第684話
ギガースはカンザスの西の城壁で、逃げ出した子爵達を襲った
そしてそのまま、腹を空かせて北西に向かう
逃げた衛兵達を追い始めたが、そこで魔物は足を止めた
腹を満たす為に、手近な集落を襲う事にしたのだ
魔物はそのまま、その集落の真ん中で眠り始める
夜になっても、集落では灯りは灯らない
魔物がすぐ近くに居るので、火を焚く事も出来ないのだ
そうして息を潜めて、泣く事も堪えて魔物の様子を見る
しかし魔物は、その場を動こうとしなかった
「化け物は?」
「まだ広場で寝ていやがる」
「くそっ
アンドリューは奴の腹の中に…」
「兵士もやられた
一体どうすれば…」
しかし住民達には、何も打開策は無かった。
ここはカンザスから近い集落で、兵士もカンザスから派遣された兵士しか居なかった。
その兵士達も、今は魔物の腹の中だ。
逃げ出す事も出来ずに、彼等は途方に暮れていた。
「カンザスからの応援は?」
「無理だろう…
奴等は何処から来たと思う?」
「東の城壁からだが…
まさか?」
「そのまさかだろう?
あの方角から来たとなれば、カンザスからも気付く筈だ
それが援軍も何も来ないんだぞ」
「しかしカンザスが…
信じられん」
「王都の軍は、何をしているんだ」
「こんな時にこそ、王都の軍が動くべきだろう?」
彼等は知らなかった。
その王都から、この魔物の群れが向かって来たとは…。
彼等からすれば、カンザスも大きな街で、屈強な兵士が常駐している。
それに角無しの魔法兵が、子爵の私兵として抱えられている事を知っている。
そして何よりも、東には魔族の王国の王都があるのだ。
しかし夜が来ても、魔物を討つための軍が来る様子は無かった。
「おい…」
「あん?」
「王都はオレ達を見捨てたんじゃないか?」
「まさか?
国王は急進派とは違うだろう?」
「しかし…
それなら何故、ここにこんな化け物が来るんだ?」
「それりゃあ…
そもそも何処から来たんだ?」
今の国王は、魔族優勢主義に異を唱える者だった。
貴族の半数が、魔族優勢主義を唱える中でも、彼は魔族に優劣は無いと宣言していた。
しかしこの集落にも、その魔族優勢主義は影響していた。
角持ちの貴族が通れば、彼等の言いなりになるしか無かったのだ。
そうした事が続くと、国民も国王に不信感を抱き始める。
「あれは東側から来ただろう?」
「東の城壁か?
しかしカンザスを抜けたとしても…」
「あれがあの3匹だけとは限らないだろう?」
「それもそうだが…」
彼等の考えも、大筋では合っていた。
ギガースはこの集落に入って来た3体だけでは無かった。
しかし同時に、彼等は見誤っていた。
魔物は王都を落としてから来ているのだ。
王都でも敵わない規模の、魔物の群れが迫って来ていたのだ。
「カンザスの向こうから来たのか?」
「それは分からんが…
もしそうなら…」
「ああ
王都が気付かん筈が無かろう?」
「それなら王都は…
カンザスやワシ等の村を棄てたって事か?」
「そうじゃ無いのか?」
「ううむ…」
集落の規模は大きく、本来なら村として扱われても良かった。
しかし王国の法律で、まだ村としては認められていなかった。
基準は満たしても、領主の手配等が間に合っていなかったのだ。
しかし住人達は、ここを村と呼んで誇りを持っていた。
村として認められない事も、彼等の王国への不信感を高めたのかも知れない。
「ううむ…
王都がカンザスや、ここを見捨てたと?」
「ああ
考えてみれば、あそこの領主も保守派だろ?」
「そうじゃが…」
「しかし国王様が…」
「国王様がそうでも、国を動かすのは大臣共だろ?」
「それも…そうじゃのう…」
住民達は困惑し、各々が状況を整理しようと考える。
しかし情報が足りなくて、打開策も見付からない。
そもそも魔物が近くで眠っていて、動くに動けないのだ。
これも情報が入っていれば、状況は変わっていただろう。
魔物はここまで、ほとんど寝ないで攻め込んでいた。
それが今度の戦いの後で、一時侵攻の足を止めていた。
それで突出していたギガースも、そのまま集落で眠っていた。
眠っていなかった分、食事をして十分な睡眠を取っていたのだ。
そうとは知らないので、住民達はいつ起きるか恐れて不安な夜を過ごしていた。
「化け物は…
まだ起きないのか?」
「ああ
火には気付いていないみたいだ」
「すっかり眠りこけているのか?」
「どうやらそうみたいだな」
「間抜けで助かったぜ」
住民達は夜も更けてから、とうとう待ちきれずに火を焚く事にする。
ここは平地だが、標高が高かった。
それで気温も下がるので、夜は焚火も無しでは凍えそうになる。
子供や老人の体力を心配して、火を焚く事にしたのだ。
しかし予想に反して、魔物は起きる事は無かった。
「このまま眠りこけているのなら…」
「おい
止せ」
しかし男は、仲間の制止を振り切って外に出てみる。
魔物は起きる様子が無く、男は仲間に合図を送る。
「どうする?」
「どうするったって…」
「子供が居るのよ?」
「しかしこのままでは…
いずれ奴等も目を覚ます
それまでに何処かに逃げ込めれば…」
「それなら鉱山はどうだ?」
「しかしあそこは小さいぞ?」
「なあに、数人程度なら大丈夫だろう」
男達は逃げ出す決断を下すと、後は素早かった。
部屋の中から使える物を探し、音を立てない様に慎重に動く。
女性は子供を抱いて、男達の後に着いて行く。
子供は眠っていて、女性は子供をしっかりと抱き締める。
「そこを…
そうだ、そっと進め…」
順番に進んで、何とか1匹目の魔物の横をすり抜ける。
しかしここで、子供が女性の動きで目を覚ます。
「ふ…」
「しっ
静かにさせろ
気付かれるぞ」
「でも…」
「良いから…」
「ふむぅ…」
女性は子供の口を押えて、静かにさせようとする。
しかし却って、女性の不安が子供に伝わってしまう。
「ふ、ふぎゃあああ」
「ちっ!
