第685話
その男は、暗い回廊を進んでいた
そこには灯りも灯っていなかったが、男はそのまま真っ直ぐに進む
回廊の先には灯りが灯り、そこには何者かが待っている
男は黒い鎧を鳴らしながら、その部屋に入って行った
明るい部屋に入ったからか、男は暫く立ち止まる
男の眼前には、煌びやかな部屋が広がっている
幾つもの机に金属の箱が置かれて、その一面にガラスが光を浮かび上がらせている
そこには見た事も無い、奇妙な文字と数字が羅列されていた
「遅いぞ」
「…」
少女の声が誰何するが、男は黙ったまま何も答えない。
代わりに鎧を鳴らしながら、その場に膝を折って跪く。
「ふん!
何も答えない気か?」
「…」
「まあ良い
それで?
何で侵攻を停めている?」
「…」
「それにも答えぬ気か!」
少女の問い掛けに、男は無言のままだった。
「我の手には…」
「…」
「くっ!
気に食わんな」
「…」
少女のなおの問い掛けにも、男は無言を続ける。
代わりに少女の傍らに立つ、男が前に出る。
「女神様
黒騎士は王都シカゴを落とし、その後セントールズとカンザスを…」
「良い!
それぐらいは私も知っておる!
よもや私が何も知らんと…」
「でしたら、魔物の疲労も分かりますでしょう?」
「むう?
疲労じゃと?」
「ええ
魔物は進軍で疲弊し、カンザスで休息しております」
ギリッ!
男の言葉に、少女は拳を握って苛立ちを押さえる。
「魔物は生き物です
機械では無いのですよ」
「分かっておるわ!」
「でしたら暫しの休息を…」
「くっ!」
少女は苛立っていたが、男の言い分の方が正論だった。
いくら強力な魔物でも、疲労で進軍は鈍る。
ここで休息を取る必要は十分にあった。
「ならば休息の後、次は南へ進軍せよ」
「はあ?
西は?
魔族はもうよろしいのですか?」
「馬鹿者!
王都周辺は落とした
今はそれで十分じゃ
それよりも犬や熊共じゃ」
「獣人ですか?」
「ああ
生意気にも武器を作り始めておる」
「ですが武器と言っても…」
男の言葉に、少女はきつく睨んでから手に持ったグラスを投げ付ける。
ガシャン!
ガラスの割れる音がして、男の額から紅い液体が滴る。
それは男の紅い血と混じりながら、床に染みを作った。
「それぐらい分かっておるわ
しかし奴等は逆らうつもりじゃ」
「それは早計かと…」
「ええい!
私が攻めろと言えば攻めろ!」
少女の言葉に、男は黙って手元の板を指でなぞった。
「貴様等は私の言う事を聞いておれば良いのじゃ」
「はい」
「…」
「そこを片付けておけ」
「はい」
「それから…
黒騎士か…」
「…」
「南に向かいダラスを落とせ!
それからヒューストンへ向かえ」
「ダラスもですか?」
「私は黒騎士に命じておる」
「はい」
男は再び板を操作する。
空中に地図が出て、進軍する為の道筋が描き出される。
「良いな!
私は暫く休む
その間にヒューストン、オリンズを落としておけ」
「オリンズもですね?」
男の確認の言葉に、少女は苛立った様子で睨み付ける。
しかし男は、そのまま手元の板を操作する。
そうして進軍の行程が表示される。
黒騎士は暫くそれを見て、黙って頷いた。
カツンカツン!
少女は足音を立てながら、そのまま奥の部屋に向かった。
少女が出たのを確認してから、男は黒騎士に近付く。
「すみませんね」
「…」
男の労いの言葉にも、黒騎士は首を振って応える。
「はあ…
身体の回復は完璧です
声帯を失った訳でも無いでしょうに…」
「…」
ガシャン!
黒騎士はすまないとばかりに、無言で頭を下げる。
「や、止めてください
私は咎めようとは…
あなたがそうして喋らないばかりに、苦労していると心配して」
「…」
黒騎士はそんな男の態度に、今度は優しく肩を叩く。
それから額の傷に、魔法で治療を施す。
神聖魔法の淡い銀の輝きが、男の額の傷を癒す。
「ありがとうございます」
「…」
ガシャ!
