第682話
カンザスの街を逃げ出した市民は、そのまま公道沿いに北西に進む
同行するのは、数台の馬車と送り出された若い兵士達だった
彼等が戦ったところで、戦力にはならない
そこで生き延びさせる為に、彼等も送り出されたのだ
城壁を乗り越え、犬の顔をしたコボルトや、豚の様な顔をしたオークが入って来る
さすがにゴブリンは、城壁を登るには小さすぎる様だった
そのままコボルトやオークは、兵士達に向けて駆けて来る
ほとんどが素手で、武器を持った魔物は少なかった
「素手だと?」
「馬鹿にしやがって」
「待て!
素手でも十分に危険じゃ
攻撃を躱しながら攻撃しろ」
「何でです?
こっちは盾を…ぐへぁっ…」
オークは無造作に、盾を構えた兵士に殴り掛かった。
盾で防ごうとした兵士は、そのまま腕ごと首を引き千切られる。
防いだはずの盾は、大きく歪んでその衝撃の大きさを物語る。
そのまま振り抜かれた拳が、左手を引き千切りながら頭に向かう。
それでも威力を殺せず、当たった頭が引き千切れて飛んで行く。
「うげっ…」
「何だ?
あの威力は…」
「獣人に近い膂力じゃやな
恐らく身体強化か…」
「魔物が?」
「ああ
犬にも気を付けろ」
隊長の言葉に、兵士達は油断なく魔物の群れを睨む。
オークの攻撃をまともに受ければ、無事に済まない事は分かった。
それにコボルトの爪は鋭く、口には鋭い牙も見えている。
そのどちらも危険な代物に違いない。
攻撃を盾を斜めに構えて受け流し、逆に反撃を与える。
これで魔物の攻撃は、何とか防ぐ事は出来た。
「盾で受けるな!
受け流して反撃しろ」
「はい」
魔物は正気を失った様な、紅く輝く鈍った眼をしている。
まともに思考出来る様子には見えなかった。
そこで隊長は、声を上げて指示を出した。
そして予想通りに、魔物はこちらの意図に気付いていなかった。
よし
奴等はどうやら、まともな思考は出来ない様子だ
このまま数を減らせば
ウゴアアアア
ドガン!
ドゴン!
その時、不意に城門の向こうから咆哮が聞こえる。
それで一瞬だが、数名の兵士の動きが鈍った。
そこに魔物の攻撃が当たり、彼等はその場で絶命する。
「くそっ!
威圧の咆哮か」
「明らかに上位の魔物が居ますね」
「ああ
オークよりも上の魔物が居るのだろう
怯むな!」
「はい」
「恐れるな!
我等が恐れなければ、咆哮の威圧も効果は無い
そのまま目の前の魔物に集中しろ」
しかし再び咆哮が聞こえ、数名の兵士の動きが鈍る。
そして城門が殴られて、激しく軋んで歪んだ。
グガアアア
ドガッ!
メキメキ…!
「嘘だろ…」
「城門があんな簡単に?」
「怯むな!
集中しろ!」
バキバキ!
ゴシャッ!
しかし城門に穴が開き、大きな拳が突き抜ける。
そうして力任せに、城門の扉は向こう側に引き摺り抜かれる。
壊れた城門の向こうには、魔物の腰から下が見えている。
「城門が…」
「まだ大丈夫だ
あの魔物は抜けて来れない」
それは事実だったが、ここでゴブリンが隙間から入って来る。
ギャッギャッ
「ゴブリン…」
「集中しろ!
ここを抜かせるな!」
「おう!」
衛兵達は少しづつ、増える魔物の数に押される。
オークとコボルトでやっとだったのに、ゴブリンまで加わった。
それで戦局が傾き、少しずつだが押され始める。
「ぐうっ…」
「ま、マズいぞ
マジック・アロー」
魔法兵が回復して、後方から魔法を飛ばす。
しかしそれでも、魔物は少しずつ押し込んで来る。
劣勢に立たされた兵士達の後方で、不意に大音声で指示が響き渡る。
「そのまま押さえよ
魔法兵!」
「はっ
マジック・アロー」
「マジック・ボルト」
バシュッバシュッ!
シュバババ!
隊長達の後方から、魔法の礫や矢が飛んで来る。
それで多くの魔物が貫かれて、その場に倒れる
「うおおおお
押せ、押せええええ!」
「うおおおお」
兵士達の勢いが戻り、魔物の群れを一旦押し返す。
そして隊長は、振り返って主の顔を見詰める。
「子爵…え?」
しかしそこには、予想外の光景が広がっていた。
子爵の周りには、この街の残りの魔法兵と思える20名ほどが集まっている。
しかしそれ以上に、彼等の周りには人々が集まっている。
背の低いその姿は、この街に多く住むインプの商人達だった。
「入って来る魔物を押さえろ」
「はい」
子爵は兵士に命じて、城門前の主導権を取り戻させる。
しかし異様な光景に、隊長は思わず質問する。
「子爵様
何で…」
「ん?」
「何で市民が残っているのですか?」
「ああ…」
子爵は困った様な顔をして、周りに集まった商人達を見る。
「ワシ等が志願したんじゃ」
「この街はワシ等のもんじゃ」
「そうじゃ
ワシ等が代々守って来た街じゃ」
「それを魔物なんぞに…」
「何を言っている!
