第702話
ユミル王の指示で、アトランタの街から住民が非難する
この街には、主要な産業などは無かった
あくまで移住して者達が、暮らす為に農地を耕しているだけだ
それでも移住して来た者達にとっては、大切な生活の糧だった
アトランタの街には、奴隷狩りや圧政に苦しむ者が移住していた
彼等は魔族や獣人から、逃げて来た者達だ
同じ魔族も居るのだが、彼等は奴隷にされそうになって逃げ延びていた
そこにオリンズから逃げ延びた、獣人達が加わっていた
「ふざけるな!
何で逃げるんだ!」
「分からないかのう?
ここでは魔物を防げん」
「防げるだろう?
たかだか地を這う獣共だ!」
「その者達によって、オリンズも落ちたのでは?」
「そんな事はあり得ない!」
「そうだ!
ワシ等獣人が魔物風情に負けるなど…」
ドワーフ達の言葉に、獣人達は怒りながら反発していた。
逃げ出す事より、ここで魔物を倒すべきだと言うのだ。
しかしドワーフ達は、アトランタに兵を差し向けるつもりは無かった。
そして魔族や人間達も、ここから逃げるべきだと理解していた。
しかしそれを、獣人達が妨害していた。
「ふざけるな!
貴様等も残って戦え!」
「何で私達が…」
「そうだ
戦いたいのなら、あんた等だけ戦えよ」
「煩い!
ワシ等に逆らう気か!」
「逆らう?
そもそもあんた等は、ここに逃げて来たのだろう?」
「逃げてなどない
ここで態勢を立て直そうと…」
「はいはい」
「言い訳しても、あんた等が逃げて来たのは間違い無い」
「それにあんた等に従う理由も無い」
「煩い!
貴様等下等生物は、ワシ等に従うべきなんだ」
「何だと!」
獣人達の強引な命令に、魔族も人間達も反発していた。
特に人間に関しては、獣人達の奴隷狩りから逃れてここに来た者達なのだ。
ここまで逃げて来たのに、そんな彼等に矢面に立って戦えと言うのだ。
そんな獣人達に対して、彼等は怒りを通り越して呆れていた。
「何でオレ達が、お前等に従わなきゃ…」
「良いから命令を聞け!
使ってやるのだからありがたく思え」
「貴様等はワシ等の奴隷だろうが!」
「黙ってワシ等の命令を…」
「止さんか!」
「貴様等!
ここに逃げて来たと言う事を忘れておらんか?」
「誰がここに入れてやったと?」
「うるせえ!
貴様等土妖精共のいう事なんざ…」
「ほう?」
「ワシ等に感謝するどころか、土妖精と侮蔑するか」
「ここまで腐っておるとはな」
獣人達は、止めに入ったドワーフ達にまで牙を向けていた。
元々はここは、ドワーフ達が作った街だった。
それを逃げ込んだ者達に、ユミル王が好意で譲っていたのだ。
そこに逃げ込んだ身でありながら、獣人達は自分達が主人だと振舞おうとしていた。
その事はドワーフ達にとって、容認出来ない事だった。
「ここに残りたければ、好きにするが良い」
「しかし彼等は、貴様等の自由にはさせん」
「彼等はワシ等の客人じゃ」
「彼等に何かしようものなら、ユミル王様に弓引く行為と思え!」
「だったら何だ!
ユミルなんぞ殺してやる」
「ワシ等が最強じゃ!
全ての生き物は、ワシ等に従うべきなんじゃ」
「逆らう気なら…」
獣人達は牙を剥き、ドワーフ達に襲い掛かろうと身構える。
それを見てドワーフ達は、溜息を吐きながら懐から何かを取り出す。
それを翳されたところで、急に獣人達はよろめいた。
そのまま跪いて、彼等は身動きが取れなくなる。
「ぐ…」
「あが…」
「さあ
今の内に洞窟に向かうぞ」
「え?」
「あ…
ああ」
その光景に驚き、魔族や人間達は戸惑う。
しかしドワーフ達に促され、彼等はアトランタから脱出する。
後に残されたのは、一時的に力を失った獣人達だけだった。
彼等は急に脱力して、喋る事も出来ないほどに衰弱していた。
「あれは…
何だったんだ?」
「ワシ等が掘り当てた鉱石には、色々と危険な物も存在する」
「例えば獣人の様な、身体強化を弱体化する物とか…」
「弱体化?
