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聖王伝  作者: 竜人
第二十二章 魔物との決戦
711/800

第711話

ドワーフの難民達は、ゆっくりと故郷に向かっていた

あまり急ぐと、魔物の群れに追い付くからだ

そのままゆっくりと進み、一月ほどで王都のあるハイキャッスルに辿り着く

後はそのまま、山の裏側から侵入するだけだった

ハイキャッスルのある山は、表の大空洞以外の道がある

これはドワーフ達が、脱出経路として掘り抜いた物だ

彼等はここから、ハイキャッスルに向かって帰還する

表の大空洞は、魔物との戦いで破壊されているからだ


「そろそろ抜ける頃じゃな」

「魔物はどうやら居らん様じゃな?」

「一体何処に向かったのやら…」


ドワーフ達は、用心してゆっくりと進んで来た。

その結果として、魔物の群れに追い付く事は無かった。

代わりにもらった食料は底を着き、途中で狩猟をしながらの旅となった。

野生の獣を狩る事は、ドワーフにとっては苦も無い事だったのだ。


「食料が不足しておる…」

「何よりも酒が無い事が苦痛じゃ」

「こんな事なら、もっと酒が欲しかった」

「無理を言うな

 食料がもらえただけマシじゃ」

「しかしのう…」

「言うな!

 余計に酒が飲みたくなる」

「王城の倉庫は荒らされておるじゃろう

 当分先まで、酒は無しじゃ」

「くうっ…」


酒はドワーフ達にとっては、まさに命の水なのだ。

酒無しでは、その日の終わりも楽しめない。

しかし倉庫は、魔物によって荒らされている。

恐らく食料も、残されていないだろう。


しかしドワーフ達は、ハイキャッスルに入って驚いていた。

中は思ったよりも、荒らされていなかった。

これは魔物の群れが、入り口でほとんどやられてしまっていたからだ。

中に入った魔物達も、そのまますぐに脱出経路を発見した。

それで後を追う為に、すぐに城を後にしたのだ。


「あん?

 あまり荒らされておらんのう?」

「謁見の間は酷い事になっておる」

「しかしユミル王は、無事に逃げおおせた様じゃな」


謁見の間は、魔物によって荒らされていた。

これはユミル王が、ギリギリまで粘って魔物を調べていたからだ。

それで魔物達は、王に逃げられて荒れていた。

そうした心情が、謁見の間の荒れ様で表されていた。


「おい!

 こっちに来てみろ!」

「どうした?」

「食料がほとんど手付かずじゃ」

「何じゃと?」

「酒蔵もそのままじゃぞ!

 奇跡じゃ!

 奇跡が起こった!」

「随分と安っぽい奇跡じゃな」

「言うな

 ワシ等だってそう言いたいんじゃ

 酒が飲めるとわな」

「そりゃそうじゃが…」


城の中は荒らされていない場所が多かった。

食糧庫も、ほとんど手付かずだった。

そして何よりも、酒蔵がそのままだったのが良かった。

魔物は酒には、あまり興味が無かったのだろう。


「しかし何でじゃ?

 何で食料を持ち出さん?」

「酒はまだ分かるが、何で食料はそのままなんじゃ?」

「そのままでは無かろう

 肉はすっかり無くなっておる

 残されておるのは、日持ちする野菜や穀物じゃ」

「そうじゃのう…」


これは魔物の群れが、主に肉食だった事に由来していた。

魔物は肉には手を付けたが、他の食料には手を出さなかった。

そんな余裕が無かったのと、魔物の種類がそうだったからだろう。

ゴブリンやコボルトでは、野菜や穀物で食事を作る習慣は無かったのだ。


「よし!

 当面の食料は何とかなる

 後は城の立て直しじゃ」

「城自体は損傷が少ない

 後は表の罠じゃな」

「それに迎撃用の武器も無いぞ

 また魔法金属を掘らねば…」

「魔石も必要じゃな

 こんな事なら、全部渡さなければ…」

「そう言うな

 魔石の在庫も何とかなりそうじゃぞ」


大空洞からの洞穴の経路には、多数の罠が仕掛けられていた。

そこに入り込んだ魔物は、そのまま罠に殺されていた。

そして放置されていたので、洞穴の迷路で死霊と化していた。

それを狩り殺せば、魔石も手に入るだろう。

死霊と化した為に、コボルトやゴブリンでも魔石が出来ているのだ。


「なるほど

 罠に掛かった魔物の死骸か…」

「恐らく死霊になっておるじゃろう

 しかし倒したなら…」

「魔石を持っておるじゃろうな」

「そういう事じゃ」


さっそく洞穴の道を調べながら、死霊狩りをする事になる。

向かうのはドワーフの兵士で、アレキサンドリアで魔物と戦った兵士達だ。


「頼んだぞ!」

「ああ

 ワシ等の力を見せてやる」

「その代わり帰ったら…」

「ああ

 よく冷えたエールを用意してやる」

「やっほー!

