第681話
カンザスの北の城門は、高さ3mの簡単な構造の城壁に備え付けられている
それは重しを使った、自動の開閉装置で開く仕組みになっている。
手前には落とし格子もあるが、今は有事でも無いので金具で固定されていた
なので門を開けば、そのまますぐに街の外と繋がる
開かれた門の先には、既に魔物の大群が集まりつつあった
衛兵が冷静に見張っていれば、その数を見て外に出ようなどとは思わなかっただろう
しかし彼等は、先ほどのルイス隊長との件で苛立っていた
そこで魔物が見えたという報告を聞いて、手柄にしようと城門を開けたのだ
「何が魔物だ!
あれぐらい…」
彼等は魔物の報告を、正確には聞いていなかった。
見張りが城壁から発見した時には、既に100体近いゴブリンやコボルトが集まっていた。
それで見張りの兵士は、すぐさま領主に報告に向かっていた。
しかし魔物という声を聞いて、先ほどの衛兵達が勝手に門の開閉を始めていた。
彼等は手柄を取って、何とか追及を免れようとしていたのだ。
「おい!
誰が城門を開けろと…」
「止せ!
止すんだ!」
ガタガタガタ!
ギイイイ…!
しかし衛兵達は、既に滑車に着いた重りを降ろしていた。
それで門の開閉が始まり、自動でゆっくりと開き始める。
後はもう一度重しを引き上げないと、門を閉める事は出来ない。
「何て事を…」
「くそっ!
どこの部署の者達だ!」
「そんな事よりも…」
「ああ…
あんなに魔物が集まっている…」
城壁の上では、衛兵達が見張りと右往左往していた。
彼等は城門を守る為に、そこから魔法で攻撃しようとしていたのだ。
その為に下の滑車の側には、誰も居ない状況だった。
そうでなければ、城門を開ける事は出来なかっただろう。
「くそっ!
落とし格子を降ろすんだ」
「駄目だ!
金具がしっかりと固定されている
それよりも早く!
早く城門を閉めるんだ」
魔物の数に混乱して、衛兵達は慌てて下に降りようとする。
その間に門を開けた衛兵達は、魔物に向かって攻撃しようと外に出る。
しかし勢い込んで出たものの、その数は想像していた以上だった。
それで彼等は、剣を構える事も忘れて立ち尽くす。
「う…」
「え?」
「ああ…」
「馬鹿者が!
不用意に門を開けおって
急いで格子を落とせ!」
「無理です!
金具が外れません」
「それなら降りて来て、早く門を閉めろ」
「しかし彼等が…」
「放って置け!
自業自得だ!」
ルイス隊長は冷たく言い放って、降りて来た兵士に門を閉めさせる。
その間にも、入って来ようとする魔物に魔法をぶつける。
その先には出て行った衛兵達の、断末魔の叫びが響いている。
「ぎゃああああ」
「ぐぼあっ」
「こ、こんな…」
「お、オレは優秀な…なぎゃ」
「くっ…
馬鹿者共が…
ファイヤー・ボール!」
ゴウッ!
ルイス隊長が放った火球が、入って来ようとしたコボルトに直撃する。
そのまま数体のゴブリンを巻き込み、城門の外に吹っ飛んだ。
「今の内だ!」
「はい」
ギギギギ…!
ガタガタ!
しかし次の魔物が向かって来て、城門を閉めさすまいと立ち塞がる。
「くそっ!
しつこいぞ!」
「マジック・アロー」
シュバババ!
下に降りた衛兵が、隊長を援護する様に魔法を放つ。
隊長もそれに合わせて、立ち塞がる魔物に切り付ける。
そのまま魔物を蹴り飛ばして、何とか城門を閉めさせる。
そして閂を掛けさせると、城壁の兵士に指示を出す。
「そこから魔物を狙えるか?」
「は、はい」
「マジック・アロー」
「マジック・ボルト」
シュバババ!
ドシュドシュッ!
衛兵は城壁から、下に見える魔物に向けて魔法を放つ。
しかし角無しの魔族でも、正規に訓練した兵士では無い。
彼等はあくまでも、城門を見張る衛兵なのだ。
だから訓練した兵士の様に、魔法を大量には撃てなかった。
その内魔力が切れて、頭を抱えて蹲り始める。
「くそっ!
魔力切れか」
「ぐうっ」
「魔物はまだまだ居ます…」
「すぐに降りて後退しろ
それから誰か走って、魔法兵を呼んで来い」
「魔法兵ですか?
しかし彼等は…」
「構わん
責任ならワシが取る
手遅れになる前に呼んで来い」
「はい」
角無しの魔族の中には、正規の兵士として訓練している者も居る。
彼等は領主の直属の兵士として、領主の館の警備に当たっている。
そして角無し故に、普通の魔族よりも魔力を有していた。
だから魔法兵と呼ばれて、獣人との戦闘では活躍していた。
今はまだ、魔物は城壁の外側に集まっている。
このまま数を減らすのなら、魔法兵で城壁から攻撃した方が効率は良かった。
それに今の内に数を減らさなければ、このままでは城壁も突破されるだろう。
何よりも恐ろしいのは、魔物の数が異常に多い事なのだから。
「おい!