しかし魔法を使った事で疲れたのか、黒騎士は少しだけふらつく。
「だ、大丈夫ですか」
「…」
男が心配して差し出す手を、黒騎士は首を振って制止する。
それから踵を返すと、そのまま元来た道へ戻って行った。
「はあ…
女神様も何故…」
男はそう呟いてから、床の染みに魔法を掛ける。
魔法の水と空気の流れで、床の染みはすぐに綺麗になる。
それから男は、溜息を吐きながら手元のタブレットを操作する。
再びパネルに、行軍予定が書き足される。
「これで…良し」
男は再度確認してから、端末の操作を終了させる。
空中に出ていたパネルも、端末の消灯と共に消えていた。
男はそのまま、タブレットを小脇に抱えたまま部屋を出る。
そこは少女や黒騎士が向かった部屋とは、また違った部屋だった。
黒騎士は暗い回廊を、再びゆっくりと歩いて進む。
回廊の中には彼が立てる、黒い鎧の音が鳴り響いていた。
神聖魔法を使った後から、黒騎士の様子は変わっていた。
まるで疲れ切った様に、その歩みには歪みが見られる。
そうして小部屋に入った時に、兜を頭から外していた。
その銀髪の隙間には、汗が流れ落ちている。
呼吸も荒くなり、端正な顔にも疲労の色が見えていた。
しかし数分呼吸をして、息を整えると再び兜を被る。
そのまま何事も無かった様に、彼は部屋の中央に向かった。
「…」
ピッピッ!
彼は無言で、部屋の真ん中にある柱の一面を叩く。
そこにはガラスに文字が浮かび上がり、先ほどの地図を小さくした物が映っていた。
そして押されたパネルに合わせて、カンザスの近くの森に赤い光が灯る。
赤い逆三角形の光は、その森を示す様にくるくると回っていた。
「…」
ピッ!
ポーン!
ディメンション・ゲートの開通を許可します
個体識別番号:G01の転移を承認しました
転移に先だって異物の確認をします
プシューッ!
音がして柱の周りに、円形のガラスが降りて来る。
それから中を複雑な模様の光が、上から下へゆっくりと降りて行く。
異物の発見はありません
転移の許可を認めます
ブウウウウン!
鈍い音がして、黒騎士の姿が薄まる。
次の瞬間には、彼の姿は筒の中から消え去っていた。
プシューッ!
転移を終了しました
シークエンスの終了を確認し、ゲート内の汚染を確認します
その後も暫く、謎の声の独り言が続く。
誰が応える訳でも無いのに、声は暫く小部屋の中で響いていた。
一方で黒騎士は、この地から遠く離れた場所に現れていた。
そこは洞窟の中で、先ほどの部屋に似た小部屋になっている。
そこにガラスの中に、黒騎士の姿が突然現れる。
それは薄い姿から徐々に濃くなり、黒騎士の姿を完成させたところでガラスが上がり始める。
転送の完了を確認
シークエンスに異常なし
個体識別番号:G01の転移を完了しました
転移後の異常も検知しておりません
向こうの小部屋と違って、こちらはそれだけ言うと無言になる。
そして柱の輝きも消えて、小部屋の中は暗くなる。
黒騎士はそのまま振り返ると、ゆっくりと小部屋を後にする
その先は洞窟になっていて、回廊にはなっていない。
黒騎士が洞窟を出ると、そこにはオークの兵士が剣を構えて待っていた。
黒騎士の姿を確認すると、剣を構えたまま一礼をする。
そうして黒騎士が通れる様に、左右に分かれて道を作る。
その先は森になっており、森の向こうには黒煙が上がっていた。
実はこの場所は、集落の者が鉱山として利用している場所だ。
しかし地元の魔族が知らないその奥に、こうした端末が設置されているのだ。
これはこの地に限らず、暗黒大陸の何ヶ所かに設置されている。
本来の目的は、使徒が女神と交信する為の祠なのだ。
それを端末の機能を利用して、こうして転移装置として使っているのだ。
勿論、本来の使い方では無いので、転移に関しては危険が伴う。
例えば転移先に、阻害する物があれば転移は失敗する。
だから転移をする時は、事前に両方の部屋が確認を行う必要がある。
そして使った後は、必ず関係者以外は入れなくする必要がある。
黒騎士が洞窟の入り口の一角を押すと、ガタガタと音がし始める。
そうして入り口が、途中から切れ込みが入って回り始める。
中にある奥に続く道が、スライドしてズレて無くなる。
代わりの道が出て来て、そのまま洞窟の入り口と繋がる。
こうして洞窟は、元通りの鉱山の小さな洞窟に変わった。
ウガウ
ガウガオウ…
入り口に立っていたオークが、羊皮紙を取り出して黒騎士に渡す。
そこには付近の集落を、ギガースが襲ったと書かれたあった。
黒騎士はそれを見ると、羊皮紙を破り捨てる。
ウガアガア
ゴウガア…
その様子を見て、オークは慌てて頭を下げた。
黒騎士はそんなオークの慌てた様子を見て、気にするなと首を振る。
そして肩を軽く叩くと、そのまま森の中に入って行った。
オークはその後を追い、何とかギガースを許す様に嘆願する。
グガオウ、ウガウウ
ゴア、ガアウウ
黒騎士はそんなオークに、羊皮紙に書いた指示を手渡す。
そこには短い文章で、ギガースの命令違反が書かれていた。
命令違反
勝手に独断先行並びに集落の襲撃
魔族を餌として勝手に殺した事
本来なら重責である
次の任務では罰として先陣に立たせる
次に同じ事をすればなます切りにする!
