第698話
獣人の王都、オリンズの城壁では激闘が行われていた
多くの魔物を、死兵として向かった狼の獣人が噛み砕く
しかし魔物の数は多く、次第に彼等は討ち取られて行く
そしてそこに、増援として巨人種の魔物が投入される
向かって来たオーガとギガースは、隊長の決死の攻撃でほとんど倒される
しかし隊長も、ギガースの一撃で大きな痛手を負っていた
残るはギガースが2体と、オーガが1体だけだった
そして隊長は、再びギガースに向けて跳躍する
「グガアアアア」
ゴアアアア
ズガッ!
再び跳躍す隊長に、ギガースは脇を閉めた鋭い突きを放つ。
オーガに比べると、ギガースの方が幾分か知恵が回る。
それは紅い魔力で狂化していても、少しは頭が回る様だった。
鋭い突きは、面食らった隊長に向けて振り抜かれる。
大きな身体をしているので、巨人種は愚鈍だと思われがちだ。
しかし身体大きいので、ゆっくりに見えてもその攻撃は躱し難い。
隊長もその拳を、何とか躱そうと身を捻る。
そして拳に当たる前に、何とか前足でそれを弾く。
「ぐがあ…」
ドゴッ!
何とか拳を弾き、その勢いで躱した。
しかしその一撃で、隊長の左腕は骨を砕かれていた。
ゆっくりに見えたが、それだけの威力を孕んでいるのだ。
そしてその痛みで、獣化が少し解けかける。
ぐうっ
さすがにマズいか…
しかし眼下に視線を向け、声援を送る部下達を見る。
「隊長!」
「頑張れ!」
「行け行け!」
ふっ
簡単に言ってくれる…
「お前達!
ワシが何とかする
残りの倒れている奴を頼むぞ」
「え?」
「隊長?」
隊長の言葉に、兵士達は動揺する。
話せるという事は、獣化が解けかかっているという事だ。
それはそれだけのダメージを受けたという事だ。
「た、隊長!」
「うおおおオオオ!」
隊長は再び、裂帛の気合を込める。
そして肥大化していた腕が、元の太さに戻っていた。
上半身の肥大化も収まり、一見すると獣化が解けた様に見える。
しかし見る者が見れば、それは獣化と変わらないと判断しただろう。
「ワシノイノチ…
クレテヤル」
「隊長!」
「ゴアアアア」
グガアアア
ズガン!
それは一見すると、無謀な行為に見えただろう。
隊長は三度跳躍すると、先のギガースに迫る。
ギガースはそれを見て、ニヤリと笑いながら拳を振るう。
先程の一撃で、明確なダメージを与えたと確信していたのだ。
だから先ほどとは違って、拳はやや大振りになっていた。
しかし隊長の拳は、その大きな拳を打ち砕いていた。
グガアアア…
「ガアアアア」
ドガン!
隊長の身体は、3mを超える魔物に比べると小さかった。
しかしその拳は、魔物の大きな拳を打ち砕いて振り払う。
そしてそのまま、魔物の頭目掛けて蹴りを入れた。
魔物の首は大きく歪み、バキバキと骨が砕ける音が辺りに響く。
「た、隊長?」
「うおおおお」
「凄えええ!」
「隊長に続け!」
「今の内に止めを刺すぞ!」
狐の獣人達は、再び城壁に展開する。
そして顔を引き裂かれて倒れているオーガや、他の魔物に向けて矢を放った。
気が付けば、巨人が暴れている間にも魔物は進み続けていた。
そしてよく見ると、巨人の足元で巻き込まれた魔物が潰されている。
彼等は生き残った魔物目掛けて、矢を放って行く
「ウガアアアア」
ゴアアアア
ドゴッ!
隊長はそのまま、最後のギガースと戦っていた。
既に左腕は、先の一撃で砕け散っている。
しかし残る右腕で、魔物の拳を受け流して切り裂く。
そのまま足元を切り裂くと、迫るオーガの攻撃を避ける。
しかしそこで、彼は吐血して動けなくなる。
「え?」
「隊長!」
「くそっ
隊長を援護しろ」
バシュバシュッ!
狐の獣人達は、隊長が蹲ったのを見て慌てて援護射撃をする。
ギガースは脚を切り裂かれて、上手く躱す事が出来なかった。
そしてオーガも、飛んで来る矢を捌き切れなかった。
後少しで、この大きな魔物も討伐出来る。
兵士達は懸命に、魔物に向けて矢を放った。
「ぐはっ…」
ここまで…
後は…たの…
隊長は魔物が倒れるのを見て、満足そうに倒れる。
「隊長!」
「うわあああ!
くそくそ!」
「そんな!
あの隊長がやられるなんて」
「くそお!
魔物め!」
しかしそんな彼等の前に、無情な光景が広がっていた。
グガアアアア
ゴアアアア
「あ…」
「そんな…馬鹿な…」
「隊長は何の為に…」
追加のオーガとギガースが、森の中から姿を現す。
既に隊長は倒れ、身動きすらしていない。
1体のギガースが、そんな隊長の近くに迫る。
そしてそのまま、その身体を掴み上げると…。
「ああ!」
「ふざけるな!」
「止めろ!」
グガガガ
バリボリ!