凄いじゃないか」
「それがあれば獣人を…」
「獣人をどうされます?」
「え?」
「あなた達が迫害された様に、力を奪って奴隷にしますか?」
「あ…」
「そうだな…」
ドワーフ達の冷静な言葉に、人間達も落ち着きを取り戻す。
彼等にとっても、奴隷という事は苦しい過去を想起させていた。
そんな奴隷に、例え憎き獣人達でもさせたいとは思わなかった。
それだけ獣人が行っていた、奴隷制度は酷いものだった。
「しかし奴等…
一体どうするつもりだ?」
「あのままではアトランタの街と共に…」
「ええ
ですから逃げ出す者には、それなりの配慮はするつもりです」
「ですが先ほどの様な言動を繰り返す様ならば、拘束するも止むを得んでしょう」
「そう…だよな」
「何でこの期に及んで…」
それはドワーフ達にも、ましては同じ奴隷制度を行っていた魔族にも理解出来なかった。
いや、今争っている魔族なら、少しは理解出来たかも知れない。
しかしそれは、彼等が理性的でない証拠でもある。
冷静な判断が出来るなら、この様な状況で考える事では無い。
彼等もまた王都で争っていた魔族同様に、何か熱に浮された様に狂っていた。
その原因は、精霊王しか分かっていなかった。
「やはり無理ですか…」
「精霊王様
これはやはり、あの者が…」
「その可能性が高いでしょう
しかし確証が持てません」
アトランタの様子を聞いて、精霊王は顔を顰めていた。
こうなる事は、事前に予想が出来ていたのだ。
だからユミル王も、ドワーフ達に魔道具の携行を命じていた。
もし獣人が襲って来る様ならば、無力化させる為だった。
「あれが効くという事は…」
「でしょうね
魔物同様に、彼等も当てられているのでしょう」
「しかし狂暴化というのは?」
「我々には影響ございませんが?」
「ええ
ここには世界樹の加護があります
それに精霊の加護があれば、ある程度は防げます」
「それでは狂暴化とは…」
「ええ
負の魔力が原因でしょうね」
精霊の加護や世界樹の加護には、負の魔力による影響を打ち消す力がある。
元々は負の魔力が、精霊力と相反する魔力から成る存在だからだ。
そして負の魔力を浄化する事で、精霊力の元となる魔素が生成される。
それが分かっているからこそ、女神は黒騎士に剣を与えていた。
「ではやはり…」
「女神が黒幕だと?」
「言ったでしょう?
確証はありません」
「しかし物的証拠では…」
「そうですよ!
あの黒い戦士、あれは負の魔力を魔素に変換していました」
「そう考えるなら…」
「そうですね
しかしそれだけで、女神が黒幕と判断するには…
彼女は創造神なんですよ」
「それはそうですが…」
この大陸でも、女神が世界を創造したと伝えられている。
そして世界が闇に覆われる時、女神は世界を浄化する戦士を遣わせるとされていた。
そう考えるのならば、あの黒い戦士は浄化する為の戦士なのだろう。
「しかし何で?
何で魔物を遣わせる必要が?」
「そうですよ
それにあの戦士も、魔物と共に行動しています
これではまるで我々人間達が…」
「ええ
世界を乱している、討伐されるべき存在なのでしょう」
精霊達からすれば、彼等森妖精も人間と変わらない存在だ。
そして人間達の争いで、この大陸の精霊力に異変が起こっていた。
精霊王の存在が無ければ、精霊達は森妖精も見捨てていただろう。
精霊王が他種族の迫害を、彼等にさせなかった事が大きく影響していた。
そうで無ければ、彼等も道を誤っていたかも知れない。
「女神様に選ばれたとか、優秀な種族とか…
そんな者は居ません
それは我々が作った妄想でしかありません」
「しかし魔族や獣人は…」
「ええ
急にその様な思想に目覚めました
しかしそもそもが、それがおかしいのですよ」
「え?」
「おかしいのですか?」
「ええ
あなた達は、彼等がそう言うまではそんな考えは持たなかったでしょう?」
「え?」
「意味が分かりません」
「そもそも誰が優秀とか、そんな考えは持ちましたか?」
「え?」
「優秀と言われましても…」
「そうですよ
精霊王様以外には特には…」
「その私ですら、精霊に認められたという前提があります」
「そうですよ」
「優秀なんて考え方…」
「では、誰がそれを?」
「それは獣人が…」
「あいつ等力が強いからって…」
「果たしてそうでしょうか?」
精霊王は、そうでないと思っていた。
そもそも数十年前まで、獣人と魔族の勢力は拮抗していた。
そしてお互いを認め合い、その力を共に使っていた。
それが急に、獣人が人間を奴隷にした事から始まったのだ。
精霊王やユミル王以外の者は、その獣人が最初の原罪だと判断していた。
「奴隷制が始まったのも、獣人が人間を奴隷にして…」
「違います
確かに獣人の中では、彼等が最初でしょう
しかしその前に、別の種族が犯していますよ」
「他の種族…ですか?」
「そんな者は…」
「天の御使い」
「あ!」
「そうか!