こんな時に!」
「使えねえ女だ
子供は良いから棄てて来い!」
「駄目!
私達の子供なのよ!」
グ…
グガア…
子供の泣き声で、魔物が目を覚まし始める。
男は舌打ちをして、女性から無理矢理子供を取り上げる。
そして子供を、少し離れた場所に放り投げた。
「ほら!
ガキはそっちだ」
「うぎゃああ」
「ああ!
私の!
私の子供!」
「くそっ!
おい!
あいつも置いて行くぞ」
「良いのか?」
「ああ
オレ達さえ逃げ延びれば…」
男は子供なんぞ、いくらでも作れると言いかける。
しかしその言葉は、途中で掻き消される事になる。
男の行動に怒ったのか?
それとも偶々近くだったからなのか?
魔物は男をそのまま叩き潰した。
「いぶひゃ」
「ひやあああああ」
「し、しずかぶらっ」
グシャリ!
ドゴン!
男達を先に、巨人は叩き潰した。
それが何か、意図があるのか分からなかった。
しかし巨人は、子供を抱えた女性の方を見てニヤリと笑う。
「ああ…
子供…
私の子供…」
洗礼前なので、その子にはまだ名が付けられていない。
女性は我が子を抱き上げると、しっかりと抱き締めた。
その光景を、反対側に隠れていた老人が感動しながら見ていた。
「おお
あんな化け物にも人の心が…
女神様に感謝を…」
しかし老人の言葉は、そこで途切れてしまった。
「ああ!
止めて!
止めてちょうだい」
「ふぎゃあああ」
巨人は子供を、器用に指先で摘まんだ。
「返して!
私の子供を!」
「ふぎゃあああ」
「止めて!
食べるのなら私…ああ!」
女性の身体を、反対側の魔物が掴み上げる。
そのまま小さな赤子は、魔物の口の中に納まった。
まだ1歳か2歳ほどだろうか?
そのまま痛みを感じる事も無く、小さな生命は魔物の腹の中に納まった。
「ああ!
ああ…がっ!」
「おお!
何という
何という事じゃ」
老人の目の前で、女性はバキバキと魔物に齧られて果てる。
「女神よ!
あんたには慈悲も無いのか?
こんな事はゆ…ごひゃっ」
バキバキ!
グシャッ!
老人は女神に、呪詛の言葉を投げ掛けようとする。
しかしその眼前に、建物の亀裂から大きな眼が覗き込む。
そして老人の頭上にも、拳が振り下ろされた。
そして残りの家に隠れていた住民にも、等しく魔物の慈悲が下される。
飢えを満たす食事として、公平にその腹に納められた。
グゴアアアア
ガギャハハハ
巨人の咆哮と哄笑は、集落中に響き渡る。
しかしそれを聞く者は、既にこの場には居なかった。
その声は外にも響き渡り、野営をしていた兵士達の耳にも届く。
「何だ?
あの声は?」
「魔物?」
「まさか?
もうカンザスが落とされたのか?」
「分からん
しかし王都を落とした魔物だぞ」
「くっ!