魔物は哄笑様な笑いを発すると、ゆっくりと味わう様に齧り付く。
兵士達は涙を流し、その光景に魅入られていた。
そして巨人達は、散らばっているそれらを口に運ぶ。
まるで休憩で食事を楽しむ様に、彼等の眼前でゆっくりと味わっていた。
「あ…」
「ディーン?
あれはディーンだ!」
「うわああ!
もうお終いだ!」
あまりの光景に、彼等はすっかり戦意を失っていた。
そして巨人達は、獣人だけでなく魔物の遺体にも手を付ける。
「う…
うげえ」
「くって…やがる」
「やめろ…
やめてくれ…」
「あいつ等…
必死になって戦って…」
グガアアアア
ゲハゲハ
魔物は一頻り味わうと、今度は城壁の上の彼等に視線を向ける。
それは敵としてでは無く、獲物として見ている様だった。
「ひいいい」
「う、うわあああ」
さすがに獣人達は、その場から逃げ出そうとする。
しかし腰が抜けている者が、彼等の歩みを遅らせていた。
グガアアアア
ビリビリ!
そして巨人達の吠え声が、彼等の身体を威圧して拘束する。
今までは士気が高揚していて、威圧の咆哮にも耐えられていた。
しかし恐怖に負けた今では、彼等は威圧の咆哮に耐えられなかった。
次々と意識を失ったり、腰を抜かして動けなくなる。
そうして迫る魔物に、そのまま手掴みで捕まってしまう。
「うわあああ!」
「や、止めてくれええええ」
「死にたくない死にたくないしにぎゃっ」
「助けばぶっ」
ガリゴリ!
バリゴギン!
次々と城門に残された、狐の獣人達が捕まって行く。
そしてギガースやオーガの口元に運ばれて行く。
「くそっ!
これ以上好きにさせるか!」
「待て!
もう手遅れだ!」
「しかし…」
「あの巨体だ!
城門が破壊される」
「そんな事は…」
「今は堪えろ
城門が突破された時の事を考えろ!」
「ぐうっ…」
城壁の下では、盾持ちの獣人以外にも兵士が集まっていた。
何人かはあまりの事に、吐き気を堪える事が出来なかった。
しかし正気を保てた者は、魔物が城門を超えた時の為に備える。
彼等はその為に、ここで布陣して待っていたのだから。
「悔しい気持ちは分かる
しかし今は堪えろ!」
「ここで巻き返すんだ!」
「巨人も殺せない訳では無い
それならばオレ達がやる事は何だ?」
「仲間の仇を…」
「奴等を討ち滅ぼす」
「うおおおお」
ここで広間に集まった兵士の、隊長が士気を上げる。
虎の獣人の隊長には悪いが、彼にも彼の役割がある。
だからこそ、ここでぐっと堪えていたのだ。
「アインズ達の仇を取るぞ」
「うおおおお」
ガン!
ゴガン!
狐の獣人達を食べ終えたのか、魔物達は城壁や城門を殴り始める。
それで頑丈な城壁にも、徐々に罅が入り始めた。
そして土嚢で押さえられた城門も、歪んで変形し始める。
「さすがに、すぐには城壁は越えられないか」
「ああ
上るには足場も無いしな
しかしそれも…」
城壁が崩されては、登らなくても入って来れる。
魔物が侵入して来るのも、時間の問題だろう。
兵士達は盾を構え、剣や槍を手にする。
混戦であれば、獣化も一つの手段だろう。
しかしリスクもあるし、何よりも同士討ちの危険がある。
だから先ずは、盾で巨人を押さえつつ数を減らす必要がある。
獣化に関しては、どうしようも無くなった時に使うべきだろう。
隊長は冷静に努めて、眼前の城門を睨んでいた。
ガン!
ゴガン!
ガシャン!
大きな音を立てて、遂に城門が変形して倒れる。
そこから小型の魔物が、次々と雪崩れ込んで来る
ギャッギャッ
ギャヒャヒャヒャ
「落ち着けよ!
冷静に1体ずつ倒せ!」
「はい」
「来るぞ」
「迎え撃て!」
「うわああああ」
「おりゃあああ」
ガン!
ズガッ!
ギャアアア
魔物の悲鳴が上がり、先ずは獣人達が優勢な事が分る。
巨人はまだ、城壁の中に入れていない。
巨人が中に入るには、城壁を壊すしか無いだろう。
小型のゴブリンやコボルトなら、獣人でも簡単に倒せるのだ。
だから彼等は、向かって来る魔物を次々と倒す。
しかし問題は、魔物の数が異常に多い事だ。
数を切れば、剣は歪んで血のりで滑りやすくなる。
そうなってくれば、戦闘が難しくなる。
「武器が駄目になれば、奥に予備の武器も用意している
思う存分使えよ」
「はい」
「うわあああ」
ザシュッ!
