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聖王伝  作者: 竜人
第二十一章 暗黒大陸
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第699話

王城の中では、外からの喧騒しか聞こえない

戦況は気になるが、獣王は獣人達の国王なのだ

気軽に外の戦場に、顔を出して良い者では無かった

国民の事が気になっていたが、彼は玉座で待つしか無かった

獣王は苛立った様子で、何度も玉座から立ったり座ったりする

その度に文官達は、顔を顰めて注意しようか迷っていた

しかし王の事を考えれば、その心境も分からなくはない

魔物を倒す様に命じたが、この戦が勝てるとは思えないからだ


「ううむ…」

「ごほん」


国王としては、本心では国民を全て逃したかった。

叶う事なら、彼だけの命を差し出して済ませたかった。

しかしそうしたところで、魔物は恐らく市民を追って来るだろう。

少しでも生き残らせようとすれば、ここで数を削るしか無かった。


しかし頭で分かっていても、なかなか心までは納得出来ない。

それで獣王は、先ほどから落ち着けなくなっている。

こうしている間にも、多くの兵士が亡くなっている。

そう思えばこそ、今にも戦場に駆け出しそうになっていた。


「ぐううぬう…」

「獣王様」

「押さえてくだされ」

「分かっておる!

 分かっておるが…」


時折り聞こえて来る、兵士達の悲鳴に獣王は拳を握り締める。

出来れば彼等も、このまま生かして王都から逃がしたい。

しかし魔物の数を考えれば、ここで数を少しでも減らすしかない。

その為には、彼等の犠牲も止むを得なかった。


「ワシは…

 ワシはここに居て良いのだろうか?」

「獣王様!」


獣王の弱気な言葉に、居並ぶ文官達がギョッとする。

いつもは威張り散らして、まさに王という風格なのだ。

それが今では、兵士達が上げる悲鳴を聞いて落ち込んでいた。

獣王のこんな姿は、恐らく初めて見ただろう。


「止してください」

「そうですよ

 王は玉座で踏ん反り返っていないと」

「しかしのう…」

「そんな弱気な姿、獣王様には似合いませんよ」

「それにそんな弱気では、兵士達が動揺します」

「しかし…」

「ほら

 いつもの様に威張り散らして…」

「そうですよ

 民はワシの為にあるって…」

「ワシは…

 いつの間にそんな男に?」

「え?」

「あ…」

「ワシって…

 そういう風に見えておったのか?」


獣王の言葉に、文官達は困った表情をする。


「そうか…

 そうなのじゃな」

「獣王様…」

「それならば女神様が、ワシ等に呆れるのも仕方が無いか」


獣王は溜息を吐くと、玉座を殴る。


「ふう…」

ドガッ!


「獣王様!」

「大丈夫じゃ

 分かっておるつもりじゃった

 しかし…」


獣王は壁に掛けた、飾り用の武器を手にする。


「ふん!」

ガシャン!

バキン!


「獣王様!」

「分かっておるつもりじゃったのじゃ

 この国を良くする為に、ワシは強くあろうとした

 その結果が…」

ガラガラン!


飾っていた武器を破壊して、獣王は寂しそうにそれを見詰める。


「しかしいつしか、虚飾に塗れておったのじゃな」

「そんな事はありません」

「私達はそんな獣王様に着いて行って…」

「いや

 道を誤っておったのじゃ

 それも魔王に忠告されておったのにな」


獣王は悔しそうに呟くと、その眼は優しい光を称えていた。

先日まで見せていた、権勢欲に塗れたギラ着いた光は失われていた。

代わりにそこには、落ち着いた叡智が宿っていた。

事ここに至って、彼は見誤っていた事に気が付いた。


「ワシ等獣人は、決して特別な存在では無い

 だからこそ他の種族と協力して、魔物と戦うべきじゃった」

「それは…」

「私達だけでも…」

「いや

 それは無理じゃったのじゃ

 今頃になって気が付いた」


獣王は首を振りながら、この事態の原因に辿り着いていた。

自分達獣人が、どれほど愚かだったか気が付いたのだ。

そして女神が、魔物を寄越した理由にも気が付いた。

そこで文官達に、最後の命令を出す。


「お前達には、これから最後の命令を下す」

「そんな!

