第686話
魔物の群れは、カンザスの西から南下を開始する
それは魔族が想定したコースと違い、南のダラスに向かう道だった
そしてダラスでは、未だに王都の報告は届いていなかった
魔族は魔物が西進すると判断して、オマハの街に伝令を送っていたのだ
カンザスからダラスまでは、馬で大体5日ぐらいの距離だ
途中の渓谷や山を考えれば、それぐらいはどうしても掛かる
しかし魔物達は、そこを1週間で抜けて来た
それは歩くにしても、1週間で抜けるには厳しい距離だった
「な、何だ?」
「んあ?
何か見えたか?」
「おい!
あれを見ろ!」
「何が見えるって?」
ダラスの街は、獣人との交易に力を入れている。
街には多くの獣人も移り住み、魔族と共に暮らしている。
それで本来なら敵対している獣人も、この街だけは襲わなかった。
それはこの地が、長い年月を掛けて獣人と、融和を図って来た結果だった。
この街の周辺には、獣人の集落も出来ている。
そこには魔族の商人が往き来して、互いに認め合って暮らしていた。
そう、ここでは魔族と獣人の争いは無かった。
二つの種族が、唯一対等に暮らせる街なのだ。
勿論、中には互いの種族が優秀だと思う者も、少なからず居る。
しかしこの街の領主は、そんな考えを持つ者は許さなかった。
ここに立ち入る者は、等しく身分を約束される。
代わりに犯罪者や、思想主義者は追い出される街だった。
だからこそこの街は、大きな城塞を作る事は無かった。
住む人数はセントールズを越えているが、城壁は2mの小さな城壁だけだった。
長く争う事も無く、ここに城壁は不要だったのだ。
それで城壁の見張りも、犯罪者や危険な思想者のみを取り締まっていた。
魔族がここを襲うなどとは、考えてもいなかったのだ。
「何だ?
あの集団は?」
「集団っていうか…
群れじゃねえか?」
「群れ?」
「ああ
あれはまともな規模じゃ無いぞ
あんなのが攻めて来たら…」
衛兵達は、遠目に見えるその姿に警戒する。
それは当然であろう。
万を超える人影が、北の森から出て来たのだ。
それは数を増しながら、こちらに向かって進んで来る。
「難民?
じゃあ無いよな?」
「ああ
大体何処から、あんな人数が集まるんだ?」
「それこそカンザスから丸ごと逃げて来た様な…
ん?」
しかし衛兵は、そこで縮尺が合わない影を見付ける。
どう見ても先頭の3人は、人間のサイズでは無い。
城壁を軽く超えるような、大きな人影が歩いているのだ。
「き、巨人?」
「それに頭が変なのが沢山居るぞ」
「頭が変?」
「ああ
あれは…人間の頭じゃねえ!」
遠目にも、その頭は人間や魔族のそれとは違っている。
だからと言って、オークのそれは獣人にも見えなかった。
精々獣人に見えるのは、コボルトの犬の頭だけだった。
それに小鬼のゴブリンも、人間の姿からは掛け離れていた。
「ば、化け物だ!」
「何だ!
あの集団は」
森から出て来た集団は、みるみる城壁の前に向かって来る。
それは異形の集団で、少なくともこの街の人口の半数は軽く超えるだろう。
いや、まだまだ続々と出て来るので、この街の人口すら超えそうだった。
それが溢したインクの様に、北の城門前を覆い始める。
「何なんだ?
あの化け物の集団は?」
「隊長を呼べ!
それから戦える者は、全て…全て呼ぶんだ!」
「全てって…」
「獣人達にも声を掛けろ!
オレ達だけでは…無理だ」
「だが!」
「街を守るんだ!
その為には獣人だとか魔族だとか関係ねえ!
みんなで力を合わすんだ!」
城壁の衛兵は、すぐに役割を分担する。
伝令に走る者、そして城壁に立ち、魔物に誰何する者に分かれる。
「貴様等は何者だ!
このダラスに何をしに来た!」
衛兵達のリーダーは、大きな声で魔物の群れに誰何する。
しかし彼等は、何の感情も示さないままそのまま進んで来る。
そして少しずつ広がって、城門を覆う様に囲み始める。
まるで今から、城壁を壊そうとしている様子だった。
「何をする…」
「いかん!
あの大きな化け物を近付けるな!」
リーダーである兵士は、ギガースに気が付き叫んだ。
「え?」
「良いから魔法を放て!
あの化け物を近付けるな!」
「へ?」
「くっ!
ヘルファイヤー!」
彼はそう叫ぶと、両腕を突き出して魔力を集中させる。
魔力は1点に集中して、黒い火球を作り上げる。
彼はそれを放って、正面のギガースにぶつける。
ゴウッ!
ボガン!
グゴオオオオ
「やった!」
「エリックのヘルファイヤーなら、化け物も一発だろう」
「そのまま消し炭になりやがれ!」
「浮かれるな、はあ、はあ…
まだ2匹来る、はあ…」
「任せろ!
