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聖王伝  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第66話

ダーナの街は、深い悲しみに覆われていた

領主であるアルベルトの死が伝えられ、領民は喪に服していた

善政では無かったが、領民を愛し、守ろうとしていた彼の死は、深い悲しみと不安を与えた

ギルバートとアーネストの二人は、深い悲しみに打たれていた

二人の様子を見て、将軍と兵士も宿舎に入り、領主の死を確認した

その際に、いつの間にか入っていた人物が気にはなったが、将軍が止めて不問となった

明け方近くまで二人は泣いて、泣き腫らした目を隠す事も無く、領主の遺体を教会へ移動させた

ジェニファーも途中で加わり、教会の霊安室へ納める


教会の一室を借りて、ジェニファーとギルバート、アーネストは昨夜の話の続きをする事となった。

入り口には将軍が立ち、誰も入らない様に見張っている。

ジェニファーと将軍は、突然現れたエルリックに不信感を現したが、ギルバートがその説明をする。


「先ず、彼の事ですが…

 彼にはこの街に関して、幾度も助けられています

 ですので、決して怪しい…

 怪しいのか?」

「そうだな」

「おい!」


ギルバートとアーネストが擁護する筈なのに、早速怪しまれてしまった。

将軍が剣に手を掛け、ジェニファーも不審げに見ている。


「二人共酷く無い?

 私は使徒なんだよ?」

「その使徒が一番怪しいんだよな…」

「そもそも、なんで使徒が女神の決定に逆らうんだ?」

「それは…」


チャキン!

「殿下

 そいつは切っても宜しいですか?」

「ちょ!ちょと待て!」

「あー…

 切るのはマズい」

「こいつはベヘモットとは関係無いから」

「そうですか…」


二人の言葉に、将軍は不承不承といった風に剣を収める。


「それで?

 この御仁は何しに来やがったんですか?」

「言葉に気を付けなさい

 私は女神の…」

「自称使徒」

「ぐっ…」


「そもそも、フェイト・スピナーって何なんです?」


ギルバートが改めて質問する。


「我々フェイト・スピナーとは、元々は女神に選ばれた者を導く仕事をしています」

「選ばれた者?」

「導く?」


ギルバートとアーネストの言葉に頷き、エルリックは答える。


「ギルバート

 いや、アルフリート

 君は本来なら人類を導き、平和を齎す勇者である…筈だった」

「アルフリート…」

「ギルがアルフリート殿下とは、どういう事なんです」


将軍とジェニファーの問いかけに、エルリックは静かに語る。


「本来は英雄王の血に連なり、勇者として産まれたんですが…

 女神が何を思って神託を下したかは分かりません

 しかし、女神は確かに王子の力を恐れ、産まれた日に殺す様に神託を下しました

 それは間違いありません」


「私は旅先でその報を聞き、直ちにハルバートに面会しました」


一同は押し黙り、話の続きを待つ。


「私は女神の祝福の代わりに、呪いを受けて苦しむ赤子を見ました

 それが彼でした」

「しかし、ギルは私の子

 私には確かにその子からその命の鼓動を感じています」

「そうですね

 彼の中には、ギルバートの魂も入って居ます

 ですから、あなたが息子と感じるのは間違いではありません」

「魂?」


「話を戻しますね

 私は呪いの進行を食い止める為、唯一の方法を提示しました」

「それが…邪法?」

「ええ

 古代の魔法の力で、その生き物の時間を止める

 一度止めた時間は、代替えになる命が無ければ解けません」


エルリックは小さな護符を取り出し、それを見せた。

それは神々しい輝きを放つ、見た事も無い金属で作られた、羽ばたく鳥の形をした護符であった。


「これは嘗ての古代王国、ミッドガルドの国王イチロー王が作られた護符です

 時止めの秘宝と呼ばれ、一度だけ対象の生き物の時間を止めます

 彼の王はこれを用いて…今も眠り続けて居ます

 女神との約束を守る為に…」

「そんな凄い物なのか?」

「ええ

 私は直接会った事は有りませんが、先代のフェイト・スピナーから教わりました」


護符は妖しく輝き、その力を見せつける様であった。


「それで

 オレが生きているのは?」

「ああ、そうそう

 あなたが眠りに着いてから2年、その血を色濃く持ったもう一人の子供が産まれました

 それがギルバートです」


「ギルバートが産まれた時、女神は大いに驚いた様ですよ

 すぐさま殺す様に申し伝えました

 アルフリートほどでは無いが、十分に脅威と感じたのでしょうね

 そして、女神は今度は、実力行使に及びました

 使徒の一人を動かし、その子を殺させました」

「そ、そんな…」


ジェニファーは血の気を失い、倒れてしまう。

ギルバートが慌てて駆け寄り、横に座って支える。


「続けて宜しいかな?」


ギルバートはエルリックを睨むが、ジェニファーがその手を取って止める。


「良いの

 聞かせて」

「母上…」


「それでは…

 私はその場に居ませんでしたが、アルベルトは相当怒っていましたね

 産まれたばかりの息子を殺されたんですから、当然でしょう」


「聞いた話で申し訳ありませんが…

 その子供の魂を使い、ガストンとヘイゼル二人がアルフリートの蘇生を試みました

 これも邪法になりますが、二人の協力があって無事に魔法は解けました

 副作用が有りましたがね」


「副作用って何ですか?」

「そんなに簡単に、解ける物なんですか?」


「それについては…

 偶然なんだよね」

「え?」


「死んだギルバートの身体から取り出した魂が、女神の呪いを受け止めて…くれて?

