、互いに協力して生きる事を説く役割だった。
しかし長き時を経て、その役割は次第に変化して行った。
「まず最初に…
イスリールが狂ってしまったわ」
「え?
女神が狂うって…」
「何度かの種族間の争いに、次第に彼女は心を病んで行ったわ
そこで強力な力を持つ、外界の勇者が召喚されたの」
「外界の勇者って…」
「勇者イチロ
そう呼ばれる若者が呼ばれた
これが問題になった」
「そうね
彼がそのまま世界を総べれば…
上手く行く筈だったの」
「世界を総べる…
マーテリアルか?」
「そうね
当時彼は最強で、マーテリアルになれる筈だった」
「筈だった?」
「ええ
彼女の妨害が無ければ…」
イスリールは、一番目の女神を指差す。
何と彼女が、勇者を倒した張本人だった。
アモンの記録にも、女神が勇者を倒したと記録されていた。
それがこの事件の事なのだ。
「その時に彼等の間に、何が話し合われたかは分からないわ
私が知っているのは、勇者が私達を裏切った事
そしてその事が、イスリールを狂わせてしまった事ね」
「勇者が裏切った?」
「ええ
人間を導く事を止め、魔物を使って人類を滅ぼそうとしたわ
そうしてイスリールや魔族と戦い、封印されたわ」
「封印…」
「そういう事になっているがね
実はイスリール様も詳細は知らされていない
その様に説明された後、彼女は自らを封印した」
「そうしてイスリールは、この世界から消えたの」
「それで名前に…」
名前は色が変わっていて、横線で消されている。
それはその女神が、この世界から消えた事を意味していた。
そしてその隣の、もう一柱の女神も居ない事を意味している。
その女神が、ギルバートと共に倒した女神名のだろう。
「次に二番目にあった彼女…
茨の女神が女神の座に着いたわ」
「私が会っていたのは、この女神様だ」
「え?
それじゃあ界の女神は?」
「彼女は茨の女神が眠っている間に、こちらの大陸に侵入したのね
そうして自らが女神である様に振舞い、好き勝手に動いていたの」
「な!」
「それで魔物を放ったり、選民思想を広めていたんだ
考えられる事は、この地も支配しようとしたんだろう」
「界の女神は、魔物を使って向こうの大陸を支配していたわ
それでこちらの世界も、自分の物にしようとしたのでしょう」
「な…
何で茨の女神は?
眠っていただなんて…」
「彼女もまた、心に傷を負っていたのよ
カイザートの件があって…」
「あ!」
イスリールと同様に、茨の女神も勇者を生み出していた。
それは初代皇帝である、カイザートの事だ。
しかしカイザートは、選民思想の犠牲になって亡くなっていた。
そして選民思想は、三番目の女神の企みだった。
「待てよ?
選民思想って…」
「そうね
もしかしてだけど、この時既に界の女神が、この地に潜んで居たのかもね」
「そんな…」
「選民思想が原因とはいえ、カイザートは人間によって殺された
茨の女神様は、ショックで心を壊されていた」
「それで定期的に眠りに着いて、修復を図っていたのね…
私はその間の、簡単な処理を手伝っていたわ
だからあなた達が来た時に、あんな事になるだなんて…」
「あれは仕方がありません
界の女神に仕組まれていたのですから」
アーネスト達が女神に会いに行った時、界の女神は細工をしていた。
ギルバートを神殿に誘導して、茨の女神に会わせる。
その時に女神が怒る様に、周りの民や魔物を殺しておく。
そうしてギルバート達が、彼女を殺しに来たと思わせたのだ。
彼女が眠る前に、神殿には獣人や魔物が住んでいた。
それを殺しておくだけでも、女神は怒り狂っただろう。
界の女神は、その上で人間が攻めて来たという記録も偽装して残しておいた。
そうする事で、彼女に人類に敵意を向けさせる為だ。
だから彼女は、戦っている間に違和感に気が付いた。
しかし気が付いても、既に戦いは始まっていた。
結局彼女は、目覚めたマーテリアルであるギルバートに倒された。
この事も界の女神の、計略の一部だったのだ。
「くそ!
