第670話
アーネスト達は野営地で集まっていた
野営地の雰囲気は、暗く重たかった
王太子であるギルバートと、その妻であるイーセリアが行方不明なのだ
しかしアーネストだけは、何とか明るく振舞っていた
ここから王都に帰還するまで、どれほどの魔物と戦う事になるのか?
兵士達は不安に怯え、騎兵達も緊張している
しかしアーネストは、なるべく声を明るくして話そうとしていた
その事が、兵士達に不信感を与える
「そっちだ!
回り込まれない様に注意しろ」
「そんな事を…」
「無理ですよ」
「無理じゃ無い
炎の槍」
バシュバシュ!
兵士達が危険になると、アーネストが魔法で支援する。
こんな感じで、この2日ほど何とか戦ってこれた。
しかし兵士達の間では、日に日に不満が溜まっていた。
「何だって言うんだ」
「自分は後方で楽をして…」
「こら!
そんな事を言うな」
「アーネスト様はよくやってくださっている」
騎兵達は、そんなアーネストの苦労を理解していた。
実際にアーネストは、魔導士であって戦士では無いのだ。
それが前線に出て、危険な兵士の後ろに立っている。
それだけでも神経を使っている。
それに加えて、元々指揮をする事はあったが、戦いながらの指揮は不慣れな筈だ。
それに不満を漏らさず、士気を下げない様に気丈に振舞っているのだ。
騎兵達からすれば、それだけでもありがたいのだ。
しかし兵士達の考えは違っていた。
「そんなに簡単そうに言うのなら、ご自分で戦えば良い」
「オレ達は駒じゃあ無いんだ」
「何を!」
「止さんか
あいつ等には分からないんだ
あの方の心境は…」
アーネストはあの日から、野営地での酒は絶っていた。
ここは高地特有の寒いぐらいの環境なのだ。
それでも大好きな酒を絶って、夜は野営地でこっそりと祈っているのだ。
親友夫妻の身が安全である様にと、亡き女神に祈っているのだ。
「また魔獣が現れたぞ!」
「もう嫌だ!」
「あんな奴の下で戦えるか!」
遂に兵士達は不満を爆発させて、前に出ようとはしなかった。
「分かった
騎兵は?」
「我々だけで…
何とかなりますか?」
「一度だけ防いでくれ
それで追い払う」
「分かりました」
「行くぞ」
あの戦いで、武器を持てる騎兵は5名に減っている。
兵士だって負傷していて、戦える者は13名しか居なかった。
それでも帰還する為には、兵士達の助けが必要だった。
ハイランド・オーク達に頼むのは、間違いだと思っているから。
「我々も戦います」
「いや
今まででも十分過ぎたんだ
それに本隊を守って欲しい
怪我人ばかりだからな」
「しかし…」
「大丈夫だ
勝てないまでも、追い返せれば良い」
アーネストはそう言って、騎兵の後方で呪文を唱える。
部隊は既に、瓦解している状態だ。
腕や脚を失い、馬車に載せられた者ばかりだ。
こうして戦っている騎兵も、肩や腹に包帯を巻いている。
無傷なアーネストが前に出ない事で、兵士が苛立つのも当然だろう。
「炎の風」
ゴウッ!
ギャイン
キャンキャン
スノウ・ウルフの群れは、炎の竜巻を見て逃げ出した。
その様子を見て、兵士達は不満そうに吐き捨てる。
「何だ
あんな魔法を温存してたのか?」
「あれがあれば、最初っから魔獣に勝てただろうが」
炎の風は、見た目は派手な炎の竜巻に見える。
しかし実際の攻撃力は皆無に等しい。
どちらかと言うと、吹雪のブレスを防ぐのに使う魔法だ。
しかし炎を嫌う魔獣ならば、目眩ましには十分だった。
「いい加減にしろ!」
「あれは見た目ほどの威力は無いんだ!」
「魔獣が去ったから良かったものの…
向かって来れば被害は甚大だったんだぞ」
「え?」
「でも…」
「分からないのか?」
「アーネスト様はお前達の事を思って戦って…」
「そんな筈無いじゃないか!」
「そうだ!
殿下はいつも前に来られて…」
「アーネスト様も前に来られているだろうが!」
「だってオレ達の後ろに…」
「アーネスト様は魔導士だぞ!
死にに前に出ろと言うのか?」
「え?」
「いや…」
騎兵達の正論に、兵士達は次第に口籠る。
「お前達の不満も分かる
しかしだ…ぐうっ」
「無理するな
こいつ等も不安なんだ」
「そうだな」
ギルバートが消えてから、既に10日が過ぎている。
今まで率いていた主を失い、みな不安で浮足立っているのだ。
一行はそのまま、不安を抱えて集落まで帰還する。
しかし集落でも、一騒動が待っていた。
「何じゃと!
