第688話
辺境伯とは、王都から離れた国境を守る要である
そしてその様な重要な役割だったので、伯爵としての権限を持っている
しかし伯爵と言えども、所詮はただの角無しの魔族でしか無い
その能力は魔力依存で、身体的な能力には限界がある
伯爵自身は、無事に南の城門からダラスの街の外に逃げおおせる
しかし北側は既に、魔物によって抑えられている
東は山岳地帯なので、住む者も少なく戦力には当てが無かった。
危険を冒してでも西に向かうか、あるいは南の獣人に救援を呼ぶしかない。
「くそっ!
残存の戦力は?」
「逃げ延びれたのは我等護衛の8名のみです!」
「8名じゃと?
20名を残しておった筈じゃろう?」
「それが…」
伯爵は500名の兵を召し抱えていた。
しかし街の警備には、常駐の100名しか置いていなかった。
これがまだ獣人と争っている頃ならば、1000名近くの兵が揃っていた。
しかしダラスは、融和政策で獣人と和解を行っているところだった。
そこで兵士も半数の500名に減らし、獣人の兵士も抱えていた。
「獣人の者達は?」
「はい
護衛には2名生き残っております」
「するとあの化け物共は、獣人とも関係無いのじゃな?」
「はい
中にはワシ等に似た、犬の頭や豚の頭をした者も居ました
しかしあれは、ワシ等獣人ではございません」
「そうじゃな
ようやく協力体制が出来始めたところじゃ
さすがにそれは…無いか」
「当然でしょう!
あそこには仲間や家族も居ます
今さら争うなど…」
「それも…そうじゃな
しかし、ならばアレは?_
アレは一体何なんじゃ?」
「分かりません
しかし考え得るのは…」
「魔物…」
魔族の兵士の一人が、ポツリと呟く。
「魔物?
あの滅びたという?」
「それしか考えられません
獣人の者達に似て…
それに我々魔族に似た者も居ました」
それは黒騎士の事で、黒騎士の魔力は確かに、魔族の魔力に似ていた。
「魔族に似た…
ううむ…」
「伯爵様?」
「それはマズいな」
「え?」
「奴等の向かう先は分からん
しかしこのまま南に向かえば…」
「それは?」
「分からんか?
この先は獣人のテリトリーじゃ
そこに獣人の者が攻めて来る」
「あ…」
「そうか!
同族として勘違いしたら…」
「うむ
その可能性も十分にある」
「それは無いだろう?
見た目はワシ等獣人と言うよりは、獣に近いぞ」
「しかし近付くまでは、見間違う可能性もあるじゃろう?」
「それは…
しかしワシ等獣人は、視力もお主ら魔族よりも良いぞ?」
「それはオレ達魔族が…」
「止さぬか!
あくまでも可能性の話じゃ
それに…」
獣人達も、何も魔族を馬鹿にしている訳では無い。
しかし事実として、城門が油断した事は確かだった。
実際は正体が掴めず、攻撃に転じるのが遅れたのだが、伯爵達もそこまでは知らなかった。
だから見た目が獣人に似ていたので、友軍と勘違いしたと判断していた。
「今日の門番が、ワシ等ならば…」
「そうじゃな
魔族では欺かれる可能性がある
しかしそれは、結果論じゃ」
「しかし…」
「事実は受け入れよう
問題はこの先じゃ」
伯爵は一先ず、南に向かいながら話し合いを続ける。
「東は無理じゃな
集落が二つだけじゃ」
「北はどうです?」
「無理じゃな
アレは来たから来たのじゃ
下手をすれば、カンザスより北は…」
「まさか?
王都があるんですよ?」
「その王都が動いた形跡が無い
あるいは王都も…」
「信じられません!
王都が落ちるなど…」
「信じられんか?
事実を見ろと言っておるじゃろうが!
北の城門がたった数時間で落ちたのじゃぞ?」
「しかし我が街の城壁は…」
「それでもじゃ!
彼等獣人達と協力をしてじゃぞ!
今までの様に彼等と戦うのでは無い!
協力して短時間で破られたのじゃぞ!」
伯爵が息を荒くするのも当然だろう。
獣人と魔族は、長年国境を巡って争っていた。
それがダラスを中心に、ようやく停戦に漕ぎ着けていた。
まだ多少の抵抗はあるものの、ようやく両者が歩み寄ったのがダラスであった。
だから城壁の守りは兎も角、兵力の意味ではダラスは王都に次ぐ実力であった。
セントールズの様な城塞であれば、魔物の侵攻は抑えれたかも知れない。
「伯爵様の仰る通りでしょう
カンザスが落ちたと考えれば、セントールズや王都が動きます
しかし使い魔も伝令も来ておりません」
「おい!
それならお前は…」
「いい加減認めろ!
王都は確かに堅牢だが、あれだけの戦力を容易く破る者達だぞ!
王都であっても無事とは…」
「それに、各地からの伝令も無いんだぞ」
「しかし!
