第680話
カンザスという街は、王都の南西にある大きな街だった
しかし南に山脈が広がるので、比較的安全な場所である
その為に大きな城壁も無く、商人が行き交う主要な交易路となっていた
そんな街に向けて、魔物はゆっくりと迫っていた
セントールズの街から来たジョンソンは、街の領主と面会していた
彼は多くの魔族らしく、角無しと呼ばれる一般的な魔族であった
彼は最近問題になっている、魔族優勢主義に頭を悩ませていた
ジョンソンを捕らえようとしていた魔族の衛兵も、そんな思想主義者であった
「獣人が弱いなんて信じられません」
「しかしそれが現実じゃ」
「今では獣人共も、南から出てこようとはしない」
「それは城塞都市ならよく分かるのでは?」
「それは…」
確かにここ数年では、獣人の襲撃はめっきり減っていた。
だからジョンソンの様な新人を、城塞に配属する事も出来た。
これが危険な状況では、新人は街中で訓練ばかり受けさせられていただろう。
それだけ平和だと、魔族は確信していた。
「しかし何故です?
そんなに平和なら、そんな兵士を…」
「奴等は貴族の息が掛かっていると言っただろう?」
「あの姿を見ただろう
奴等は角持ちだ」
「あ…」
王都近郊の大陸北側は、昔から角持ちという魔族が多かった。
彼等は魔力はそこまででは無いが、力強い肉体を持っている。
それで王族や貴族に、角持ちが多く居るのだ。
そして同じ角持ちだからこそ、あの衛兵も増長していたのだ。
貴族に影響力があると、勘違いしていたのだ。
「実際には、この地域では小翼種が主に治めている
いくら角持ちの力が強くとも、あまり好き勝手には出来んさ」
「インプですか?」
「ああ
街の市民の半数以上がインプだ
それに逆らうという事は…」
「この地では死よりも恐ろしい事だ」
ジョンソンはそれを聞いて、思わず身震いをする。
彼自身はルイスと同じ、角無しのデーモン種だ。
それも子爵とは違って、大した魔力も持っていない。
しかしインプと呼ばれる者達は、その魔力の大きさから怒らせたら厄介な存在だ。
インプは見た目は、小柄な翼を持った魔族である。
大柄な翼を持った魔族に比べれば、非力でひ弱に見える。
しかし強力な魔法を使えるので、実は侮れない種族でもある。
そして何よりも、彼等は話術に長けていた。
王国の商人のほとんどが、インプだと言われている。
そんな彼等を怒らせれば、当然生きて行く事も難しくなるだろう。
「そんなに多いのですか?」
「ああ
ここは主要な交易路でもある
後で見てくれば良い」
「しかし問題は…」
「ああ
魔物の動向だな」
レオン子爵も、角持ちの強力な魔族だった。
そんな彼が王都の軍と共に敗けたと言うのだ。
事態は思ったより深刻だろう。
「王都からの定期便は?」
「使い魔は先日から…
正確には6日前の便が最後だな」
「6日前でしたら、王都が襲撃されていた頃です」
「うむ
使い魔もボロボロで、何の伝言も無かった
それでワシも警戒しておってな」
「獣人の襲撃では無いとは思っていたが
まさか魔物とはな」
王都周辺の街では、定期便として使い魔を飛ばしていた。
最短で2日ほどで届くので、地方との連絡に使われていた。
それがボロボロの状態で届いたので、子爵は王都で何かあったと踏んでいた。
それが城門を見張らせていて理由にも繋がる。
不良魔族の捕縛も狙っていたが、何よりも王都の異変が知りたかった。
今日得られるとは思っていなかったが、数日中には何か入るだろうと睨んでいた。
それでジョンソンの報告を、ルイスは信用していたのだ。
「どうしますか?
魔物に備えます?」
「ううむ…
しかし我が軍は最大でも5000名までだぞ
それに半数以上が…」
「そうですね
角無しが多いですからね」
「あのう…
何か問題でも?」
「ああ
大きな問題だ」
角無しに対する、角持ちの差別は日に日に大きくなっている。
先の衛兵に限らず、勘違いしている若者が多いのだ。
角無しが多くても、一部の角持ちの行動が問題になる。
特に魔物に関しては、角持ちでも油断が出来ない。
「レオン子爵が破れたのだ
そんな魔物に我々だけで勝てると思うか?」
「しかし魔物は…」
「分かっておる
セントールズでどれだけ抑えれるか…」
「セントールズが勝つとは?」
「それは思えん
君には悪いが、セントールズの城塞がまともに機能していても…
何日もつか…」
「王都は2万の軍が常駐していた筈だ
それも多数の角持ちを抱えたな」
「それが敗退しておるのだ
セントールズの城塞とて…」
「そ、そんな!」
ジョンソンの驚きも当然だろう。
彼はてっきり、カンザスが応援に向かうと思っていた。
まさか自分の居た街が、陥落するなどと思っていなかった。
しかしルイス隊長や子爵の話では、既に絶望的だと言うのだ。
「すぐにもど…」
「何処に行く!」
「セントールズですよ!