 冷たいエールだとよ!」

「祭りの時以来じゃ!」

「これは腕が鳴るぜ!」


ドワーフの兵士達は、気合を入れて洞穴に向かった。

彼等にとっても、よく冷えたエールは御馳走なのだ。

普段はユミル王ぐらいしか、それを飲む事は許されない。

しかし暫く放置されていたので、氷室に酒が置かれたままになっていた。

それでよく冷えたエールが、3ガロン放置されていたのだ。


「ユミル王様のご愛飲の酒じゃが…」

「王は今、この場に居らんからのう」

「まだ妖精の国かのう?」

「恐らくは…

 職人も何組か送っておるしのう」


ユミルは魔物に襲われる前に、何組か職人を送り出していた。

彼等は妖精の隧道を使って、無事に妖精の国に辿り着いていた。

そこで妖精と協力して、魔物を倒す為の武具作りをしているのだ。

妖精や精霊が強力するので、よい武器が出来上がっている筈だ。


「しかし魔石はどうするんじゃ?」

「何を言っておる

 扱うのは魔法金属じゃ」

「魔法金属じゃと?

 ここでも滅多に出んのに…」

「向こうには精霊も居るのじゃぞ

 魔法金属の在り処も知っておろう」

「それに精霊の加護もある

 魔法高炉もある筈じゃ」

「魔法高炉じゃと!

 何と羨ましい…」


魔法高炉とは、限界まで炉の力を高めた、高炉をさらに改良した物である。

精霊力と魔力を使って、より高度な精錬を行えるのだ。

そうする事によって、通常では扱えない様な、希少な魔法金属も精錬出来るのだ。

ドワーフ達にとって、魔法高炉とは夢の機材なのだ。


「噂には聞いておったが…」

「ワシが話したのは内緒じゃぞ

 ユミル王も秘匿しておったぐらいじゃ」

「何でじゃ?

 魔法高炉と言えば、ワシ等には夢の…」

「じゃからじゃ!

 ワシ等古参のドワーフでも、冷静では居れん

 ワシの言いたい事は、分かるな…」


年配のドワーフに凄まれて、職人のドワーフは黙って頷く。

彼とて職人の間では、親方と呼ばれる一人者である。

そんな彼でも、魔法高炉と聞けば落ち着いていられない。

長老衆のドワーフが、念押しするのも当然だろう。


「しかし、何で妖精に武器を?

