第687話
ダラスの街の北の城門は、押し寄せる魔物の群れと戦っていた
倒しても倒しても、魔物の数は増え続ける
まるで切りが無いと言わんばかりに、魔物は途切れる事無く現れ続ける
そして少しずつだが、兵士達は疲弊していっていた
魔物は殺されても殺されても、次々と城壁に向かって来る
その眼は鈍く紅い輝きを放ち、狂気の表情を浮かべている
そのまま仲間が殺されても、平然として進んで来るのだ
あまりに異様な光景に、兵士達の精神は擦り切れてしまう
「怯むな!」
「隊長」
「しかしオレ達でも…」
「魔族の奴等、とっくに魔力切れですよ」
「このままでは…」
獣人の兵士も、ほとんどが肩で息をしている。
斯く言う隊長も、既に肩で息をしていた。
そして魔族のほとんどが、攻撃魔法の使い過ぎで魔力切れだった。
ポーションを使ったとしても、そろそろ精神的に限界だろう。
「ぬう…
「増援はまだか?」
「向かっていますが…
見えました」
待ち望んでいた増援が、通りの向こうから姿を現す。
彼等と交代すれば、休息する暇も出来るだろう。
隊長の横で、エリックも手持ちのポーションを飲み干す。
完全では無いが、少しだけ魔力が回復するのを感じる。
「き、来たか…」
「すぐに交代してくれ
魔族の奴等がもたない」
「分かった
下がってくれ」
魔力切れを起こした魔族は、ふらつきながら城壁を降りる。
代わりに矢筒を抱えた獣人達が、次々と城壁を登って来る。
それから矢を配りながら、すぐに城壁に展開して行く。
中には盾を持った牛の獣人や羊の獣人も混ざっている。
彼等は盾を構えると、魔物が投げる石や剣等を防ぐ。
「怪我をした者はポーションを飲め
マナポーションも用意しておいた」
「すまない」
「なあに…
しかし凄い数だな」
「ああ
奴等本気でここを取りに来てるな」
「ううむ
非番とはいえ飲む前で良かった」
非番の兵士達は、今日はゆっくり過ごすつもりだった。
中には訓練を受ける者も居て、それが終わったら街に繰り出す予定だった。
街に出ていたら、連絡も着かなかっただろう。
その前に呼び出せて、運が良かったと言える。
「すまんな
折角の休みを…」
「なあに
次の休みは奢りだからな」
「ああ
生きて帰って…」
そう言いながらも、隊長は顔を顰めていた。
彼に話し掛けた虎の獣人も、魔物の数に顔を顰める。
「これでは戦争だな…」
「ああ」
「生きて帰れる予定は?」
「聞くな
必ず生きて帰るぞ」
しかし魔物の数は、一向に減りそうに無かった。
そしてこの状況を見て、遂に魔物の側にも動きが見える。
ギガースを3体とも倒したアモンの前に、一人の男が姿を見せる。
その姿を見て、虎の獣人は唸り声を漏らした。
「ぐるるる…」
「どうした?」
「あいつ…
魔王様以上だ」
「何!」
「へえ…
あんた…強いな」
「…」
「だんまりか?」
「…」
黒騎士の放つ異様な雰囲気に、アモンも警戒して身構える。
「アモン様!」
「そんな奴、やっつけちゃってください」
獣人の兵士達は、魔物を切り伏せながら声援を送る。
「無責任な…」
「アモンでも?」
「無理じゃな
魔王様じゃぞ
アモンはまだ、魔王様に認められておらん」
「ぬう…」
アモンは爪を上下左右に振りながら、黒騎士の隙を窺っている。
しかし黒騎士は、ただでさえ隙が無いのに顔も兜で覆っている。
その上で声も出さないので、隙を窺う事も難しかった。
アモンの黒い毛から、汗が垂れて地面に落ちる。
「ウオオオオ…」
「ば!」
「無理だ!
