第705話
獣人達は声を張り上げて、魔物に向かって行く
しかし魔物は、次々と城門を潜って侵入して来た
城門は既に開け放たれて、魔物が自由に侵入出来るのだ
飛行型の魔物によって、城門は内側から開けられていた
城門から次々と、グレイ・ウルフに乗ったゴブリンが入って来る
グレイ・ウルフやゴブリンは、単体ではそう大した脅威にもならない
しかしグレイ・ウルフの機動力に、ゴブリンが持つ武器が振り回される。
この二体が協力する事で、危険で厄介な魔物に変わっていた
「うおおおお」
ギャギャギャッ
ズドッ!
「くそっ!
ちょこまかと」
「深追いするな!
ここを離れたら、ますます魔物が入って来るぞ」
「しかし厄介だぞ
コボルトまで入って来た」
ゴブリン・ライダーに梃子摺っている間に、コボルトとオークも城門から入って来る。
頑丈な城門も、閂を壊されては意味が無かった。
魔物は扉を押し開けて、次々と街の中に侵入して来る。
そうして街に入られると、魔物の方が優位に戦えていた。
魔物は数が多いので、獣人達は魔物に囲まれてしまっていた。
ゴブリン・ライダーは素早く、狼の獣人でも対処するのに梃子摺る。
その間に他の獣人が、負傷してコボルトやオークに囲まれる。
ここで彼等が、最初からコボルトやオークに向かっていれば状況は違っただろう。
しかし魔物は、狂暴化している割には判断が的確だった。
それで獣人達は、対処出来ずに追い詰められて行く。
クアアアアア
「ぐっ
くそお!」
「この鳥め!」
そしてもう一つ厄介なのが、飛行型の魔物だった。
これには狼の獣人でも、対処が出来なかった。
元々空を飛ぶ者は、地上に対して優位に働ける。
これが魔物であるなら、なおさら厄介である。
「くそっ!
鳥の魔物のせいで…」
「逃げろ!
このまま…ひぎゃあああ…」
「止め!
止めえでえ…がはっ」
逃げようとする獣人も、魔物に掴まって手足を切られる。
その上で生きたまま、身体を食われて行く。
その絶叫を聞いて、ますます獣人達は恐慌状態に陥る。
さしもの獣人でも、この凶行には堪えられなかった。
「う…」
「これは酷い…」
「これ程とは…」
ドワーフ達はその光景を見て、吐き気を堪える。
音声は伝わらないが、その光景は物見の水晶で見る事が出来た。
しかしその光景を見て、彼等は後悔していた。
これ程の事が出来る魔物が、もうすぐここに向かって来る。
アトランタの街からこの城までは、徒歩でも半日ぐらいの距離だ。
そして飛行型の魔物なら、もっと早く洞窟に入って来るだろう。
安心出来る材料は、空からでは城門は越えられない。
あくまで城門は、洞窟の入り口になっていた。
「狼狽えるな!
奴等もすぐには入って来れん
城門の物見の水晶は?」
「はい
こちらに用意しております」
「うむ…」
もう一つの水晶が、洞窟の外を映し出す。
そこにはまだ、魔物が迫っている様子は無かった。
しかしそれほど時間が経たない内に、この場所にも魔物が来るだろう。
そうなれば城門も壊されて、魔物が入って来るだろう。
「バリスタには弾は?」
「はい
約50発は撃てる様に込めています」
「自動照準は?」
「水晶の映像に合わせて発射出来ます」
「洞窟の罠は?」
「全て起動しております」
「洞窟に残った者は居らんか?」
「はい
ドミニクが最後に確認しました」
「ああ
誰も残って居らんのを確認して閉めたわい
後は土嚢で固定もして来た。
「それなら暫く安心か…」
ユミル王はそう言って、深い溜息を吐く。
想定出来る準備は、全て行っている。
後はこのまま、上手く魔物を引き込むだけだった。
このまま裏から逃げ出しても、すぐに魔物に見付かるだろう。
ここに籠っていると見せかけて、裏口から脱出するのだ。
「先に難民から脱出させるぞ」
「今からですか?」
「そうじゃな
もうすぐ日も暮れるじゃろう
それから順番に外に出ろ」
「はい
それでは、それまでは各自で休ませます」
「うむ
出発までは十分に休ませる様に」
王の指示を受けて、兵士が持ち場に向かって移動する。
時刻はまだ、昼を過ぎてそれ程立っていない。
残っていた獣人は、数だけなら1000名近く残っていた。
しかし魔物は、その獣人達を破竹の勢いで殺して回っていた。
「夕刻まで…
もちますかね?」
「もたないじゃろう」
「でしたら…」
「奴等も食事を摂るじゃろう?
このまま暫くは、アトランタに残る筈じゃ」
「食事って…」
「うえっ」
ユミル王の食事という表現に、ドワーフの戦士も数名が気分が悪そうにしている。
いくら戦士と言っても、あの酷い光景には吐き気を催していた。
人間を餌として、魔物は食事を堪能していたのだ。
しかもその様子は、物見の水晶でバッチリと見えていた。
それから数時間を掛けて、魔物は街中を隈なく捜索する。
隠れていた獣人も、そうやって魔物に見付かってしまう。
腹を空かせた魔物にとって、獣人達は格好の餌だったのだ。
「な?