 あいつ等は弓矢ぐらいしか使わんでしょうに」

「あのなあ…

 彼等はバリスタやカタパルトを作れんじゃろう?」

「ああ…」


正確には、弓や以外にも杖や細剣も扱う。

しかし大型の魔物に関しては、その程度ではどうにも出来ないのだ。

大型の魔物と戦うなら、バリスタやカタパルトぐらいの威力が必要なのだ。

しかしエルフや精霊では、そうした機械仕掛けの武器は作れないのだ。


「しかしエルフでは、バリスタやカタパルトは…」

「鏃に魔法金属を使うんじゃ

 ユミル王はそう仰っておった」

「なるほど

 エルフの弓に魔法金属の矢…

 それならば大型の魔物にも…」

「ああ

 恐らく十分な威力が出るじゃろう」


魔法金属自体は、希少でなかなか手に入らない。

しかしその多くが、何らかの魔法の力を付与している。

それにエルフの正確な射撃が加われば、大型の魔物も脅威では無くなるだろう。

ユミル王は、妖精の国を守る為に、その手助けをしている。

それは武力では無く、技術力の支援なのだ。

ドワーフらしい支援の方法と言えるだろう。


「それでは燃える矢や雷の矢など…」

「さあな

 ワシには分からん事じゃ

 しかし一流の鍛冶師が向かっておる

 半端な物は作らんじゃろう」

「ゴクリ」


長老の言葉を聞いて、ドワーフの職人は唾を飲み込む。

恐らくそれは、ただの武器では済まされないだろう。

出向しているのは、彼より数段上の一流の職人なのだ。

彼が想像出来ない様な、強力な矢が出来上がりそうだ。


「それで…

 王は当分?」

「ああ

 その間はワシ等が、何とかここの立て直しを図る」

「分かりました」

「指揮はグラトニーが出すじゃろう

 お前さんもしっかりと働いてくれ」

「はい」


ドワーフの職人が去った後、長老は空の玉座を見る。

そこには魔物が、怒りで切り刻んだ痕が残されている。

彼はユミル王が、魔物に襲われ無ければ良いが…と思っていた。

魔物達は、ユミル王に相当苛立っている様子だからだ。


「王よ

 出来れば前線には出ませんでくださいよ」


長老はそう呟き、必要な書類を取りに奥に移動して行った。


その頃妖精の国では、今まさに武具が鍛えられていた。

希少な魔法金属を使った、鏃が増産されている。

また、エルフ用の革鎧にも魔法金属が使われていた。

こちらは付与魔法で、衝撃に強くなっている。

大型の魔物は、岩や巨木を放り投げるからだ。


「魔法金属の効果で、多少は衝撃に耐えられる」

「しかし過信はするなよ

 あくまでも衝撃の吸収じゃ」

「岩に圧し潰されたり、巨木で殴り倒されては意味が無いぞ」

「分かった」

「感謝するよ

 これでなんとか戦えそうだ」


「森の外側にも、魔物除けの外壁を建てる」

「城壁は嫌じゃろうが…

 魔物が安易に攻め込めん様にする為じゃ」

「ああ

 致し方無いだろう」


エルフにとって、森を造成するのは嫌な事だった。

しかし樹上の家とはいえ、魔物に近付かれたら終わりだ。

その為に、近付けない様に城壁も拵える必要があった。

樹を伝わって、そこへ移動出来る様にもする。


「ここからこの範囲間で狙える」

「この北側はどうするんだ?」

「こっちは外壁で防ぐ」

「ここにも樹の道を作ってくれ」

「分かった

 それでこの外壁は…」


城壁の上では、エルフとドワーフが真剣に話し合っていた。

魔物が攻め込んで来た時に、どの様に攻撃するか確認していたのだ。

城壁を作るだけでは、魔物を止める事は出来ない。

そこから攻撃する事で、初めて意味があるのだ。


「東からはこのぐらいで良いだろう?」

「何を言っておる!

 この程度では数分しか持たんぞ?」

「いや、だって…

 こんなに頑丈な岩の壁を…」

「ゴブリンやコボルトなら十分じゃろう

 しかし大型の魔物が来たらどうする気じゃ?」

「それは矢で射殺して…」

「どこから射掛ける気じゃ?」

「それはここの…」

「その間に接近されるじゃろう?」

「ああ!

 だったらどうすれば…」

「じゃからここに足場を設けて…」

「しかし射掛けるなここの方が…」

「ここならどうじゃ?

 逃げ場もちゃんと作るんじゃぞ?」

「ああ

 樹にお願いして、足場を作っておくよ」


中にはこうして、白熱した議論をする者も居る。

しかしエルフとドワーフは、そこまで仲が悪い訳では無い。

共に精霊を信奉し、自然と調和した生活を好む。

仲が悪くなるのは、その考え方の違いだろう。


ドワーフは大地を愛し、地面や洞穴に暮らす事が多い。

そして肉弾戦と、機械を使った戦いを好む。

一方でエルフは、木々と森を愛でる生活を好む。

そして争いは好まず、普段は弓で牽制する程度なのだ。


しかし事は、国を滅ぼす事にも成り兼ねない事態なのだ。

だからこの戦いでは、相手を殺すつもりで矢を放つ事になる。

エルフは殺すと決めたら、必中の矢で一撃を狙って来る。

これはエルフが、苦痛なく殺す様に配慮しているからである。

それだけ彼等は、狙い撃ちに自信があるのだ。


「あんたらが作ってくれた、強力な矢がある」

「これがあれば、魔物も安らかに送れるだろう」

「過信はせんでくれよ」

「何でだ?」

「自信が無いのか?」

「そうでは無い

 ワシ等は常に、自身の最高の品を作る」

「しかし現実は甘く無い

 これだけの強力な矢でも、魔物が堪えるかも知れん」

「これにか?

 信じられん」

「時に信じられん事が、世の中には起こるものじゃ」

「今回の魔物の侵攻もそうじゃろう?」

「ううむ…」

「確かにそうだが…」

「ちと心配し過ぎじゃ無いか?」


この辺りも、エルフとドワーフの感性の違いだろう。

ドワーフは策を練り、何重にも配備をする。

その上でも不安で、何手か先を常に考えている。

一方でエルフは、どちらかといえば享楽的なのだ。

若干どうにかなるだろうと、楽観視する傾向にあるのだ。


「精霊王様のお話では、アレキサンドリアでは撃退したそうじゃ無いか」

「あれは魔物の数が少なかったんじゃ!」

「それに本隊では無い、少数じゃぞ

 ここには本隊が向かって来ておる」

「その数は数万に及ぶそうじゃぞ」

「大丈夫だろ」

「そんなに来る筈も無い」


こんな感じで、彼等はあまり深刻にならない。

この辺が、エルフ達の悪いところでもある。

こんな享楽的な性格故に、奴隷として簡単に捕まってしまう。

ドワーフの様に、用心深く生きられないのだ。


「精霊王様

 魔物の群れはアトランタから、ジャクソンを超えたそうです」

「恐らくこのペースですと、半月から3週間ほどかと…」

「何とか間に合いそうですね」

「間に合っておらんじゃろうが!

 このままではギリギリじゃぞ」

「でも、城壁は出来上がるでしょう?」

「訓練の時間が無いわい」


精霊王の言葉に、ユミル王はイライラしながら答える。

この二人もまた、性格の問題でしばしば口論をする。

しかしそれは、決して仲が悪いからでは無い。

ユミル王が心配して、つい声を荒らげるのだ。


「どうする気じゃ!

 このままでは…」

「防壁が出来上がるだけ、マシと思うしか無いでしょう」

「お前は…」

「とはいえ、ここまで協力してもらった手前

 負けたくはありませんね」


精霊王はそう言いながら、魔物の侵攻速度を確認するのであった。

まだまだ続きます。

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