第715話
魔物達は、魔族を倒した事で安心したのだろう
そのまま町の跡に残り、残りの魔族の死体を食べ始めた
それを見ながら、黒騎士は城壁の残骸に腰を下ろしていた
そしてそのまま、暫く休憩をしていた
魔族が町の近くに現れた時、彼等はすぐ近くの森に居た
彼等は森から外を見て、周囲の様子を確認していた
魔族と違って、彼等は最初から警戒していた
それで魔物が姿を見せた時も、森の中で隠れていたのだ
「くそ!
魔物共め」
「どうにか出来んのか?」
「無理じゃ
あの数を見ろ!」
「ワシ等が加わっても、共に死ぬだけじゃ」
「しかし…」
「ワシ等の役目は、魔物の動向を調べる事じゃ」
「それにのう
一歩間違えれば、ワシ等もああなっておったのじゃぞ」
ドワーフ達は、森の中からその光景を見ていた。
魔族が囲まれて、魔物に襲われる一部始終だ。
彼等が森に隠れている間に、魔族はそこを素通りして行った。
その時にドワーフ達は、魔物が隠れている事に気が付いていた。
「やはりあの時に…」
「じゃが、どうやって声を掛ける?
ワシ等は魔族と仲良しという訳では無いのじゃぞ」
「それに迂闊に声を掛ければ、ワシ等が魔物と勘違いされたぞ」
「ワシ等も見付かる訳にはいかんのじゃ」
ドワーフ達は、魔族が近くを通った時に声を掛けようか迷っていた。
そうこうする内に、彼等は町の中に入ってしまった。
あの時に声を掛ければ、状況は変わっていたかも知れない。
しかしそれは、彼等も見付かっていた可能性が高いのだ。
「ぎゃあああ…」
「うわあああ…」
「くそ!
このまま見ているしか無いのか?」
「そうじゃな」
「助けに行く事は適わんぞ」
「ワシらまで襲われるぞ」
「しかしのう…」
「諦めろ」
「ワシ等はワシ等の仕事をしよう」
「ぐぬう…」
遠くで魔族が、魔物によって殺される声が聞こえる。
しかし彼等には、それを救いに行く事は出来ない。
彼等は元々、魔物の追跡だけが使命であった。
それで武器は持たず、食料しか持っていなかった。
「これなら武器を持って来れば…」
「馬鹿な事を申すな」
「あの群れに突っ込む気か?」
「しかしあれでは…」
「仕方が無い事じゃ
あ奴等は油断しておった」
ドワーフ達としても、本心では彼等を助けたかった。
しかしそれは、仲間を危険に巻き込むだけなのだ。
ここで彼等が見付かれば、ドワーフ達が無事だという事がバレてしまう。
それは折角魔物の目を誤魔化した事が、意味を成さなくなってしまう。
彼等からすれば、アレキサンドリアの攻防の事は知られていない。
そしてドワーフ達は、今も魔物の別動隊に追われていると思わせたいのだ。
その為にも、こうして姿を隠して追跡しているのだ。
このまま魔物が、妖精の国に向かう事を確認しなければならないのだ。
「ほら
それほど苦しいのなら先に帰れ」
「じゃが…」
「残りはワシが見ておく」
ドワーフの兵士長は、そう言って部下達を先に帰らせる事にする。
この先にもまだ、この群れを追う必要があるのだ。
交代の部隊も、すぐ近くまで来ている。
兵士長は一人だけ、斥候に残った部下と魔物を見張り続けた。
「隊長
しかし良いんですか?」
「うん?」
「ワシは構いませんが…
助ける方法はあったんじゃ…」
「馬鹿者
さっきも言ったじゃろう?
そうすれば味方を危険に晒す」
「はあ…」
「これはワシ等だけの偵察じゃ無いんじゃ」
兵士長はそう言って、懐から筒を取り出す。
それは前後に水晶が填め込まれた、遠眼鏡の様な物だった。
彼等はエルフの様に、遠視の術は身に付けられない。
その為に、こうして魔道具で遠くから見るのだ。
「あれを見ろ!」
「へ?」
不意に兵士長が声を上げて、兵士も思わず遠眼鏡を出す。
そこに映された物は、士官に迫ろうとする黒騎士の姿だった。
黒騎士はゆっくりと近付き、その剣で士官を串刺しにする。
士官はビクンビクンと痙攣して、兵士は思わず視線を逸らした。
「今のを見たか?」
「え?
ええ…」
「何という事じゃ…」
「そうですね
あの黒いの、躊躇いも無く串刺しに…」
「そうじゃ無い!
