第694話
ドワーフの城は、アトランタの北側の山脈にある
そこの広大な洞窟を、長い時間を掛けて改修している
それは最初は、魔法鉱石を掘る為に掘り抜いた物だった
しかしいつしか、外敵を防ぐ堅牢な城へと姿を変えていた
アトランタから馬で進み、洞窟の入り口に向かう
そこにドワーフの兵が居て、魔族達が来るのを待っていた
今回の魔物の侵攻に対して、武器の提供が行われるからだ
魔族と人間の兵士は、馬車にその武具を積み込み始めた
「しかし大変だな」
「ああ
魔族の王都が落ちたほどだ
油断は出来んな」
「そうだぞ
危ないと思ったらすぐにここに来い
なあに、ワシはお前達を気に入っておる」
「ありがとうございます」
「オレ達は?」
「お前等は人間より強いだろ」
「そうだぞ
彼等を守ってやれよ」
「なんだよそりゃあ…」
「はははは」
アトランタに住む魔族は、多くは角無しの魔族である。
中にはインプも居るが、元は王国から逃げた角無しの魔族ばかりだ。
その角無しの中に、獣憑きの魔族が混じっている。
見た目は変わらないので、一緒に暮らしている。
そんな彼等の中では、人間は異質な存在だった。
鍛えればある程度は、力を身に付ける事も出来る。
しかし元が弱いので、魔族と並ぶ力を持つ者は少ない。
そして力を身に着ける頃には、彼等は老い始めるのだ。
だから兵士でも、魔族に比べると頼りなかった。
「こっちは魔石を組み込んでいる
簡単な魔法の効果なら、剣を使って発動出来る」
「しかし人間にはな…」
「ふうんぬうう…」
「ああ
精々刀身が燃えるぐらいか…」
「でもありがたいよ
これで少しは、身を守る事が出来る」
「そうか?」
ドワーフから見ればガラクタでも、人間からすれば立派な魔道具だ。
それも魔力を込めれば、一時的に刀身が燃え上がる。
これなら弱い魔物なら、焼き殺す事も出来るだろう。
あくまでもこの武器は、人間が生き残る為の護身の武器なのだ。
「それでこっちが…」
「魔石か?
しかしこんな大きな物…」
「魔王様からいただいたのさ」
「前に魔物が現れた時にな
魔物と戦う為にいただいたんだ」
「前のって…
もう何十年も昔だろう?」
「ああ
その時の残りだ」
今から50年ほど昔に、魔物が溢れ返った時期があった。
魔物自体は、その後に魔王によって滅ぼされた。
しかしその前に、多くの者が魔物に苦しめられていた。
その時に魔王が、ユミル王に魔物の素材で武器作りを依頼したのだ。
この魔石や魔鉱石の武器は、その時の残りである。
「魔王様の指示なのか?」
「ああ
いつ魔物が復活しても良い様にと…
思えばあの方も、魔物が復活するのを見越していたんだな…」
「もって事は…」
「ああ
ユミル王様も危険視されておった
そもそも魔物の出現理由がな…」
「え?
出現理由って?
魔物は自然発生じゃあ…」
「いや、きちんとした理由はある
魔王様はおっしゃら無かったのか?」
「ああ
王都では自然発生だと…」
「そうか…」
ドワーフの兵は、少し迷ってから溜息を吐いた。
「まあ良いか…
王様も公表する様におっしゃっておった」
「何だ?
含みのある言い方だな?」
「ああ
今回の魔物の発生は、恐らくは魔族と獣人の争いだ」
「何だって?」
「それも魔族に原因が主にあると見ている」
「我々魔族が…原因だと?」
「ああ
勿論魔族全体が悪い訳では無い
しかし止められ無かった事を考えれば…
魔王様も心を痛めておられるだろう」
「教えてくれ!
何が原因なんだ!」
魔族の兵士の言葉に、ドワーフはチラリと人間の方を見る。
「先の魔物の発生の以前に…
獣人による奴隷制が問題になったな」
「ん?」
「ああ
確かにそんな話があったな」
年長の魔族は、その発言に対して頷いた。
「獣人の度重なる侵攻と、それに伴う人間の町の破壊…
そして人間の奴隷狩り…」
「ああ
あれは酷かったな」
「その件に関して、女神様が警告を出していたのは?」
「話には聞いていたが…
まさか?」
「ああ
女神様は警告を無視した獣人に対し、魔物を放つと宣言された
それが魔物の氾濫の始まりだ」
「そんな!
それじゃあ魔物は…」
「まるっきりのとばっちりじゃないか」
「そうでも無いぞ?
