第677話
城塞都市の中に入って行く魔族は、隊長の態度に憤慨していた
冷静に考えれば、隊長の主張の方が正しいのだ
しかし彼等は、自分達が優秀な魔族だと勘違いしている
その上先程までの恐怖で、冷静な判断が出来なかったのだろう
都市の中に入って行く魔族を見ながら、隊長の方も怒りを感じていた
都市の半数の魔族は、彼等の様な鼻持ちならない魔族だ
しかし残りの魔族は、隊長の様に地方から出て来た魔族だ
先程の様な発言を聞けば、魔族差別だと憤慨するところだろう
「隊長…」
「大丈夫ですか?」
「ああ
くそっ!
あいつらめ…」
隊長は大丈夫と言いながらも、かなり腹を立てていた。
しかしいつ魔物が来るのか分からないので、部下達に見張りの指示を出す。
「一応魔力察知と…」
「気配の確認もしておきますね
奴等も生命力までは遮断出来ないでしょう」
「ああ
それから…」
隊長は部下の中でも、一番年若い兵士を見る。
彼は今月配属されたばかりで、まだ訓練も途中だった。
「ジョンソン
お前はカンザスに向かってくれ」
「え?」
「カンザスに向かって、魔物の脅威を伝えてくれ」
「しかし自分は…」
気弱そうな兵士は、自分も残って戦いたいと申し出る。
彼は魔物の恐ろしさを、十分には理解出来ていなかった。
「自分も残りたいです」
「駄目だ!」
「だって魔物でしょう?
自分のいた町でも、魔物は居ましたよ」
「状況が違う
あれはグラス・ウルフやグレイ・ベアとは訳が違う」
「でも…」
グラス・ウルフは、この大陸では元々見られていた下級の魔獣だ。
強さで言えば、単独ではゴブリンとそう大差は無い。
しかし群れになれば狂暴化して、相応に厄介な魔物だ。
元々兵士という者は、こういった魔獣や獣人に備えて配備されている。
「魔物は思っていたよりも強力だ
それに黒騎士という存在も気になる」
「ですが…」
「お前が手柄を立てたい気持ちは分かる
故郷のお袋さんを安心させたいんだろう」
「そ、それはち、違いますよ」
彼は出稼ぎの為に、この都市に来ていた。
手っ取り早く稼いで、母親に仕送りがしたかったのだ。
しかし状況が変わり、今はそれどころでは無かった。
「お前の報せは重要な物だ」
「しかし…」
「良いか
必ず警備隊長のルイスに、ヨハン隊長が言っていたと伝えろ
必ずだ!」
「しかし、隊長!」
「つべこべ言わずに向かえ!
馬は宿舎の馬を借りて行け」
「っ!」
若い兵士は、これ以上言っても無駄だと悟る。
それで馬を借りに、宿舎に向かった。
「どうした、ジョンソン?
隊長に叱られたか?」
「いや
その隊長に命じられてな…
カンザスに伝令に向かえって…」
「カンザスに?
ううむ…」
宿舎の手続きをする、兵長は難しそうな顔をする。
「早く馬を貸してくれ」
「あ…
うん
それは良いんだがな…」
「ん?」
「何があった?」
兵長の質問に、ジョンソンは先程の事を伝える。
「それでカンザスにか?」
「ああ
日帰りは無理だから
3日か4日は居ないと思ってくれ」
「そうか…
ヨハンめ…」
「ん?」
「出発の前に渡す物がある
ちょっと待て」
兵長はそう言うと、奥から取り出した羊皮紙に何か書き込み始める。
それを丸めて帯封をすると、ジョンソンに手渡した。
「これでよし
こいつを持って行け」
「何だい?
これは?」
「良いから持って行け
城門で誰何されたら、それを見せるんだ
良いか?
無くすなよ」
「ああ
ありがとう」
ジョンソンは兵長に、何らかの書簡を手渡された。
それが何か分からないが、取り敢えず持っておこうと腰のポーチにしまった。
それから馬を受け取り、道中の食事用に水入りの皮袋と干し肉を受け取る。
「あっちは魔物は居ないと思うが、一応気を付けて行け」
「ああ
ありがとう」
ジョンソンはそう礼を言うと、そのまま馬に跨って走り出した。
「はあ…
逃がしてやるつもりか…
ヨハンの奴め」
兵長はそう言いながら、ジョンソンの名札を壁から外した。
そこにはこの兵舎の、兵士達の名札が下がっている。
出勤する際に、これを裏返して部屋に居ない事を示す。
そして名札を外すという行為は、離隊や除籍、そして死亡を意味していた。
「隊長
それでは行って参ります」
「挨拶は良い
とっとと行って、向こうに状況を報せて来い」
「は、はい」
ジョンソンは城門を出て、一路西へと向かう。
そこから公道を目指して北上し、そのまま西にあるカンザスに向かう。
ここから馬でも、2日以上掛かる距離になる。
途中の集落や村に寄るにしても、今からでは明日の夕刻に着けるかどうかだ。
全く
隊長は人遣いが粗いな…
ジョンソンはそう思いながら、馬で公道を走り抜けて行った。
「隊長
ジョンソンに話さなくて良かったんですか?」
「ん?」
「だって逃がしたんでしょう?」
「逃がしたんじゃない
大事な伝令だ」
「はあ…」
「素直じゃ無いんだから」
「そんな事よりも、気を抜かないで見張ってろ」
「はあい」
兵士達はそう返事をしながら、ニヤニヤと笑っていた。
その日は何事も起こらなかったが、翌日の昼過ぎには魔物の姿が見え始める。
魔物は集団で移動していたが、その群れは統率されていない。
各自がバラバラに動いて、纏まりが無かった。
それでも勝てているのは、黒騎士という異様な存在が関わっているからだろう。
「隊長!