貴様、それでおめおめと…」
「分かってくれ
痕跡が無いんだ」
「痕跡が無いって…
転移でもあるまいに
虱潰しに探したのか!」
「ああ
しかし何も無かった」
「そんな…」
アーネストは何も言わなかったが、転移の可能性が高かった。
あの時の状況や痕跡から考えると、転移以外には考えられない。
しかし転移だとすると、みなが転移先を調べようと躍起になるだろう。
だからこそ転移に関しては、一部の者にしか報せていなかった。
「しかしそうなると…」
「ああ
ここで休息を取ったとしても、帰りに戦える者が居ない
そこで…」
「ああ
みなまで言わんでも分かっておる
数名郷の跡地に向かいたいと言う者が居る
それとお前達の王国にもな」
「良いのか?」
「良いも何も…
お前達には世話になったしな
その王国とやらで、新しい建築や鍛冶に挑戦したい若者も居る」
「若者って…」
「がははは
若いと言っても、既に良い年齢じゃがな」
集落から羊の獣人が4名と、兎の獣人が2名加わる。
他の集落が見付かれば、王都に向かう獣人も居ると言う話だった。
先ずは王都の人間が、獣人に慣れる為の処置だ。
過去の様な差別や隷属が、二度と行われない様にする為に。
それからマクツース達ドワーフも、8名が同行する事になる。
もっと行きたいという者が居たが、集落が安定するまではそれは難しいだろう。
先ずは8名が王都に移住して、ドワーフの地位を確立する算段だ。
彼等の技術を見れば、手厚くもてなされる事になるだろう。
例え酒癖が悪くても…だ。
「武器も鎧もボロボロじゃのう…」
「ああ
生きているのが不思議な者も多く居る
みんなあなた達のお陰だ」
「止してくれ
例え良い防具があっても、扱える者次第じゃ
亡くなった者の方が多いのじゃろう?」
「ああ…
残念ながらな」
アーネストはその言葉に、深く落ち込んでいた。
ここまでの旅路では、亡くなる者は居なかった。
それは偏に、アーネストが奮起していたからだ。
しかしそれ以前に、女神との戦闘と、その後に亡くなった者があまりにも多かった。
マリアーナを返して、治療に当たらせていれば…。
アーネストは何度もそう思って悔やんでいた。
「亡くなった者は仕方が無い
悔やんでも生き返る訳でも無い」
「ああ…」
「今夜は忘れる為に…」
「いや
今は絶っているんだ」
「王太子夫妻のか?」
「ああ…」
「分かった
早く見付かる事を祈っているぜ」
「すまない」
「なんてこたあない
はははは」
アーネストは頭を下げると、マクツースの家から出る。
本当なら今すぐにでも、酒を飲んで嫌な事を忘れたい。
しかしそんな事をすれば、それこそギルバートが帰って来るまで酒浸りだろう。
今はそんな事よりも、一人でも無事に帰国させたかった。
親友が望んでいた事だから。
獣人の集落を発ち、そのまま南西に向かう。
今度はドワーフの郷があった場所に立ち寄る。
ここで墓参りをする者が居るので、それまでの同行だ。
しかし道中には、魔物はほとんど居なかった。
拍子抜けした様な表情で、騎兵はアーネストに話し掛ける。
「今日も魔獣は居ませんね」
「やはりな
あの偽者が活動を休止しているからな」
「休止ですか…」
「本当に生きているんですか?」
「ああ
生きている」
アーネストには、あの偽の女神が生きているという確信があった。
女神が壊された時に、確かに世界の声で権限の委譲が確認された。
そうなれば、彼女が壊れた際にも同じ事が起こる筈だ。
しかし今までも、その様な声が聞こえた形跡は無かった。
だからこそ、未だに生きている筈なのだ。
「そうで無ければ果たせないからな…」
「え?」
「いや、何でも無い」
アーネストは、ルシフェルやアスタロトは面識は無かった。
特に親しくしていた訳でも無かった。
しかし彼等の死に関しては、激しい憤りを感じていた。
だからこそ、この怒りの矛先を失いたく無かった。
「それで…
墓参りは無事に済みそうか?」
「ああ
お陰様でな」
「彼等はこの後…」
「そのまま帰るが?」
「危険じゃないか?」
「大丈夫じゃ
人数が少なくとも歴戦の猛者じゃぞ
それに道中の清掃と思っておったが…」
「そうだな…」
先の騎兵の話では無いが、魔物があまりにも少なかった。
このままでは、その内居なくなるので無いか?