あそこには仲間が…隊長が居るんです!」
「今さら行っても、既に手遅れじゃ」
「しかし!」
「何の為の伝令じゃと思っておる?」
「それは応援の…」
「警告と言われたのじゃろう?」
「この書簡にも、増援の事は一切触れておらん
それに増援の要請ならば、それこそ使い魔を使うじゃろう」
「あ…」
「ヨハンの気持ちを汲んでやれ」
「部下思いの良い隊長だったのじゃな」
「う…」
「君はここから、すぐにでも発ちなさい
故郷は何処になる?」
「ああ!
うわああああ」
ジョンソンはここで、隊長の言葉を思い出していた。
「お前が手柄を立てたい気持ちは分かる
故郷のお袋さんを安心させたいんだろう」
「それでカンザスにか?」
そういえば兵長も、妙に優しい顔をしていた。
それが自分を逃がす事と、彼はあの時に確信していたのだ。
それで旅立つ前に、子爵の印可の入った書簡を用意したのだ。
それがどういった経緯の物か分からない。
しかし兵長は、それで自分が安全に街に入れると思って、わざわざ用意してくれたのだ。
「ぐうっ
隊長!
兵長!」
「そういえばその書簡は、兵長が用意したって言っていたな」
「あ、あい…
ぐうっ…」
「兵長がか?
しかしこの印可は…」
「何処かの貴族の印可ですよね?
それも色から察するに子爵かと?」
「うむ
王都からの監察か?
まあ、良い御仁に出会えたものよ」
子爵はその書簡を見て、簡潔で無駄が無いと評していた。
下手に書き込むと、彼が色々と疑われるだろう。
それで短く緊急の使者と書くだけに留めたのだ。
それほどの人物が、魔物によって失われた可能性が高い。
王都が失われている今、有能な者を失うのは痛かった。
「うぐっ…
それではセントールズは…」
「既に落ちているか…」
「今頃襲われておるか」
「それではこの街も?」
「ああ
じゃから君はこのまま…」
「嫌です!
このまま逃げるなんて!」
「無理はするな」
「それに君が居ても…」
「ですが…」
「逃げなさい
ここからなら…」
「東は既に魔物が居るでしょう
それに南に進むのは…」
「うむ
山脈を越えれたとしても、その先は獣人の住む国じゃ
それよりは西に向かうが良いじゃろう」
「北西のオマハが安全かのう?
角無しの領地でもある」
子爵はそう言って、オマハの男爵に宛てた書簡を用意する。
「これを持ちなさい」
「しかし…」
「あそこはここに比べて、角持ちは少ない」
「ああ
あんな差別的な扱いはされまい」
「しかし!」
「気を付けて行きなさい」
「くっ…」
ジョンソンはオマハの街に、再び伝言を持って行く事になる。
そこから彼の故郷までは、歩いて行ける距離になる。
いざとなれば、その集落に逃げ込む事になるだろう。
「これは少ないながら、餞別じゃ」
「そんな!
いただけません」
「良いから持って行きなさい」
「君は危険な伝令の任務を受け持つのじゃ
これはその報酬でもある」
「頼んだぞ」
「はい…」
ジョンソンは今度は、西の城門から出る事になる。
ここでなら、先ほどの様な危険な衛兵も居なかった。
ルイス隊長が城門まで、彼を見送ってくれた。
「気を付けてな」
「はい
ルイス隊長もお気を付け…」
そこまで言い掛けた所で、遠くで何か騒ぐ声が聞こえる。
「何事じゃ!」
「それが魔物が…」
「魔物じゃと?」
「ルイス隊長!」
「いかん!
君はそのまま行きなさい!」
「しかし!」
「良いから
ここはワシの街じゃ
達者でな…」
「ぐ、うぐうっ…」
ジョンソンは涙を拭いながら、城門を飛び出す。
彼のその姿を見て、衛兵は隊長に声を掛ける。
「彼は一体?」
「先の街に報せを届けに向かった」
「伝令ですか?
