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聖王伝  作者: 竜人
第二十一章 暗黒大陸
678/800

第678話

隊長はその光景を見て、絶望的だと感じていた

魔物は依然として数を増し、今では城壁を囲んで左右に回り込んでいる

このままでは、東西の城壁にもいずれ取り付かれるだろう

そうすれば、後は登って城塞内に入られるだろう…

北の城壁では、既に魔物は壁を登り始めていた

仲間の死体を踏み台にして、魔物は城壁によじ登ろうとする

その眼は狂気を宿し、紅く不気味に輝いていた

足元まで登って来た魔物に、兵士は懸命に剣を振り続ける


「くっ

 このっ!

 このっ!」

「うわあああ」

「ひいっ

 くそくそくそ!」

「怯むな!

 落ち着け!

 落ち着いて対処するんだ!」

「落ち着けって言われても」

「ひぎゃああああ…」

「ベン!

 べえええん!」


兵士の一人が、魔物に足を掴まれて引き摺り落とされる。


「ぎゃあああ…」

グシャッ!

バギ!

ゴギャッ!


生々しい音がして、彼の悲鳴は聞こえなくなる。

後には興奮した様な、魔物の口から洩れる息が響いていた。

他の兵士達は、彼の落ちた場所を見ない様に視線を逸らした。

代わりに憎悪を込めて、握る剣にも力が籠った。


やられて堪るか

必ず生き残るぞ


しかし隊長は、ここも時間の問題だと感じていた。

迫って来る魔物の数が多過ぎるのだ。


「隊長!」

「おお…

 領主様」

「どうなっておる!

 魔物は追い払えんのか?」

「無理です!

 数が多過ぎます」

「何じゃと?」


領主は呪文を唱え、魔物の数を探ろうとする。

しかし次の瞬間、その表情は驚愕に歪められる。


「な…んじゃと?」

「最早もちません

 すぐにでも市民の避難を!」

「馬鹿な

 そんな事が出来るか!」

「何でです?

 その為に伝令を…」

「逃げ出す訳が無かろう

 ここが落ちるとは思っておらんのじゃ」

「な!

 何を馬鹿な事を…」


隊長からすれば、それは馬鹿げた事だった。

これだけの魔物が向かって来ているのだ。

そもそも王都ですら陥落したのに、ここの城塞がもつと考えるのが愚かしい。

しかし市民達の考えは違っていた。

この街の城壁が、破られるとは思っていなかったのだ。


「兎に角ここを死守しろ!」

「無理です!

 今にも乗り越え…」

「ぎゃああああ」

「ぐわあああ」


言っている間にも、何人かの兵士が魔物に掴まって引き摺り落とされる。

そこに空白が出来て、魔物が乗り上げて来る。


「何をしておる!

 魔物を早く倒さんか!」

「足りないんです!

 このままでは…」

「うわあああ」

「隊長!

 もちません」

「たいちょ…

 たい…ぐぼぁ」


「くっ!

 兎に角魔物をどうにかしろ」

「出来ません

 撤退の指示を!」

「ええい!

 貴様等の命で何とかしろ!」


領主はそう言うと、何を思ったのか呪文を唱え始める。


「炎よ!

 我が名に従い敵を焼き尽くせ!

 火炎(ブレイズ)

ゴウッ!

ボウッ!


領主は呪文を唱えると、両腕から魔法の火炎を放った。

それは城壁の上に居る、兵士ごと魔物を焼き払う。


「うぎゃああああ」

「た…いじょ…おおぉぉ…」

グギャアアア


「ふはははは」

「な!

 何をするんですか!」

「何をでは無いじゃろう

 役立たずごと魔物を…うぬう」


しかし兵士が焼かれた事で、そこから魔物が上がって来る。

魔物は次々と城壁を乗り越えて、城塞の中庭に降りて来る。

そして隊長や、兵士に向かって迫って来る。


「何じゃ!

 乗り越えて来るじゃと?

 早くどうにかしろ!」

「あなたが…

 あんたが兵を殺したせいで!」

「良いからさっさとどうにかしろ!

 この愚図共が!」

「くそが!

 お前達、撤退しろ!」

「隊長?」


こうなれば、城壁を守る事は無駄だった。

既に魔物は城壁を乗り越えて、防御拠点である城塞に入り込んだのだ。

3mを超す城壁でも、越えられては意味が無い。

次々と後続の魔物が、城塞内に入り込んでいた。


「引け!

 引けい!

 最早ここまでだ!」

「何を馬鹿な!

 城壁を守らんか!」

「その守りをあんたが、壊してしまったんだよ」


隊長は領主の胸倉を掴むと、怒りを込めた眼で睨む。


「な!

 貴様!

 領主であるワシに…」

「そんな状況じゃ無いんだよ!

 死にたく無いのなら、あんたも早く逃げろ!」

「逃げろじゃと!

 ワシは…」

ガキン!


話している間にも、魔物は隊長の方に向かって来る。

隊長は魔物の剣を受け止めると、弾きながら返す剣で切り倒す。


「ふん!」

ザシュッ!