ライトニング・アロー」
「ウインド・カッター」
勢いづいた魔族は、ギガースに向けて魔法を放つ。
しかしギガースの表皮に弾かれ、ほとんどの魔法は効果を見せない。
代わりに弾かれた雷の矢や、風の刃が周囲の魔物に降り注ぐ。
しかし切り刻まれても、魔物は悲鳴一つ上げなかった。
「な…」
「我等の魔法が効かないだと?」
「獣人でも重傷を負うのだぞ?」
「あ…」
グゴアアアアア
ビリビリ!
並みの魔物なら、彼等の魔法でも負傷するだろう。
しかしギガースは、丈夫な外皮で下位の魔法なら弾くのだ。
黒い炎が効いたのは、それが複数属性の魔法だからだ。
しかしその炎ですら、ギガースは抵抗して打ち消した。
そして驚いた魔族達に、威圧の咆哮を放った。
「ぐ…」
「があ…」
「ば…か…
オレの…ヘル…」
彼等は驚き、精神的に動揺していた。
それで威圧の咆哮に抵抗出来ず、身体が痺れて動けなくなる。
エリックの放った黒い炎は、彼の持つ固有スキルである魔法だ。
魔族に稀に、固有の魔法をスキルとして持って産まれる者が居る。
彼もそんなスキル持ちで、黒い炎は彼の固有スキル魔法だった。
黒い炎は粘り付いて、抵抗出来ない者を焼き尽くすまで消えない。
しかし無敵と思われた魔法を、その化け物は打ち消したのだ。
「あ…
ああ…」
「ひ、ひい…」
「く…そ…」
ウガアアアア
ガンガン!
城壁の上の魔族は、絶望的な状況に表情を引き攣らせる。
彼等角無しの得意とする魔法攻撃が、こうも容易く打ち破られたのだ。
そして巨人の様な魔物が、近付いて来る。
大きな唸り声を上げると、仕返しとばかりに城壁ごと彼を激しく殴り付ける。
一撃、二撃…しかし崩れた城壁には、魔族達の死体は無かった。
「はあ、はあ…」
「間に合っただ…」
「はっはあ!
オレ様が来たからには、もう大丈夫だ!」
その男は、黒い皮鎧を纏っていた。
兜は被らずに、黒い毛が頭も顔も覆っていた。
そしてやや前傾した姿勢で、決めポーズを取ってギガースを指差す。
黒い狼の獣人が、黒い皮鎧を着ているのだ。
「よくもオレの親友を殴ろうとしてくれたな」
「おお!
アモンだ!」
「暴れん坊のアモンか?」
「しかし奴なら…」
「しかし何だ?
こいつ等は獣人族でも魔族でも無いな?」
「ああ
正体不明の化け物共だ」
「そして、オレ達の街を襲って来たんだ」
アモンは、彼をじっと睨むギガースの様子を見る。
そのギガースは、黒い炎に焼かれていた魔物だった。
しかし黒い炎で焼かれた肌も、少しずつ修復していた。
「おい!
こっちが先に手を出したのか?」
「攻撃自体はこっちが先だが、こいつ等の様子を見ろ」
「あん?」
「正気を失い、城壁を破壊しようと向かって来たんだ」
「それは本当なのか?」
「馬鹿言っていないで…」
「ふうん」
アモンが話している間も、魔物はアモンの隙を窺っていた。
そしてアモンが、わざと視線を下に向けた時に振り被った。
ウガアアアア
ガシッ!
しかしそれを予測してたのか、アモンはその拳を受け止める。
ガア?
「ふむ
どうやらやる気らしいな?」
「はあ…
お前はどうして…」
「だってよ、こっちが先に手を出したら…
こっちが悪い事になる」
「だからってなあ」
「いくら親友を殴ったからって、いきなり殴るのも悪いだろう?」
「馬鹿
な、なにがダチだ…
大体貴様は…」
照れて顔を赤らめるエリックを見て、アモンは空いてる左手で肩を竦める。
彼等は狼の獣人に救われて、崩れていない城壁に移っていた。
先程の一撃から、アモンの部下達が救っていたのだ。
「照れるなよ
それよりこいつは…」
「ああ
お前に任せる
私はこっちを…」
「オーケー
任され…た!」
ドガッ!
グガアアア
アモンはその細身で、自分の倍ぐらいの大きさのギガースを弾き飛ばした。
アモンの身長は180cmぐらいだが、ギガースは3mを超えているのだ。
しかしアモンは、受け止めた腕でそのまま弾き飛ばしたのだ。
そして軽く跳躍すると、態勢を崩した魔物の頭に近付く。
「あら…よ!」
ドゴン!
ガアア…
「馬鹿!
何で止めを…」
「いや
これで引いてくれるなら…」
「そんな訳あるか!
正気を失っていると言って…」
「あらあ?
無理か…」
アモンはそのギガースを、殴り倒して気絶させていた。
その気になれば、殺す事も出来たのだ、
「!
…」
ガウ?
ウガアアグ?