急ぐぞ」
彼等は知らなかった。
昨夕に素通りした、集落が襲われているとは思わなかった。
彼等が立ち寄っていたなら、状況は変わったかも知れない。
しかし彼等は、急ぎオマハの街を目指す事にしたのだ。
それで集落に立ち寄り、危険を報せる事はしなかった。
彼等が立ち寄れば、魔物の事を知る事が出来ただろう。
しかし住民の逃げる事を手伝えば、確実にオマハの街に向かうのが遅れるだろう。
最悪の場合は、集落に留まっている間に魔物に追い付かれる事だった。
事実彼等は知らなかったが、彼等が通り過ぎてからそんなに時間も経たない内に魔物は来ていた。
彼が留まっていれば、住民と一緒に魔物に襲われていただろう。
「急げ!」
「ああ
追い付かれない様に逃げるぞ」
彼等の他にも、公道を逸れる様にして商人達も逃げていた。
彼等は街がもたないと判断していたので、魔物に見付かり難い道を通る事にしていた。
それで集落の向こうにある、小さな森の中で野営をしていた。
そしてここにも、魔物の咆哮は聞こえていた。
「な!
何だ?」
「集落か?
あの集落の方角じゃ無いか?」
「くそっ!
もうそんな所まで…」
「マズいぞ
確かに公道は早いが…」
「ああ
確実に魔物に見付かるな」
実は魔物は、公道よりも森を好んで進んでいた。
その方が獲物が見付かるし、木の実や飲み水も補充出来る。
しかし魔族達は、そんな事情は知らなかった。
だから公道を進む事が、危険だと判断していた。
「すぐに支度をして出発するぞ」
「ああ
しかし公道は…」
「そうだな
公道から追って来る可能性が高い
このまま森を突っ切ろう」
「しかしこの森はまだ走れるが…」
「ああ
最悪の場合は、馬車を棄てるしか無いだろう」
この先を西に進めば、そこは山岳地帯である。
魔物を巻く事は出来そうだが、進むには馬車では無理そうだ。
「昔の公道が残っていれば…」
「難しいですな
橋が壊れている可能性もございます」
「そうだな
行けるだけ西に進もう
そこから先は…」
「ええ
今は追い付かれる方が危険でしょう」
商人と共に逃げた者達は、そのまま西の森を奥へと進んで行った。
こうして逃げ延びた者達も、魔物に追われながらの逃避行となる。
しかし肝心の魔物は、そのまま暫くは進まなかった。
元々そういう予定なのか分からないが、カンザスを落としたところで止まっていた。
そのままカンザスで、魔物は3日滞在するのだった。
「はあ、はあ…」
「急げ!」
「魔物が追い着けない内に…」
公道を進む兵士は、碌に休憩も取らずに進む。
馬が限界にきて、休息を取る頃には夕闇が迫っていた。
そのまま公道の周囲を調べるが、近くには村も集落も無かった。
この辺は山の中に作られた公道で、周囲に住む様な者は居なかったのだ。
「何も無いな…」
「ああ
こんな場所で追い付かれたら…」
「逃げ場も…無いか」
しかし見通しも良いので、悪い事ばかりでも無かった。
「野営の準備をするか」
「そうだな
しかし準備もしていないから…」
「ああ
焚火と…
近くに川は無いか?」
川は見付からなかったが、運良く湧き水を見付ける事は出来た。
そしてその周辺に、ベリーや木の実を見付ける事も出来る。
彼等は女神に感謝をして、交代で休みを取る。
角無しの魔族でも、生命力察知ぐらいは使える。
彼等は周辺に、魔物が居ない事を確認していた。
しかしいつ追い付かれるか分からない。
「昨晩の事を考えれば…」
「ああ
いつ追い付かれるか分からん」
「この人数では、戦う事は出来ないだろうな」
「ああ
それにオレ達は新兵ばかりなんだ」
ルイス隊長に逃げる様に言われて、彼等はジョンソンを追う様にして逃げ出した。
そうして行動を共にしていたが、何の準備もせずに逃げ出していた。
その分身軽な逃避行なのだが、問題は食料と薪だろう。
ここは山脈に挟まれた渓谷になり、水は見付かっても食料の発見は困難なのだ。
「今日は運が良かったが…」
「ああ
女神様に感謝だな」
「しかし明日からは、薪と食料も集めなければな」
「そうだな
集落でもあれば…」
「この辺に住む者なんて居ないだろう?
それに合流すれば…」
「逃げる足も落ちるか…」
彼等は元々兵士なので、集落があれば放って置けないだろう。
しかし残れば、それだけ魔物に追い付かれる恐れがある。
却って集落が無い事が、彼等にとっては幸運なのだろう。
人に出会わない事が、幸運だなんてな…
ジョンソンはその皮肉に、苦笑いを浮かべた。
「兎も角、オレ達は逃げ延びる必要がある
オマハの街に危機を報せねばな」
「ああ
それが生き残った事への責務だ」
「そうだ
必ず…生きてオマハの街に着くぞ」
「おう!」
彼等はそう誓い合い、拳を打ち付け合う。
それから野営の準備をすると、交代で休むのであった。
まだまだ続きます。
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