何とか金具を外せないか?」
「さっきから試していますが…」
「なかなか固くて…」
落とし格子を下ろさなければ、このままでは城門はもたないだろう。
先程から魔物が、城門を壊そうと叩いているのだ。
城門が壊されれば、最早成す術は無くなる。
魔物が入って来れない様に格子を落としておくしか無いのだ。
「どうしますか?」
「このままではもちませんよ?」
ドンドン!
ドガン!
ドガッ!
鈍い音がして、城門が揺れているのが分る。
いくら鉄で補強しても、何度も攻撃されれば壊されるだろう。
「何とか…
何とか魔法兵が来るまでもたすんだ」
「は、はい」
「矢や石は用意してあるか?」
「いえ…」
「最近では獣人も現れませんで…」
「つまり油断していたのか…」
「はい」
少数の獣人なら、石や矢を使うよりも魔法の方が効果的だった。
それにここ数年が、獣人の襲撃も無くなっていた。
それで兵士達も、城壁に備えをする事を怠っていた。
それが落とし格子の、金具の錆付きにも繋がっている。
使う事も無いだろうと、手入れを怠っていたのだ。
「魔法兵だ!」
「来てくれたか…」
「しかしこれだけしか居ないのか?」
「他は出払っていまして…」
「構わん
今は少しでも数を減らすんだ」
「はい」
急ぎで急行した魔法兵は、たったの8名しか居なかった。
しかし魔力はあるので、城壁から魔法を叩き込み始める。
外で魔物の叫び声が聞こえて、隊長は一息を吐いていた。
これで何とかなりそうか…
兵士を逃がすほどでも…
「駄目です
魔物がどんどん増えています」
「何?」
隊長は驚いて、慌てて城壁に駆け上った。
その眼下の光景は、悍ましい物であった。
魔法兵の攻撃魔法で、足元では多くの魔物が息絶えている。
頭に正確な狙いで、魔法の矢が突き刺さっている。
しかし魔物の数は、一向に減らなかった。
減らないどころか、むしろ数を増している。
「馬鹿な…
何処にこんな数が…」
「数もですが、奴等仲間の死体を使って…」
後続の魔物は、息絶えた魔物を盾にしていた。
その上その死体を、足場になる様に城壁の下に集めている。
「な!
知恵が回るのか?」
「あまり賢そうに見えませんが…
このままではいずれ登られますね」
「ぬう…」
彼等は知らなかったが、この戦法で城塞や王都の城壁も乗り越えたのだ。
まさに物量で、無理矢理城攻めをしているのだ。
そしてそれは、魔物の数が異常に多いから出来る事だった。
それは未だに増え続け、数千の魔物の群れに膨らんでいた。
「マズいぞ…」
「ええ
このままでは魔法兵でも…」
いくら魔力が多いと言っても、無尽蔵に撃てる訳では無い。
そのうち魔力も切れて、彼等は魔法を使えなくなるだろう。
それまでに増援が来るか、何とか魔物を削り切るしかない。
しかし視線の先には、さらに合流する魔物の姿が見えていた。
切りが無い…
このままではこの街も…
王都や城塞も、こうして破られたのか?
ルイス隊長は、王都が陥落した理由が分かった気がした。
確かにこれだけ集まれば、王都の城壁でも守り切れないだろう。
いや、この街ならこの半分でも十分に攻め落とせそうだ。
この勢いで来られれば、ほとんどの街が落ちるだろう。
そう、もうここだけで済みそうに無いのだ。
ギリッ…!
「何と…しても…」
「隊長?」
「ここで何としても削り切れ」
「しかしこう数が多くては…」
「この数…
我等だけではすまない…」
「はあ?」
「え?」
「まさか…」
「ああ
このまま行けば、次々と他の街も飲み込むだろう」
「そんな…」
「それ以前に、ここは落ちる事は確定なのか?」
魔法兵の一人が、悲痛な声で問いかける。
しかし彼も、既に感じているのだ。
例えこの街の全ての魔法兵が集まっても、この数を葬る事は出来ない。
戦術級の魔法を使っても、前半分しか焼けないだろう。
「分かって…いるんだろ?」
「そ、そんな…」
「い、嫌だ!」
魔法兵の言葉に、衛兵達に動揺が走る。
無理も無いだろう、彼等の半数近くがまだ若い魔族だ。
それに角無しの若者が多く混じっている。
彼等が衛兵を務めているのも、獣人が力を弱めていたからだ。
負ける心配が無いので、彼等がここを守っていたのだ。
「分かっておる
死にたく無い者は、市民を先導して街から逃げ延びろ」
「え?」
「しかし…」
「領主なら…
ミラー子爵ならそう仰るだろう」
「…」
子爵の性格を理解しているので、魔法兵は黙る。
彼は魔族優勢主義に反対する、穏健派の貴族の一人だ。
だから街が落ちるとなれば、優先して市民を逃がそうとするだろう。
「逃げたい者は市民を連れて逃げろ!」
「しかし…」
「それでは…」
「ただしここで残り、一人でも生かす為に戦うという勇者は残れ!