ワシ等もじゃが、獣人に対しては再三の警告を発しておった
しかし魔族は、その当時から奴隷を集めておった…」
「あ…」
「何だって?」
「それは本当なのか?」
魔族の年長の兵士は、黙って頷いた。
「獣人ほどでは無いが、貴族が主導で奴隷を集めていた
それもペット感覚でな」
「な!」
「そんな事を…」
「勿論、魔王様は大層お怒りだった
しかし貴族は、それを改めようとしなかった
その結果が魔物の氾濫じゃ」
「確かにそう考えれば…
我々魔族にも責任はあるな」
「ああ
口では何とでも言うが、その実同じ事をしておった
それでは攻められても文句は言えんじゃろう?」
「ああ」
「しかしその話では…」
「ああ
だから魔物の多くは、獣人の街を攻めていた
それで魔物が居なくなった時に、獣人が魔族に攻め込んだのじゃ
その原因が魔族にあるとな」
「それっておかしくないか?
女神様に叱られていたのは、獣人達の方だろう?」
「ああ
獣人の人間に対する扱いは、ワシ等も目を逸らしたくなるほどじゃった」
「それなら!」
「しかし獣人の言い分は、自分達だけ攻められるのはおかしい
これは魔王が仕組んだ事だ、という主張じゃ」
「そんな無茶苦茶な…」
「確かにそうだった
獣人達は、魔王様が魔物を放ったと言っておった」
「魔王様が頑張って滅ぼしたのに?」
「それこそ自作自演だとな
だから魔物を倒せたとも言っておった」
「そんなの…」
「ワシ等や森妖精は、その辺の事情は知っておった
じゃから魔王が獣人を攻めても、ワシ等は見て見ぬふりを決めておった」
「そんな事が…」
ドワーフの兵の言葉に、若い魔族の兵士は項垂れていた。
単に魔物が現れて、それを魔王が撃ち滅ぼした。
彼等はそう教えられて育っていた。
だから人間が奴隷にされていても、可哀想に思う事はあっても当たり前だと思っていた。
しかし女神は、そもそも奴隷制自体を禁じていたのだ。
「それでは魔物の発生は、オレ達魔族や獣人が奴隷制を行っていたからか?」
「それが主な要因じゃな」
「他にもあるんだが…
それは魔族に原因があったからな」
「ああ
今でも行っているよな?」
年長の魔族は、心当たりがあるのか渋い表情をしていた。
「他の原因って?」
「魔族優勢主義…」
「へ?」
若い魔族は、その言葉に聞き覚えが無いのか困惑していた。
「これは近年…
魔族に於いて、特に貴族に多く見られる主義だ」
「やはり…それですか」
「何なんです?
その優何たら主義って」
「これはな、魔族が優秀だとする主義だ」
「え?
そんな事は魔王様が…」
「ああ
お許しにはならない
しかし貴族には浸透しておってな…」
年長の魔族は、苦々しそうに呟いた。
「ワシも嘗ては、王家の中心なんぞと呼ばれて良い気になっておった」
「え?」
「王家って…」
「ワシは実はな、アルバン公爵の3男じゃった」
「公爵様?」
「これはとんだ非礼を…」
「構わん
今は只の平民じゃ
それもこれも、魔族優勢主義のせいじゃ…」
彼はそう言うと、苦々し気に吐き捨てる。
「元は魔族が獣人より勝るという思想じゃった
それが全ての種族より勝ると…勘違いしおった」
「しかし魔族が優秀なのは…」
「勘違いするな!
魔族が優秀なのでは無い!
魔王様にお力があるだけじゃ」
「え?」
「その通りじゃな
お前達も結界内では無力じゃろう?」
「それは結界の力で…」
「それこそ勘違いじゃ
人間ならば、お前達よりも力を発揮するぞ」
「え?」
「オレ達が?」
「実際に試してみるが良い」
ドワーフはそう言うと、結界内に彼等を招き入れる。
「ここでこれを持ってみろ」
「え?
しかし…」
「良いから持ってみろ」
魔族の若者は、渋々と魔鉱石製の剣を手にする。
しかし身体強化も無いので、それは重たくて持つのがやっとだった。
「身体強化が無いから…」
「ほれ
見てみろ」
「え?」
しかし人間の兵士は、結界内でも剣を振れていた。
結界が効いているので、特殊な魔法効果は発動しない。
しかしただの剣としてなら、十分に振る事が出来た。
「馬鹿な!」
「何も不思議な事では無い
彼等は魔力が低いので、普段から身体を鍛えておる
その結果が、魔力が使えない時に現れる」
「しかし魔力が使えるなら…」
「そうじゃな
そういう意味では、魔力が使えるなら魔族の方が優勢じゃ」
「あ…」
ここで魔族の若者も、先ほどの言葉の意味に気が付く。
「魔族が優勢って…」
「そう
あくまでも有利という意味なのじゃ
それを勘違いして、優秀な種族と公言しよった」
「そんな…」
「魔王様は当たを痛めておったよ
何と馬鹿な事を言うとな」
自分で優秀と言うのもだが、中身がそれに伴っていない。
これは恥ずかしい宣言でもあった。
「そして魔族が優秀と勘違いした挙句に、人間を奴隷にし始めた」
「しかし、それは本当なのですか?」
「ああ
それはオレが保証するよ
オレは奴隷の子だったからな」
そう言うと、人間の兵士は鎧を脱いだ。
そして衣服の下の、醜い傷痕と共に刺青を見せる。
「う…」
「こんな…」
「これを付けたのは貴族だ
だからお前達を恨むつもりは無い」
「しかしオレも…」
「お前はここに辿り着いた時、オレの命を救ってくれた
それぐらいはオレも分かっている」
「しかし…」
彼等魔族も、まさか人間の彼が奴隷だったとは知らなかった。
助けた時から、彼は何処か距離を置いていた。
しかしそれは、逃げ出した場所で何かあったからだと思っていたのだ。
まさか彼が、こんな傷痕を隠しているとは思わなかった。
「すまない
同族がこんな酷い事を…」
「だから気にするなって
オレは悪い貴族と良い貴族の両方を見て来た
だからお前達が、悪い奴等だとは思っていない」
「しかしのう
これが今の魔族に浸透しておったのじゃ
分かるか?」
「ぐっ…」
ドワーフの言葉に、若い魔族は言葉を失う。
まさかそんな差別的な主義が、同族に広まっているとは思わなかったのだ。
「ここ最近では、獣人だけでは無く同族にも広まっておった」
「同族に?