ギャアアア


「うぐっ…」

「死にたく無いなら…」

「お、覚えておれ!

 貴族会議出来様なんぞ…」


領主は捨て台詞を残すと、慌てて街の方へ逃げ出す。

しかし既に、魔物も街に向かって侵入している。

城塞都市の街の中は、既に混乱に包まれていた。


「急ぐぞ!

 着いて来れる者だけでも逃げろ」

「は、はい」

「くっ

 こな…ぐはっ」

「逃げ…ぎゃあああ」


兵士は懸命になって逃げようとするが、すぐに魔物に追い付かれて絶命する。

すでにあちこちに魔物が侵入していて、振り向く間も無いのだ。

少しでも逃げる方向を誤れば、たちまち魔物に囲まれてしまう。

そのまま剣で突き殺された者は幸せだろう。

中には四方八方から、棍棒や剣で滅多打ちにされている者も居る。

逃げる隊長の左手では、助けを求める市民が複数の魔物に噛み殺されていた。


「ぐうっ…

 逃げろ!

 逃げろおおおお!」


隊長は声を枯らしながら、市民に逃げる様に叫ぶ。

しかし市民は魔物に恐怖して、逃げ惑うばかりだった。

戦闘訓練を積んだ兵士でも、複数体の魔物には勝てない。

市民は恐怖に逃げ惑い、その内魔物に囲まれて殺されて行った。


「くっ

 このまま…」


逃げ惑っていても、隊長もいずれは囲まれるだろう。

そうなれば彼の技量でも、生き残る事は出来ないだろう。

隊長は街の広場に出ると、そこで振り返って魔物に対峙する。


このままでは…死ねない

少しでも多く倒して…

一人でも多く逃がさなければ


「うおおおおお」


隊長は剣を引き抜くと、そのまま魔物に向かって切り掛かる。

魔物はゴブリンとコボルトの混成軍だ。

隊長の剣の一振りで、2体のゴブリンと1体のコボルトが切り倒される。


「ワシはセントールズ守備隊長

 ヨハンである!

 死にたい奴から掛かって…来い!」

グギャアアア

ギャオオオ


魔物は意思を持たないのか、そのまま凶悪な殺意を向けて襲い掛かる。

隊長の名乗りなど無意味だと、魔物は複数で囲む様に襲い掛かる。

隊長は華麗に身を躱し、魔物を1体1体切り倒す。

しかし多勢に無勢で、少しずつだが魔物の攻撃を食らってしまう。


右の飛び掛かるゴブリンを切り払う間に、左後方からコボルトの爪に切り裂かれる。

返す剣でそのコボルトに切り付けるが、その間にゴブリンに正面に回られる。

小さな身体で棍棒を振り上げると、隊長が振り返る前にその右足に棍棒を振り下ろす。


ドガッ!

「ぐうっ」


痛みに顔を顰めるが、剣の柄でゴブリンの顔を殴り飛ばす。

そのまま剣を振り抜き、左手のゴブリンを切り裂いた。

しかし次の魔物が、既に背後に迫っている。

ゴブリンの振り上げた棍棒が、隊長の背中を打ち付ける。

痛みに意識が逸れた隙に、足元のゴブリンがナイフで切り付けて来る。


ギャヒヒヒ

ギャワワワ

「ぐっ

 がっ」


それでも隊長は戦意を失わなかった。

ここで倒れては、まだ逃げ出せていない市民が多く残っている。

少しでも逃げ出せる様に、ここで戦うしかない。

魔物に囲まれながら、隊長は懸命に剣を振り回す。


ここで…

少しでも…


振り回される剣が、また1体の魔物を屠る。

しかしその間に、背中に痛みが走る。

既に右足は、先のゴブリンの攻撃で血塗れで満足に動かせない。

左腕に痛みが走り、気が付くと肘から先が無くなっている。

右に剣を振るう間に、左の脇腹に焼ける様な感触が広がる。


だ…め…

まだ…たおす…

ここで…


ギャアワワ

グギャアアア


遠ざかる意識の中で、彼は無意識に城壁の方を見る。

そこには追い詰められた市民が、魔物に囲まれて殺されている。

城門は既に破壊されて、そこには黒ずくめの男が立っていた


あれ…が

くろ…

せめて…ひと…


隊長は意識が遠のくのを感じる。

件の黒騎士に、一太刀も浴びせられなかったのが悔やまれる。

しかし身体は既に、冷たく動かなくなっていた。

脇や足に感じていた焼ける様な痛みも、いつの間にか感じなくなっていた。


りさ…

こども…

ごめ…


事切れた隊長を、黒騎士は興味無さそうに踏み付ける。

そのまま真っ直ぐに進むと、広場の噴水を剣で軽く打ち砕く。

目の前に何も無くなり、崩れた残骸を踏みながら進む。

その先には領主の館があるが、そこも火の手が上がっていた。


「急げ!

 ワシの私財が…」

「ぎゃああああ」

「な!

 ここにまで魔物が?

 ええい!

 兵士共は何をしておる」

「領主様!

 もうどこにも逃げ場が…」

「ええい!