 最後だなんて」

「そうですよ

 兵士達はまだ戦っております」

「そうですよ

 獣王様が健在である限り…」

「それは無理じゃ

 程なく城門は落ちる」


獣王がそう言った時、城門の方で大きな音がする。

ちょうどギガースが、城門を破壊した音が響いたのだ。


「お前達は直ちに、残りの兵を率いて逃げろ!」

「出来ません!」

「ここで逃げ出すのなら、最期までお供します」

「そうですよ

 ここで最期まで…」

「ならぬ!

 逃げ延びて…

 軍を立て直せ」

「軍だなんて…」

「アトランタに向かえ!

 そして仲間を募れ!

 それがワシの、獣王の最後の命令じゃ!」

「出来ませんよ…」

「獣王様を残して…」


「ワシは…

 最期のけじめを付ける」

「死ぬ気…なんですか?」

「ただ死ぬ訳では無いぞ?

 この国の負った業をワシが背負う」

「ですが…」

「良いから行け!

 間に合わなくなる」

「ううう…」

「ぐうっ」


覚悟を決めた事で、獣王の心はスッキリと晴れていた。

今まで抱えていたもやもやした気持ちが、全て晴れた様な気がする。

そして今なら、戦友であった魔王に素直に感謝出来る気がした。

いざ前にすれば、照れて素直に言えない気もするが、彼に感謝の気持ちを伝えたかった。


「さあ、行け

 行ってワシの最後の言葉を伝えよ

 人間だ魔族だなんぞ関係無い

 全ての民が手を取り合って…困難に立ち向かえ」

「獣王様…」

「分かりました」

「おい!」

「行くぞ!

 ワシ等は伝える義務がある」

「しかし…

 くそっ!

 私に戦う力があれば!」


文官達は部屋を出て、最後の任務を全うしに向かう。

彼等に付き従い、多くの護衛の兵士が出て行った。

文官だけでは、アトランタまで無事には着かないだろう。

しかし数人の兵士が、そのまま謁見の間に残っていた。


「何をしておる

 お前達も…」

「水臭いですぞ」

「そうですじゃ

 ワシ等を抜きで、最期を飾る気ですか?」

「お前達…」


彼等は獣王の側近として、長年護衛に就いていた兵士達だ。

既に年老いて、獣王よりも衰えて見える。

しかしその瞳には、まだ力が宿っている。

最期を華々しく飾る為に、主君と逝く覚悟を決めているのだ。


「誰も見てくれんぞ?」

「ええ」

「誰も拍手を送らんぞ?」

「でしょうな」

「そのまま魔物に食われるか…

 地に打ち棄てられ腐り果てるだけじゃぞ?」

「さもあらん」

「はあ…

 物好きな頑固爺共が」

「獣王様も大概じゃがな」

「ワシにその様な物言いをするのは、お前等ぐらいじゃぞ?」

「はははは」


「そうか…

 一緒に逝ってくれ…うぐっ」

「すまなんだの」

「ワシ等が止めておれば」

「いや

 ワシが見誤っておったのじゃ」

「獣王様だけでは無い」

「ワシ等もいつしか、それが当たり前じゃと思っておった」

「そうじゃ

 ワシ等獣人が女神の使徒じゃと…」

「女神の…使徒?」

「そうじゃな

 いつの間にか…」


「何じゃ?

