第666話
パネルの中の女神は、苦しそうな表情を浮かべる
動力ケーブルを外された事で、天鎧を動かすエネルギーが無くなったのだ
エネルギーの供給が止まった事で、天鎧は動かせなくなる
女神はこの時、この事態に明確な答えを見いだせた
天鎧を操作出来るのは、同じ位階の権限を持つ者だけだ
つまり女神と同等の、権限を持つ者が操作したのだ
そしてその権限を持つ者は、他の女神でしか居ない
つまり女神の一部が、自分に反旗を翻したのだ
馬鹿…な
私を殺すだと?
女神はこの時、生まれて初めて恐怖を味わった
イチロが封印を望んだ時以来、初めての恐怖だった
これが…死への恐怖?
ふふ…
私が死を恐れる日が来るなんてね
女神は自嘲気味に微笑み、目の前の青年を見詰める。
カイザートに似ている?
この時になって、女神は初めてギルバートを直視した。
ギルバートが入って来た時は、また人間が攻め込んで来たと憤っていた。
だから聞く耳も持たずに、彼等を殺してやろうと思っていた。
思えばそれも、この裏切り者の作戦だったのだろう。
周囲を見渡せば、周りの建物には誰も住んでいなかった。
彼女が眠りに着いた時には、多くの種族が仲良く暮らしていた。
イチロが望んで作り上げた、理想郷がそこにはあった。
そしてそれを守る為に、彼は自ら悪役を買って出たのだ。
イチロ…
ああ、イチロ!
私が愛した人の子
偉大なるマーテリアルを継ぐ勇者
女神の金属の瞳から、一筋の液体が流れる。
しかしその涙は、血の涙として流れていた。
ギルバートはその様子に、戸惑いを隠せないでいた。
「ぐ…
ぎ…が…」
声を出そうとするが、金属の身体では思う様に話せない。
何で私は、この子を殺そうと思ったの?
私がこんな姿にならなければ…
殺そうだなんて思わなければ、この子も苦しまなかった筈よ
女神は自分の行動の、浅はかさを悔やんでいた。
そうして何とか、彼に思いを伝えたいと思った。
恐がらないで
そんな苦しそうな顔をしないで
そして同時に、あの日の記憶が蘇る。
それは彼女が狂う前の、楽しかった日々の思い出だった。
はははは
何を怖がっておるんじゃ?
だって、死ぬのは怖いよ
そうじゃな
しかし恐怖に打ち克てんと、お前は勇者にはなれないぞ?
勇者なんてなれなくても良いよ
ボクは女神の為に…
彼女達を守る為に戦いたいんだ
少年は恥ずかしそうに、少しはにかんで答えた。
女神が少年に与えたのは、大いなるマーテリアルに至る力と、彼を守る為の従者達だった。
彼が居た世界の物語に因んで、ハーレムパーティーというのを与えてやった。
少年は照れながらも、その少女達の為に戦った。
戦って、戦って…。
その先に少年は、絶望を感じていた。
そうして人間を率いて、女神の下へ戻って来た。
人間の世界と魔物の世界を、渡れない様にする為に。
思えば…
あの時から間違えておったのじゃな
イチロは女神が思っている以上に、純粋で優しい少年だった。
だから殺す事も、殺される事にも恐怖を覚えていた。
そうして争いを無くす為に、自らを贄として差し出す道を選んだ。
それで結界が作られ、魔物と人の世界は隔てられる事となる。
彼が望んだ平和が、この地に訪れたのだ。
ポン!
女神の権限によりS.O.R.N.S:001の再起動シークエンスが切断されました!
これにより001は、再起動の権限を失います!
よろしいですか?
ポン!
承認されました!
ユニット001が破壊された場合は、そのデータは全て失われます!
よろしいですか?
ポン!
承認されました!
ふっ
手回しが良いな
そこまで考えておるか…
次々と承認が下りて、女神は逃げ場を失う。
このまま壊されれば、彼女は消滅するだろう。
しかし彼女は、それも良いだろうと受け入れていた。
疲れたな…
これがあの子の…
イチロが思っていた…最期の願いか
「ぐぎ…」
女神は何とか首を動かし、ギルバートを見詰める。
「ぐっ…
そう…事か」
何とか言葉にしたいが、声に出す事も難しかった。
「話を…したいと…たな」
「え?」
「騙された…言った…」
「女神?」
「様子がおかしいぞ?」
言葉にしたいが、エネルギー不足で上手く言葉に出来ない。
女神は口惜しく感じて、懸命に山の向こうを睨む。
恐らくそこに、彼女から権限を奪った者が居る筈だ。
その者が何を考えているのか、彼女には分からなかった。
「…いう事…」
「何だ
どうしたんだ?」
「分からん
分からんが様子が変だ」
何とか伝えようとするが、遂に天鎧の起動権限まで奪われてしまった。
彼女の意思に反して、残りのエネルギーで爪が弾き出される。
「ぐ…があ…
ああああああ」
メキ!
