第69話
2度目のオーガの襲撃が終わり、街には穏やかな日が訪れていた
魔物は出るものの、その数も少なく、大型の魔物は現れなかった
ギルバートは執務室に籠り、アーネストと書類の山を片付ける日々が続いた
それもこれも、街が平穏であったからだろう
2度目のオーガの襲撃から1週間が経とうとしていた
オーガの骨を加工した武器も作られ、兵士達に配られた
それから将軍やエドワード隊長が兵士を連れて、魔物の討伐に出向く様になった
魔物の討伐を繰り返させて、戦士の称号を得ようと言う考えであった
ギルバートは報告の書類を手に、アーネストに質問していた。
「この報告を見る限り、ただ魔物を倒すだけでは無理の様だな」
「そうだね
やはり雑魚を倒すんじゃなくて、大物を倒さなくちゃダメなんだろう」
兵士にコボルトやゴブリンを倒させてみたが、戦士の称号は得られなかった。
代わりに、オークを単身で討伐した部隊長には称号が得られた。
ただし、中には同じ条件でも貰えない者も居た。
この辺がどうなっているかが分からないと、効率良い称号の獲得は難しいだろう。
「オークでは確実ではない
オーガやトロールが出れば、可能性は高いだろうな」
「しかし、それでは犠牲者が多く出るんじゃないのか?」
「そうなんだよな…」
いまのところ、オーガもトロールも出て来てはいない。
それで安心してオークやコボルトを探している。
しかし、いつまたオーガがやって来るか分からない。
出来ればそれまでに、兵士の技量を上げておきたい。
しかし、ただ称号を得ても、技量が伴わなければ無意味だろう。
一番良いのは、適度に強い魔物と戦って、技量を上げながら称号を得るのが良いだろう。
「だからと言って、そんな都合よく魔物は出て来ないんだよな…」
「そうなんだよな」
ギルバートは溜息を吐き、別の書類を取り出す。
「こうなると、やはり件の貴族の連れた兵士に期待するしかないか」
「それはそうなんだけど…
そうなると、今居る兵士と衝突しないかが心配だな」
「うーん
そこは将軍と隊長に任せるしかないな」
書類には来週には到着する予定だと書かれている。
予定が狂わなければ、もう5日ぐらいで到着するだろう。
それまでに、兵士の質を底上げしたかったが、どうやら間に合いそうにない。
少し揉めそうだが、代行貴族の兵士に期待するしかなさそうだ。
「それで
オーガの素材はどうなんだ?」
「ん?
骨にはオークの魔石を砕いて加工してみた
強度は鉄製の鎌よりは上じゃないかな?」
「そうなんだ」
オーガの骨を単体で加工しても、鉄に比べると強度は落ちてしまった。
そこで、他の魔物の魔石を砕き、表面に塗り付ける加工を施すと、僅かながら強度は上がった。
さらに魔法陣を刻み込み、強度や切れ味、身体能力強化の効果を加えてみたところ、オークの魔石なら効果が出る事が確認された。
そこでクリサリスの鎌をオーガの骨で作り、オークの魔石で加工してみた。
結果としては、切れ味も強度も申し分なく、使う物に技量が有れば、身体能力の強化も発動して大いに役立つ事が確認された。
先ずは騎士団に配分されて、残りを兵士に支給される事となった。
「まだ数が十分じゃないから
先にベテランの兵士から配布されてる」
「部隊長と騎兵には行き渡ったな
一般の兵士に配布するには、オーガを何体か狩って来ないとな」
「トロールの素材が使えないのが残念だな」
「うん
トロールの骨がもっと頑丈なら…
今のところ使い道は浮かばないな」
トロールは骨も皮も脆く、厄介な魔物の割に使える素材が無かった。
唯一使えそうな魔石にしても、オークの魔石に比べても小さく、触媒としての力も弱かった。
結局トロールは、倒しても使い道が少ない厄介なまものであった。
「今日は将軍も出ている
森のどこかで大物でも狩ってれば良いんだけど」
「期待せずにおこう」
ギルバートは次の書類に手を出す。
商工ギルドからの請求の書類で、税収と比較した書類が添付されている。
ギルド長が予め用意しておいてくれた書類で、後は確認のサインと決済の印可だけだった。
ギルバートは書類を読み、一行だけ気になった点を確認する。
「アーネスト」
「ん?」