貴様は見なかったのか?」
「へ?」
ドワーフには遠視が無いが、代わりに暗視と特別な視力が備わっている。
それは全てのドワーフでは無いが、とても重要な機能であった。
魔力の流れを可視化して、その動きを視れるのだ。
兵士長や兵士も、この視力を備わっていた。
それは鍛冶に当たっては重要で、魔力の流れを見れる事は優秀なドワーフの証だった。
鍛冶をする際に、魔力が視れる事は重要なのだ。
素材の魔力を見る事も出来るし、加工する際にもどこをどう叩けば良いか見られるからだ。
それでドワーフにとっては、この魔力を診る目は重要なのだ。
兵士長や斥候の兵士も、この能力を持っていた。
これがある事で、魔物を察知する事が出来るのだ。
彼等が魔物に気が付いていたのも、この視力があったからこそだ。
魔物も魔力を有しているので、魔物を発見し易いのだ。
しかし今回は、事情が違っていた。
兵士長はその視力のお陰で、思わぬ物をみてしまった。
そして同時に、黒騎士の異様な魔力にも気が付いていた。
彼は黒騎士の魔力に、怖気を感じていた。
「貴様!
見ておらなんだのか?」
「え?」
「仕方が無いのう…」
「串刺しにするところは…」
「そこでは無い
魔力の流れを見るんじゃ
ちょうど次の標的に向かうぞ」
黒騎士はゆっくりと、今度は隊長の元へ向かった。
そうして剣を掲げると、同様に隊長の胸も刺し貫く。
兵士はそこで、魔力の流れに注視していた。
そして隊長の胸から、魔力が黒く濁りながら流れる。
「うげえ!
げえ…」
「大丈夫か?」
「あ、あれは…
何ですか?」
「ワシも分からん」
二人が見た物は、剣が魔力を吸い取るところだった。
それも魔族の中から、何かのエネルギーを変換しながら集めている。
それは彼等には理解出来なかったが、恐らく感情や精神の様な物を変換していた。
そして体内の魔力と共に、それを剣に吸収させたのだ。
「奴は危険だ!」
「そうですね
あんな力を持つなんて…」
「いや、違う
力ももちろんだが…
あの纏う魔力…」
「へ?」
「何も感じないか?
魔力を周りの黒い靄に合わせろ」
兵士は言われるままに、魔力視の波長を黒い靄に合わせる。
それは黒騎士が、魔族を殺した辺りから身に纏っていた靄だ。
靄はどす黒く、強烈な負の感情と負の魔力を宿していた。
兵士はそこに、真っ暗な深淵を感じていた。
「うあ!
ああ…うう…」
「む?
気をしっかりと持て
ふん!」
「かはっ」
ドワーフの兵士は、黒い靄に魅入られてしまった。
負の魔力に当てられて、兵士は負の感情に侵されそうになる。
そこで兵士長は、兵士の背中を押して活を入れた。
それで兵士は、何とか意識を取り戻した。
「はあ、はあ…
何ですか?
あれは?」
「負の魔力を纏っておる
しかも本人の感情も非常に不安定じゃろうて」
「負の魔力…ですか?」
「うむ
恐らくは元からの本人の感情とは無関係に、殺戮に酔いしれるだろうな」
「それは…」
常に負の魔力に覆われて、負の感情に襲われ続ける。
まともな人間ならば、狂ってしまうだろう。
そして殺戮を続けて、やがて歯止めも効かなくなる。
兵士長は、この魔物もその様な状態だと考えていた。
「そもそもが…
装備にも波長を合わせてみろ
集中するなよ?
取り込まれるぞ」
「は、はい」
兵士は慎重に、その黒騎士の装備に意識を移す。
そこには黒い魔力が渦巻き、常に先ほどの負の魔力が渦巻いていた。
少しでも気を抜けば、彼もその感情の波に飲まれてしまう。
慎重に魔力を分析して、その結果を兵士長に報告する。
「あの…
この魔力の波長って…」
「気付いたか?」
「はい
あの靄と同じです」
「うむ
それに加えてな、鎧には魔力を反射する機能がある」
「あ!
それで先ほどの魔族も…」
「ああ
折角の攻撃魔法も、容易く弾かれていた
それもあの鎧の効果じゃ」
士官は切られる前に、攻撃魔法を放っていた。
しかし魔力は霧散して、効果を発揮できなかった。
恐らく発揮していても、鎧の防御力の前には無意味だっただろう。
しかし少なくとも、隙を作るぐらいは出来た筈だった。
「そして兜には、何らかの精神支配の魔法が掛かっておる」
「精神支配ですか?」
「ああ
この様な行いを起こしても、指示に従う様にしてあるのじゃろう」
「それでは殺戮を続ける様に?」
「ああ
恐らくあの男が、殺戮を中断したのは違う理由じゃろう
剣の効果もあるのじゃろうな…」
「剣の効果?」
「あの剣が…
一番危険な物じゃ」
兵士長はそう言って、その剣に意識を持って行かれない様に気を付けていた。
「あれは意識や魔力…
魂の様な物を負の魔力に変換しておる」
「たましい?
何ですか?
