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聖王伝  作者: 竜人
第二十章 女神の神殿
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第669話

アーネスト達の目の前で、部屋に亀裂が入って崩れる

亀裂は入り口だけでは無く、部屋の中にも大きく開いていた

アーネストとエルリックが、思わず部屋の中に入ろうとする

しかしその大きな亀裂は、全てを飲み込んで大きく口を開いていた

激しい地鳴りはファクトリー内にも起こり、壁や天井が崩れ始める

あちこちで機械が火を噴き、ガラスの割れる音が響く

その中で二人の巨人は、しっかりと組み合っていた

まるでそこだけが切り取られた様に、二人は取っ組み合ったまま止まっていた


「イーセリア!」

「駄目!

 駄目よ!」

「ギル!

 ギル!」

「ねえ、お願い

 危険よ」

「しかし!」

「分かっているわ

 でも…」

「くっ…」


部屋の外から見ても、中は絶望的だった。

暗い大きな亀裂は、何処までも深く続いていそうだった。

それに中に救出に向かっても、そこから戻れる方法が無いのだ。

その暗い穴が、どこまで続くか分からないのだから。


「くそっ!

 こんな事なら行かせるんじゃ無かった」

「だったらどうなっていたの?

 二人の行った事は無駄だったの?」

「いや…

 そうじゃ無いが…」

ゴウッ!

ガラガラ!


「くそっ

 ここも危険だ」

「お前達は先に行け」

「何を馬鹿な事を」

「どの道私は、ここで死ぬ覚悟で来たんだ」


エルリックはそう言って、瓦礫に埋もれた部屋の中に入ろうとする。


「馬鹿な事を言ってるんじゃない」

バキッ


アーネストはエルリックの胸元を掴むと、そのまま殴り付ける。


「ぐふっ」

「何が死ぬ覚悟だ!

 オレだって同じだ!

 だけど二人は…」

「ねえ

 急がないと」

「マリアーナ

 君だけでも先に行ってくれ」

 何を馬鹿な事を言ってるの?」

パシン!


マリアーナはアーネストを引っ叩くと、続いてエルリックも引っ叩いた。


「あなたは奥さんと子供が居るでしょう?

 それからエルリックも!

 エルリックも…は居ないのね」

「おい!」


「兎に角、こんな所で死んで良いの?

 二人は何の為に向かったと思ってるの?」

「しかし…」

「イーセリアが居ないなんて…」

「まだ死んだと決まった訳じゃ無いでしょう」

「だが…」

「あれはどう見たって…」


アーネストとエルリックは、すっかり気落ちしていた。

二人が入った部屋には深い亀裂が入り、他の場所も天井の残骸に埋もれている。

これではどう考えても、生きているとは思えなかった。


「良いからこっちに来なさい!」

「ぐうっ」

「さあ

 エルリックも…」

「…」


マリアーナは二人を引っ張り、何とかファクトリーの入り口まで引き戻す。

しかしそこでは、別の衝撃的な光景が待っていた。


「人間か…」

「ミハイル…

 で良いのかな?」

「ああ

 兄者に頼まれた

 着いて来い」

「待って!

 ルシフェルは?

 アスタロトはどうしたの?」

「すまない…」

「すまないって…

 まさか!」

「…」


ミハイルは無言で頷くと、座り込んだマリアーナを抱える。

それからアーネストとエルリックを見て、エルリックも抱える。


「行くぞ

 ワシも三人は抱えられん」

「ああ…」


ミハイルに促され、アーネストは歩き始める。

アーネストも最初は、あのまま部屋の前で死のうかと思っていた。

それだけギルバートの死は、彼の心から大切な何かを奪っていた。

しかしマリアーナに叩かれてから、少しだけ心が動いていた。

このまま死んでしまったら、妻と娘に二度と会えなくなる。

そう思ったからこそ、ここまで何とか歩いて来た。


ルシフェルが死んだ

アスタロトも死んだ


セリアも死んだ

ギルも死んだ


死んだ死んだ死んだ…

みんな死んだ…


ミハイルの言葉が、アーネストの心に暗い澱を与える。

何も考えられ無くなり、何も感じたく無くなっていた。

そのままミハイルの後を着いて歩き、何処とも分からない場所を歩く。

気が付けば既に、外はすっかりと夜も更けていた。


暗い回廊を抜けたのに、再び暗い空に覆われていた。

アーネストの心も暗く、何とも言えない寂寥感に覆われていた。


「うっ

 くすん、ひっく…」


マリアーナの漏らす啜り泣きが、アーネストの心をさらに締め付ける。


ミハイルはそのまま歩き続け、やがて野営の灯りが見えて来る。

ハイランド・オーク達が、野営の準備をしていたのだ。

何とか歩ける兵士が、出迎えの為に向かって来る。

しかしアーネスト達の姿を見て、言葉を失って跪いていた。


「でん…か?」

「うそだろ…」


「おーい

 戻って…」

「おい

 どうした…アーネスト様?」


みな声を掛けようとして、それから黙ってしまった。

運ばれて来たエルリックとマリアーナを見て、何となく事情を察したからだ。

ミハイルは二人を丁重に下ろすと、兵士達に優しく手渡した。

そうして踵を返すと、そのまま野営地を去ろうとした。


「待て!」

「貴様は何者なんだ?」

「殿下は?