 それは?」

「いや、ワシ等は獣王こそ女神の使徒じゃと…」

「いつからその様な考えを?」

「そもそもワシ等は、何でそんな考え方を…」

「ワシは獣人こそ、女神の忠実な民と…」

「そういえば、魔王に諭された時も…」

「魔王に…

 何時から魔王に会っていない?」


最期の穏やかな時を、友と語らおうとしていた。

しかし獣王は、そこで彼等の様子がおかしい事に気が付く。

彼等はそれぞれに、何か思うところは在った様子だ。

しかし共通している事は、いつの間にか考え方が変わっていた事だ。

そしてそれを境に、魔族との国交も絶たれていた。


「何故気が付かなんだ

 何で魔族と仲違いをした?」

「むう?

 そういえば…」

「そもそも、何で女神の使徒などと…」

「そうじゃ

 いつからそんな思い上がった考え方をしておったのじゃ?」


しかし彼等には、答え合わせをしている間は無かった。


ドガン!

ガラガラ!


「ぬう!」

「残念じゃが…

 時間が無さそうじゃ」

「くそっ!

 ここまで出かかっているのに」

「しかし客人が来ておる」


ガシャンガシャン!


鎧の音が響いて、謁見の間の扉の前で止まる。

そして素早く剣を振るう音が聞こえて、扉が切り壊される。


シュカカン!

ガラガラ!


「来たか…」

「ここはワシ等が…」

「止めておけ!

 お前達では勝てぬ」

「しかし獣王様…」


獣王は玉座に置かれた、自身の身長程の大きな剣を持ち上げる。


「ワシがこの国の王

 獣王レオニダスじゃ

 その方の名は?」

「…」


しかし男は、そのまま何も答えない。


「ワシに語る名は…必要無いと?」

「…」


男は首を振って、獣王を見据える。


「声を発する事が出来ぬのか?」

「…」


男は再び、沈黙したまま首を振る。


「死する者には語る必要も無いと?」

「…」

「傲慢だな!」

「…」

「最期に剣を交える者に、敬意を表して名を名乗る

 貴様にはそれすら無いのか?」

「!

 …」


男は驚いた様子で、暫く悩んでいた。


「ハナシトチガウ…」

「ぬ?

 すまぬ

 声を発するのが困難であったか」

「カマワヌ…」


男の声は兜の中にくぐもっていたが、それにしても話すのも苦しそうだった。

獣王は素直に頭を下げると、非礼を詫びようとしていた。

これから殺し合うべき二人が、この様に語り合う様子は滑稽である。

しかし礼を以て、獣王は最期の戦いに挑もうとしていた。


「忘れてくれ

 貴殿は立派な戦士である」

「ヨ…イ

 ワレハ…クロキシ」

「黒騎士…」


男の名を聞いた事で、獣王は賭けに出る事にする。


「なあ

 こいつ等を逃がしてやれないか?」

「…」

「だよな…」


しかし黒騎士は、そのまま首を振って拒絶する。


「っ!」

「獣王様

 何を考えて…」

「いや、お前らには出来れば…」

「無駄です!」

「あなたが亡くなられた時点で、ワシ等はその男に切り掛かります」

「例え敵わないにしても…」

「せめて一太刀浴びせねば」

「そうか…」


「すまない

 そしてありがとう」

「…」

「それじゃあ…

 存分にやりあおうか!」


獣王は剣を上段に掲げると、黒騎士と向かい合う。


「黒騎士よ

 見事ワシを討ち果たしてみよ!

 うおおおお」

「!」


裂帛の気合を放ち、獣王は先ずは一歩踏み込む。

それは無造作な踏み込みだが、隙が窺えなかった。

そのまま上段に構えた剣は、ゆっくりと黒騎士に向けて振り下ろされる。

黒騎士は後ろに下がりながら、腰を低く落とした。

そして剣を構えると、そのまま獣王の一撃を受け止める。


ガゴン!

ズン!


衝撃が周囲に広がり、黒騎士の足元の床に罅が入る。

それだけ獣王の一撃は、重く強烈な一撃だった。

しかし攻撃は、それだけでは無かった。

獣王は体重を乗せて、そのまま押し切ろうとする。


「ふん!」

ギギギギ…!