魔物が姿を現しました」
「数はどのぐらいだ?」
「いえ…
それが…」
「ん?」
「バラバラなんです
今見えるのはゴブリンが2匹とコボルトが1匹です」
「む?
群れではないのか?」
「恐らくははぐれて、先にこっちに向かって来たんでしょう
どうしますか?」
「むう…」
隊長は唸り、梯子を登って自分の目でもそれを確認する。
「ちょっと遠いな」
「ええ
しかし届きますよ?」
「一応始末しておくか
どのぐらいの強さか見ておきたい」
「はい
それでは…」
兵士の合図で、城壁の上の魔族が身構える。
「我が魔力を糧に敵を穿て!
マジック・アロー」
バシュバシュ!
一人が大体4、5本の魔法の矢を生成する。
それを魔物に向かって、城壁から撃ち放った。
ドスドス!
ギャアアアア
ギャイン
魔物の悲鳴が聞こえて、その場に倒れるのが見える。
「生命力察知は?」
「ありません
絶命していますね」
「ううむ…
急所に当てなくとも、数発で死ぬ程度か」
「ええ
これなら我が軍でも…」
魔物と言っても、この程度なら余裕だろう。
兵士達はそう思って、満足そうに隊長に笑顔を見せた。
しかし隊長は、渋そうな顔をしたままだった。
「隊長?」
「ん?
いや、やけにあっさりと倒せると思ってな」
「それは魔物と言えども、急所がありますし」
「それにあれだけ食らえば…」
「それなら…
それならどうしてだ?
どうして王都は陥落した?」
隊長の言葉に、兵士達は返答に窮する。
確かにあの程度なら、少々集まっても王都の軍が負けるとは思えない。
「それは例の黒騎士ですか?
そいつが強かったとか…」
「いや
確かに強いんだろうが…子爵も敵わなかったと…
しかしそれだけか?
何だか嫌な予感がするな」
「き、気のせいでしょう?」
しかし隊長の予感は、最悪な形で的中する。
「これ程とは…」
「群れなんて規模じゃ無いだろう」
前方に黒い染みの様に、魔物の群れが向かって来るのが見える。
それは群れなどと、生易しく呼べる規模では無かった。
まるで砂糖に群がる蟻の様に、黒い魔物の群れが一団となって向かって来る。
それは予想出来ない規模の群れだった。
兵士達はそれを見て、半ばパニックになっていた。
「隊長!
これでは!」
「慌てるな
出来る事を…やるだけだ…」
隊長はその光景を見て、死ぬ覚悟をしていた。
いくら1体1体が弱くても、この数では圧倒的だった。
市民が全て戦えたとしても、数倍以上の数だろう。
「無理ですよ…」
「市民が一人一人戦っても、こっちは兵士と合わせて三千名程ですよ」
「あれは…
万を超えていますよ」
城塞に詰める兵士はおおよそ千名である。
その内戦える者は800名ほどだろう。
他は補充兵や文官であって、実際には戦闘では役に立たない。
そしてこの都市には二千名の市民を抱えている。
市民を無事に逃がす為には200名以上は護衛に回る必要があるだろう。
逃げるにしても、既に手詰まりに陥っていた。
「領主様に報告しろ」
「しかし…」
「良いから行け!
その間にワシ等は…」
隊長は覚悟を決め、兵士達に城壁で迎え撃たせる事にする。
城壁から魔法で迎撃出来れば、多少でも数は減らせれるだろう。
後は領主が、どうやって市民を逃がすかだ。
そちらは領主に任せるしかない。
「魔法を使える者は、城壁に登れ
兎に角数を減らすんだ」
「攻撃魔法を使えない者は?」
「それは止むを得んだろう
補助魔法が使えるなら足止めを
それが無理なら弓矢なり剣なり…
兎に角、接近した魔物を攻撃しろ」
「は、はい」
兵士達は城壁に上がると、各自で分担して攻撃する事にする。
しかしこの規模の戦闘は初めてで、上手く連係が取れていない。
獣人達が攻めて来る時も、ここ数十年は数人程度だったのだ。
それがこの様な濁流の如く攻め込まれては、攻撃する側も混乱していた。
「マジック・アロー」
「マジック・ボルト」
多くの者が、詠唱の短い魔法の矢を放つ。
魔力の矢の方が威力があるが、射出速度が速く、礫の様な魔力の塊が飛ぶ。
使用する魔力量に大差は無いが、使用する者は狙うのに集中力が必要だ。
それでマジック・ボルトを放った場所に、マジック・アローの攻撃が重なる事がある。
「あ!