翼人が…」
「しかし翼人はとうの昔に…」
翼人はこの大陸でも、他種族を見下して争いを起こしている。
しかしそれも昔の話で、彼等はここ数十年は姿を見せていなかった。
それで絶滅したと、他の種族では考えられていた。
「そもそも翼人の思想は…」
「変わりませんよ
翼人と獣人や魔族が置き換わっただけです」
「ですが彼等は…」
「まさか精霊王様は、彼等が黒幕だと?」
「彼等は滅んだのですよ?
女神様の意思に反して、天罰を受けました」
「そうですよ
滅んで居なくなったんですよ」
「私は何も、翼人が犯人とは言ってませんよ
翼人を滅ぼしたのは誰ですか?」
「それは女神様が…」
「あ…」
「いや、だからって…」
「似ていませんか?
翼人と今の魔族や獣人達は」
精霊王の言葉に、エルフ達は言葉を失っていた。
確かに翼人は、自身が至高の存在と公言して憚らなかった。
それで女神の警告も無視して、他種族を襲い始めた。
それで多くの者が捕らえられて、奴隷として働かせられていた。
女神はその行為に大いに憤り、翼人達の国を滅ぼした。
現在も大陸のあちこちに、その当時に作られた都市が残されている。
そこに魔族や獣人が住み着き、今の王国を作っていた。
しかし翼人がどの様に滅ぼされたかは、実は誰も知らなかった。
女神がそう宣言したので、滅ぼされたという事実だけ知っている。
そして実は、彼等が本当に滅んだのかは確認されていなかった。
それはその事実を、わざわざ調べる必要が無いと思っていたからだ。
女神が宣言して、結果として翼人は姿を消した。
彼等にとっては、それで十分だったのだ。
「まさかこの事態が…
翼人の時の再来だと?」
「それではドワーフ達は?
彼等が滅ぼされる意味は?」
「そこが分かりません
ですからここも、安全かどうか…」
「あ…」
「ドワーフが攻められる意味が不明な以上、ここも攻められる可能性があると?
精霊王様はそうお考えで?」
「ええ
ここも…
いえ、全ての人間が対象の可能性すらあります」
「そんな!」
「何でです?」
「分かりません
ですから杞憂なら良いとは思っています
しかし事実として、ドワーフの都市が狙われています」
「くっ…」
エルフ達は、内心ここは大丈夫だと思っていた。
彼等は獣人や魔族の様に、他の種族を迫害する事は無かった。
代わりに森の中に籠って、他種族との関わり合いを絶っていた。
それで魔物も、ここには攻め込まないと考えていたのだ。
「魔物がここにも来ると?」
「私はそう考えています」
「しかし何故?」
「それはあなた達も理解しているでしょう?」
「分かりません」
「一体、私達が何をしたと?」
「あなた達も、魔族や獣人と変わらないという事です」
「え?」
「あんな馬鹿共とは違いますよ?」
「そうですよ
奴隷制度とか優勢主義とか…」
「それですよ」
「え?」
精霊王は悲しそうに、エルフ達を見て首を振っていた。
「あなた達は今、魔族と獣人を馬鹿にした発言をしましたよね?」
「え?」
「しかしこれは…」
「そうですよ、言葉のあやと言うか…」
「そういう考えが、やがて大きな差別に繋がります
確かに彼等は、愚かな考え方に憑りつかれました
しかしあなた達が、そうならないという保証は?」
「う…」
「それは…」
「魔族の者達も、嘗ては理知的でした
しかし獣人と争ってからは…」
「ですが私達は違います」
「何が違うと?」
「それは私達は、精霊に…」
「気付きなさい
それが魔族や獣人が発した言葉とそう変わらないと」
「え?」
「彼等は女神様に認められていると言っていましたね
そうして認められているからと、好き勝手して…」
「それは違います」
「そうですよ
女神様と精霊では…」
「ほう?
どう違うと?」
「あ…」
「う…」
精霊王の言葉に、エルフ達は言葉を失っていた。
気付かぬ内に、彼等も同じ様な過ちを犯しかけていたのだ。
自分達は違うから、そんな事にはならないと。
しかしその考えこそ、彼等が持っていた考えと変わらないのだ。
「気を付けなさい
私達はそんなに優秀ではありません
時には間違えるのです」
「は、はい…」
「そして間違えるからこそ、女神はこうして動いたのだと…」
「それでは女神様は、私達も…」
「その可能性は十分にあります
しかし問題は…」
「問題は?」
「いえ
今は不確かな発言は控えましょう」
精霊王はそう言って、静かに頭を振った。
「今はここにも、魔物が攻めて来ると考えなさい」
「はい」
「世界樹の加護があるとはいえ、それも不完全でしょう…
戦いに備えて準備をしなさい」
「はい」
精霊王は戦の仕度を命じると、悲しそうな表情で世界樹を見上げる。
出来得る事ならば、この地を戦場にしたく無いと考えながら。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