黒騎士の剣は、一見すると獣王の持つ大剣に押されていた。

しかし黒騎士は、素早く左足で獣王を蹴り飛ばす。


ドガッ!

「ぐぬっ」


黒騎士より二回り大きい獣王が、その蹴りで後ろに飛ばされる。

獣王はその蹴りの威力に、改めて黒騎士の強さを感じていた。

あの時話し掛けなければ、そのまま切り殺されていただろう。

正面から戦ってくれているのは、獣王が誠意をもって話したからだ。

そしてその事が、黒騎士の中で獣王の評価を変えていた。


「うおおおお」

ガイン!

ギンガギン!


獣王は態勢を立て直すと、鋭く大剣を振るって切り掛かる。

横薙ぎに払って、それから上段から二連撃を振るう。

しかし黒騎士は、どれも軽々と剣で弾き返す。

一見すると、体格も体重も圧倒的に負けている。

しかし黒騎士は、その重い一撃を軽々と返している。

それだけ黒騎士の力が、獣王の力を超えているのだ。


「ふはははは

 滾る!

 滾るぞ!」

「…」


「信じられん」

「あの獣王様の攻撃を受けるだと?」

「いや、受けるだけじゃ無い

 弾き返しているぞ」

「どんな腕力をしているんだ?」

「それよりもあの剣じゃ…」

「うむ

 全く欠ける様子も無い」


黒騎士の力もだが、剣も異常な強度を持っている。

普通に考えれば、獣王の身体程もある大剣の猛攻だ。

そこらの武器なら一撃で壊れてしまうだろう。

しかし黒騎士は、真っ向から攻撃を弾き返していた。

それなのにその剣は、折れる事も欠ける事も無く弾き返していた。


「ぐはははは

 凄いじゃねえか

 ワシを蹴飛ばす奴なんて…

 そんなに居ねえぞ」

「…」

ガギン!


獣王は嬉しそうに笑っていた。

彼はそう言っていたが、彼の様な剛の剣を受け切れる者など居ない。

ましてや剣を受け切り、そこから蹴り飛ばす者など居なかった。

白髪の混じった鬣を震わせ、獣王はさらに切り込む。

上段から横薙ぎに、そして切り替えしまで行う。

しかし黒騎士は、流麗な動きでそれを見事に受け止める。


「獣王様が…」

「笑っておられる」

「いつしか笑わなくなっていたのに」

「あれは魔王なのか?」

「っ!」


それは護衛の兵士達にとっては、当たり前の疑問だった。

嘗て彼の剣を受けられたのは、魔王その人しか居なかった。

しかし魔王は、数年前から姿を見せなくなっていた。

それに魔王にしては、黒騎士は一回り小さく見えた。


「いや、そんな筈は無い」

「しかし魔王としか…」

「もしかして…

 息子とか?」

「あり得るな

 しかし聞いた事も無いぞ?」


魔王に子が居たという話は、魔族でも流されていない。

魔王はその力を受け継いだ時に、子を成せなくなったと聞いていた。

だからこそ代わりの王を立て、魔族の王国を任せていた。

しかし黒騎士は、魔王の息子としか思えなかった。


「話が難しいのは、素性を隠す為?」

「いや、それなら答えなかった筈だ」

「それにあの声は…」


黒騎士の声は、とても人間が話す声では無かった。

何か作られた様な、不気味な声をしていた。

その事が彼を、声を発する事が困難だと認識させていた。

演技にしては、あまりにも不自然なのだ。


「それではあの者は…

 一体誰なんだ?」

「分からない

 分からないが…」

「このままでは獣王様が…」


その力の差を、見守る護衛達も感じていた。

そしてそれほど経たない内に、決着は着くと確信させていた。

まだまだ続きます。

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