しかし王都には姉が…ううっ」
「そうか…
すまなかった」
「しかしな、今は事実を受け入れろ」
「そうじゃぞ
仇を討たねばな」
悲しむ魔族の兵士に、獣人の兵士も慰める様に肩を叩く。
「しかし…
それなら尚更じゃな」
「え?」
「北は無理、東は当てにならん
西も…」
「難しいですな」
「ワシ等もあの何も無い場所には…」
東に比べれば、西はそこまで険しい場所では無かった。
しかし街を作るには、土地が乾燥していて向いていなかった。
それで西に向かったとしても、こちらも住む者は少なかった。
「となれば、やはり…」
「しかし、ダラスが落ちたとなれば…」
「うむ
警戒されるじゃろうな
ワシ等が敵でないにしてもな」
敵は魔族では無いが、彼等が街に入る事が問題なのだ。
なんせ南は、獣人達だけの街なのだから。
まだそこまでは、獣人達も心を許していないのだ。
だから伯爵が、逃げて来たと言っても警戒されるだろう。
「うむ
そこはワシも同感じゃ
しかし他に行く先も無い」
「そうじゃな」
「ワシ等が伯爵様を擁護するしか無いぞ」
「そうだな…」
生き残った護衛には、獣人は二人しか居ない。
彼等が居なければ、南に向かう事はより困難だっただろう。
しかし彼等しか居ないので、責任は重大だった。
「う…
胃が痛くなる」
「ははは
ワシのポーションを飲むか?」
「胃痛に効くのか?」
「む?
傷に効くから…
大丈夫じゃろう?」
「おい!」
「何にせよ、ワシ等が協力するには、お前達の協力が不可欠じゃ
頼むぞ」
「止してくだせえ」
「そうですぞ
ワシ等は伯爵様の人柄に惹かれて専属の護衛になりました」
「それに伯爵様は、オレ達を差別しなかったからな」
「そうじゃな
王都の視察団だったか?
あれは今思い出しても、胃がムカムカする」
「あれは…
ワシも申し訳なく思っておる」
ダラスが中心になって、和平交渉が行われていた。
しかしその間にも、何度か獣人との小競り合いは続いていた。
それで王都からは、視察と称した見張りが何度か訪れていた。
それは王都でも、地位の高い角有りの魔族の貴族達であった。
その為に鼻持ちならない者が、視察としてダラスに訪れていた。
彼等は角有りの魔族故に、他者を見下す傾向にあった。
それで獣人にもだが、伯爵の様な角無しの魔族のに対しても慇懃無礼であった。
それで獣人だけでなく、魔族からも嫌われていた。
だから視察に関しては、魔族もうんざりしていた。
「しかし…
向こうでは伯爵様といえども…」
「そうじゃな
ワシ等でもどこまで発言が許されるのか…」
「そこは今考える事では無い
今はこの荒野を…」
「そうですな」
「集落はあるとはいえ…」
ダラスの南側は、西ほどでは無いが荒れた場所が多かった。
それで獣人達は、何度も肥沃な土地を目指して北上をしたのだ。
集落はあれど、あまり快適な場所は少なかった。
先ずは無事に抜けて、獣人の都市を目指す必要があった。
「それに集落でも、避難を勧める必要がある」
「避難ですか?」
「うむ
わざわざ南に向かった事が気になる
ワシの考え過ぎで無ければ良いが」
「それは…」
「まさかワシ等の国に?」
「うむ
その可能性は…
十分にあると思う」
伯爵の言葉に、獣人達も唾を飲み込む。
「あれが?」
「そんな!
集落程度では…」
「そうじゃ
じゃから避難をさせねばならぬが…
素直に聞くと思うか?」
伯爵の考えは、見事に当たる事になる。
彼等は2日掛かって、ようやく獣人の集落の前に辿り着く。
そこは荒れ地にある水場に面していたが、満足な城壁は作られていなかった。
魔族が攻めて来るとは、想定していない作りなのだ。
荒れ地の中にあるので、魔族もわざわざ侵攻していないのだ。
それで魔族というより、周辺の獣に対する防護柵しか作っていないのだ。
獣程度では、獣人でも十分に対処出来る。
だから集落に入られない様に、防護柵だけが作られている。
「だからこんな柵程度では…」
「はん!
何が化け物の大群だ
そんな戯言を信じろと?」
「そうでは無い!
伯爵様もこうして逃げ延びて…」
「どうせ魔族同士の領土争いだろ?」
「それでここを空けろだと?
