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聖王伝  作者: 竜人
第二十一章 暗黒大陸
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第693話

土妖精は、大陸の南東にあるアトランタと呼ばれる街を作っている

正確にはドワーフ達は、その先にある大きな山岳地帯に居を構えていた

アトランタの街は、その手前に造られた他種族が住む街の名前だ

そこから山岳地帯に掘り抜かれた、洞窟の中の城にドワーフ達は住んでいた

アトランタの街に、魔族の放った使い魔が飛来する

数日前にも、使い魔が放たれていた

しかし街の市民達は、どうすべきか苦慮していた

それはこの街では、とても対処出来そうに無いからだ


「どうする?」

「どうするたってなあ…

 持って行くしか無いだろう?」

「しかし誰が?」

「う…」


それが問題であった。

彼等は魔族や人間であるが、ドワーフの様な体力は無いのだ。

それで衛兵達は、使い魔を持って洞窟街の入り口に向かう。

しかし案の定、そこには誰も居なかった。


「参ったな…」


アトランタの街自体は、大きな城壁に囲まれた平和な街だった。

ここには他の領地から逃げて来た、あぶれ者達が住んでいる。

彼等は魔族や獣人の国で生きれず、ここに逃げ込んでいた。

そしてドワーフ達が暇つぶしで作った、この街に住み着いて居たのだ。


しかしドワーフ達は、滅多に洞窟から出て来る事は無い。

洞窟の中の城は広大で、その奥にはドワーフの街も作られている。

彼等は洞窟以外で作られる、食材や素材を求めて外に出て来る。

しかしそれが予定通りに来なくて、市民達も困っていたのだ。


「誰か!

 誰か居ないか?」


しかし返事が無く、人間の兵士は途方に暮れる。

洞窟の入り口からは、城門の様な入り口しか見えない。

ドワーフが住んでいるのは、この洞窟の奥深くだ。

そこにハイキャッスルと名付けた、大きな城を構えている。

ここからでは、その城すら見えなかった。


この街では人間に関しては、特に差別的な扱いは行われていない。

それは人間という存在が、獣人や魔族に比べて弱いからだろう。

人間も鍛えれば、スキルや魔法を身に着けられる。

しかし魔族に比べると、寿命は短い。

それに武器を身に帯びなければ、獣人の身体に傷を付ける事も敵わない。

それで近年まで、人間は獣人の奴隷として囲われていた。


その状況が変わったのは、獣人が魔族に敗れた事だ。

それで和平交渉が行われ、人間の奴隷の多くも解放された。

しかしそこで、予想外の事態が起こってしまった。

人間のほとんどが、東の平原に移住する予定になっていた。

しかしそれを妨害する者が現れたのだ。


東の平原に住む、獣憑きの魔族は人間を歓迎した。

彼等は同じ魔族からも、異質な存在として迫害を受けていた。

だから同じ迫害を受けていた、人間達に親近感を覚えたのだ。

しかしそんな人間や獣憑きを、奴隷として狩る者が現れたのだ。

それは一部の角持ちの魔族で、魔族優勢主義を掲げる貴族であった。


そんな魔族に追われて、彼等はドワーフの都市に逃げ込んだのだ。

ちょうどそこには、ドワーフ達が余った石材で堅牢な城壁を築いていた。

それはあくまでも、攻め込まれない様にする為の城壁である。

しかし城壁を利用して、人間や魔族はこの地に移り住んだ。

それがやがて大きくなり、アトランタの街となっていた。


「誰か居ないのか?

 弱ったな…

 伝言は重要なんだが…」


彼等は街に住む代わりに、ドワーフが作れない物を提供する約束をした。

例えば食料で、これは外の畑や森が必要だった。

他にも素材の元になる、蜘蛛の糸や虫の糸なども魔族が集めていた。

そうした物と引き換えに、ドワーフ達は城壁の内側に街を建設した。

そうして街を守る為に、ドワーフ達は武具も提供していた。

つまるところ、いくら作っても使ってくれる者が必要なのだ。

そういった意味では、ドワーフにとっても人間や魔族は重要だったのだ。


こうしてドワーフと、人間や魔族が手を取り合う事になる。

それを記念して、アトランタの街の城門には三つの手が握られた紋章が掲げられていた。

そしてその噂を聞きつけて、迫害される者がいつしか集まり始める。

アトランタの街はいつしか、他種族が集まる街になっていた。


そういった経緯があるので、重要な事はドワーフの王と相談して決められていた。

だから今回の伝令も、先ずはドワーフ王に判断を伺いたかった。

しかし肝心の、ドワーフ王に会う事がまず困難なのだ。

それがドワーフが、洞窟に引き籠って出て来ない事だった。


「駄目だ

 出て来ない」

「そうか

 どうしたものか…」

「なあ

 中に使い魔は送れないのか?」

「言っただろ?

