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聖王伝  作者: 竜人
第二十一章 暗黒大陸
695/800

第695話

魔物の群れは、黒い塊となってヒューストンに向かっていた

その姿が見える頃には、街の城門は閉じられていた

そうして眼の良い獣人の兵士が、城壁から向こうの森を睨んでいた

その先に集落があり、隊商はそこから引き返して逃げて来たのだ

隊商の報告は、直ちに街の領主に届けられる

しかし領主も、最初は一笑に付して聞く耳を持たなかった

ここに王都からの、使い魔の報告が届いていれば別だっただろう

しかし領主は、根拠の無い報告に興味を持たなかった


「何が化け物だ?

 もう少しマシな嘘を持って来い」

「しかし衛兵からの報告で…」

「その兵士も腰抜けじゃな

 後で降格にでもしておけ」

「は、はい」


「もう少しマシな話は無いのか?

 例えばあの忌々しい魔王が死んだとか…」

「はい

 噂話ですが…

 魔族の王都が陥落したとか…」

「がははは

 噂話とは言え、それは愉快な報告じゃな

 して、何処からの報告じゃ?」

「それが噂でして…

 出所も真偽も確認出来ておりません」

「何じゃ、つまらん

 早々に事実確認をしておけ」

「はい

 しかしどうやって…」

「そんな物、それこそ商人に確認して…」

「商人ですか?」


商人と聞いて、文官の一人が眉をひそめる。


「領主様

 これは別の報告ですが…」

「うむ

 どんな報告じゃ?」

「それが…

 ここ数日隊商が止まっておりまして…」

「むう?

 そんな事か」

「はあ?

 え、まあ…」

「どうせ遅れておるだけじゃろう」

「しかし食料の不足に繋がります」


文官の言葉に、領主は不満そうな表情を浮かべる。

ヒューストンの街にも、大規模な農場はある。

そこは奴隷の人間が、死ぬまで働かせられていた。

替えはすぐに用意出来ると、無茶な作業を強いていた。

それで奴隷の数が減り、生産体制に問題が出ている。


「食料の自給率は?」

「はい

 現在は8割程度です」

「むう?

 それでは残り2割を…」

「いえ

 保管の事も考えますと、4割は隊商で賄わないと…」

「そうか…

 ううむ…」


正直な事を言えば、隊商から買うのは好ましくない。

足元を見られるし、不要な出費はしたく無いのだ。

しかし人間の奴隷が、最近では不足し始めているのは確かだった。

それは魔族の方でも、人間を奴隷にしているからだ。


「くそっ

 何が奴隷を止めろだ

 魔族も人間を奴隷にしているクセに」

「しかし今それを言っても…」

「分かっておる

 何とか補充出来んのか?」

「奴隷狩りが失敗したばかりです

 何とか兵を補充しなければ…」

「ううむ…

 結局こっちも金か?」

「はい」


領主は不満そうに、文官を睨んでいた。

しかし不満そうにしても、金が降って来る訳でも無い。

結局どこかで無理をしてでも、金を捻出するしか無かった。


「分かった

 取り敢えずは金を持たせて、新たな兵士を募れ」

「はい」

「どうせ職にあぶれた者は居る

 すぐに徴兵に応じるじゃろう」

「そうですね」

「貧しいスラムの者も居ます

 適当に金をちらつかせれば…」

「くくくく…

 序でにスラムの掃除にもなるか?」

「はい」

「よし!

 それで行え」

「はい」


スラムの住人が減ると聞いて、領主はニヤニヤと笑う。

彼の無茶な政策で、奴隷に仕事を奪われてスラム落ちした若者も多い。

それを見苦しいと、彼は何とか処分したがっていた。

それがこうして奴隷狩りで、兵士の代わりに使い棄てれるのだ。

上手く行けば奴隷を安価で集めれる。

そう打算して、彼はニヤニヤと笑っていた。


文官は書類を纏めると、領主と同様ににやけていた。

これで兵士を安価に募れば、その分彼等の懐も潤う。

領主には、スラムの住民を使う事を具申している。

後は上手く、スラムの住人を焚き付ければ良いのだ。


「くふふふ

 領主様々じゃな」

「ああ

 後は任せるぞ」


文官は書類を手に、そのまま部屋を辞しようとしていた。

しかしそこに、慌てた様子で兵士が駆け込んで来た。


「大変です!

