第692話
ダラスから西に進み、大陸の西端に広大な森がある
そこには世界樹と呼ばれる、大きな木が育っている
それは遥か天高く聳えて、周囲数㎞に渡って影を落とす程である
しかし精霊力を高めるので、周囲の植生には悪影響を出さない
世界樹を中心にして、樹上に建物が建てられている
枝は精霊力で繋がれて、その枝を伝って往き来が出来る様になっている
これが森妖精の街であり、ここはこの地の森妖精の王都でもある
フェニックスという都市の名は、女神によって送られた名前だった
世界樹の特性として、何度焼かれても精霊力さえあれば甦る。
それはまるで、女神が伝えた伝承の神獣に似ていた。
それでこの地の名は、その神獣の名を受けてフェニックスとされた。
例え何度戦火に焼かれようとも、再び甦るという願いが込められていた。
そのフェニックスの街に、魔族からの使い魔が飛来する。
森妖精と魔族は、そこまで険悪な仲では無い。
森妖精であるエルフは、弓の名手である。
そして自然を愛して、森の治安を守っている。
それは一部の魔族と、同じ思想であった。
「むっ?
使い魔か?」
「シアトルか?
それともポートランドか?」
「いや
どちらも違うみたいだ」
「他の魔族か?
しかし親交は…」
「まあそう言うな
緊急の伝言だろう」
彼等は北に住む、蛇人の魔族と親交があった。
蛇人の魔族は、主にナーガと呼ばれて恐れられている。
それは彼等が、森に無断で入る者を石化させるからだ。
それで彼等は、森の守り神などとも呼ばれる。
同じ森を愛する者として、エルフとは親交があったのだ。
「森に迫る者でも居るのか?」
「そうかも知れんな…」
我等は魔族の軍、ミネアポリスの兵士だ
王都が大規模な魔物の群れによって陥落した
魔物はそのまま、南に向かって進んでいる
貴殿らの国でも警戒を怠らない様にされたし
「ミネアポリス?
何処の魔族だ?」
「確か北の方じゃないか?
王都の近くだろう」
「そこからの伝令か?
それにしても…」
彼等からすれば、ミネアポリスは知らない街だった。
しかしその街の魔族は、わざわざ危険を報せて来たのだ。
それだけでも、この情報の信頼度は高かっただろう。
ここでこの情報の、真意を測るところがエルフの聡明さを示している。
彼等は獣人や魔族に比べても、長命な種族である。
それで性質的には大人しく、熟考して行動する者が多い。
それでよく連れ去られては、奴隷にされる事が多い。
大人しい性故に、力持つ者に抗おうとしないのだ。
それで何度となく、絶滅の危機に立たされている。
彼等が生き残っているのは、偏に彼等を守る存在が居るからだ。
「精霊王様に伝えるか?」
「そうだな
森に関わるとなれば…」
彼等は基本的には、のんびりとした優しい性質だ。
しかし事が森に関わるのならば、それは全く異なる性質に変わる。
森を乱したり野生動物に危害を加えようものなら、たちまち雨の様な矢が降り注ぐ。
それは比喩では無く、彼等の森では当たり前の事なのだ。
そしてそれを決めるのは、彼等が尊敬して止まない指導者の命令だ。
この地の指導者は、精霊に選ばれた王が治めている。
治める森によって、指導者は王か女王が治める事になる。
この地の王は、現在は男のハイエルフが担っていた。
「先ずは精霊王様に伝えよう
それからだ」
「そうだな」
彼等は使い魔を大事に抱えて、森の蔦を渡って中心部に向かう。
その世界樹の一角に、精霊王が住む王城が建てられている。
彼等の住処は、基本的に木で作られている。
しかし木の伐採は、彼等にとっても禁忌とされている。
家を作るのは、精霊力で木にお願いして作る。
木の一部を変質させて、建物とするのだ。
王の居城も、そうした木が変質して出来た建物であった。
「精霊王様
伝令が参りました」
「うむ
少し前に魔力を感じた
何処かの魔族からの伝令か?」
「ええ
ミネアポリスという事ですが…」
「ミネアポリス?」
「何処だ?
それは…」
「北東の魔族の街じゃな
周辺の森からも、最近異変があったと聞いておる」
「おお…」
「さすが精霊王様」
周囲に立っている、エルフの文官から感嘆の声が上がる。
全てのエルフでは無いが、一部のエルフは森の植物と会話出来る。
そしてハイエルフとなれば、植物を通して離れた地の情報も集められる。
それで詳細は分からないが、何か異変が起こっている事は知っていた。
「どうなされますか?」
「うむ
森の事では無い
迂闊には動けんな」
「ですな…」
「救援の要請でもありませんし…」
「うむ」
「この地にも魔族は居るな」
「ええ
ですがインプです」
「使い魔は?」
「難しいかと」
「確認して参れ」
「はい」
精霊王は兵士に、地に住むインプに会いに向かわせる。
精霊の地にも、魔族の商人は訪れる。
親交という程では無いが、彼等からもたらされる恩恵もある。
それで樹上では無いが、樹木の下に家を作らせる許可を出していた。
彼等はそこに店を開き、エルフと商売をしていた。
「アトキンスは居るか?」
「何だい?