しかし同じ魔族に…」
「角無しと角持ち
これに覚えは無いかのう?」
「あ…」
「まさかそれで?」
彼等アトランタに住む魔族は、みな角無しの魔族ばかりだ。
それは角無しの魔族が、近年職を追われていたからだ。
力を持つ角持ちの魔族が、兵士や貴族の身分に選ばれていた。
しかしその理由は、力を持つからだと思っていた。
「まさか角持ちの魔族が選ばれるのは…」
「ああ
魔王様がユミル王に愚痴っておった
角持ちが魔族優勢主義で差別を始めたとな」
「角が無いから…
職に就けなかった?」
「そうじゃな
そうして職にあぶれた者が、この地にやって来た
お前もそうじゃろう?」
「確かに仕事が無くて…
しかしここなら仕事があるって」
「そう言って連れて来られたのか?」
「ああ
確かにそう言われて…」
しかしそれは、角無しの魔族を追い出す為の方便だった。
角持ちの魔族も、角無しの魔族を警戒していたのだ。
彼等を下に見てはいたが、その魔力を警戒していた。
それで王都から追い出す為に、アトランタや他の地方に向かわせたのだ。
「お前達を追い出し、王都の人口は減っておったのじゃろう
そこへ魔物の群れが攻め込んだ…」
「確かにそう言われれば…」
「ここ数年は人口は減っていたかも」
「それに加えて、遠距離攻撃のお前達角無しの魔族が居なくなった
それも影響したのじゃろう」
勿論、全ての角無しの魔族が追い出された訳では無い。
中には王都に残った者も、少なくは無かった。
しかし角持ちが優秀とする主義は、角無しの魔族を迫害していた。
その結果が魔物が襲って来た時に、城壁の防備の面で露呈した。
遠距離攻撃が出来なくて、接近戦しか出来なかった。
それが結果として、魔物の侵入を押さえる事が出来ない事に繋がる。
「いくら力が強くても、それは接近戦でじゃろう?」
「そう…だよな」
「魔物のがどれぐらいの規模か知らんが…
一度に囲まれれば…」
「角持ちでも勝てないか…」
「これが他の魔族や獣人が協力しておればな…」
「そうだな
獣人にだって、遠距離の攻撃手段はある」
獣人の中には、弓の得意な種族も居る。
彼等弓使いの獣人が、城壁を共に守っていれば、王都の守りも変わっていただろう。
それも停戦後に、和平交渉を出来なかった事が問題なのだ。
そしてその原因も、今の話で予想が出来た。
全ては魔族が優秀だとする、優勢主義者が原因だったのだ。
「くっ
何て馬鹿げた事なんだ」
「そしてな、女神様が怒っておられた」
「あ…」
「それでは魔物は…」
「獣人の時と同様に、女神様が放たれたと睨んでおる」
「それではこの度の王都の陥落も…」
「ワシ等からすれば、自業自得じゃと思う」
「くっ…」
「そんな…」
「そして、それだからこそ
獣人の国が襲われるのは間違い無いじゃろう」
「それは…」
「彼の国は、未だに反省をしておらん」
ドワーフの話を聞いて、彼等は微妙な表情になる。
「なあ…
これって…」
「ああ
助ける必要があるのか?」
「そうじゃな
ワシ等は反対じゃ
しかしユミル王様は、出来る事なら助けたいと申しておる」
「ううん…」
ドワーフの言葉に、彼等はどうしたものかと悩んでいた。
「兎も角
今は防備を固める事を優先せよ
ここが落ちては困るからのう」
「それはそうなんだが…」
「オレ達が助かる意味って…」
魔族や人間の兵士は、今一度その意味を考え直していた。
出来れば死にたくは無いが、このまま自分達が助かる事が正しいのだろうか?
彼等はそう考えていた。
まだまだ続きます。
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