 貴様等が盾になって道を開かんか!

 この役立たず共が!」

「そんな…」

「ひいっ

 まも、魔物が…」

「火が付いているぞ」


領主の館の中は、既に大混乱だった。

領主は逃げる前に、館にある私財を集めさせていた。

そんな事をしていなければ、まだ数人は逃げ延びたかも知れない。

しかし館の入り口を守らせた兵士は、既に全滅していた。


兵士が必死に抵抗して、放った火炎の魔法で火が付いている。

兵士程度の技量では、魔物を怯ませる程度の威力しか出せなかった。

しかし混乱していたので、兵士は慌てて目の前の魔物達に魔法を放った。

結果は建物に火が付き、兵士は魔物に囲まれてなます切りにされていた。


「何で火が着いておる?」

「このままでは階下には逃げられません」

「ええい!

 どうにかせんか」

「どうにも出来ません

 魔物も…ぐぼあ」

「ひいいい

 魔物!

 どうにかしろ」

「領主様!」


燃え盛る炎を物ともせず、魔物は階段をゆっくりと上がって来る。

そのまま2階に居た、家人を虐殺して回る。

領主は必死になって逃げるが、既に逃げ場など無かった。

燃え盛る炎が、やがて2階の執務室にも火を着ける。


「魔物…

 魔物魔物魔物!

 何でじゃ!

 何でワシの街に!」

グギャアア


「ひいいい」


領主は必死になって逃げるが、執務室のあちこちに火の手が上がる。

残る逃げ場は、窓の外のバルコニーだけだ。

平和な頃は、そこで彼の統治を祝して祝ったものだ。

足元にひれ伏する市民を見て、ゴミ屑共がと内心で思っていた。

それが今では、魔物の群れで黒く埋め尽くされていた。


何でじゃ?

何でワシがこんな目に?

あの屑共が役立たずだったばかりに、ワシの街が…

ワシの、ワシの街が…


領主はバルコニーから、死体と流血に埋め尽くされた街を見下ろす。

そこにはもう、彼の統治を祝福する愚民達は居なかった。


何でこうなった?

ワシの街が…

あの役立たずの兵士共が


領主は悔しさに、バルコニーの欄干を殴る。


「うがうう…」


石の欄干を殴ったので、当然腕は血塗れになる。

その痛みに呻いている間に、彼の後ろに人影が迫った。

そのまま領主は、首を明後日の方向に向けて倒れる。

最期は無能と思う市民達に対し、呪詛の言葉を投げ付けながら意識を失った。


「あ…ああ…

 うう…」


領主は己が呪詛の影響で、そのまま命を身体に閉じ込める。

そして負の魔力を内包し、死霊となって立ち上がった。

しかし中途半端な魔力しか持てず、そのまま炎に焼き尽くされる。

彼の首をへし折った、魔物と共に炎に包まれていった。


そのまま焼き尽くされたので、彼はまだ幸せだっただろう。

下の広場では、幾つかの死体が起き上がっていた。

無念な死を受け入れれず、彼等はそのまま死霊と化していた。

砕かれ切り裂かれた身体で、人形の様に不気味に立ち上がる。


「うああ…」

「おう…ああ…」


堅牢な城塞都市は、1日にして死霊の住まう廃墟へと変貌する。

それは魔力を持つ魔族だからこそ、容易に死霊と化していたのだ。

人間では魔力が不足して、そう簡単には死霊にはなれない。

彼等は己が魔力を変換して、死体の中に魔石を生み出していた。

そのまま負の魔力を使い、生命力を失った死体を動かす。


やがて魔物を先頭にして、彼等はさらに西へと向かって行く。

それは逃げ延びた者達の、魔力と生命力を感じているからだ。

その生命力に憎悪を滾らせると、命を啜る為に西へと歩みを進める。

まるで磁石に吸い寄せられる様に、魔物と死霊の群れは進んで行った。


魔物が南の城門を破壊し、そのまま死霊を引き連れる。

その後をゆっくりと、黒騎士は歩みを進める。

その光景を見た者は、彼こそ魔王だと称しただろう。

しかしそれは、魔族の知る魔王では無い。

悍ましい魔物を率いる、魔物の王である魔王だ。


魔物は疲れを知らない様子で、そのままゆっくりと進み続ける。

飢えは街の中で、魔族の生き血や死肉で満たされている。

そして食い残された死体が、新たに死霊として配下に加わっていた。

そのまま異形の行進は、追い着いた市民達を襲う。

逃げ出した魔族の市民は、既に疲弊して歩みも遅れていた。


「うわあああ」

「魔物が追い着いて来たぞ」

「もう…嫌だ」

「このまま死んだ方が…マシだ」


逃げる事に疲れ、多くの市民がそこで力尽きる。

そうして魔物の飢えを満たすか、新たな死霊として群れに加わる。


魔物の群れは、暫くその場で休息する。

追い着いた市民を食らう事で、その飢えは少しだけ満たされる。

そして数時間の休息の後、魔物の群れは再び動き始める。

次の標的である、カンザスの街に向けて。

まだまだ続きます。

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