第701話
魔物達の侵攻により、大陸の真ん中は惨憺たる状況であった
魔族の王都は落とされ、多くの集落や街が破壊されていた
そして新たに、獣人の王国の王都も破壊された
こちらは逃げ延びた者もいたが、国王も亡くなっていた
魔物の侵攻は、他の種族にも影を差していた
ドワーフは事態を重く見て、魔物の襲撃に備えていた
そして精霊王は、各地に伝令を飛ばして協力を要請する
しかし残された魔族は、そんな協力の要請を無視していた
「何でワシ等が、あんな下等種族と協力する必要がある?」
「しかし獣王も亡くなったと聞くぞ?」
「それに獣人の王都も…」
「魔王様に負けた国だぞ?
それも獣風情とワシ等魔族を一緒にするか?」
「そういう問題じゃあ無い無いでしょう?
現に王都も…」
「それは奴等が使えなかっただけだ」
彼の言う奴等とは、角無しの魔族の事である。
角持ちの魔族達は、同族の魔族すら見下していた。
それで角持ちの魔族は、精霊王からの協力要請を拒んでいた。
「一体…
領主はどうなされたのだ?」
「以前はこうでは無かったのに…」
「魔族主義か?
あれから変わられたな…」
文官の数名が、領主に聞こえない様に声を潜めて話す。
デトロイトの子爵領では、魔物に対抗すべきと話し合いが行われていた。
これは魔物の群れが、この地を素通りした事に問題があった。
魔物はこの地を無視して、王都を襲撃したのだ。
それで領主達は、この地が選ばれた魔族の地だと宣言していた。
「我等は女神に認められたのだ
だからこそこの地は守られた
我等こそ女神の使徒なのだ」
「大丈夫かな?
あんな事仰られて」
「あれで王都は襲われたのだろう?」
「何であんな宣言を…」
魔族の王都が襲われる前に、同じ様に国王は魔族優勢主義を唱えていた。
それまでは貴族だけだったのに、急に国王まで言い始めたのだ。
その時に領主は、そんな国王の様子を見て嘆いていた。
これでは獣王と同じだと、当時は領主も言っていたのだ。
それが今では、国王と同じ様に魔族優勢主義を掲げているのだ。
「しかし精霊王を無視する事は…」
「そうですぞ
精霊を敵に回すのは…」
「構わん
何が精霊じゃ
ワシ等は女神様に選ばれた高尚な種族じゃ
精霊こそワシ等に従うべきじゃ」
領主はそう言って、文官達の言う事を聞かなかった。
精霊王だけでなく、ドワーフからの協力の要請も来ていた。
しかし角持ちの魔族達は、他の種族と協力しようとしなかった。
彼等は自分達で軍を率いて、王都の調査に向かっていた。
そしてその傾向は、他の魔族にも現れ始めていた。
王都であるシカゴからそう遠くない、ミネアポリスの魔族にも同じ傾向が見られていた。
彼等は少し前まで、角持ちの魔族の行動に疑問を持っていた。
それなのに今では、角持ちの魔族を見下す言動を唱え始めていた。
「奴等角持ちのせいで、王都は陥落したのだ」
「あの様な蒙昧な者が巣食ったせいで、魔族全体の権威が下がっておる」
「角持ちを滅ぼせ!」
「魔族の栄光を取り戻せ!」
こうして全ての魔族ではないが、一部の魔族が覇権を求めて軍備を整え始める。
それは次第に大きな流れになり、全体が熱を帯びた様になった。
最初こそ少数であったが、次第に狂気の様に思想は伝搬していった。
そして王都の跡を中心にして、両軍が睨み合う様にまで発展する。
「角持ちの横暴を許すな!」
「何を言っている!