このままでは全滅なんだぞ!」
隊長はその言葉に、キレ気味に反論する。
「分かっている筈だ!
これは普通の魔物の氾濫じゃ…」
「分かっておる」
「向こうにも、うじゃうじゃと居るな」
「な…
分かっていながら何で!」
「生き残るべき者は既に出しておる」
「後はワシ等が…」
「逃がす時間を稼ぐ」
「な…」
「王都も陥落したのじゃ
まともに守ってもすぐに落ちるじゃろう
それならば…」
「ワシ等が少しでも粘って、時間を稼ぐ」
「運が良ければ生き残れるじゃろう」
「そんな簡単な!」
「分かっておる
みな分かっておりながら残っておる」
「子爵様
せめてあなたは逃げて市民を…」
「ならん
ワシの死に場所は…
ここじゃ」
「しかし!」
「くどい!」
「分かりました…」
隊長は子爵に背中を見せると、再び魔物に向けて剣を構える。
「死に水は取りませんよ」
「それは困った
最期は師である、お前と共に死のうと思っておったのに」
「そんな馬鹿な弟子は要りません!」
「やれやれ…」
「生きて…
生き残るべきでしょう」
「それが出来んのは、剣を教えたお前の性格を受けたからじゃ」
「そんな言い訳…」
グガアアア
ビリビリ!
再び大型の魔物の咆哮が響き渡る。
先と違って扉が無いので、威圧の効果は高まっている。
それで門の近くに居た兵士は、身体が竦んで動けなくなる。
中には意識を失い掛けて、剣を取り落とす者も居た。
「馬鹿もん!
何をしておる!」
ビリビリ!
今度は子爵の発破が掛かり、委縮していた兵士達の拘束を解く。
「はっ!」
「くうっ」
気を失い掛けていた兵士も、その声で意識を取り戻す。
「魔物が来るぞ
城門前から下がって備えよ」
「は、はい」
「一旦下がれ」
ウゴアアアアア
ドガン!
ドガン!
ゴガッガラガラ!
大型の魔物が城壁を殴り、城門が壊されてしまった。
それで落とし格子が降りて、城門のこちら側を塞いでしまった。
「ははは
暴れるから格子が落ちたぞ」
「ざまあみやが…うわっ!」
ゴガアアアア
ガギン!
魔物が怒りに任せて振るった拳が、壊れた城壁をさらに破壊する。
そして殴られた格子が、そのまま勢いよく飛んで来た。
笑っていた兵士は、そのまま格子に弾き飛ばされた。
そしてそのまま、格子に圧し潰されていた。
ガシャン!
「ぐがっ
うむう…」
「馬鹿者が…
油断するから」
「しかしあの魔物…」
「巨人ですか?」
それは3mほどの大きさで、まさに巨人と呼んでも差し支えは無いだろう。
額には小さな角があり、口元には牙も見えた。
大きな身体で城壁を殴り壊して、通れる道を作る。
「オーガ…
いや、ギガースか?」
「ギガース?
嘗て大陸で暴れ回っていたという巨人の魔物ですか?」
この大陸でも、多種族間で何度も戦争が起こっている。
その仲裁に、魔物が放たれた事も何度かある。
その魔物の中で最も恐れられていたのが、ギガースと呼ばれる巨人だ。
今でも年寄りが語る物語に出るぐらいだ。
「しかしギガースは、魔王様が滅ぼした筈では?」
「ああ
そしてオーガもな…」
オーガは人間が起こした叛乱に、人間を襲う魔物として放たれた。
しかしギガースの方が危険で、魔族や獣人でも敵う者は少なかった。
最終的には魔王が、女神に命じられて最後の一匹まで殺して。
それで滅びたと言われていたのだ。
「何故です?
女神様はあの化け物を…」
「ああ
二度と使わんと仰られた
それなのに…」
ギリッ!