 ば、化け物の群れが…」


兵士の言葉に、領主は顔を顰める。


「もう良い!

 その様な戯言を…」

「しかし!」

「もっとマシな報告をしろ!」

「ですが城壁の向こうに…」

「分からぬか!

 この無能めが!」

ガッ!

カランカラン!


領主は怒りで顔を染めて、手元にあった水差しを投げ付ける。

それで兵士は、頭から血を流して倒れる。

獣人の腕力で投げ付けられた水差しは、同じ獣人でも十分な凶器であった。

兵士はそのまま担がれると、部屋の外に放り出される。


「ふん

 無能なクズめが」

ペッ!


文官はそんな兵士に、唾を吐きかけてその場を後にする。

周りに居た護衛の兵士は、その光景から目を背ける。

ここで下手に騒ぐと、彼等も処罰の対象に成り兼ねない。

それは勘弁と、その兵士を庇う者は居なかった。


「何が化け物だ

 そもそもこの街は…」

ドゴン!


しかしその時、遠くで何かが爆発する様な音が響く。


「何事だ!」

「は、はい

 すぐに見て参ります」

「早くしろ!

 この役立たず共が!」


護衛の兵士の一人が、慌てた様子で部屋を出る。

上手く逃げた彼を、仲間の兵士は恨めしそうに睨んでいた。

しかしそれは、彼の不運を知らなかったからだろう。

部屋を出た兵士は、そのまま煙の上がる方角を見る。


「嘘だろ…

 あっちは北の城門じゃないか」


彼は驚くよりも、先の兵士の言葉を思い出して困惑する。


「まさか本当に?」


彼はそのまま、城門に向かって駆け出した。


「早くしろ!」

「増援はまだか?」

「こっちに手をか…げはっ」

「馬鹿な…」


そこは既に、地獄絵図の様な光景だった。

城門は崩れて、門扉も歪んで隙間が出来ている。

そして隙間からだけでなく、城壁からも正体不明の化け物が侵入していた。

それは一見すると、仲間と見間違えそうだった。


「あれは…何だ?」

「おい!

 貴様!

 早く応援を呼べ!」

「はっ!」

「何をしている

 このままでは街に…ぐあっ」

ザシュッ!

ギャッギャッ


声を掛けた羊の獣人は、後ろからゴブリンに足元を切り付けられる。

怒った彼は、そのまま足で魔物を蹴り飛ばす。

獣人に思いっ切り蹴られたので、魔物はそのまま壁の一部と化した。


「あれは何だ?」

「何を言っている!

 化け物が攻め込んで来たんだ」

「城門はどうした?」

「大きな化け物がな…

 何とか倒したが、城門も壊されてしまった」

「くっ!

 すぐに増援を手配する」

「あ!

 おい!」


獣人の衛兵の問い掛けを無視して、護衛の兵士は領主の館に引き返した。

そして肩で息をしながら、慌てて領主の部屋に駆け込む。


「た、大変です

 化け物の群れが…」

「おのれ!

 貴様まで!」

ガッ!


「ぐうっ

 聞いてください」

「ふざけた事を申さず…」


護衛の兵士は、額から血を流しながら領主を睨む。

先の光景を覚えていたので、何とか意識を保つ事が出来た。

しかし流れた血が、左の目に流れ込む。


「本当なんです

 本当に化け物が…」

「ああ、もう良い

 誰か代わりに…」

「急いで増援を送ってください

 北の城門が破られました」

「貴様!」

「待ってください

 城門が破られた?」

「何を馬鹿な事を…

 この街の城門が簡単に…」

「それが本当なら、直ちに兵を向かわさなければ」

「何を馬鹿な事を!」

「馬鹿は貴様だ!