やられるぞ!」
「ライトニング・アロー」
アモンは鋭く地面を蹴り、黒騎士の目の前まで一気に踏み込む。
しかしその爪は、簡単に黒騎士の腕で止められた。
「な!」
「…」
黒騎士は右腕で爪を受けると、そのまま左腕を挙げる。
そしてエリックが放った電撃を、そのまま手刀で叩き落とした。
バシュッ!
バチバチ!
「馬鹿な!」
「魔法だぞ?
それも電撃を叩き落す?」
これにはエリックも、虎の獣人も驚いていた。
いくら魔法を叩いても、普通はそのまま電撃で痺れるだろう。
しかも咄嗟とはいえ、その電撃には十分な魔力が込められていた。
それはオークぐらいの魔物でも、十分に倒せる威力なのだ。
「な…」
「まさに化け物だな…」
「魔法も効かないと?」
「下手に撃っても、躱すか叩き落されるだろう
それにアモンが…」
「ぐうっ」
アモンが目の前に居るので、迂闊には魔法も撃てなかった。
それに黒騎士は、そのままアモンを押さえ込んでいた。
「ぐうっ…
馬鹿な…オレの爪が…」
ギリギリ…!
黒騎士に押されて、爪は軋みながら押し返される。
黒騎士はこの状況でも、爪で切り裂かれる事も無かった。
その身に纏った腕宛が、アモンの爪を防いでいるのだ。
ギガースの皮膚を切り裂いた、必殺の爪を防いでいるのだ。
「何者なんだ?」
「分からん
しかし化け物共を率いている
友好的では無さそうだな」
「そうじゃな
それに魔王様とも…」
魔王よりも強い気配を纏い、魔物を率いて襲って来たのだ。
魔王とも敵対していると見て、間違いは無さそうだ。
「魔王様は?」
「現れておらん
王都に現れた様子も無いし…」
「王都か…
まさかな…」
「うおおおお」
「…」
ガスッ!
ドシュッ!
アモンは一歩下がると、そのまま黒騎士に激しく切り付ける。
しかし爪を受けても、その男は平然としている。
アモンは怯みながらも、再び爪を振り上げると渾身の一撃を振るった。
「あああああ…」
「…」
バキン!
「え?」
「…」
ドガッ!
「あ!
アモン!」
「くそっ
アモンでも敵わぬか」
アモンは爪を砕かれて、ショックで無防備になる。
そこを黒騎士に殴られ、その場に崩れ落ちた。
そして黒騎士は、城壁の上の兵士達を睨む様に顔を向ける。
しかし漆黒の兜の下に、その眼を見る事は出来なかった。
「化け物め…」
「領主様に報告しろ!
ここは守れそうにない!」
「な!」
「しかし…」
「お前達は行け!
領主様の命を聞くんだ」
「ですが…」
「行け!」
「はい…」
数名の若い兵士に、隊長は伝令を命じる。
しかしその内容から、隊長達は死を覚悟していると感じられた。
それで若い兵士達は、なかなかその場を離れようとしなかった。
それでも隊長の命令に、逆らう事は出来なかった。
「どうする?」
「どうするったてなあ…」
「オレでも無理だろうが…」
「二人で何とかするか?」
「しかあるまい?」
隊長と虎の獣人は、頷くと城門の向こう側に飛び降りる。
その際に周辺の魔物を、序でとばかりに踏み殺す。
「お前達は周りの化け物共を頼む」
「ですが…」
「ワシ等が死んだら、逃げる事に集中しろ」
「ぐうっ…」
「隊長!
…うぐっ」
「泣くな!