 あの入り口に対魔結界が張られている

 入るのは問題無いが、魔法は通れないんだ」

「だから使い魔も、あそこを通った瞬間消えてしまう」

「そうか…」


使い魔は人間や魔族と違って、魔法で作った疑似生命体だ。

だから結界を通ったところで、魔力を失ってしまう。

そうすれば素材にした、魔石や巻物に戻ってしまう。


「結界の外に来てもらうか、結界を抜ける魔道具が必要だ」

「そんな便利な物が…」

「ドワーフ達が持っている

 オレ達はもたない約束だ」

「あ…」


そんな便利な魔道具を、外の者が持てば攻め込むのに使われる。

だから魔道具自体は作ったが、所持はドワーフだけだった。


「魔道具があればな…

 報告に向かえるのだが」

「そうだな…」


魔族であれば、危険な洞窟でも自由に動ける。

しかしそれには、魔力を使えるという条件がある。

魔力が使えなければ、魔族でも洞窟内では人間と大差ないのだ。

だから報告に向かおうにも、迂闊に入る事が出来なかった。

それでドワーフが出て来るまで、彼等は報告出来なかったのだ。


「明日がちょうど、食料を受け取る日だな」

「ああ

 明日まで待つしかないか」


それで魔族達も、ドワーフ達が出て来るまで報告を待った。


「何じゃと?

 何でそんな大切な事を…」

「仕方が無いだろう?

 結界を作ってあるんだぞ」

「オレ達だって、あれを潜れば無力なんだ」

「ぬう…」

「だから伝令役は必要だって…」

「それはそうじゃが…」


ドワーフの男は、ブツブツ言いながら一旦中に戻る。


「ほれ

 これが結界を中和する魔道具じゃ」

「どうにかならないか?」

「うむ

 ユミル王に相談しておく

 それよりも先ずは…」

「ああ

 こいつを持って行かなければ」


魔道具の効果で、魔族が持つ使い魔もそのまま通過出来る。

それで魔族も同行して、洞窟の中に入って行く。


「灯りの魔法を使って良いか?」

「そうじゃな

 ワシ等は見えるが…」

「オレ達は獣人じゃ無いんだ

 この暗さはさすがに、何も見えないぞ」

「分かった

 許可する」


ドワーフの後に着いて、魔族の兵士は洞窟の中を進む。

しかし周囲は暗いので、灯火(トーチ)の魔法で灯りを作る。

ドワーフは洞窟内でも、暗闇を見る目(インフラビジョン)があるので見る事が出来る。

しかし魔族には、エルフや獣人の様な夜目(ナイトビジョン)の能力は無かった。

これがインプやナーガ種なら夜目もあったのだが、彼は普通の角無しの魔族だった。

だからどうしても、暗闇では灯りが必要だったのだ。


「不便じゃのう」

「仕方無いさ

 その代わりにオレ達には、魔法を使える能力がある」

「ふん

 魔法なんぞ結界の前には…」

「その自信過剰は危険だぞ

 結界を無効にする物はあるんだ

 それに洞窟ごと壊されれば…」

「そんな力が…」

「そうやって魔族の王都も、魔物に襲われているんだ」

「ぬう…」


その発言は、魔族にとっては皮肉な事だった。

彼も王都の城壁は知っているので、そう簡単に崩せるとは思っていない。

しかし城壁が破れなければ、魔物が王都に入る事も無い。

つまり城壁を壊す術を、魔物が持っていた事になるのだ」


「そのう…

 そんな力を持つと?」

「ああ

 そうでなければ、王都がそう易々と陥落しないだろう?」

「しかし時間を掛ければ…」

「それなら、外部に救援を要請していた筈だ

 しかしそんな話は、どこからも入っていないぞ」

「そうじゃな…」


王都が魔物に囲まれていたのら、周辺国に連絡が入っていた筈だ。

しかし届いたのは、既に陥落したという報せなのだ。

そうなれば、王都は応援を呼ぶ前に陥落した事になる。

そうであるならば、あの堅牢な城壁が壊された事になる。


「魔物というのが…どれほどの物なのか?

 しかし魔族の王都を落としたんだ

 油断は出来ないだろう?」

「そうじゃのう…」

「ああ

 だからこそ、精霊王は警告と協力の伝令を送って寄越したんだ」

「協力か…」


この大陸では、ドワーフとエルフはそこまで仲は険悪では無かった。

共通の敵である翼人や獣人がいたので、共に戦う事もあった。

しかし住処が違うので、今ではこうして住み分けている。

森と洞窟では、住み方や場所が違い過ぎるのだ。


「協力の必要は?」

「それは王が決める事だろう?