この無能共が!」
「王都が陥落したのは貴様等のせいだろうが!」
「貴様等角無しこそ、碌に力を持たぬくせに生意気な
魔物を滅ぼす前哨戦として、貴様等を滅ぼしてくれる!」
数こそ500名程度の集まりだが、両軍が武器を引き抜いて睨み合う。
そして角無しの魔族が、先ずは先制攻撃を放った。
角持ちの魔族の力は強力で、迂闊に近付けさせられない。
だから魔法を放って、彼等を牽制したのだ。
「これ以上進軍するなら、その身を焼かれる事になるぞ」
「炎の壁」
「ぬう!
小癪な!」
それは牽制であったので、角持ちの魔族の目の前に放っていた。
しかしその行為が、彼等を押さえる糸を切る事になる。
「奴等から攻撃して来たのだ
構わん、皆殺しにしろ」
「おう!」
「うりゃあああ」
「うおおおお」
角持ちの魔族達は、一気に炎の壁を突き破る。
そして炎に焼かれる事も構わず、角無しの魔族を切り殺す。
それで両軍に火が着いて、一気に殺し合いが始まった。
最早この戦いは、誰も止める事は出来なかった。
「ぎゃああああ」
「馬鹿な?
自ら焼かれに向かっただと?」
「ああ!
ジョナサン!
くそおおお」
「はははは
こんな炎なんぞ涼しいわ」
「殺せ殺せ!
皆殺しにしてしまえ」
「栄光ある魔族に、角無しの無能なんぞ必要無いわ」
角持ちの魔族達は、一気に角無しの魔族達に切り込む。
そして500名ほど居た彼等を、あっという間に半数近く切り殺した。
しかしここで、後方に控えていた角無しの魔族が魔法を放つ。
それは一緒に居た味方をも巻き込み、一気に半数以上を焼き殺した。
「良い気になるな
この愚か者共め」
「食らえ
我等の必殺の魔法を」
「炎の竜巻」
ゴウッ!
突如現れた炎の竜巻が、一気に攻め込んでいた角持ちを巻き込んだ。
それは数名の角無しの魔族も巻き込んだが、その分しっかりと角持ちを焼き尽くす。
これで角持ちの魔族も、200名近くにまで減らされていた。
「ぬう!
小癪な!」
「くそっ、デビットが!」
「許せん!」
「何を言うか!
多くの仲間を殺しやがって」
「貴様等が先に、攻撃して来たからだろうが」
「何を言うか
先に仕掛けたのは貴様等だろうが」
最早両軍は退けない状態で、そのまま激しくぶつかり合う。
攻撃魔法が飛び、接近されては切り殺される。
その様な状況が、半刻ほど続いた。
そしてその後には、傷だらけの魔族が数名しか残っていなかった。
そんな彼等も、手当てをする友軍すら無かった。
そのまま傷付いた身体で、自軍の野営地に戻ろうとする。
しかしその道の半ばで、彼等は力尽きて倒れて行った
そして戦場の跡には、誰も立つ者は居なかった。
「愚かな…」
「うむ
嘆かわしいのう」
その光景を、遠くドワーフの城内でユミル王は見ていた。
隣には精霊王が立ち、精霊の力でその光景を映し出している。
近くに森があった事で、何とかその光景を映し出す事が出来た。
しかし遠く離れた場所なので、彼等には両軍を停める事は出来なかった。
「何故この様な愚かな行いを…」
「程よく狂わされておりますね」
「狂わされて?
一体誰に?」
「さあ?
しかしその者こそ、今回の仕掛け人でしょう」
「仕掛け人?
それでは女神様か?」
「いえ
本物の女神様なら、この様な事は…」
精霊王はそう言って、顎に手を当てて考え込む。
精霊王の姿は、遠目には他のエルフと大差は無い。
スラリとした長身に、瘦せて蒼白いぐらいの肌の色。
金の髪に碧眼の美しい姿は、一枚の絵画の様だった。
しかし内包する魔力は、エルフのそれを超える大きな物だった。
それこそ彼が、エルフの上位種であるハイエルフである証である。
それに対するユミル王の印象は、ビール腹の初老の男である。
一般のドワーフは、人の肩程の背丈の小人と呼ばれる種族である。
しかしユミル王は、人と同等の背丈をしていた。
それは彼が、ハイエルフと同等のエルダードワーフと呼ばれる種族であるからだ。
彼もドワーフの上位種なので、こうしてドワーフの王となっていた。
「本物…
ちょっと待て!