 化け物の軍勢が、今にも街に入ろうとしているんだぞ!」

「馬鹿だと!

 貴様!」

ドシュッ!


領主は怒りに任せて、腰の剣を引き抜いて突き刺す。

それは飾り用の剣で、切れ味はほとんど無かった。

しかし獣人の膂力で突き刺したので、そのまま折れながら兵士の胸に突き刺さる。


「う…があ?」

「ワシに馬鹿じゃと?

 この無礼者が!」

ドカッ!


領主は忌々し気に、兵士を蹴り飛ばした。

しかし護衛の兵士達は、それで硬直から解き放たれた。


「な、何をしているんです」

「ええい!

 貴様等も逆らう気か!」

「そんな事を言っている場合ですか?」

「正体不明の軍が、この街を襲っているんですよ?」

「貴様らまで…

 そんな嘘を鵜呑みにして…」

「さっきの音を聞いたでしょう?」

「それに外の喧騒も…

 既に街に入っている?」


獣人の耳は、基本的に良い者が多い。

その兵士も狼の獣人なので、外の喧騒が聞こえていた。

そしてその声は、市民が上げる悲鳴が混じっていた。


「聞こえませんか?

 あの悲鳴が!」

「悲鳴じゃと?

 何を…ぬう?」


ここで領主は、初めて耳を澄ませて外の音に耳を傾ける。

そこには確かに、悲鳴に混じって助けを乞う声が聞こえた。


「馬鹿な…

 本当に化け物が攻めて来たと?」

「化け物かは分かりませんが…

 何者かが攻め込んでいるのは確かです」

「ぬう…

 しかしワシ等は獣人じゃぞ?

 それが簡単に…」

「ですから!

 ですから増援が求められたんでしょう?」

「このままではここにも…」


「直ちに兵を向かわせろ!」

「は、はい」

「それからお前等」

「はい?」

「ワシの私財を集めさせろ」

「はあ?」

「こんな時に何を?」

「良いからすぐにだ」

「は、はい」


領主は文官達に命じて、自らの私財を集めさせる。

それは領主がコツコツと集めた、金貨や価値の有りそうな宝物だった。


「領主様

 これはどうされるので?」

「すぐに運ばせろ

 ワシはオリンズに向かう」

「はあ?」

「分からんか?

 良いからさっさと運ばせろ!」

「ですがこの街の領主としての仕事は?」

「そうですよ

 今頃は兵士が戦っております

 領主様の指揮を待っておりますぞ」

「あ奴等は捨て駒じゃ

 ここは遠からず落ちるじゃろう

 それまでの時間稼ぎが出来れば十分じゃ」

「はあ?」

「何を考えて…」

「良いから命令に従え

 それともここに残るか?」


領主の言葉に、半数以上の文官が従う。

彼等は命令を出し、荷物を馬車に運び込ませる。

しかしこの期に及んでも、自分達は働こうとしない。

この辺りが彼等の、平民に対する見方を現わしていた。


「おい!

 領主たちが何か用意してるぞ?」

「構うな!

 急いで来たの城門に向かうぞ」


兵士達はそんな状況でも、家族を守る為に城門へ向かって行った。

しかし文官達は、家族を棄ててでも生き残ろうと考えていた。

それで平然とした顔で、部下に命じて荷物を積み込ませる。

そんな中に、その行為に反対する者も当然居た。


「何でこんな事を…」

「良いからさっさと運べ

 領主様の命令じゃ」

「しかし街が…」

「まさかこのまま逃げ出す気じゃあ…」

「良いから従え!」

「嫌だ!

 オレには娘が居るんだぞ」

「そ、そうだ!