言ったじゃろ」
「ですが…」
「うう…
今夜は飯は食えそうにない」
「がはははは
それじゃあ酒はどうじゃ?」
「ユミル王様…
ご冗談は止めてください」
「そうですよ
こんな状況で」
「こんな状況だからじゃ
おい!」
ユミル王は部下に命じて、用意してあった醗酵酒を持って来させる。
そして一人に一杯ずつそれを渡す。
「ユミル王様」
「一体何を…」
「これが最期になるかも知れん
じゃから別れの酒じゃ」
「あ…」
ドワーフの間では、死者が出た時には酒盛りをして故人を偲ぶ風習がある。
来世に旅立つ仲間が、寂しくて思いを残させない為だ。
楽しく笑って送って、来世に生まれ変われる様に祈るのだ。
ユミルはこれを用いて、今生の別れの酒としたのだ。
「まさか王は!」
「それだけは!」
「勘違いするな
ワシは見届けた後に逃げるつもりじゃぞ
それよりお前達が、無理して命を落とすかも知れん
これはその為の酒じゃ」
「何を勝手な!」
「ワシ等はそんなに簡単には…」
「それなら、この酒に誓え!
無闇に命を捨てようとするな」
「は!
それはユミル王様じゃろう」
「そうじゃ
ワシ等は王を守って、必ず逃げおおせるぞ」
「それじゃあ誓いの酒じゃ」
「くっ…」
「分かったよ
死のうとしないよ」
文官だけでなく、謁見の間に残った護衛の兵士も酒を飲み干す。
一杯程度では、ドワーフは酔っぱらう事は無い。
むしろ調子の良くなる者が居るぐらいだ。
そして酒を誓って飲み干す事は、ドワーフが神に宣誓する事に等しい。
酒を愛して大事にするドワーフだからこそ、この誓いの意味は大きかった。
「死ぬんじゃ無いぞ」
「おう!」
「ユミル王様こそ、無茶はするなよ」
「そうじゃぞ
もう爺なんじゃからな」
「分かっておる」
ガン!
ガコン!
ドワーフ達は、飲み干したカップを地面に叩きつけて壊す。
こうする事で、誓いを壊さないという意思を示す。
酒に誓って飲み干し、カップやグラスを壊す。
この一連の流れが、ドワーフ達の神聖な誓いなのだ。
他の場所でも、別れの挨拶を済ませて難民と共にドワーフの兵士が外に出る。
そこは山の北東側の出口になっている。
一見すると小さな森の中に、洞穴が空いている様にしか見えない。
しかしそれは、ドワーフの王国から避難する際の秘密の抜け道だった
「魔物は居ないな?」
「ああ
こちらは静かなものだ」
「このまま突っ切って、北東のシャーロット砦に入る」
「そこで魔物と戦うのか?」
「いや
そこからさらに北東に向かう」
「北東って…」
シャーロット砦よりさらに北東となると、そこは獣憑きの魔族の領土だ。
アレクサンドリアやボルチモアまで下がるのなら、相応の撤退準備は必要だ。
それに移動する為の、食料も必要になる。
シャーロット砦かアレクサンドリアまででも、数日の移動が必要なのだ。
「ここからシャーロット砦まででも一日掛かるんだろ?」
「ああ」
「そこから何処へ?」
「予定ではアレクサンドリアかボルチモアだ」
「しかし…」
「そこはあの呪われた…」
アレクサンドリアやボルチモアと聞いて、大多数の魔族が尻込みする。
そこに住む魔族は、呪われた魔族と呼ばれている。
彼等は負の感情に囚われると、獣人の様な獣の姿に変わる。
そこから獣憑きと呼ばれて、他の魔族から侮蔑されていた。
「呪いなど無い!
彼等はそういう身体特性なのじゃ」
「しかし獣になって暴れるだろう?」
「それは感情の制御が出来ていない、若い者達じゃ」
「そうじゃぞ
感情が制御出来る様になれば、彼等はある程度自由に変身出来る様になる」
「ですが魔物や獣人の様な…」
「そういう差別はいかんぞ」
「そうじゃぞ
それが争いの禍根になっておる」
「う…」
ドワーフ達の言葉に、魔族達は俯いて言葉を失う。
確かに彼等も、偏見でその魔族を見下していた。
獣憑きと呼んで、彼等を差別していたのだ。
それは彼等に限らず、他の魔族や獣人も同じだった。
彼等と交流していたのは、ドワーフ達だけだった。
「精霊王も気にしておったな」
「あれが近くに居ればな…」
「じゃからこそ、最初に襲われたコロンバスは見捨てられておった」
「それは…」
「この中にも、あそこから逃げて来た者が居る筈じゃ」
「彼等は勇敢に戦って、避難民を逃がしたそうじゃな」
「それなのにお前達は、そんな彼等を見下すのか?」
「いや…」
「オレ達は違うから!」
「そ、そうだよ
オレはあいつ等なんかに助けてもらわなくても…」
「何じゃと?」
数名の魔族の若者達が、それでもまだ蔑んだ言葉を口にしていた。
それで怒ったドワーフは、彼の首根っこを掴んだ。
「もういっぺん言ってみろ!」
「貴様等はまだ分からんのか?」
「その考えが女神様を怒らせておるんじゃぞ」
「しかし奴等は…」
「もう良い!