羊皮紙にはその様な事が書かれていた。
オークは羊皮紙を読み、取り敢えずはギガースが許された事に安堵する。
そうして喜びながら、命令書をもって駆け出した。
黒騎士はその様子を見て、声に出さずに溜息を吐く。
「…」
本来なら、命令違反は即死罪である。
そのまま引き摺り倒して、切り刻むところだ。
いや、良くて滅多打ちにはするだろう。
しかしオークに免じて、彼はギガースの罪を今回は許した。
その事に甘いと思ったのか、溜息を吐いていた。
ウガア
ガウ
「…」
黒騎士が森を抜けると、魔物達が敬礼をして見送る。
それに黒騎士は、一言も発せずに頷きながら通り過ぎる。
そうして森を抜けると、城壁の崩れた集落に入る。
そこでは3体のギガースが、反省して頭を下げていた。
今は魔物達も、狂気が抜けて穏やかな表情になっている。
ギガースも狂気が抜けて、申し訳無さそうに項垂れていた。
そうして黒騎士は、血溜まりの後に跪く。
「…」
そのまま血溜まりをなぞって、右手を胸に当てて項垂れる。
その様子を見て、ギガースも申し訳無さそうに頭を下げた。
狂気が抜けた今では、子供や母親にした事を後悔しているのだ。
彼等にも親子の情はあり、自分達の行った事が非道だと理解しているのだ。
紅い月の魔力は、魔物の理性を破壊して狂気に駆り立てる。
それは破壊衝動を高めて、しばしば凶行に走らせる。
しかし彼等も、そこまでは非道では無いのだ。
あくまでも狂気に駆られた行動で、いつでもあの様な行動を取る訳では無い。
「…」
黒騎士は暫く黙祷を捧げて、それから立ち上がってギガースを見る。
彼等も反省して、親子を殺した跡に頭を下げた。
黒騎士はそれを見て、そっと彼等の頭を撫でた。
そうして振り返ると、再び集落の外に出る。
彼等にこれ以上、咎める事は止めていた。
紅い月の魔力を、彼も十分に知っているからだ。
黒騎士は森に戻ると、手近な切り株に腰を下ろす。
そして女神から授かった、新たな命令書を差し出した。
それは女神の隣に居た男が、パネルに映し出していた物と同じだった。
ダラスを経由して、ヒューストンやオリンズを攻めるという指示書だ。
ウガア?
ガウガウ
ギャッギャ
魔物達はその指示に、不満そうに声を上げる。
しかし黒騎士は、それを片手で制して首を振る。
例え不満があったとしても、女神からの命令は絶対なのだ。
獣人と交易する田舎の街である、ダラスを滅ぼさなければならない。
魔物達は、そこは攻めるべきでは無いと主張する。
彼等からしても、ダラスは獣人と融和を図る理想的な街なのだ。
しかし女神は、ここも見せしめとして滅ぼせと指示を出した。
その事に、コボルトとオークは不満そうにしている。
ゴブリンだけがよく理解していなくて、首を傾げて意見を聞いていた。
しかしその様子から、理解出来ていないのはよく分かった。
ウガウウ
ゴアガウウガア
オーク達は懸命に、そこは滅ぼすべきでは無いと主張する。
折角魔族が、獣人と和解しているのだ。
それを無理して、破壊する必要は無いと主張する。
しかし黒騎士は、再び首を振って応える。
ウガウウ…
ギャオウギャ
オークは項垂れて、コボルトも嫌そうな表情をする。
しかし黒騎士としては、この命令を拒絶出来なかった。
女神に従う事こそ、彼が生きる道なのだから。
もう一度首を振ってから、彼は全軍に休む様に指示を出す。
その間も彼は、決して喋る事は無かった。
魔物達は各々で休む為の藁を集めて、焚火の周りで休み始める。
ここでは彼等が強者で、襲ってくる様な者は居ないのだ。
食料は集落に、貯め込んだ食料がある。
それにカンザスからも、食料は運び出されていた。
それで食事も取り、魔物達は森で2日休む事が出来た。
そして十分に休息を取ると、いよいよ南に向けて移動を開始する。
それは山岳地帯を抜けて、谷を渡りながら南下する道になる。
いくつか危険な難所もあるが、彼等には大型の魔物も着いている。
いざとなれば、ギガースが縄を持って足場を作れる。
魔物の群れは、そうして南のダラスに向けて侵攻を開始した。
それは魔族にとって、予想していなかった侵攻であった。
まだまだ続きます。
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