 お、オレだってお袋が…」

「何を言っている

 生きてこその物だろう?」

「それに娘なんざあ、生きていればまた産ませられる」

「な!」

「き、貴様…」


この期に及んで、領主の逃走に反対する文官が現れ始める。

彼等は文官であるが、獣人でもある。

だから殺そうとしても、なかなか死ぬ事は無かった。


「貴様ら、逆らう気か?」

「構わねえ

 どうせ死ぬのなら」

「ああ

 ここで戦って死ぬまで」

「ふざけるな

 貴様等は死にたいかも知れんが、ワシ等は生きるつもりじゃ」

「そうだぞ

 ワシ等の邪魔をするな」


領主の館の前で、獣人の文官達が争い始める。

戦士ほどでは無いが、彼等にも獣人の力がある。

それで館の前で、争いが起こっていた。

その騒ぎを聞きつけ、領主にさらなる応援を要請しに来た兵士が気付く。


「な、何だこれは?」

「おう、貴様

 早くこの馬鹿共を…」

「こいつ等を逃がすな!」

「こいつ等領主と共に、街を棄てて逃げる気なんだ」

「何だって?

 それじゃあ他には兵士は?」

「兵士なんて居ないさ

 今居る者達で全てさ」

「何を馬鹿な事を…

 あれでは城門を守る事なんて…」

「良いからこの馬鹿共を切り殺せ」


逃げようとしている文官は、兵士に対しても馬鹿にした口調で話していた。

しかしその事が、必死で戦っている兵士の心を動かした。


ギリッ…!

「馬鹿にしやがって!」

ドスッ


「ぐ…はあっ」

「ワシ等に手を出す気か?

 ワシ等は領主の命に従って…」

「逃げ出す奴等が、領主とか言ってんじゃあねえ」

ザシュッ!


怒った兵士は、一撃で文官を叩き切る。

そして馬車の中を見て、怒りで蹴り飛ばした。


「くそっ!

 馬鹿にしやがって」

「はあ、はあ

 助かったよ」

「他に兵士は?

 戦える者は居ないのか?」

「ああ

 ワシ等では足手纏いでしかないな」

「それに護衛の兵士は…」


文官は、領主の館から東の城門に向かう道を見る。


「恐らくはあっちだろう」

「領主は?」

「既に出た後だ」

「今頃は城門に…」

「くそっ!」


兵士は馬車を蹴ると、再び北を向いていた。


「どうする気じゃ?」

「ワシ等と一緒に逃げんか?」

「無理だ

 家族が居る」

「ワシ等もじゃ」

「これから探しに向かう」

「ははは…

 それじゃあ一緒に向かうか」


兵士はいつの間にか、涙を流していた。

どうせ助からないと、心の中では分かっている。

しかしせめて、最期は妻や息子の側で死にたい。

そう思うからこそ、探しに行こうと思っていた。


「オレが先頭に立つ

 あんた等の家族は?」

「ワシの母は市場でパン屋をやっておる」

「そうか

 あんたは?」

「ワシの娘は北区の家じゃ

 恐らくもう…」

「そうか…」


「気にせず向かってくれ

 ワシは娘を探す」

「そうか

 見付かる様に祈っているよ」

「ああ

 お前達も急げ」


文官の一人は、そのまま兵士が来た道を北に向う。

そこでは既に、あちこちで悲鳴が上がっている。

だからこそ娘は、既に手遅れだと分かっている。

分かっているからこそ、最期は娘の側に向かいたかったのだ。


「行こう

 こっちだ」

「ああ」


そして兵士と文官も、そろそろ魔物が踏み入り始めた街の中心に向かう。

そこには市場があって、今朝も市民達が市を立てていた。

逃げ出しているとは思うが、市場に向かう必要があるだろう。

兵士はそう思って、文官の前に立って進む。


「君の家族は?」

「あんたの母親を探してからだ

 じゃないとオレが叱られるよ」

「そうか

 すまない…」


二人はそう言葉を交わしながら、市場へ向かって駆け出して行った。

まだまだ続きます。

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