馬鹿げている」
「そうじゃ無いって」
「何で分からんのじゃ」
「良い
十分じゃろう」
伯爵は防護柵の前に立つ、獣人の兵士達に頭を下げる。
こうなる事は、ある程度予測はしていた。
これ以上何か言っても、彼等の怒りを買うだけだろう。
それよりも今は、獣人の領主に会う事が先決だった。
その為には、先ずはこの先に進む必要があった。
「それで…
食料なんじゃが」
「駄目だ!」
「ここを通過する事は許そう
どうせこの人数では…」
獣人の兵士達は、ニヤニヤ笑いながら一行を見る。
いかにも負け戦で、逃げている敗残兵にしか見えない。
それで戦力は無いと、彼等には見えていた。
「しかし食料が無ければ…」
「駄目だ!
通す事は許可するが、食料までは渡せん」
「それに渡そうにもな…」
近くには湖があるが、お世辞にも裕福には見えない。
何とか畑を耕し、集落を維持する食料は確保出来ている。
しかし彼等にも、食料を無償で分けるほどの余裕は無かった。
「分かった
ではこれで交換ならどうじゃ?」
「むう…」
「しかしな…」
伯爵は手元の皮袋から、小さな魔石を取り出す。
それは魔物がこの地を荒らしていた頃に、討伐された魔物から得た魔石だった。
ここ数十年は、魔王によって魔物も駆逐されていた。
だからこのサイズでも、十分に魅力的な物だった。
「分かった分かった
商人を呼んで来る」
「しかし期待するなよ?
ここも食料は、慢性的に不足しているんだ」
「分かっておる
街に向かえる分の食料が欲しいだけじゃ」
それから伯爵は、獣人の商人と交渉をする。
彼等も食料が貴重なので、なかなか交渉は難航した。
しかし何とか話し合いの末、3日分の食料を得る事が出来た。
伯爵は感謝して、魔石を二つ商人に渡した。
「良いのですか?」
「うむ
今は食料の方が重要じゃ」
「そうじゃな
このままでは、餓死するしかない」
久しぶりに得られた食事は、固い乾燥したパンと干し肉だった。
しかしこれでも、この辺りでは食べれるだけマシなのだ。
住民達は野草や、小型の獣を狩って食事に当てている。
伯爵は許可を得て、水袋に湖の水を入れる。
「水は無料で良かった」
「ええ
これ以上の出費は厳しいですね」
さすがに騎乗用の動物は買う事は出来ない。
このまま進んでも、3日で街に着けると限らないのだ。
「さあ
行くとしよう」
「ええ」
伯爵は去り際に、もう一度集落の防護柵を見る。
ダラスの城壁でも、高さ2mの頑丈な石の防壁を築いていた。
しかしそれも、ものの数分で崩れたと報告を受けていた。
あんな木の柵などでは、そもそもが防げないだろうな
あの集落の者達は…
集落と言っても、獣人の住民は200名ほど住んでいる。
その程度の人数では、それこそ数時間で全滅だろう。
彼等が獣人だと言っても、戦えるのは子供や老人以外だ。
それがどれほどの人数なのかは分からない。
しかし子供達を逃がせるほど、時間を稼げるとは思えなかった。
「くっ…」
「伯爵様」
「伯爵様の責任ではありませんぞ
彼等は伯爵様の言葉を聞きませんでした」
「そうじゃな
しかし子供も居るじゃろう?」
「そうですな」
「早く都市部に向かって、警告せねば」
「ええ
このまま向かえば…」
「この先にはヒューストンの街があります」
「そこは大きいのか?」
「そうですね
しかしダラスと比べると…」
「そうか
ならば急がねばな」
ダラスでああなのだから、逃げ出した方が良いだろう。
問題はこの集落が、魔物に襲われるかどうかだ。
ここに立ち寄れば、それだけ魔物の侵攻も時間が掛かるだろう。
それにここに寄らないのなら、魔物は他の方角に向かった事になる。
出来れば彼等も…
しかし彼等が犠牲になれば、それだけ獣人達も警戒するだろう
伯爵は後ろ髪を引かれながら、南東に向けて歩を進める。
それから2日経ったところで、ヒューストンの街の城壁が見えた。
既にダラスを逃げ出してから、5日目に入ろうとしている。
日は頂点に近付き、強い日差しに苦しみながら城門に向かった。
「止まれ!
貴様…魔族だな!」
ガシャン!
伯爵達を見て、衛兵は槍を構えて睨む。
「魔族がこんな所に…」
「待て!
ワシは同族じゃ」
「ぬう?
狼族の者か?」
「しかし…
なんでまた魔族なんぞと…」
「彼はワシの雇い主じゃ」
「な!
貴様!」
「どうした?
落ち着け!」
「何故魔族を庇う!」
「貴様を奴隷にしておるのだろう?」
「そうじゃ無い!
彼は伯爵様で…」
「伯爵か
それなら良い交渉材料に使えそうだ」
伯爵は釈明も許されず、獣人の兵士達に捕らえられる。
そして二人の獣人も、裏切り者として捕縛されてしまった。
こうして伯爵は、ヒューストンの犯罪者を収監する監獄へと入れらる。
魔物の侵攻を警告する事も出来ないまま、彼は捕らえられてしまった。
まだまだ続きます。
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