おい!」
「すまない」
「同じ場所を攻撃しても無駄だぞ!」
「構うな、魔物の数が多いんだ
兎に角、今は削る事に集中しろ」
「は、はい」
「食らえ
ファイヤー・ボー…」
「おい!
それはさすがに…」
マジック・アローとマジック・ボルトの射線が重なるのは仕方が無い。
それに運が良ければ、後方の魔物に当たるだろう。
しかしそれが、火球の魔法になると話は別だ。
「魔力の無駄遣いは止せ」
「無駄遣いって…
一気に数匹巻込むんですよ?」
「しかしだ
それ1発でマジック・アロー何回分だ?」
「そ、それは…」
「今は魔力の消耗を押さえながら、魔物を寄せ付けない様にするんだ」
「はい」
火球の魔法は、使用者の熟練度にもよるがマジック・アロー数回分の魔力になる。
それを連発しては、あっという間に魔力切れになるだろう。
それよりも今は、少しでも多くの魔物に打撃を与える必要がある。
ゴブリンやコボルト程度なら、マジック・アローでも十分に倒せるからだ。
それに火球の爆発も、思ったよりも効果が低いのだ。
確かに爆発に巻き込まれた、数匹の魔物が炎に巻かれる。
しかし効果範囲が狭いので、1発や2発程度では焼け石に水なのだ。
実際に先の火球は、コボルト2体しか倒していない。
数匹が火に巻かれていたが、今ではどこかに紛れてしまっている。
確実に倒す訳では無いので、魔法の矢を数発放った方が効果的だった。
「兎に角、撃って撃って、撃ちまくれ」
「はい」
隊長の指示も、半ばやけくそになっていた。
これだけの規模が向かって来ているのだ、何処を狙えなどと言う指示は無意味だろう。
兎に角近付く魔物を、足止めする為に攻撃するしか無かった。
拘束魔法を使える者は、茨の拘束や躓きを唱える。
それで動けなくなる魔物が出て、少しだけだが足止めを出来た。
しかし後続の魔物が、次々と押し寄せている。
「うぐっ…
何て光景だ」
その酷い光景に、隊長も思わず吐き気を感じる。
魔物は仲間を押し倒し、踏み潰して進んで来る。
死んだ魔物は踏み潰されて、そのまま進んで来るのだ。
その光景は悍ましく、兵士も顔色を変えている。
隊長は懸命に声を張り上げ、兵士達を鼓舞する。
「怯むな!
そのまま攻撃を続けろ!」
「しかし…」
「これは正気じゃありませんよ」
兵士の言う事も尤もだろう。
いくら魔物とはいえ、この侵攻は以上だった。
まるで何かの狂気に憑り付かれて、進んで来る様だ。
攻撃しても攻撃しても、後から後から魔物が湧いて突き進んで来る。
「くそっ!
このままでは…」
「まだ城壁まで…」
ガキン!
ガイン!
次第に近付いて来た魔物が、手にした武器や石を投げ始める。
城壁に立つ兵士を狙っているのだ。
このまま近付かれれば、彼等にもいずれ攻撃が当たるだろう。
「隊長!」
「どうしますか?」
「しかし!
このままでは城壁に取り付かれる
出来得る限り数を減らせ」
「ですが…」
「このままでは…うわっ」
カン!
遂に兵士の足元まで、投げた剣が届き始めた。
「ぐぬうっ
どうすれば…」
都市部を守る為には、このまま兵士を犠牲にしてでも守るしかない。
しかし今までの攻撃で数百の魔物は倒した筈なのだ。
それなのに魔物の群れは、依然として増え続けている。
このままでは数刻も経たずに、魔物の群れは城壁を登るだろう。
「領主は?
領主様は何と?」
「まだ返答は戻りません」
「それよりもこのままでは…」
「くっ…」
事前にここまでの規模と知っていれば、対策も講じただろう。
しかし情報が少な過ぎたのだ。
用意していた矢も尽き始め、兵士にも疲労の色が見え始める。
このままでは城壁を、死守する事も難しいだろう。
魔物の群れは、間も無く北の城壁に辿り着く。
そのまま回り込まれれば、いずれは西や東の城壁にも取り付かれるだろう。
逃げ出すとすれば、南の城門が塞がれる前に行動すべきだ。
しかし肝心の領主の判断が、まだ決まっていなかった。
そのまま時間だけが、無情にも過ぎて行っていた。
まだまだ続きます。
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