子爵はその威容に、奥歯を噛み締めて堪える。
あれが本物のギガースなら、魔法を集中して浴びせても倒すのは難しい。
倒すのなら、角有りの魔族で囲んで倒すしか無い。
しかしそれでも、今の鉄の武器では不十分だ。
ギガースの肌を切り裂くとなれば、ミスリルの様な魔法金属の武器が必要だ。
「無理じゃ…」
「子爵様?」
「ミスリルでも無ければ、あの魔物に傷は負わせれんじゃろう…」
「しかし魔法をぶつければ?」
「倒せるか…
保証が無い」
伝え聞く話の通りなら、魔法に対する耐性も持っている筈だ。
それに向かって来る魔物は、ギガースだけでは無いのだ。
ギガースが姿を見せた事で、この街の終わりは見えていた。
後はどうやって、少しでも多くの魔物を倒すかだ。
「子爵様
ワシ等にやらせてくれ」
「しかしのう…」
「魔法が効かぬというのは物語の話じゃろう?」
「ワシ等インプの魔法を…
集中して浴びせる」
「出来るのか?」
「やるしか無いでしょう」
「そうですぞ」
「…」
グオオオオ
ギャッギャッ
グルルルル…
そう話している間にも、魔物は崩れた城壁から入って来る。
兵士達は魔物の前に立ち塞がり、懸命に戦っていた。
「分かった
兵士達は他の魔物を頼む」
「はい」
「ワシもギガースに魔法を食らわす
頼んだぞ」
「おう!」
インプ達は呪文を唱えながら、崩れた城壁から入って来るギガースを睨む。
「炎よ
我が意に従って…」
「我が魔力を糧に天の裁きを与え給え…」
「魔力よ
汝の力をもって風の一撃を…」
インプ達はそれぞれ、得意とする魔法の最上位の呪文を唱え始める。
数人で集中して詠唱する事で、魔力を高めて必殺の一撃に昇華する。
集められた魔力は、それぞれ強力な攻撃魔法を顕現させていた。
それは角無しの魔族を超える、強力な攻撃魔法ばかりだった。
「食らえ!
燃え盛る拳」
ゴウッ!
ボガン!
「雷の一撃」
バチバチ!
ズドン!
ゴガガアガ…
「逆巻く刃」
ゴウッ!
シュバババ!
燃え盛る炎の塊が飛び、巨人の頭部に炸裂する。
激しい爆発に周囲の魔物も吹き飛ぶ。
そのまま燃え盛る巨人に、次は蒼白く放電する球が当たった。
そのまま激しい放電で、魔物の身体を包み込む。
魔物が苦悶の声を上げ、その身体を痙攣させる。
その間にも他の魔物は、その横を通って進んで来る。
中には放電に巻き込まれる魔物もいるのに、魔物は平然と進んで来る。
まるで意思が無い様に、そのまま向かって来るのだ。
そして止めの風の魔法が、数人掛かりで巨人を中心に放たれる。
周囲に居た魔物も、その竜巻に巻き込まれる。
そうして切り裂かれながら、上空に巻き上げられた。
ギガースもさすがに無事では無く、全身を切り裂かれて血を流していた。
「…天の裁きを与え給え…」
そこに子爵の詠唱も完成して、周囲の空気が急速に変わる。
いつの間にか頭上には、黒く不気味な雲が空を覆っていた。
子爵の魔力をほとんど使って、天候を一時的に操作したのだ。
それは高位の魔導士でも、なかなか出来る事では無い。
インプの血と角無しの血を受け継いだ、子爵だからこそ出来る魔法だった。
「ぐうっ…」
「子爵様!」
「我が魔力を…糧に!
天よりの裁きの雷を!
雷鳴の嵐」
バチバチバチ!
ズドーン!
ドゴーン!
黒雲から雷が迸り、次々と地上の魔物に降り注ぐ。
その内の何発かが、ギガースの身体を打ち抜いた。
さすがの強大な魔法に、巨人は傷付き膝を屈する。
「よし!」
「やったぞ」
兵士達は暫く、その光景に目を奪われていた。
しかしギガースが膝を屈したのを見て、歓声を上げていた。
これは流石に倒しただろうと、歓声を上げたのだ。
「まだだ!
近付くな!」
「へ?」
ウガアアアア!
ビリビリ!
しかし次の瞬間、魔物は咆哮を上げていた。
その咆哮で何名かの兵士が、その場で昏倒して倒れる。
商人達も咄嗟に魔力の障壁を張るが、数名が気絶して倒れる。
それだけ魔物の咆哮は、強力な力を持っていた。
「ば、馬鹿な…」
「子爵様の全力の魔法だぞ…」
「こ…れ…が…
ギガ…ス…」
子爵も魔力枯渇で、ふらふらと膝を着いていた。
しかし巨人は立ち上がると、子爵達の方を睨む。
先程まで、その魔物の前進には酷い火傷と切り傷があった筈だ。
しかし立ち上がった今、その傷はほとんど塞がっていた。
「な!」
「傷が…治っている?」
「この治癒能力が魔法が効かないって事なのか?」
そう、魔物は絶命しなければ、やがて再生して復活するのだ。
この魔物を倒すには、強力な一撃で再生を上回るしか無かった。
しかしその様な一撃は、さすがにインプでも持ち合わせていなかった。
「う、うわああああ」
「くっ!
ファイヤー・ボール!」
ズガン!
しかしファイヤー・ボール程度では、小さな火傷しか出来ない。
そしてその火傷も、すぐに治り始める。
「そん…な」
「ひゃはっ…
ほ、ほんとうに…ばけもの…」
「ぐうっ
勝てない…」
さすがにこの状況を見て、数人が気の触れた様な呆けた表情になる。
ただでさえ頑丈な身体をしているのに、再生能力で回復してしまう。
やはり角有りですら勝てないという話は、本当の事だったのだ。
魔族達は絶望の表情で、その魔物を見詰めていた。
まだまだ続きます。
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