バキバキベキ!
身体が無理矢理変形して、次々と鉤爪が撃ち出される。
体内の残りのエネルギーも、ほとんど残っていない。
その全てのエネルギーを費やして、彼等を少しでも殺そうとしているのだ。
容赦ない鉤爪の触手が、次々と天鎧から撃ち出される。
止めろ!
止めろ止めろ
何でそんな酷い事を…
ああ…
人間達が…
私の可愛い子供達が…
「ぐ…があ…
よぐも…わだじ…」
女神は苦しみ、悲しみから血の涙を流し続ける。
その様子を遠方からパネルで見て、偽の女神は狂気の笑みを浮かべる。
「殺せ殺せ殺せ!
きゃはははは
はははは」
「ゆるざ…」
女神は必死に抗い、何とか鉤爪を止めようとする。
しかし身体の自由は奪われ、彼女の意思に反して攻撃を続ける。
くそっ!
とま…れ…!
女神の意思が、思いが届いたのか、天鎧の動きが僅かに鈍った。
実は既に、天鎧のエネルギーが底を着いていたのだ。
その為に鉤爪も、発射出来なくなっていた。
ギルバートは動きの鈍った触手を、切り裂きながら女神の本体に近付く。
「ぞう…
ぞれで…」
良かった…
あなた達だけでも、生きて逃げ延びなさい
「うおおおお」
「あ…あ…
ごれで…
ぐがあっ」
「つまらんな
その小僧も殺せ」
しかし偽の女神は、さらに非情な手段を行った。
隙の出来た女神の身体を、さらに洗脳で操ろうとした。
外したケーブルを再度接続し、動力にエネルギーを送り込む。
「きゃははは
これで終われると思うなよ」
「く…る…てる…」
偽の女神の嬌声を聞いて、ミハイルは意識を取り戻した。
しかし身体は動かせず、拘束されていると気付く。
位階の上の者からの権限で、行動を制限されているのだ。
そうして女神が血の涙を流しながら、人間と戦う様を見せられていた。
「そ…な…
女神…様…」
「きゃはははは」
女神が再び襲って来た事で、ギルバートも反撃するしか無かった。
そして遂に、その剣が女神本体を捉える。
「あああああ…」
ガギン!
ギャリン!
ギルバートは次々と触手を切り払い、女神の本体に近付く。
ギルバートが天鎧の、竜の頭部に飛び乗った。
それに対して女神は、天鎧を削りながらも次々と鉤爪を撃ち込む。
天鎧が削れる事で、再びエネルギーが減り始めた。
これは偽の女神も、想定していない事だった。
「あん?
あれ?」
「これで…
止めだ!」
ガギン!
ズドッ!
遂に全ての触手が切り払われて、女神本体が天鎧から切り離された。
「くそっ!
これじゃあ動かせないか
分解しろ」
ポン!
承認しました!
天鎧は崩れて、徐々に分解され始める。
そして女神だった物は、そのまま上半身を地面に落としていた。
「あ…
ああ…」
ミハイルは涙を流し、女神の最期を見続けていた。
身動き一つも許されずに、ただそのまま見続けるしか無かった。
そして同時に、ギルバートと偽の女神への殺意が高まる。
「お…の…れ…」
「役立たずの鉄くずめ
止めを刺しに行くか」
偽の女神はそう言うと、女神が横たわっている場所に転移した。
この部屋の機能を使えば、楽に転移で移動出来るのだ。
偽の女神が去った部屋の入り口で、ミハイルは涙を流し続けていた。
その顔は憤怒に彩られ、パネルに映る光景を睨み続けていた。
偽の女神は気分が良かった。
ギルバート達は生き残ったものの、女神が壊れたのだ。
これで晴れて、全ての権限を彼女が行使出来る。
だからここで、少しだけ情報を開示してやる事にする。
その方がより絶望するだろうと思ったからだ。
「言語中枢が壊れているんですよ
それで言葉も話せなくなっています」
「言語中枢?」
彼女は少女の姿に変わって、ギルバート達の真後ろに立っていた。
最初二人は、彼女が声を掛けても気付かなかった。
「分かり易く言うと、言葉を喋る為に必要な物です
それが無いと、言葉を上手く喋れません
どうやら壊れてしまった様ですね」
「壊れたって…」
「ちょ!」
「彼女も機械です
壊れる事もあるでしょう」
「誰だ!