貴様等はここで追放じゃ!」
「な!」
「ふざけるな!」
「ふざけておるのはどっちじゃ?」
「これからどこに行くか聞いておらなんだのか?」
「これから助けてもらう者達を、貴様等は馬鹿にするのか?」
「ぐ…」
ドワーフ達に睨まれ、それでも彼等は不満そうにしていた。
「それなら貴様等は、何処へなりと行け!」
「ただしシャーロット砦には入らせんぞ」
「何!」
「なんでだ!
オレ達に死ねと言うのか?」
「アレクサンドリアやボルチモアに行きたく無いんじゃろ」
「別にそうとは…」
「なら、何じゃと言うのじゃ?」
「いや…それは…」
「分かった、それなら他の避難場所に案内しろ」
「はあ?」
「何を言っておるんじゃ?」
「何を言っているじゃない
オレ達を安全な場所に案内しろと言っているのだ」
「貴様等は馬鹿か?」
「何だと!」
横暴な魔族の若者達に、ドワーフ達は呆れていた。
「貴様等の事なんぞ知らん!」
「何処へでも行け!」
「何だと!」
「オレ達を無事に安全な場所に案内しろ!」
「何でワシ等が?」
「そもそも安全な場所なんぞ、もう何処にも無いぞ?」
「な…」
「貴様等!
オレ達魔族を舐めてると…」
「どうだと言うのじゃ?」
魔族の若者は凄むが、ドワーフ達は気にしていなかった。
「オレ達魔族は偉大な…」
「偉大じゃと?」
「どこでそう勘違いした?」
「この!」
「食らいや…」
「きゃあ」
「うわあ」
「ふん!」
魔族が魔法を使おうとするが、ドワーフ達は平気な顔をしていた。
そして何故か、魔族の魔法は発動しなかった。
「マジック…
あれ?」
「ファイヤーボー…
な、何でだ?」
「ふむ
ワシ等に魔法を使おうとしたのか?」
「使わせると思ってか?」
「くっ」
「ひいいい…」
魔族の若者達は、魔法で脅して従わせようとしたのだろう。
しかし肝心の攻撃魔法が、不発に終わってしまった。
そしてドワーフ達は、事情を知っているのでニヤニヤ笑っていた。
「それで?
どうするのじゃ?」
「貴様等は連れて行かんぞ」
「何処へなりとも、立ち去るが良い」
「くそ!」
「覚えてろよ!」
「待ってくれよ!」
魔族の若者達は、捨て台詞を吐いて逃げ出した。
ドワーフ達はそんな彼等を、そのまま逃げるに任せた。
追い駆けて捕まえるのも面倒なので、そのまま捨て置く事にしたのだ。
今はそんな事よりも、難民たちを逃がす事が重要なのだ。
「ふん
小僧共が」
「良いのですか?」
「何がじゃ?」
「また襲ってきたり…」
「大丈夫じゃ
ワシ等は魔法を打ち消す道具を持っておる」
「それにあいつ等も、今は魔物から逃げるのに精一杯じゃろう」
「そうなんですか?」
「うむ
安心して着いて来てくれ」
「はい」
彼等は大人しくなった魔族と、人間の難民を連れて移動する。
元々彼等は、同胞から迫害されて逃げて来た者達だった。
さっきの若者達は、コロンバス辺りから逃げて来た難民だった。
それも元居た街でも、ああして他の者を虐げていたのだろう。
しかしドワーフ達に対して、その様な態度を取るのは間違いだった。
これが角持ちの魔族や獣人ならば、力任せに襲って来ただろう。
それに他の魔族や人間達を、人質にしていたかも知れない。
しかし角無しの魔族では、魔法を使う能力しか無いのだ。
威張っていても、魔法を封じれば何も出来なかった。
それでドワーフ達は、彼等を追放で留めていたのだ。
「急ごう
無駄な時間を使ってしまった」
「魔物がこちらに気付く前に、シャーロット砦に向かう必要がある」
「はい」
「砦に辿り着ければ、多少は休める筈じゃ」
「気張って着いて来いよ」
「はい」
ドワーフの戦士達は、難民を率いて北東に向かった。
そしてその後方では、次の避難民達が準備を進めている。
こうして何組かに分かれて、少しでも辿り着ける様に考えていた。
沢山固まって動くよりは、その方が見付かり難いからだ。
ユミル王が城で指揮して、その間の敵の注意を引き付けている。
多くの者が助かるには、迅速な移動が必要だった。
まだまだ続きます。
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