「先の城壁の補修の件だけど」
「どうしたんだ?」
「東門は修復したんだけど、他の門はどうなんだ?」
「ああ
補強の魔法陣か
北の城壁は完成したぞ」
「そうか
後は南門だけか」
「南門も来週には完成するぞ」
書類には東門の修理代と、北門の魔法陣の素材代が記載されている。
どうやら南門の代金は、次の収支報告書で請求らしい。
ギルド長の心遣いに感謝し、ギルバートは書類を仕上げる。
「ああ…終わった」
肩を伸ばして、凝った筋肉を解す。
書類を纏めると、執事のハリスを呼ぶ為にベルを鳴らす。
ハリスに書類を渡すと、アーネストと部屋を出た。
「今日はこれからどうするんだ?」
「魔物が近付いていないなら、外に出る必要も無いだろう
妹達の所へ行ってくるよ」
「そうか
それじゃあオレは、ギルドで魔法の指導でもしてくるかな」
アーネストは新しい魔法の呪文を記した羊皮紙を出し、ギルバートに見せる。
「まだ実用性は低いけど、味方の周りに風の防壁を作り、矢の攻撃を防げるんだ」
「へえ
矢だけなのかい?」
「そこなんだよ
まだ試していないから、これから実験してみないと」
「そうか」
アーネストは手を振って邸宅を後にした。
ギルバートはアーネストを見送り、妹達の居る部屋へ向かった。
この時間だと、母親の部屋か庭に居るだろう。
先に母親の部屋に向かったが、そこには誰も居なかった。
庭に出てみたが、ここにも誰も居ない。
ギルバートは他の場所も探す事にして、邸宅内を歩いて回った。
2階の部屋にはメイドしか居なくて、母親も妹達も姿が見えなかった。
1階に降りて、食堂やホールも見たが、ここにも居なかった。
いよいよ探す場所が無くなり、メイド達が作業している洗濯場も覗いて見る。
すると、奥から楽し気に笑い声が聞こえて来た。
奥は衣服を修繕したりする部屋だ。
三人はそこに居た。
母親が歌を歌いながら、機織りで衣服を編んでいる。
それを見て、妹達が嬉しそうに眼を輝かせる。
それを見て、二人もやっぱり女の子なんだなと、今さらながら思っていた。
母親が歌い終わると、今度はセリアを抱きかかえて、セリアに機織りの使い方を教える。
恐らくは、次はフィオーナにも教えるだろう。
ギルバートは邪魔にならない様に、そっとその場を後にした。
「あら?
坊ちゃま、奥様は見つかりましたか?」
メイドが気付き、声を掛けてきたが、ギルバートは静かにする様にジェスチャーをする。
メイドが奥を覗き、三人の様子に気が付くと、ギルバートは静かにお願いした。
「オレは何も見ていない事にするから
オレが来た事も内緒にしてくれ」
「分かりましたわ
そもそも、ここは男の人が入っては駄目な場所ですものね」
メイドはクスリと笑うと、ウインクをして頷いた。
そうしてギルバートはすることも無くなり、食堂で一人紅茶を啜っていた。
「弱ったなあ
これならアーネストに着いて行けば良かった」
今さら行っても、アーネストに妹達にフラれたか?とか揶揄われるだろう。
それが悔しいから、ギルドには行けない。
かと言って、兵舎や他の場所にも行く当てがない。
どうした物かと考え、ふと、父親の墓に行こうと思い立った。
そうと決まると、庭の花を摘み取り、手早く準備を整えた。
邸宅を出て、広場の南にある小高い丘に登る。
共同墓地の奥にある、領主の墓に向かうと、父親の墓前に立った。
花を手向けて祈りの言葉を唱え、静かに立ち上がる。
振り向けば、小高い丘の上からダーナの街が一望出来る。
遥か城門の先には、小さな砂埃が移動している。
恐らく将軍か隊長が騎兵団を率い、魔物を狩っているのだろう。
暫く眺めていたが、砂埃は城壁の中へ入って行く。
どうやら魔物は無事倒した様だ。
改めて墓前に向かい、父親に語り掛ける。
「父上
街は今、魔物の脅威からは守られています
それも父上が頑張ってくださっていたからです」
「でも…
次の領主代行が来れば、どうなる事やら」
「オレは、代行が着けば王都へ旅立ちます
その時には、廃嫡を宣言する事となるでしょう…」
心配なのは、二人の妹の処遇だろう。
「母上は親元へ戻る事になるでしょうね
しかし、妹達はどうなるんでしょうか?