全て仕組まれた事だったのか?」
「ああ
彼女は我々に、茨の女神を倒させる事にしたんだ
界の女神では、茨の女神に直接攻撃が出来ないからな」
「何でだ?」
「プロテクトよ」
「分かり易く言うと、女神が争わない様に命令を与えているんだ
それは彼女達の意思に関わらず、強制する命令だ」
「自分が戦えないから、オレ達を使ったのか?」
「そういう事だ」
「くっ…」
だからあの時、女神はギルバート達を神殿に招き入れていた。
魔物が居なかったのも、簡単に侵入し易くする事も含めてだった。
そうしてギルバートは、まんまと茨の女神と戦わされた。
そうする事で、界の女神がこの世界まで支配出来る様になるからだ。
「ん?
そういえば、その界の女神は何か叫んでいたな
動かせないって…」
「ああ
本来なら、茨の女神様が壊された事で、その権限の全てを奪える筈でした」
「しかし私達が居ましたからね
なるべく権限を分散して、界の女神に奪われない様にしたの」
「それで権限を奪えなくて、悔しくて叫んでいたのか」
「ええ
そのようですね」
「だからあの女神は、自分の領地に戻ったんだ
あそこなら全て自由に使えるからね」
「暗黒大陸…」
「ああ」
「それなら!
それならギルとセリアも!」
「恐らくは…」
「その筈なんですが…」
「筈?
何が起こったんだ?」
一瞬だが、女神は目を伏せていた。
エルリックも様子がおかしく、アーネストは思わず腕を掴む。
「教えてくれ
ギルの痕跡は見付かったのか?」
「見付かっていない」
「ええ
向こうは界の女神のテリトリー
私達では…」
「それじゃあ何故!
何でそんな顔をする」
「それは…」
「エルリック
話すべきです
全てを彼等に…」
「ええ
そうですね」
エルリックは観念したのか、ポツリポツリと語り始める。
「先ず、暗黒大陸が界の女神の領土なのは…
分るな?」
「ああ」
「ギルバートとイーセリアは、その界の女神を追って転移した」
「ああ
それは間違い無い
床に闇が見えたんだ
あそこに落ちたとは思えない
それならば…」
「そうだな
私もそう考えている」
「それならば、女神を追って暗黒大陸に…」
「行ったと思う」
「思う?」
「確証が無いの
それに反応が無いのよ」
「反応が無いって…」
「あれからすぐに、マーテリアルの反応が消えたわ
それが転移に失敗したからなのか…
それとも何かあったのか?」
「我々では分からないんだ」
「そんな…」
女神自身は、暗黒大陸の詳細は見られない。
界の女神によって、情報の閲覧が制限されているのだ。
しかしマーテリアルの反応は、他の女神でも確認出来る。
しかし転移した直後から、マーテリアルの反応は消失していた。
「他の生き物に関しては…
詳細は分からなくても確認は出来たわ
だけどマーテリアルの反応は…」
「反応自体が消えている
だから無事とは…」
「そんな!
くそっ!」
「イーセリアの反応も…
だが、私は諦めていない」
「そうね
諦めるのは早いわ
だけど問題は…」
「何か…
何かあるのか?」
「ああ」
「ええ
移動の手段もだけど、向こうでは今…」
ここでイスリールは、驚くべき事を語った。
「実は暗黒大陸では今、大量虐殺が行われているわ」
「大量虐殺?」
「ええ
人間種に対して、虐殺が行われているの
恐らくは魔物を使って…」
「そしてその虐殺の過程で、魔物が強化されている
恐らくは魔石を、殺した人間の魔力で強化しているのだろう」
「魔石を強強化された魔物は、より強い上位の魔物に進化するわ
それを使って、再びこの地に訪れようとしているのね」
「まさか界の女神が…
この地を支配する為に?」
「ええ
この地では出来なくとも、向こうでは自由に強化出来るわ
それで強化した魔物を、この地に解き放つつもりなのね」
「そんな…」
「まさか?