隊長の遺志を無駄にするな!」
「はい!」
「化け物共め…」
城壁の兵士達は、魔物を睨んで弓を構える。
魔族の兵士は、なるべく多くの魔物に当たる様に呪文を唱え始めた。
「まだ死んでおらんのだが?」
「ははは
さあて…
化け物退治をするか」
「おう!」
隊長は剣を放り投げると、腕当てを引き千切る。
虎の獣人の方も、既に腕当ては外して放り出していた。
「勿体ないな」
「どうせ死ぬんだ」
「いや
そこは生きて帰る事をな…」
「…」
二人が言い合いをしていると、黒騎士は無造作に目の前に踏み込んで来る。
「うおっと!」
「ゆっくり話してる暇は…」
「獣化」
「狂化」
隊長は気合をいれると、筋肉で鎧をはち切れさせる。
虎の獣人の方は、そのまま爪を伸ばして姿勢を下げる。
しかしその瞳は、先ほどまでのアモンの様に正気を失っていた。
まるで魔物の様に、その瞳は紅い輝きを放つ。
「ゴアアアアア」
「ウガアアア」
「…」
上段から熊が、その強烈な腕を振りまして迫る。
その攻撃の下を、獣の様に走って虎が迫って来る。
熊の猛ラッシュの隙を、虎の牙や爪が鋭く割り込んで来る。
これだけの猛攻ならば、瞬く間に切り刻まれているだろう。
「おお」
「隊長に続け!
マジック・アロー」」
「化け物共め
これでも食らえ」
その猛攻を見て、兵士達の士気も上がっていた。
しかしもう少し熟練した戦士なら、すぐにこの場から逃げ出していただろう。
彼等の猛ラッシュも、黒騎士には当たっていなかった。
いや、それを躱しても黒騎士には余裕があったのだ。
「っち!
グガアアアア」
「ゴアアア…ぐはっ」
「エレン!
くっそオオオオ…がはっ」
黒騎士は先に、突っ込んで来る虎の頭を蹴り上げる。
それで熊も突っ込めれず、一瞬だが無防備になる。
そのまま黒い刀身が、熊の背中を突き抜けて姿を見せる。
剣は隊長の生命力と魔力を、貪る様に吸い込んで行く。
「かはっ
ああああ…」
「ぐっ、ぐぼがあああああ」
狂暴化を解かれた虎の獣人は、爪で黒騎士を切り裂こうと踏み込む。
友はその身体から妖しく輝く刀身を生やして、ビクンビクンと痙攣している。
しかし剣が刺さっている以上、黒騎士は無防備な筈だ。
そのまま一気に踏み込み、友の仇を討とうと鋭く爪を振り下ろす。
それはこれまでにない、最高の一撃だったと思う。
「ぎねええ…えあがっ?」
虎の獣人はキョトンとした表情で、自分の腹部に生えている腕を見る。
それは振り返れないが、恐らく背中にも生えているだろう。
「隊長!」
「エレンさんまで…」
「そんな…」
「馬鹿!
手を緩めるな
炎の壁」
エリックが慌てて、兵士達の前に炎の壁を作る。
しかし魔物は進んで来て、兵士達に切り付ける。
隊長まで殺されて、兵士達に大きな動揺が走っていた。
それで魔物は城壁を、崩れた箇所から攀じ登り始める。
ギャッギャッ
ウオオオン
「あ、ああ!」
「あひいいいい」
「助け、たしゃっかはっ…」
「くっ
フレイム…」
グシャッ!
魔物が登り始めた事で、城壁の上では兵士達の絶叫が響き渡る。
既に戦意は失われて、虐殺が始まっていた。
ゴブリンやコボルト自体は、実はそれほど脅威では無い。
問題はその数であった。
ガルルル
ギャヒャッ
「ひいい
死ね!
し…ぐはっ」
「この野郎
切りがねえ…」
切っても切っても、次から次へと魔物は登って来る。
そうしてすぐに、城壁は魔物で埋め尽くされる。
そなればいくら獣人が強くタフでも、魔物に囲まれていずれ倒される。
魔族に至っては、魔法が主な角無しの魔族ばかりだ。
迫る魔物に関しては、防護結界の魔法が使えたとしても無駄だ。
ギャヒャッ
「あひいい」
「止せ!