どういう事じゃ?
女神様に偽物なんぞ…」
「私もそう考えていました
これを見るまではね」
それは先程までの戦場で、多くの魔族の遺体が転がっている。
ドワーフ王ユミルは、その光景を見て顔を顰める。
他の種族とはいえ、多くの民が死ぬ光景は見ていて辛かった。
何がどうなって、この様な愚かな争いになるのか?
ユミルはそう思いながら、その光景を見ていた。
「ほら
これが狙いでしょう」
「む?
狙いじゃと?」
「よく見てください」
精霊王が指差す先が、拡大して大きく映し出される。
しかしノイズが入って、その映像は乱れ始める。
「ぬう?
これではよく見えぬでは無いか」
「よく見てください
映像が乱れるのも、この魔力のせいです」
「魔力…
な!」
ユミル王はその光景を見て、口を開けたまま呆然とする。
魔族の死体だった物は、いつの間にか崩れ去っていた。
その原因を知りたくて、他の死体を注視する。
そして見ていると、その正体が一瞬だが映っていた。
「な、何じゃ?
あれは?」
「あれこそが負の魔力
彼等の愚かさが招いた、満たされぬ負の情念です」
「負の情念?
それでは死霊になるのでは?」
「その前に回収していますね」
「回収じゃと?
一体誰が?」
「ですから、それが黒幕ですよ」
「むむ…」
精霊王の言い分は尤もだが、肝心の黒幕が分からない。
ユミル王は唸り声を上げて映像を見詰める。
今分かる事は、これを画策した者が別に居るという事だ。
そして魔族を争わせて、負の魔力を回収している。
「それは分かったが…
黒幕とは何じゃ?
何が目的でこの様な酷い事を…」
「分かりません
負の魔力を集める目的は分かりますが…」
「それは何故じゃ?」
「魔物でしょう?
それも狂った魔物をより多く集める為に…」
「何故魔物が必要なんじゃ?」
「我々を殺す為でしょう
あの数を見て見なさい」
精霊王が手を振ると、映像が切り替わった。
それはアトランタに向かう途中にある、獣人の集落を映していた。
森の中から精霊の力を借りて、獣人の集落を映していたのだ。
「ぎゃああああ」
「ひぎゃあああ」
「ぐわあああ」
そこでは今まさに、魔物の群れが集落を襲っていた。
その数は数万に膨れ上がり、次々と獣人に襲い掛かっている。
いくら獣人の力が強くても、数体の魔物に囲まれては無力である。
成す術も無く、彼等は魔物に襲われて食い殺されて行く。
「な!」
「これは…」
「酷い…
生きたまま食われるなど…」
その光景に、ドワーフの文官達は顔を背ける。
獣人と仲が良い訳では無いが、この様な光景を見せられれば同情もする。
ましてはこの光景は、アトランタに近い獣人の国との国境の集落だ。
そんな場所で今、この様な惨たらしい行為が行われている。
「ユミル王様
すぐに救援を!」
「これではあまりにも…」
「ぬう…
しかしのう…」
「ええ
今から行っても、もう間に合いません
それに向かった者達が…」
「そうじゃ
これでは助けに向かった者が、こいつ等に食い殺される」
「ですが!」
「気持ちは分かる
しかしのう…」
臣下の命を預かる者としては、それは許容出来ない申し出であった。
助けたい気持ちはあるが、これではどうしようも無かった。
崩れる落盤の下に、救援を送る様なものだ。
ユミル王は口惜しそうに、視線を逸らす事しか出来なかった。
「あなた達は、崩れ落ちる洞窟に仲間を送るつもりですか?」
「ぬう…」
「それは…」
「何よりも辛いのは、ユミルなんですよ」
「…」
ユミル王は、精霊王と並ぶ人格者の王である。
そんな彼だからこそ、ドワーフ達は付き従っている。
その二柱の王が、共に救出を断念しているのだ。
それがどれほど危険な事か、彼等にも理解は出来た。
しかし理解は出来ても、なかなか納得出来る物では無い。
「どうにか出来ませんか?」
「無理でしょうね」
「ああ
それよりも今は、我が王国の守りを固める事が先決じゃ
こうならない様にな」
「それは…」
「直ちに守りを固めさせろ
精霊王よ、すまなんだ」
「いえ
警告が出来て幸いです」
精霊王はそう言って、優しく微笑んでから頭を振る。
「しかし何でじゃ?