 イーセリア様はどうなったんだ?」

「すまん

 ワシは知らんのだ」

「何を…」

「止せ」


片腕の騎兵が前に出て、殺気立った者達を押し留める。


「よろしければ貴殿の、お名前をお教え下さらんか?

 アーネスト様達がお世話になった様子なのでな」

「ワシか…

 ワシは魔王と呼ばれておった、愚かな操り人形じゃ…」

「魔王!」

「まさか貴様が!

 女神と共に人間を襲おうとしていた…」

「止さんか!

 さっきのを聞いただろう」

「でも…」

「しかし…」


片腕の騎兵は、ミハイルの言葉を真剣に聞いていた。

それはミハイルも、深く傷付いていると見て取ったからだ。

そんな彼が、わざわざアーネスト達を連れて来たのだ。

しかもエルリックと皇女は、運ばれて来ていた。

これが罪滅ぼし以上の意味があると、彼は気付いていた。


「あなたも騙されていたと…

 そういう事ですな」

「…」


ミハイルは黙って、そのまま立ち去ろうとした。

そこへハイランド・オークの一人が、恐る恐る声を掛けた。


「もしかして…

 ミハイル様ですか?」

「っ!」

「ルシフェル様の弟君で、最強の名を継がれた…」

「最強などでは無い!

 ワシは…

 ワシは…」

「ミハイル様?」


ミハイルは緊張の糸が切れたのか、その場に崩れ落ちた。

そして地面を叩きながら、後悔の嗚咽を漏らす。


「兄者!

 兄者!

 何故じゃあ!

 ぐうっ、うぐう…」

「何か訳ありの様子ですね

 一先ずはここで、お休みください」


ハイランド・オークは優しく声を掛けるが、ミハイルは首を振って立ち上がる。


「ワシは…

 行かねばならん」

「行くって何処へ?」

「仲間を弔ってやらねばならん」

「しかしこんな時間では…」


「それに…

 あの女だけは許さない」

「偽の女神か…」


ミハイルの言葉に、アーネストが反応する。


「そうじゃ

 偽…か

 ワシ等は騙されておったんじゃな」

「ああ…」

「それで本物の女神様が…」

「すまない」

「すまないで済めば!」


一瞬だが、怒りでミハイルの魔力が上がる。

その魔力で恐れて、兵士達は縮み上がった。


「その事は…良い

 ワシ等も…

 女神様ですら騙されておった」

「くっ…」


誰が悪い訳でも無い。

唯一悪かったのは、女神を騙っていたあの偽の女神だった。


「しかし…

 奴は死んだと思うぞ」

「死ぬものか」

「いや

 確かに死んでいる筈だ

 あの部屋には大きな亀裂が開いていた

 あんな所に落ちれば…」

「亀裂?

 女神様の部屋にか?」

「ああ」

「あんな場所に亀裂だと?」

「何か知っているのか?」

「いや

 あの下には何も無い筈じゃ

 しかし亀裂が入るだと?」


ミハイルは信じられないといった様子で、何度も首を振っていた。


「なら確認してみれば良い」

「そうじゃな

 仲間を弔った後にでも、ワシが確認しておこう」


ミハイルは山を見ながら、そう小さく呟いた。


「まだ崩れているぞ」

「そうじゃな

 あの女は、ファクトリーを爆破しよった

 暫くは爆発が続くじゃろう」

「行くのか?」

「ああ

 ワシなら…

 あの程度なら問題無い」

「そうか…」


ミハイルはもう一度振り返って、頭を下げてから去って行った。


「アーネスト様…」

「すまない

 少し休ませてくれ」

「あ、はい…」

「殿下は?

 殿下はどうなされたのですか?」

「すまない…」

「くっ…」


アーネストの態度に、騎兵達も大体の様子を理解した。

恐らくその亀裂と、ギルバート達の運命が関係しているのだろう。

それが分かったから、彼等はそれ以上の追及をしなかった。

そのまま夜が明けて…。


ファクトリーが壊れたからか、はたまた女神が亡くなったからか。

夜の間に魔物が現れる事は無かった。


アーネストは歩ける騎兵や騎士を連れて、崩れた山の中に入って行った。

入った時と違って、爆発の余波であちこちが崩れている。

頑丈な岩盤に覆われていたが、却ってそのせいで爆発の圧力が高まったらしい。

中はあちこち壊れていて、未だに燻っている場所もあった。


アーネストは、エルリックと皇女を野営地に残して来た。

昨日のショックが強くて、二人共塞ぎ込んでいたからだ。

しかしアーネストは、昨晩と変わって元気になっていた。

そんな様子を見て、兵士達は不審感を抱いていた。


「そこを曲がって…

 その岩をどけられるか?」

「はい」

「しかし…

 殿下は何処に居らっしゃるんですか?」

「せめて…

 せめてご遺体の一部か衣服の切れ端でも…」

「縁起でもない事言うなよ」

「え?」

「だってアーネスト様が…」

「ん?」

「ん?じゃ無いですよ!」

「悲壮感漂わせて、ずっと黙ったまんまで…」

「そうですよ!