お前は!」
二人は彼女に気付き、警戒して身構える。
くふふふ
驚いている驚いている
どうせこれから殺すんだ
少しぐらい揶揄ってやろう
「誰だって…
あなた達もよく知っているでしょう?」
彼女は上機嫌で、ギルバート達を見る。
女神が何か言っているが、壊れてしまって上手く喋れない。
「あはははは
すっかり壊れちゃったね」
気分が良くて女神を上から見下ろす。
ずっとこうしてやりたかったんだ
いい気味ね
気分がスカッとするわ
彼女は嫌らしい笑みを浮かべて、女神にゆっくりと近付く。
「ふふふふ
あなた達はよくやってくれたわ
この女を…」
ドガッ!
倒れている女神の身体を、思いっ切り蹴っ飛ばす。
しかし金属の身体なので、思ったほどは飛ばなかった。
何よ
このまま蹴って遊ぼうと思ったのに
少女は不満そうに、女神の身体を足蹴にする。
「な!
何て事を…」
「あら?
この女は、あなた達を殺そうとしていたのよ?
それを庇うの?」
ギルバート達が女神を庇うので、彼女は再び不機嫌になる。
やっと真の女神になれたのに、自分にかしけずこうとしない者が居るのだ。
それを不満に思ったが、すぐに考えを改める。
ここで彼等を揶揄う為に、醜悪な笑みを浮かべる。
それから女神を嘲り、その身体を蹴り飛ばす。
予想通りに、ギルバート達はその行動に憤っていた。
それを見ながら、彼女は胸が空く思いをしていた。
やっとこうなれたのだ、精々苦しめながら殺そう。
絶望に落としてから、じっくりと嬲り殺すのだ。
「うふふふふ
あはははは…」
「く、狂ってる…」
「きゃはははははは…」
彼女の狂気を帯びた笑いに、ギルバート達は怯んでいた。
しかしアーネストだけは、少女を正面から睨んでいた。
アーネストには確信があったのだ。
だから女神と対峙した時も、最初は戦いを避けようとしていた。
「ギル
こいつが元凶だ」
チッ!
こいつ…何か勘付いている?
偽の女神は、アーネストの様子が落ち着いている事に疑問を持っていた。
「チッ
アーネスト
何でお前は平然としているんだ」
「それはオレが、お前の正体に気が付いているからだ」
「正体だ?
お前如きに分かるのか?」
「ああ、そうだ
アモンがヒントをくれた」
「はっ
どうせ私が、女神の偽者だとか言うんだろう?」
「そうだ
貴様は偽の…」
「残念でした♪
私こそが本物の女神なのさ」
「それは無い」
「どうしてそう言い切れる?
何か確たる証拠でもあるんだろうな」
女神の問い掛けに、アーネストは平然と偽者だと断言していた。
何が偽者だ
私は本物の女神よ
誰が何と言おうと、私が本物
本物なんだから
少女は苛つきながら、アーネストを睨んでいた。
ここで殺すつもりだったけど…
そうね
もっと苦しめてやりましょう
少女は何か悪巧みを思い付き、不意に視線を逸らした。
「止~めた
あんたつまんない」
少女はミハエルを呼び出すと、ギルバート達を適度に痛めつけて倒す。
それからもう一度、奥のメインコンピューターに戻った。
ここから各端末を弄って、魔物の群れを解き放つのだ。
そう思って少女は、コンソールを起動させる。
しかし何故か、権限は凍結されたままだった。
「え?
何で?」
「くふっ
はははは」
「何がおかしいのよ!」
「貴様は確かに、女神様を倒した
しかし女神様の方が、一枚上手だったって事だな」
「くそっ!
あの女め!」
「くはははは」
「きーっ!
こいつはこいつで、まだ自我が残っているし」
ミハエル自身は、ほとんど自我を失い掛けていた。
しかし女神を倒された光景を見た事で、少しだが自我を保っている。
簡単な命令は聞けるが、こうして時々自我を取り戻していた。
その事が腹立たしいが、これ以上の洗脳は危険だった。
自我が完全に壊れると、操り人形みたいになって役に立たないからだ。
「きーっ!
くそくそくそ!
どうして上手く行かない
ここまでやったのに」
「うはははは
ざまあみろだ」
「うるさい
黙れ!」
「うはは…
ぎが…ご…」
「くそっ
権限は奪った筈なのに
どうしてなのよ!」
カランカラン!
ポーン!
女神システム、Super Organic Root Navigation System No.001が破壊されました
引き続きNo.002が、女神候補として採用されます
少女が金切り声を上げている間に、世界の声からアナウンスが入る。
少女はそれを見て、改めて権限が移った事を確認する。
しかし肝心のメインコンピューターへのアクセスの、セキュリティーコードが外されていなかった。
これだけはプロテクトされて、解除コードを受け付けてくれない。
「むきーっ
何で!
何でよ!」
バンバン!
少女は金切り声を上げて、キーボードを激しく叩く。
「こうなったら…
あいつ等だけでも殺してやる」
少女はそう言いながら、硬く閉ざされたボタンを叩き割る。
そこには危険と書かれた、標識が記されていた。
まだまだ続きます。
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