例えこの命尽きようとも、ワシは最後の
一匹まで道連れにして果てるつもりだ」
「隊長?」
「最後の…」
隊長の言葉に、浮足立っていた衛兵の足が止まる。
「もう!
こう抑えきれない」
「下に降りて来い!
そこで死んでは迎撃が出来ない」
「ですが!」
「城壁の中で迎え撃つぞ!
戦う気概のある奴は、剣を構えて迎え撃て」
「は、はい!」
「魔法兵の諸君は我々の後ろへ
後方からの支援を頼む」
「は、はい」
魔法兵は最期に火球を投げ付けると、慌てて下に降りて来る。
そしてマナポーションを飲んで、少しでも呼吸を整えて魔力を回復する。
その間にも魔物は、仲間の死体を足場に城壁を登って来る。
「撃ち落とす必要は無い
正面の敵を討つサポートに徹してくれ」
「はい」
呪文を唱える魔法兵に向けて、隊長は指示を出す。
城壁の上に出た魔物を倒しても、すぐに次が入って来る。
それよりも降りて来た魔物を、少しでも多く削った方がマシだった。
隊長は年若い衛兵数名に、最後の命令を伝える。
「これが…最期の命令だ」
「隊長!」
「お前達は逃げろ!」
「しかし!」
「嫌です
どうせ死ぬのならみんなと一緒に…」
「お前達は…
市民を先導して西からオマハへ向かえ!」
「ですが…」
「馬鹿者!
今ならまだ…
今なら間に合う!
お前達は生きて…」
「隊長!」
「行け!
行って他の街に、市民と共に逃げ延びろ!
そしてこの事を…
我等の街の最期を…」
「う…ああ!」
「ぐうっ…」
「だいじょう…ぐずっ」
「生き延びろよ…
頼んだぞ」
隊長は最期に、若い衛兵達に振り返って優しく微笑む。
彼等はそれを見て、勇気を振り絞って声を上げる。
「行くぞ!」
「市民のみんなに、すぐに非難の指示を!」
「すぐに街を発つぞ!」
数名の若い兵士は、声を出して市民に呼び掛けながら西の門へ向かう。
中には彼等の声を無視して、私財を集めに戻る者も少なからず居た。
しかし多くの市民は、そのまま指示に従って西の門へ向かう。
彼等のほとんどがインプで、魔力はあるが力は弱いのだ。
時間が掛かれば、それだけ魔物に迫られて危険が増す。
そうなれば彼等の力では、到底敵わないだろう。
市民達が西の城門に向かうとそこでは数台の馬車が用意されていた。
そして集まる市民に、衛兵達が指示を出していた。
「良いか!
諸君らが出たら、すぐにオレ達がここを閉じる」
「え?」
「しかし閉めては…」
「閉めなければ、ここからすぐに魔物に追われる事になるだろう」
「しかし他に逃げる者が…」
「もう…
間に合いそうに無いんだ」
「オレ達がここで、この城門から抜けるまでの時間を稼ぐ」
衛兵達は覚悟を決めて、ニコリと笑顔を見せる。
「あ~あ
どうせなら死ぬ前に、あの子に告白しておきたかったな」
「どうせ振られたんだ、良かったと思えよ」
「何!」
「くだらん事で体力を使うなよ
天界に着いたら、ワシが美味い酒でも奢ってやる」
「酒より食い物が良いな…」
「はははは」
兵士達は最期の時間を、笑顔で穏やかに過ごしていた。
「あの…」
「気にするな
これがワシ等の仕事じゃ」
「門が開くぞ!」
ギギギギ…!
西の城門が開き、兵士達はすぐさま周囲を確認する。
どうやら魔物は、まだここまで来ていない様だ。
北の城壁だけで長さ2㎞程もあるのだ、そう簡単に回り込めないだろう。
魔物が居ない事を確認して、衛兵達は市民達を外に出す。
「これは、領主様が用意された水と食料だ」
「え?
みなさんは?」
「そこの彼なんてまだ20代でしょう?」
「良いんだ
生き残らせる者は、先に行かせている」
「斥候をしながら、この先を守らせている」
「彼等と一緒に…逃げなさい」
「ですが!」
「行け!」
衛兵はきつく大声で、未練を残す市民達に命じる。
彼等が残っては、衛兵達も満足に戦えないだろう。
「行ってくれ
そして生き残ってくれ」
結局北の城壁から来た兵士、数名が彼等を先導する。
そうして先に逃がされた、若い兵士達を追う様に進む。
その頃には、市民は200名近くに増えていた。
そのまま北西にあるオマハの街を目指し、彼等は公道を歩いて進んで行った。
まだまだ続きます。
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