しかし使い魔も…」
「良いから、君らは門を閉めて備えなさい」
「はい」
「それから商人達が逃げ出そうとしたら…」
「止めるんですか?」
「いや
そのまま周囲の様子を確認して出しなさい
ただし魔物が迫っていたら…」
「魔物ですか?」
「そういえば北の城門で…」
「君達も逃げなさい」
「え?」
ルイス隊長の言葉に、衛兵達は驚いて聞き返す。
「逃げろって…」
「君達では敵わないだろう
城門の中に居る場合は兎も角、外に出ている場合は逃げた方が良い」
「ですが…」
「敵わないのなら、せめて逃げて援軍が来るまで生き延びなさい」
「そんな!」
「せめて魔物と戦って…」
「それは熟練した兵士でも困難な事だ
君達は生き残る為に、魔物に囲まれる前に逃げなさい」
ルイス隊長はそう言って、兵士達に逃げる様に提案する。
ただし逃げ出すのは、この街が魔物に囲まれそうになったらだ。
どのぐらいの規模か分からないので、暫くは様子見になるだろう。
心配なのは、魔物が思った以上にこの街に早く近付いた事だ。
「セントールズの城塞があったにも関わらず…」
「え?」
「いや、何でも無い
暫くはにらめっこだろう
危険になったら指示が出る
すぐに逃げ出せる様に準備をしておけ」
「しかし…」
「さっきの若者同様、お前達にも死んで欲しく無い」
「ですがオレ達は…」
「街を守って死ぬ…か?
聞こえは格好良いが、無駄死にだぞ」
ルイス隊長はそう言って、顔を顰めながら兵士達を見る。
「気持ちは分からんでも無いが…
死ぬのは老兵だけで良い」
「隊長達が戦うって言うのに…」
「そんなに死にたいか?」
ブン!
「ひっ!」
「あわわわ…」
「これが避けられない者が、生意気言うな」
ルイス隊長はそう言って、兵士の目の前で剣を抜刀する。
そして素早く踏み込みながら、兵士の顔の前で止めた。
身体強化を使い慣れているからこそ、この様な芸当が出来る。
彼も獣人と長く戦って、この様な戦術を身に付けていた。
「スキル…ですか?」
「いんや
今のはただの抜刀だ
スキルなら瞬きする暇も無かったぞ」
「今のでも十分に早いじゃ無いですか…」
「そんなワシでさえ、精々数匹の魔物の相手で限界だろう
お前達では…」
「そんなになんですか?」
「ああ
だから逃げろよ」
隊長はそう言いながら、城門の前を後にする。
北の城壁向かって、魔物の動向を探る必要がある。
面倒臭いなと思いながら、隊長はのんびりと北の城門に向かう。
事ここに至っては、慌ててもしょうがないと思っていた。
だから城門前に来るまでは、のんびりと街の様子を眺める。
既に幾つかの商店では、入り口を閉めて片付けている。
中にはインプの商人達が、人間の奴隷に片付けを命じている。
そのまま馬車に荷物を載せて、城門から逃げ出そうとしているのだ。
彼等は独自の情報網で、どうやら危険を察知している様子だ。
「急ぐ必要があるのか?」
「隊長さん」
「ああ
これは今までに無い状況だ」
「さすがにワシ等でも、ここで心中とか嫌じゃからな」
「ふむ
魔物の動向を知っているのか?」
「ああ
既にウォレンズの集落は落ちたらしい」
「ウォレンズだと?
目と鼻の先じゃないか」
「ああ
逃げて来た者の話じゃ」
「その者は今?」
「そのまま城門で伝言を伝えて、オマハへ向かったよ」
「そうか…」
ウォレンズの集落は、村規模の大きな集落だ。
ここから馬で3時間ほど進んだ場所で、カンザスに一番近い集落になる。
そしてセントールズから、カンザスに向かう途中の集落でもある。
ジョンソンの報告からは、そこが魔物に襲われているという報告は無かった。
「あの青年が…
出た後に襲われた?」
「へ?」
「いや
そこはいつ頃襲われたって?」
「さあな
朝からじゃ無いか?」
「情報が錯綜してるからな」
「そうか」
隊長は礼を言うと、急ぎ足で城門に向かい始めた。
今の話で、魔物の侵攻は思ったよりも早くなっている。
それならば北の城門では、魔物が予想よりも多く集まっている可能性がある。
このままでは、北の城門は荒れるだろう。
「急がねば…ならなくなったか」
「何だ?」
「魔物はどれぐらい集まっている」
隊長が城門に着いた時には、衛兵達が城門に集まっていた。
中には先ほど見掛けた、生意気な衛兵達も混ざっている。
彼等は剣を腰に提げ、城門を開こうとしていた。
それを他の衛兵が気付いて、慌てて止めさせようとする。
しかし城門はゆっくりと開き始めて、その向こうには魔物の大群が集まっていた。
「何が魔物だ!
あれぐらい…」
「おい!
誰が城門を開けろと…」
「くそっ!
これはマズいか…」
「止せ!
止すんだ!」
グガアアアア
ギャッギャッ
外では魔物が興奮して、城門から入ろうと向かって来る。
隊長は覚悟を決めて、腰の剣を引き抜いていた。
まだまだ続きます。
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