 オレ達アトランタの市民は、ユミル王の決定に従う」

「うむ

 そうか…」


彼等はアトランタに移住した時に、ドワーフの王に誓っている。

街を住処にする代わりに、ドワーフの友として暮らす。

そして国の方針は、ドワーフ王の決定に従う。

そう意思を表明していたのだ。


「うむ

 ご苦労であった」


ドワーフ王ユミルは、魔族の兵士が齎した報告に労いの言葉で返す。

危険を冒してまで、この地に来て報告をしてくれたのだ。

彼としては感謝の言葉も当然なのだろう。


「いえ

 感謝の言葉ありがとうございます

 しかしオレ達は、ユミル王の部下です」

「そう畏まらなくても良い

 ワシ等は其方らを仲間と思っておる」

「勿体無いお言葉です」


魔族の兵士は、そう言って頭を下げる。


「うむ

 それで其の方らはどう考える?」

「はい

 先ずは協力の意を森妖精に送るべきでしょう」

「こちらから攻めるには…」

「うむ

 敵が何処に居るかも分らん

 先ずは情報の収集じゃな」

「はい」


「オリンズに向けて伝令を向かわせれるか?」

「それは…」

「難しいか?」

「はい」

「そうじゃな…

 今頃魔物は…

 何処まで攻め込んでおるのか…」

「ええ

 下手に向かえば巻き込まれます」

「ではどうする?」

「使い魔に偵察させます」

「出来るのか?」


兵士は少し考えてから、頷いて答える。


「はい

 やってみせます」

「うむ

 それではこれより、この城も臨戦態勢に入る」

「ユミル王?」

「彼等が伝令を送っても、入れないのでは困る

 洞窟の入り口に兵を立たせる」

「ありがとうございます」

「ただし、魔道具は中に入る時だけだ

 ここに入られては、守る事も出来ん」

「それは?」

「君達が逃げ込む場所は用意しておく

 しかしそれを守る為には、魔道具を外に出せない」

「分かりました…」


避難民を受け入れるにしても、結界は守らなければならない。

そうなれば、結界の無効化の魔道具は危険な物になる。

だから入り口で、ドワーフ側の兵士が立って見張る事になる。

いざという時は、避難民を入れてから入り口を塞ぐ為に。


「アトランタでも兵を募れ

 ただし自衛の為だ

 打って出る事は許さん」

「はい」


これはユミル王の、彼等への配慮だった。

打って出る事を許せば、彼等は魔物と戦う為に出るだろう。

しかしそれでは、一時は退けても犠牲が出てしまう。

王としては、ここで命じる事で責任を負うつもりだった。


「武器は依然に集めた魔鉱石を使う

 兵数はどのぐらいになりそうじゃ?」

「魔族は魔法兵です

 人間の兵士に持たせましょう」

「そうじゃな

 出来れば彼等も、なるべく犠牲を出したくない」

「ええ

 奴隷として苦しんで来たのです

 オレ達は守ってやるつもりです」

「うむ

 魔法兵用の杖も用意させよう」

「ありがとうございます」


兵士は一礼すると、謁見の間から退いた。

後は先のドワーフが、出口まで案内するだろう。

ユミル王はそれよりも、ドワーフの士気が問題だった。


「王よ

 彼等の為に戦うのですか?」

「彼等は魔族ですぞ?」

「それに人間なんて、役に立たない家畜…」

「馬鹿者!

 貴様等もその様な考えか?」

「は、はい」

「ですが人間は…」


「確かに人間は、この世界では一番弱い生き物じゃろう」

「でしたら…」

「しかしな

 それで貴様等は、老人や子供を見捨てるのか?」

「それは!」

「同じ同族なら…」

「違うじゃろう?

 弱き者を守る、その為の力じゃ

 それは同族に限らん」

「しかし…」

「魔族には借りもある

 それに人間にだって…」

「え?」

「いや、何でも無い」


ユミル王はそう言うと、暫し目を閉じて黙考する。


「東の砦は空いておるな?」

「はい?」

「確かに空いておりますが…

 まさかあそこに?」

「うむ

 避難民はそこへ収容しよう

 幸いあそこは、試験農場があるじゃろう?」

「ですが!」

「そこを任せるのじゃ

 それなら異論はあるまい?」

「っ!

 分りました…」


ユミル王は文官に命じて、東の砦の整備を命じる。

それから工房に、武具の準備の指示も出す。

前に魔物が出た時に、幾らか多めに魔鉱石は作ってある。

そのまま魔王が討伐したので、インゴットのままで保管してあるのだ。

それを使って、人間用の武具を作らせる。


この洞窟にも、幾らかの魔法鉱石は発見されている。

しかしそれは、ドワーフの戦士だけが身に付けていた。

彼等を信用しない訳では無いが、身に余る武器は渡せなかったのだ。

それが外部に渡る可能性もあるからだ。

だからアトランタの兵士には、鋼の武器しか支給していなかった。


「また…

 多くの血が流れるのか」


ユミル王は陰鬱そうに呟いた。

魔物が現れたとなれば、再び魔王と協力して戦う必要がある。

そうしなければ、大陸に住む人類の大半が死んでしまう。

人間や魔族は勿論、ドワーフだって無事では済まないだろう。

魔物はそれだけ、人類にとって脅威なのだ。

長く生き残った王だからこそ、ユミル王はその事をよく知っていた。


「魔王よ…

 其方は何処に行ったのじゃ?」


古き友を思って、ユミル王は溜息を吐くのだった。

まだまだ続きます。

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