そう思うぐらい少なくなっていた。
「それでは気を付けて」
「ああ
あんた等も無事に帰りなされ」
集落に戻るドワーフ達と別れ、一行はさらに西へ進む。
少しずつ下って行き、周辺の気温も上がって来る。
これぐらい暖かくなると、焚火から離れても凍える事は無いだろう。
森の中に入り、そのまま進み続けると、やがて険しい山脈が見えて来た。
「みんな
戻ったぞ」
「無事だったか」
「よく戻って来た」
ハイランド・オーク達は、竜の瞳城の麓で再開する。
互いの無事を喜び、彼等は抱き合って涙を流していた。
人間と仲良くなったとはいえ、そこは異種族である。
やはり同族に再会する方が、喜びは大きいのだろう。
彼等はアモンに、死期が近付いていた事を知っている。
だからこそ再開しても、その事を問う者は居なかった。
そして兵士達も、再開を喜び合っていた。
しかし兵士の数は、出発した時の半数に減っていた。
兵士達に聞いた話では、魔物の動きが活性化していたそうだ。
それで半数は、止む無くカザンへ帰還していた。
「その魔物が活性化したのって…」
「はい、この半月ほど前です」
「我々が神殿に踏み込んだ頃でしょう」
「それで…
今も活発なのか?」
「いえ
それが数日暴れ回っていましたが…」
「すぐに姿を消しまして」
「姿を消した?」
「やはりこちらも同じか…」
「どういう事ですか?」
「いや…
実はな…」
「そういえば、殿下はどちらに?」
「戻られてから姿を見ておりませんが?」
「アーネスト様だけですよね?」
「ぐっ…
それを今から説明する…」
アーネストは、城に残っていた兵士達にこれまでの経緯を話す。
女神との戦いもだが、何故獣人が同行しているかも含めて。
そうして一通り説明すると、やはり兵士達からは不満の声が上がった。
彼等はカザンの兵士だが、同時に王国の兵士でもある。
王太子夫妻が行方不明名のは、納得が行かなかった。
「どうして探さないんですか?」
「殿下は…
イーセリア様は何処に居らっしゃるんですか?」
「分かっていれば迎えに行っている」
「ならば何故?
何故探さないのですか?」
「探したさ!
探せるものなら幾日でも!
あの危険な場所で、こいつ等を危険に晒して、死んでも良いのなら!
ああ!
探したいさ!」
これには遂に、アーネストも我慢の限界だった。
彼としては、本当は探し続けたかった。
しかし数は減ったとはいえ、魔獣はまだ居たのだ。
そんな中で負傷者ばかりなのに、命の危険を冒してまで探せなかったのだ。
「え?」
「アーネスト様?」
「多くの負傷者を抱え、周りには危険な魔獣が残っている
数が減った?
危機は去った?
そんな訳あるか!
あいつは、あの偽の女神は、今でも何処かで生きているんだ!」
「あ…」
「すみません…」
「はあ、はあ…
すまない
少し一人にしてくれ」
アーネストはそう言って、隅に置かれた天幕に向かう。
そこには誰も居なくて、アーネストはそこで独りすすり泣いていた。
ここまで戻れたなら、後はカザンから増援を呼んで帰れる。
これでもう、前に出て指揮を執る必要も無いだろう。
疲れた…
ギル
少しぐらい休んでも良いよな…
アーネストの声が聞こえたのか、マリアーナとエルリックが馬車から出て来た。
「どうした?」
「なんの騒ぎなの?」
「そ、それが…」
「遂にアーネスト様がキレたんです」
「あ…」
「すまない
私達が不甲斐ないせいで…」
「いいえ
元々エルリック様は、イーセリア様を失ったショックがおありでしょう?
それにマリアーナ様に、軍の指揮は任せられません」
「すみません」
「イーセリア…
ううっ…」
「でも、殿下もイーセリア様も生きてらっしゃるんでしょう?」
「それは…」
「私には分からない
その言葉に縋って良いのかも…」
「そんな…」
「いや…
生きていらっしゃる」
「何を根拠に?」
「殿下とイーセリア様ですよ?
あの殿下が、そんな簡単にやられると思いますか?」
「それは…」
「それに…
お二人にはお子が…」
「え?」
「だからこそ、必ず生きています
生きて帰って来る筈です」
騎兵達の言葉に、兵士達は頷くしか無かった。
それは希望なのかも知れないが、それに縋るしか無かった。
真の敵である偽の女神が生きている以上、それと戦えるギルバートが必要なのだ。
「ここを生きて帰らなければ…」
「そうですよ
殿下は我々を生かす為に、単身で女神に向かって行かれたのでしょう?」
「今は悲しむ事より…」
兵士達は、アーネストが引き籠った天幕を見る。
「アーネスト様には申し訳ない事をしました」
「殿下の事を一番心配しているのは、他ならぬアーネスト様なのに…」
「仕方無いさ…
痕跡は残されていなかったんだ」
「殿下は何処に行かれたのですか?」
「恐らくは転移で…
穴の底は、あの時には見えていなかった
それならばその先は…」
「それは何処なんです?」
「分からない
女神様の…
あの偽者に操られていた、ミハイルも分からなかったんだ」
「それは…」
「そのミハイルという者は、信用出来るんですか?」
「今はもう…
洗脳は解けている」
「彼は魔王として、女神様の警護をしていた者です
その彼がしらないんですから…」
「うう…」
「殿下…
兵士達は涙を流しながら、ギルバートの無事を祈る。
それは偽の女神では無く、亡くなった本物の女神にだ。
しかしその祈りに、応える者は誰も居なかった。
次で一先ずの終わりです。
王太子ギルバートの物語は終わり、新たな物語が始まります。
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