少し離れた場所で、その男は彼の姿に衝撃を受けていた。
まるで知り合いでも見た様に、一瞬だが右手を挙げていた。
しかし拳を握ると、悔しそうに震わせながら腕を下ろす。
「こいつ等は…
この数で街に攻め込む気だ」
「これ…
全部やらないと駄目?」
「ああ
少なくとも、逃げ出すまではな」
「ううん…」
アモンは頭を掻くと、溜息を洩らした。
そして両手の爪を、鋭く伸ばして魔物を睥睨する。
「はあ…
じゃあ…殺しても仕方無いのか?」
「ああ
オレが許す
領主には…」
「それもだが
魔王様にも謝らねえとな」
「ああ
しかし魔王様は…」
「生きている!
生きておられる筈だ!」
「そうだな…」
エリックの言葉に、一瞬だがアモンは激昂する。
それから瞳に狂気を宿すと、眼前の魔物の群れを睨む。
それを見ながら、エリックはアモンに頭を下げた。
「オレが許してもらえる様に何とかする
だから思う存分、狂ってくれ」
「ああ
狂い咲き誇れ!
黒い死の舞踏」
トン!
アモンはそう言うと、倒れたギガースの頭から軽々と跳躍する。
その浮かべていた柔和な笑顔は、獰猛な獣の表情に変わっていた。
「ウオオオオン!」
「行けっ!
アモンの兄貴!」
「お前達はこっちで、アモンの打ち漏らしを倒せ」
「ああ
エリックも魔法を頼むぜ」
エリック達の周りの獣人達も、爪を伸ばして迎撃態勢に移る。
彼等はアモン程では無いが、獣人の中でも精鋭の兵士達だ。
並みの角有り魔族でも、彼等と戦えば苦戦する。
つまりゴブリンやコボルト程度では、彼等の敵では無かった。
「うおおおお」
「掛かって来いや」
「オレ達も迎え撃つぞ」
「はい
ライトニング・アロー」
魔族も態勢を立て直し、城壁から魔法を撃つ。
崩れた城壁を登り、コボルト以外にもオークも登って来る。
しかし獣人がいるので、それ以上は進めない。
近付く魔物は彼等の爪に切り裂かれて、再び城壁の下へ落ちる。
「このまま持ち堪えろ!」
「化け物共を、これ以上進めさせるな」
「うおおおお
オレ達の街に入れさせるか!」
衛兵達と獣人が戦っていると、城壁の下にも兵士が集まって来る。
彼等はこの街の衛兵や警備兵で、角無しの魔族や獣人で構成されている。
特に獣人は他種族が混じって、熊や兎の獣人の姿も見えた。
そんな混成部隊が、城壁に登って魔物の侵攻を防ごうとする。
「な、何じゃ?
この異形の集団は?」
「分からん
分らんが街に向かって来ている」
「むう
このままではマズいな…」
熊の獣人は唸ると、狐と鹿の獣人を城壁に集める。
彼等は弓の扱いが得意で、魔物に向けて矢を番える。
森で見付かれば、狩人に狙われる狐や鹿が、獣人になると逆に矢で狙うのが得意とは皮肉であった。
「奴等を一歩も近付けるな」
「おう!」
「任せとけ」
「食らえ!」
シュカカカ!
ドシュドシュッ!
獣人達の放つ矢が、近付く魔物を次々と倒す。
その姿を見て、黒い鎧の男は肩を震わせていた。
ギリギリと拳を握り締め、城壁の上の獣人や魔族を睨む。
そして魔物達へ、向かへと指差して指示する。
「くっ
切りが無いな」
「矢の補充は?」
「領主様に話して、後続の部隊が持って来る
しかし打って出なくて良いのか?」
「ああ
このまま城壁を守る
敵の正体も数も分からないからな」
「そうだな…」
彼等も薄々と、この化け物の集団が魔物だと勘付いていた。
しかし心の中では、それを否定したかったのだ。
それは魔物が向かって来た方角が問題だった。
彼等は来たから、この北の城門に向かって来たのだ。
それは進行方向にある、カンザスや王都に何かあったという事なのだ。
「隊長」
「ん?」
「奴等来たから出て来ますね」
「ああ
数が分かっていれば、あそこに突撃しても…」
「カンザスは…」
「ん?」
「オレの妹が、カンザスとの間の村に…」
「あ…
うむ…」
隊長と呼ばれていた、熊の獣人は返答に困っていた。
ほぼ確実に、その村は襲われた後だろう。
そしてあの魔物の様子から、途中の村や集落は無事では無いだろう。
捕虜が居る様子も無いので、恐らくは既に…。
「隊長!」
「今は目の前の敵に集中しろ!」
「くっ…」
「お前が死んでしまっては、捜索に向かえんだろう?」」
「はい」
とは言え…
ここがもつかも怪しいか…
隊長はそう思いながら、悲しむ部下の肩に手を置く。
「良いから、生き残る事に集中しろ」
「は、はい」
隊長はそう言いながら、森の先へ視線を向ける。
そこからは、今も魔物が染みの様に湧き出していた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