グギャアア
先の狼の獣人も、ゴブリンやコボルトを数多く倒していた。
しかし魔物は、以前勢いを増しながらその数を増やしていた。
既に城門の前には、数百体の魔物の死体が転がっている。
それでもまだ戦えるのは、彼等が獣人で体力があるからだろう。
しかしそれでも、その力は有限なのだ。
「くうっ…
切りが無い」
「どうした?
へばったか?」
「そんな事は…」
しかし口では何とでも言えても、少しずつ息が上がっている。
振るう剣も少しずつだが、重さを感じ始めていた。
だが魔物の群れは、未だに途切れる事無く向かって来る。
今ではオークも加わり、獣人達は少しずつ苦戦し始める。
ゴブリンやコボルトに比べると、どうしてもオークは倒し難い。
獣人がやられる事は無いが、少々の攻撃では堪えるのだ。
それで獣人達も、オークに苦戦して時間が掛かる。
そうすればどうしても、他の魔物に時間を掛けられなくなる。
「くうっ
早く倒れろ…よ」
「なかなか倒せない」
「その豚面だけに集中するな
他の魔物が入り込むぞ」
「はい」
城門前の広場には、1000名近い兵士が集まっていた。
それに加えて、盾持ちに集まった羊の獣人が100名控えている。
魔物の数が多い場所では、盾持ちが魔物との間に入って牽制する。
その間に兵士は、水やポーションで回復をする。
しかしそれでも、少しずつだが押され始めていた。
ウガアアアア
ガン!
ドガン!
ガラガラ!
そして少しずつだが、城壁も崩れている。
もう少しすれば、大型の魔物まで中に入って来るだろう。
そうなれば、最早小型の魔物に構っている暇は無い。
早急に巨人を倒さねば、兵士はあっという間に全滅するだろう。
それだけ大型の魔物は、厄介な存在だった。
「くっ、このままでは…」
「あれが入って来れば押し切られる」
「しかし後衛を投入するには…」
まだ獣人の兵士には、後詰の兵士が2000名近く控えている。
しかし実戦経験が乏しく、あくまでも最後の防衛線なのだ。
彼等を投入すれば、一時的に戦線は回復するだろう。
しかし慣れない戦いで、彼等が長くもつとは思えない。
そう考えれば、ここで増援に使うのは勿体なかった。
「腹を括るか?」
「そうですね」
「あのデカ物が入って来たら、盾持ちは前に出ろ」
「押さえ込むんですね?」
「ああ
その間に切り刻む
それしか方法は無いだろう」
盾持ちの獣人が、大楯を構えて前に進む。
そしてギガースが入り込んだところで、盾を構えて回り込む。
そこから盾で足を押さえ込み、殴打のスキルを叩き込む。
魔物は足を叩かれた事で、バランスを崩して倒れ込む。
「シールド・バッシュ」
「うおおおお」
ザシュッ!
ドガッ!
グオオオオ
最初のギガースは、そのまま剣で切られて討ち取られる。
続くもう1体も、シールド・バッシュで転倒させる。
しかし3体目は、さすがに死体が邪魔で入って来れない。
オーガ2体が、他の城壁を崩そうと殴り始める。
「くっ
このままでは城壁が…」
「後何体居るんだ?」
「分かりません」
「打って出ますか?」
「いや、今前に出ても無駄死にだ」
「ですがこのままでは…」
「じり貧か…」
このまま城壁内に入られれば、盾持ちの獣人が居てももたないだろう。
今は1体ずつ入っているので、何とか押さえ込めている。
しかし複数体入り込めば、さすがに押さえ込む事は出来ない。
そうなれば後ろに抜けられて、危険な状況になるだろう。
しかし前に出ても、城壁があるのでこれ以上前には出れない。
後は外に出るしかないが、外には魔物が群がっている。
今外に出ても、魔物に囲まれて忽ち殺されてしまうだろう。
虎の獣人の隊長が出た時とは、状況が違うのだ。
「何か機会があれば…」
「我々が前に出ましょうか?」
「無駄だ
却って命を落とすだけだ」
「それでは…」
「ここで踏ん張って、何とか押し返すしか無いか…」
いくら策を考えても、状況を打開できる様な手段は思い浮かばない。
こうなってしまえば、後は粘って機会を窺うしか無いだろう。
それですら、魔物の数が多い今では運任せだ。
ここまでの数が来るとは、誰も予測していなかったのだ。
「後方の部隊は?」
「まだだ
まだ温存しろ」
「ですが…」
「これだけでは無いだろう
まだまだ来る可能性がある」
「これ以上にですか?」
「ああ
だからみなの命を…」
「どの道生きられないでしょう?」
「ならば最期くらい、格好付けて…
はは…」
「よし!
このままもたせるぞ」
「おう!」
絶望的な状況であったが、獣人達の血は滾っていた。
彼等は気勢を上げて、魔物に向かって切り掛かって行った。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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