何でこの様な事を?」
「分かりません
しかしここも危険ですね」
「うむ
結界があると言うてもな…」
「ええ
あれがどう動くか…」
精霊王があれと言った、黒い人影が魔物の中心に現れる。
「む!
危ない!」
「な!」
ブツ!
黒騎士が振り向き、剣を振るった。
それで映像が途切れて、集落の様子は見れなくなった。
「何が起こった?」
「精霊が見付かりました」
「精霊じゃと?
しかし精霊には…」
「あの者にはそれが効きません
特にあの剣は…」
「ぬう…
見た感じではアダマンタイトに見えたが…」
「ええ
しかし負の魔力に染まっています
どの様な効果があるのか…」
「触れてみなければ分からんか」
「止してくださいよ、そんな危険な真似は」
「しかし調べん事には…」
「好奇心は身を滅ぼしますよ?」
「むう…」
精霊王にまで止められて、ユミル王は顔を顰める。
確かに確認するには、あまりに危険な代物なのだろう。
「それで…
お前さんはどうする?」
「こちらにはまだ向かっておりません
しかしここの次に…」
「そうじゃな」
「救援を送れれば良いのですが」
「無理はするな」
精霊王も、本体がここに来ている訳では無い。
精霊を介して、分体をここに送っているのだ。
仮にエルフの軍を送るとなると、この地に直接向かう事は出来ない。
妖精の隧道を使っても、先ほどの森の様な場所にしか出れない。
そこからこの洞窟に向かうのでは、魔物の軍勢の方が近かった。
「後ろから挟撃する手もありますが…」
「止めてくれ
逃げ場が無かろう?」
「そうなんですよね
あの男以外にも、巨人が居ますからね」
森に隠れたとしても、ギガースやオーガが居る。
さすがにエルフの戦士でも、ギガースは強敵だった。
森に隠れたとしても、森ごと破壊され兼ねないのだ。
そんな事になれば、妖精の隧道も使えなくなる。
「アトランタは棄てるしかないか」
「そうですね
ここも危なくなったら、あなたの力で逃げてください」
「ああ
そうさせてもらうよ」
精霊王はそう忠告してから、分体をその場から消し去る。
後に残された精霊は、その場で一礼する。
それから自身も力を使って、ドワーフの洞窟から立ち去った。
彼等は戦う力は無いので、この場に居ても危険だからだ。
「さて、アトランタに避難を呼び掛けよ」
「街をそのまま放棄するんですか?」
「さっきのを見たじゃろう?
逃げる間も無くなるぞ」
「ぐっ…」
ドワーフ達としては、なるべく街の者を入れたく無かった。
しかしあの光景を見せられては、そうせざるを得ない。
放って置けば、彼等も魔物に殺されてしまうだろう。
そうなってからでは、後悔しても遅いのだ。
「すぐに避難を開始させろ」
「はい」
ユミル王は指示を出し、決戦に備える。
それは魔物を倒す為の戦いでは無かった。
魔物から人々を守る戦いだった。
まだまだ続きます。
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