エルフの旦那」
「精霊王様が呼ばれておる」
「王が?
ワシは何もしておらんが?」
「ああ、分かっておる
お前が誠実な事は、この地に居る者はみな知っておる」
「なら何でだ?
王が気に入る様な者は入っておらんぞ?」
「そうでは無い
使い魔が必要だ」
「使い魔?
何処かに伝言でも送るのか?」
「そんなところだ」
「ううむ…」
兵士の言葉に、アトキンスと呼ばれたインプは唸り声を上げる。
「どうした?
出来ないのか?」
「出来なくは無いが…
ワシではそんなに使いこなせんぞ?」
「それでも構わん
王様もそれは承知だ」
「そうか?
それなら行こうか」
アトキンスはそう言って、兵士に着いて城に向かう。
王城の出入り口は、樹上に張られた蔦から入る事になる。
しかしエルフの許可があれば、直接登れる蔦が下ろされる。
それに掴まると、樹上まで一気に登る事が出来る。
それは防犯面でも、立派な働きをしている。
悪意ある者が、王城に近づき難くしているのだ。
「これに掴まれ」
「何度使っても慣れないな…」
「そう言うな
お前は信頼されている
それに木達もお前ならば、落ちない様に運んでくれる」
「ああ
肥料の調達をしているからな」
「そういう事だ
足場もあるが、しっかりと掴まってくれよ」
「おお
頼んだぞ」
アトキンスはそう言って、足場である木を優しく撫でる。
それで喜んだのか、蔦はゆっくりとアトキンスを樹上に運ぶ。
それから運び終わると、降り易い様に足場を開いた。
こうした事も、木がアトキンスを気に入っているからだ。
彼は森に入ってからも、木を切ったり植物を刈り取る事はしなかった。
エルフが森から分けてもらった、植物だけを使っている。
それはアトキンスが、エルフ同様に森に敬意を払っているからだ。
その姿勢に、精霊達も彼を気に入っていた。
「精霊王よ
ワシなんぞ御用ですかな?」
「うむ
すまないな
呼び出しをして」
「何の
王には色々助けられておる
それで…使い魔で良いのか?」
「ああ
話は聞いたか?」
「いや
使い魔が必要としか…」
「そうか」
精霊王は、そこでアトキンスにも伝言を聞かせる。
その方が使い魔に、どの様な伝言をさせるか伝わるからだ。
「な!
王都が?」
「うむ
その様に話しておるな」
「しかし王都が?
ここ程では無いが…そう簡単なもんじゃねえぞ」
「そうなのか?」
「ああ
5ⅿを超える頑丈な石の防壁だ
それに角有りと角無しの魔族の兵が揃っている」
「そうか…
それは攻め難いのか?」
「ああ
あんた等の弓持ちと精霊使いが万近く戦闘に備えている
そう考えてくれ」
「むう…
それはなかなかに強固じゃな」
「万だと?」
「それは誇張では無いのか?」
アトキンスの言葉に、エルフの文官達が動揺する。
このフェニックスでも、兵士は8000も満たない。
元々エルフは、争いを好まない種族なのだ。
「そう驚きなさんな
ワシ等も獣人の馬鹿共が居なければ、そこまでも備えんさ」
「ああ
君等には獣人が居るか」
「なるほど
それは備える必要があるか」
「あいつ等乱暴者だからな」
「そういう事です
しかし…」
そんな王都を、魔物が陥落したと言うのだ。
それも王都からの救援要請では無く、他の街からの報告だ。
他の街から救援が向かったのだろうが、王都は今頃大混乱だろう。
「君はどう見ている?」
「そうですねな
魔物と言うのは見た事がありませんので…」
「そうじゃな
ワシも先代から聞いた話でしかない
しかし厄介な存在じゃ」
「そうですか…」
「ゴブリンは繫殖力もあり、なかなか駆逐も難しい
それにコボルトも、なかなかしぶといと聞く」
「しかし王都を攻めるとは…」
「他の被害はどうじゃろう?」
「そうですね
奴等が何処から来たのか…」
「うむ
どうやら東が最初の被害の様じゃが…」
「東?