それだけが心配です」
恐らく母親と共に、母の実家へ向かうだろう。
しかし、その後の事がどうなるか?
普通は貴族との婚姻関係を持つ為に、お茶会等に出て婚約者を探す事になるだろう。
父親が居ない今、碌でもない貴族でも、家柄の為に我慢して嫁がなくてはならない。
それが可哀そうでならないが、自分は最早口出し出来ないだろう。
なんせ血が繋がっていないのだから、関係無いと言われればそれまでだ。
「せめて、父上が予め決めていただいていれば…
それでも妹達には可哀そうな気もするけど、少しはマシだったかな?」
ギルバートは苦笑し、立ち上がる。
「いつか…
父上と酒を酌み交わしたかったけど、それももう、無理なんでしょうね」
寂しく笑い、ギルバートは墓前から立ち去ろうとした。
次に来る時は、酒でも持って来よう
そうだ、アーネストも誘って一緒に来よう
そう思いながら、ゆっくりと丘を下りて行った。
広場に出る頃には、将軍達は城門の中に集まり、魔物の遺骸を運び込んでいた。
商工ギルドから職人が出向き、コボルトとオークの遺骸を引き取る。
オーガの遺骸も1体有り、将軍がその前に立っていた。
「将軍
またオーガが出たんですか?」
「殿下?」
将軍は不意に声を掛けられて、慌てて振り返った。
「父上の墓に行っていました
そのオーガは今日の成果ですよね?」
「え、ええ
1匹だけはぐれて居たみたいで…
奇襲に成功しましたから、被害は有りませんでした」
「そうですか…」
「領主様の墓前に行かれていたんですか?」
「ええ
少し時間が出来たので、話をしに…」
「そうですか…」
「話を戻しますが…
そいつは1匹だったんですか?」
「へ?
そうですが?
どうかしましたか?」
「いえ、少し気になりまして
1匹だけなら良いんですが、他に居たら厄介だなと思いまして」
「ああ
なるほど」
「オレ達が見た時は1匹でしたよ
その後、周りも見ましたが、他には居ませんでした
恐らくは大丈夫かと」
「そうですか
それなら良かった
良い素材になりそうですし」
「そうですね
これでまた、鎌が何本か作れます」
ギルバートは頷き、オーガの遺骸を見る。
大きさもまずまずなので、これなら良い武器が出来そうだ。
「それでは、オレは邸宅に戻っています
何かありましたら連絡してください」
「はい」
ギルバートは将軍に手を振り、その場を後にした。
そろそろ、妹達も午後のお茶にしているだろう。
姿が見えないと心配するだろうから、早く帰ろうと急ぎ足になった。
こうして、ダーナの街に穏やかな日々が続いたが、それは長くは続かなかった。
5日後の午後に、新しい領主の代行として、貴族の一行が到着した。
いよいよギルバートの旅立ちの日が来るのだ。
次の回で、街の領主の代行者が来ます
一応、新しいキャラの登場になります