 そもそも無事なら、何でご一緒じゃあ無いんですか?」


兵士達の言葉に、アーネストは困った様な顔をする。


「無事かどうかは…

 ああ、その先の柱をどけてくれ」

「アーネスト様!」

「ああ

 実は俺も確証は無いんだ」

「へ?」

「勘弁してください」

「ぬか喜びですか?」

「まあ、可能性はあるんだ

 くよくよしてらんないだろ?」


アーネストはそう言って、スタスタと通路の奥に向かう。

そこは昨日、ギルバートと最期の別れをした場所だ。

懐かしそうに、その周辺を調べる。

しかしどんなに調べても、ギルバート達の痕跡は無かった。


「ここに殿下が…」

「これではさすがに…」


兵士達はそう言って、部屋の中に開いた亀裂を覗き込む。

しかしその亀裂は、明らかに昨日とは違っていた。

昨日覗き込んだ時には、深く深淵を覗き込む様な暗い穴だった。

しかし今日見た穴は、およそ数m程度の浅い穴だった。


「うん

 間違い無い」

「何がですか?」

「教えてください」


「昨日な、あの魔王はこう言ったんだ

 あの下には何も無いと」

「確かに言っていましたね」

「しかしそれが何だと?」

「よく見ろ

 そこまで深い穴か?」

「へ?」

「そう言われれば…」


亀裂の大きさは確かに大きいが、ここから底が見えている。

そもそもこんな亀裂が生じたら、それこそこの辺り一帯が飲み込まれていただろう。

つまりこれは、自然に出来た亀裂では無いのだ。

偽の女神が逃げる為に、ここに転移する為の穴を穿ったのだろう。

だから一緒に落ちたギルバート達も、その偽の女神と共に何処かに居る筈だ。


「まだ確証は無いが…

 恐らく何処かへ転移したんだ」

「転移ですか?」

「しかし何処へ?」

「それは分からない」

「それじゃ無事かどうかも…」

「大丈夫じゃ無いか?

 あの二人だから」

「アーネスト様…」


今は二人が、無事である可能性を見付けられた。

それだけでも良かったと思っている。


それから日が暮れるまで、一行は廃墟の中を探索した。

もしかしたら、転移先がこの中の可能性もある。

そう思って、念の為に探索を続けたのだ。

しかし結果は、思った様な答えは見付からなかった。


「どうしますか?」

「ああ

 今のところは手掛かりが無い

 だからと言って…」


兵士のほとんどが重傷で、腕や脚が無い者ばかりだ。

おまけに人数も減っているので、このまま帰還する事すら難しい。

主力であるギルバートを失っているので、兵士達の不安も増しているだろう。

しかし今は、一先ずは帰還せねばならない。

ギルバートが行方不明な以上、それを報告する必要がある。


二人を探す旅に出るにしても、先ずは王都に戻ってからだろう。

その為の旅程を、アーネストは地図に書き込んで行く。


「ギルが抜けた穴を、オレが魔法でどうにかしなければならない

 幸い集落に辿り付けば、何人かドワーフの手を借りられるかも知れない」

「来てくれますかね?」

「どうだろうな」


後はアモンの居城である、竜の瞳城まで戻れば良い。

そこには今も、兵士達がギルバート達の帰りを待っている筈だ。

肝心のギルバートが行方不明だが、こればっかりはどうしようも無いだろう。

帰還の途中にでも、何か情報が入れば良いのだがと、アーネストは思っていた。


帰りの旅は、思ったよりも困難では無かった。

魔物は確かに、多少は姿を見せる事もあった。

しかし以前の様に、狂暴化した魔物は現れなかったのだ。

まるで偽の女神が、姿を消したから居なくなったという様に。


「今日も静かですね」

「ああ

 しかし油断はするなよ」

「はい」


それでもアーネストは、警戒を緩めずに進んだ。

ギルバートが居なくなった今、まともに戦える者があまりに少なかった。

ハイランド・オーク達も居るのだが、それでも戦える者は50名以下だった。

そんな状況だったので、集落が見えて来た時には兵士は歓声を上げていた。

女神との戦いも終わり、世界は一先ずの束の間の平和を手にします。

しかし元凶である偽の女神は、ギルバートと共に何処かへ去りました。

後2話で一先ずの結末です。


ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

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