ドワーフの都市ですか?」
「いや
ワシの知る範囲では獣付きの郷じゃな」
「ああ
あの辺境の…」
獣憑きと言うのは、獣化出来る魔族の事である。
魔力は少ないが、彼等は獣人の様な獣化を出来る。
それは見た目では分からず、普通の魔族にしか見えない。
しかし負の感情が振り切れると、獣化して暴れるのだ。
「しかし彼等は…」
「ああ
獣になるのじゃったな」
「そうです
そんなに簡単に敗れるとは…」
「それはワシにも分からん
しかし東から進んでいる事は確かじゃ」
「精霊王を疑う訳では無いが…
俄かには信じ難いな」
「そうじゃな
ワシもこれが無ければ…
信じんじゃろうな」
精霊王はそう言いながら、使い魔の方を見る。
しかし使い魔は、込められたメッセージを届けるだけだ。
その真偽を調べる事は、使い魔からでは無理だ。
精霊王が信用するのは、情報の内容からだろう。
魔族が嘘を吐いてまで、こんな情報を届ける意味が無いのだ。
「それで、王は何をされたいのじゃ?」
「うむ
それなのだが…」
精霊王は、アトキンスに伝えたいメッセージを説明する。
「それは…」
「無理かのう?」
「いや、無理じゃあ無いが
良いのか?」
「うむ
早目に手を打った方が良いじゃろう
それに獣人にも警告を送らなければな」
「しかし奴等は…」
「信用しないじゃろうな
しかし送る必要はある」
「分かった
それなら協力をしよう」
アトキンスはそう言うと、懐から魔石を取り出す。
彼自身の力量では、使い魔を作り出す事は出来ない。
魔力は十分にあるが、角無しの魔族様な魔法は使えないのだ。
しかしそれも、魔石を使わないという条件である。
「魔石か
それを媒体にするのか?」
「ああ
理解が早くて助かる」
アトキンスはそう言って、魔石を文官に手渡す。
精霊王はそれに、必要なメッセージを込める。
我はフェニックスに住む精霊王
今ここに、人族の危機を示す
今こそ手を取り合い、共に魔物の脅威に備えるべき
フェニックスで会談を開く
各自兵を揃えて、魔物との決戦に備えよう
精霊王はそう言って、魔石を文官に渡す。
アトキンスはそれを受け取ると、数個の魔石にその文言をコピーする。
そうして魔力を込めると、それを梟の形に作り変える。
そうしてそれを、空に向けて放った。
「これで各地に向かって飛びます
しかし伝わるかは…」
「そうじゃな
しかし何もせん訳にはいかん
人族の共通の危機じゃからな」
「精霊王は、これを危機と見ておるのか?」
「うむ
恐らく南に向かったのは、方角からしても獣人の国じゃろう」
「それでは既に!」
「うむ
間に合うかは微妙じゃな
しかし生き残りが居れば…」
「ぬう…」
精霊王は、獣人の国が落ちると確信していた。
魔族の王都を落としたのだ、獣人の国も無事では済まないだろう。
それを見越して、何とかメッセージを間に合わせようとしたのだ。
「どうせ奴等の事じゃ
このメッセージが届いたとしても鼻で笑うじゃろう」
「それなら送る意味が…」
「意味はあるぞ
それは奴等に協力をさせる事じゃ」
「しかし魔物に攻め込まれれば…」
「全てを滅ぼすつもりでは無かろう
そうで無ければ、あそこから南に向かう意味が無い」
「む?
精霊王は何か知っているのか?」
「全てでは無いがな…
何となく予想が着いておる」
精霊王はそう言って、複雑そうな顔をする。
その表情は、ハイエルフにしては苦悩と年月が彫り込まれた物であった。
彼が何を考えているか分からないが、どうやらこの問題は相当根深いらしい。
アトキンスはこれ以上、深く探らない方が良いと考えた。
それは彼の商人としての、長年の嗅覚が告げていた。
「そうか
それじゃあワシはこれで…」
「む?
聞かんのか?」
「ああ
聞いたら巻き込まれそうでな」
「商売にならない話には、興味が無いか?」
「商売どころか、どう見ても損する話だろう?」
「ふむ
さすがの嗅覚じゃな」
「ああ
儲け話なら聞くぜ」
「はははは
褒美は後程届けさせる」
「精霊王様!」
「よいよい
それだけの事はしてくれた」
「ああ
それじゃあな」
アトキンスはそう言って、王の謁見の間を立ち去る。
王はその様子を見送り、兵士達に指示を出す。
「話は聞いたな」
「はい」
「直ちに魔物と戦える様に、戦の備えをせよ」
「しかし魔物は…
ここに来ますか?」
「うむ
間違い無い
それに…」
例え魔物が来なくても、魔物を討伐する必要はある。
いつその牙が、彼等の森に向かって来るか分からないのだ。
戦力がある内に、早目に手を打つ必要があるのだ。
「手遅れにならない様にせねば…」
精霊王はそう言って、疲れた表情で頭を押さえていた。
それはこれから起こる事を、憂いて心配しているからだった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