再び魔物が侵攻して来ると?」
これには今まで、黙って聞いていたバルトフェルドも唸っていた。
以前にも王都に、大規模な魔物の侵攻が行われた。
他にも帝国の帝都も滅ぼされて、フランシスやエジンバラにも魔物が攻め込んでいた。
そんな大規模な侵攻が、再び行われようとしているのだ。
それも今回は、制限が効かない様に事前に強化してからだ。
「転移で送り込んで来る気か?」
「恐らくは…」
「それならばすぐに対策を…」
「どうやって?
もう、ギルバートもイーセリアも居ないんだぞ?」
「ぐうっ…
しかし!」
「だからこそです
私は今こそ、封印を解くべきだと」
「封印?」
「しかし!
危険ですよ?」
エルリックが食い下がるが、イスリールは首を振っていた。
「彼も嘗ては、世界の平和を望んでいました
事情を話せば…」
「ですが、彼は世界を滅ぼそうと…」
「封印って一体?
誰を封印しているんだ?」
「勇者です」
「勇者イチロ
彼を呼び覚ますと仰っているのだ」
「勇者って…
あの勇者イチロか?」
「ああ」
「ええ…」
女神は攻め込んで来る魔物に対して、勇者の封印を解くと言うのだ。
その昔、女神に反抗して封印された、異界から来たという勇者の封印をだ。
彼を解き放って、魔物と戦ってもらうと言うのだ。
確かに彼ならば、魔物と戦えるかも知れない。
「しかし…
強いのか?」
「ええ
マーテリアルを除けば、恐らく歴代のガーディアンの中でも最強です」
「しかし…
だからこそ危険なんだ
誰も敵わないんだぞ?
もし向こうに付かれたら…」
「その時はその時です
諦めるしかありません」
「ですが!」
「待て!
そもそもどうやって、その封印を解くんだ?
大元の女神が封印したんだろう?」
「それは…」
「エルリック
あれを持っていますね?」
「ええ…」
エルリックは女神に促されて、懐から首飾りを出した。
それは古ぼけていたが、希少な魔法金属で加工されていた。
中心には何かの宝石が填め込まれて、魔力が脈動している。
それはまるで、今でも生きている様に脈を打っていた。
「何…だ?
その宝石は…」
「これが鍵だ
イチロは女神様に、事前にこれを渡していたそうだ」
「正確には、彼等を封じた魔石もね」
「ん?
自らを封印する物を、事前に渡していた?」
「ええ
その様に聞いていますわ」
「そしていつの日にか、これが必要になると…
茨の女神様は、そう言って私にこれを…」
「それでは茨の女神も、こうなる事を察知していたと?」
「それは…」
「分かりません
分かりませんが…
イチロの従者には、予言の巫女も居たそうです
その巫女がもしかしたら…」
「予見していたと?」
アーネストは、エルリックの掌に載せられたネックレスを見詰める。
それは静かに脈動して、果たされる使命を待っている様だった。
このネックレスを使えば、勇者の封印が解かれるのだ。
問題はその勇者が、人類の味方かどうかだろう。
「それで?
その封印は何処に?」
「馬鹿な!
お前までこれを解こうと…」
「解くしか無いだろう?
今がその時なんだ
封印は何処にある?」
「しかし…」
「神殿にあります
アーネスト
それはあなたも、見ている筈です」
「オレが?
まさか!」
アーネストが神殿で見た物。
それは恐らく、神殿の壁にあった大きなレリーフだろう。
確かあれは、6名の女性が一人の男を囲んでいる模様だった。
あのレリーフが、封印された勇者だと言うのか?
「あの…レリーフ?」
「ええ
そうです」
女神イスリールは、そう言って静かに頷いた。
まだまだ続きます。
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