逃げ…ああ…」
何か魔法で身を守れても、四方八方から魔物に囲まれて攻撃される。
そんな事になれば、魔物の攻撃は防ぎ切れないだろう。
いずれ魔力が尽きれば、防御する方法は失われる。
そうなれば、後は囲まれて嬲り殺しだ。
素手の魔物でも、囲まれれば生き残る術は無かった。
「あ…
ああ…」
「逃げろ!
その場所も危ないぞ!」
魔物は城壁を乗り越えて、下に居る魔族や獣人にも迫る。
彼等はポーションを飲んで回復したが、精神的に疲弊していた。
狐や鹿の獣人が、必死に矢を番えて放つ。
しかし次々に降りて来る魔物に、すぐに取り囲まれてしまう。
他の獣人達も、ほどなく迫る魔物に囲まれ始める。
ウオオオン
「ぎゃああああ」
「ひぎゃああ…」
「ああ…
くそっ!
くそおおお、ライト…がはっ」
「エリック!」
「くそっ!
街に入られる」
「しかしオレ達も…」
ガルルル
ゴフッゴフッ
何とかしようにも、獣人達も囲まれている。
一人、また一人と魔物に囲まれて倒れて行く。
「ひいっ!」
「何だ?
こいつは」
「うわああ」
ギャッギャッ
ガルルル
遂に魔物は、城壁に近い建物に回り込み始める。
あちこちで住民である、魔族が殺される声がする。
中には魔法が得意な魔族が、魔物に向けて魔法を放っている。
魔物に気が付いた獣人の市民は、その力で何とか脅威を退けようとする。
「くそっ
何だか分からんが…
ファイヤー・ボール」
ゴウッ!
アギャギャ
ギャイン
「この野郎
アダムスを、くそっ」
ドガッ!
ギャワン
しかし1匹2匹倒しても、すぐに新手の魔物が向かって来る。
「この…やぶっ」
グシャリ!
ギャヒヒヒ
「よくも…
ライトニン…ぐはっ?
うじろ…がっ」
ヒギャヒイイ
ギャヒャヒャヒャ
囲まれて引き裂かれ、生きたまま内臓を引き摺り出される。
見回す間にも、反対側から他の魔物の一撃が振るわれる。
ただの市民でも、多少の戦う力は持っている。
しかし多勢に無勢で、市民達は次々と魔物に殺されて行く。
「くうっ
ワシ等が…負けるのか?」
「無理だ
逃げろ!」
「しかし店が…
ああ!」
これが人間ならば、真っ先に逃げ出していただろう。
しかしなまじ戦える為に、魔族も応戦しようとする。
そして数の前に負けて、魔物の餌食となって行く。
それを領主の館から、領主であるアブロッサム辺境伯は眺めていた。
「ぐうっ
市民が…」
「辺境伯様
このままではもちません」
「早くお逃げください」
「しかし市民が!」
「討伐に向かった者は、誰一人戻っておりません」
「その事態を考えてください」
「くそが!」
ガン!
伯爵は怒りを滲ませた眼で、眼下に迫る魔物を睨む。
「お急ぎください」
「残された兵士も護衛の我々だけです」
「ぐぬう…」
伯爵は剣を取ると、そのまま階下に向かって降りる。
既に階下では、家人が魔物に襲われる悲鳴が聞こえていた。
「何をしておる
早く逃げんか」
「しかし伯爵様をお守りしませんと」
「そうですよ
私達はここで…」
「少しでもこの化け物を押さえます
その間に逃げてください」
「な!」
「伯爵様!」
「く…」
伯爵は悔しそうに、唇を噛みながら裏口に向かう。
家人が身を挺して、魔物が通らない様に押さえている。
その間に伯爵は、数名の護衛を連れて裏口から外に出る。
既に魔物は迫っており、安全なのは南の城門だけだろう。
「くそっ
この借りは必ず…」
「さあ、伯爵様」
「急いでください」
護衛に先導されながら、伯爵は南に向けて走る。
必ず軍を再編して、この地を取り戻すと誓いながら。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