それは?」
「ワシ等人間が、人間である所以じゃ
その魂があるから、ワシ等は感情や精神を維持出来る
そして本来なら、それは死後も残される」
「死後も…ですか?」
「ああ
死者が復活する魔法
伝承や神話に出て来るな」
「あ、はい」
「それは魂が残されているからだそうじゃ」
「たましい…」
ドワーフ達にも、精神や魂の話は伝わっている。
しかし妖精や精霊に比べると、それは断片的な情報だった。
それでも話は伝わっているので、彼等は魂の存在は知っていた。
あくまでも死者から、出て来る何らかのエネルギーとしてだが…。
「魂があるから、ワシ等は人間である
そうワシは教えられた」
「それでは魔物は?」
「魔物にもあるとされているが…
詳しくは分からん」
「そう…ですか」
「じゃがな、それを魔力に変えておる」
「あ!」
「そして恐らく…
見てみろ」
「ああ!」
彼等が見ている前で、士官達も剣に吸収されて行った。
剣に吸われた者達は、身体すら魔力に変換される。
そして負の魔力に変換された後は、黒騎士の周りの靄に加わっていた。
兵士長と兵士は、その光景を食い入る様に遠眼鏡で見守っていた。
「あれは…」
「身体すら魔力に変換しておる…
恐ろしい事じゃ」
「うう…」
「一体何に使うつもりじゃ?」
「あ!
あれを!」
「むむ!」
次に黒騎士は、剣を天に突き上げる。
そこから魔力は解き放たれて、魔物に降り注がれる。
ほとんどの魔力は、そのまま魔物に吸収される。
そして魔物の身体には、一定の変化が起こっていた。
「魔石の強化…
進化か?」
「進化?」
「魔物を強化しておるのじゃ
その為にあれほどの魔力を…」
「そんな!
それでは益々危険に…」
「ああ
しかし限度はある様子じゃな
あの男を見ろ」
「ああ…」
黒騎士は魔力を変換した反動で、力を使い果たしていた。
一度に変換出来るのは、限界がある様子だった。
それに魔物には、食料も必要だった。
残りの魔族の死骸は、魔物達が食していた。
「うげえ…
うう…」
「全ては無理なんじゃろう
それに魔物の食料の問題もあるしな」
「それでは城の食料が残っていたのも…」
「ああ
肉は他の生き物の物を必要としておったのじゃろう
じゃから穀物や野菜が主に持ち出された」
「酒も手付かずでしたよね?」
「ああ
魔物は酒を、好まないんじゃろう」
正確には、魔物にも酒を好む者も居たのだ。
しかし黒騎士が、早急にドワーフを追う様に指示を出していた。
それで魔物達は、最低限の食事だけをして移動したのだ。
その事を、ドワーフ達は知らなかった。
「それではあの男は…」
「ああ
魔物を強化する為に魔力を集めておる
しかし果たして…
ワシ等を襲う原因がそれなのかは…」
魔物を強化する為に、人間を襲うというのは無理がある。
むしろ人間を襲う序でに、魔物を強化しているという方がしっくり来るだろう。
そう考えるならば、魔物の群れの目的は何なのだろう?
本当に人間を襲う事が、あの者達の目的なのだろうか?
兵士長はそれが、目的だとは思えなかった。
「詳しくは分からんか…」
「隊長?」
「これ以上は危険じゃな
奴等もそろそろ、周りに警戒し始めておる」
「それではそろそろ…」
「ああ
妖精の隧道に戻るぞ」
「はい」
ドワーフ達は、元来た道に引き返す。
そこには仲間のドワーフ達が、隧道の入り口を見張っていた。
ここから来たので、彼等は身を隠してここまで来れたのだ。
そして他にも数部隊が、隧道で移動をしていた。
精霊の協力を得て、彼等は魔物の動向を見張っていたのだ。
精霊の動きを察知して、数体の魔物が反応していた。
その中には、あのオークも含まれていた。
彼等は黒騎士に近付き、どうするべきか上申していた。
「黒騎士様
近くにドワーフが…」
「…」
「良いんですか?
このままでは妖精の道で逃げられますぞ?」
「…」
「分かりました
今回は見逃すんですね?」
「…」
「え?
どの道隧道は見付け難い…ですか?」
「…」
「そう…ですね」
黒騎士は見た目には、無言で首を動かすだけだった。
しかし従者であるオーク達には、その言葉が理解出来る様子だった。
彼等は黒騎士の指示を理解して、ドワーフを追う事は断念した。
この時動いていたなら、隧道の入り口は見付かっていたかも知れない。
「黒騎士様は一体…」
「…」
「いえ、疑っている訳では」
「…」
「分かっております
我々の目的はあくまでも…」
「…」
「そうですね…」
黒騎士の説明を受けて、オークは納得したのだろう。
そのままここで、休息を取る事にした。
他の魔物に指示を出して、彼等は町の廃墟で一夜を過ごした。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