 君の身体の中で定着したのは奇跡だ…」

「ふざけるな!」

「何だよそれ!」


ギルバートとアーネストは激昂する。


「では…

 ギルは?

 ギルは…」


ジェニファーはシヨックを受けて、震えながらギルバートの方を見詰める。

その手は震えながらも、ギルバートの頬に触れる。

はたとジェニファーの眼から涙が溢れ、微笑を伝い流れ落ちる。


「くそっ

 胸糞悪い」


将軍が怒りも露わに壁を殴る。


「それじゃあ、何か?

 女神様の都合で、産まれたばかりの子供が殺され

 今も殿下の中に居るってのか?」

「それも、呪いは残って…だね?」


将軍の言葉に、アーネストが続ける。


「あれ?

 でも、アーネスト

 お前の師匠が呪いを…」


ギルバートが気が付いて、アーネストに尋ねる。


「ん?

 師匠は確かに呪いをどうにかしたみたいだが…

 まだ残っている筈だ

 昨晩も見ただろう?」

「そうですね

 呪いは確かに封じられています

 ギルバートの意思や感情と共に、君の身体の奥深くにね」


エルリックはそう呟きながら、ギルバートを指差す。


ドックン!

「ぐ…があっ」


エルリックに指差された瞬間、ギルバートは苦しみ始めた。

全身が鈍く輝き、腕に痣が浮かび上がる。


「ギル、ギル

 大丈夫?」

「ぐうう

 ころ…しね…」


昨晩の輝きと違い、どす黒く鈍い光が全身を覆い、痣は赤黒く脈打つ。

その吐く息は黒く、瘴気を帯びた様に不気味で、ギルバートを禍々しく見せた。

その姿に他の面々は血の気が引いた。


パチン!


エルリックが指を鳴らすと、ギルバートから禍々しい気が失せて、ガクリと力を失う。


「ギル、ギル」


ジェニファーがギルバートを支えて肩を揺する。


「う、うう…」


「これが副作用

 君の師匠は、確かに優秀だった

 アルフリートの中にギルバートは無事に封じられた」


「しかしね

 そのギルバートが憎しみや負の感情を一心に請け負っているんだ

 常に負の力に冒されて、いつ表に出て暴走するか分からない

 身に覚えは無いかな?」


「負の感情?

 しかし、部隊の兵士達も罹っていたが?」

「ああ

 確かに魔物に影響されて、負の感情に囚われる者は居るだろうね

 でも…彼の場合はもっと危険だ

 爆発したら、辺りの動く者全てを滅ぼそうとするだろう」


「そんな…」

「嘘だろ?」


将軍とアーネストは信じられ無いと思ったが、ギルバートは黒い感情の爆発に覚えがあり、その言葉に戦慄を覚えた。


「そこでこれだ!」


エルリックは先ほどの護符を掲げる。


「効果は低いが、この護符の力を借りれば、多少なりとも抑えれると…思う」


エルリックは護符を放り、ギルバートはそれを受け止める。


「ガストンが抑えた封印

 このまま壊すワケにはいかないから…

 君が制御出来る様になる、その時まで身に着けておきなさい」


ギルバートは護符を見て、少し考えてから身に着けた。


「今のまま暴走させたら…

 人類を救う筈の勇者が覇王に成り兼ねない

 気を付けてくれ」

「覇王…」

「人類どころか、全ての生き物を破滅に導く暴力の覇者

 それが覇王」


アーネストの言葉にエルリックが注釈を加える。


「女神の使徒は、依然君を覇王にする機会を窺がっている

 先の侵攻もその一端だ」

「ベヘモットですか?」

「いや

 今回は他の使徒だと思う

 ベヘモットはどちらかと言うと、女神の行動に不審を抱いてる

 しかし、使徒は他にも居る

 気を付けたまえ」

「あんなのがまだまだ居るのか…」

「そうなると、まだまだ魔物が…」


アーネストと将軍は溜息を吐く。

ギルバートの事を聞いた後に、更に別の問題を聞いて頭を抱える。


「私も協力してあげたいのですが…

 私も女神の使徒です、表立っての協力は出来ません

 申し訳ありませんが、みなさんで頑張ってください」


エルリックそう言うと、立ち去ろうと窓の方へと向かう。


「エルリック

 散々助けられてなんだが…

 どうしてあんたは、オレ達を助けてくれるんだ?」

「そうだよな

 女神様の指示ではないんだよな?」


アーネストと将軍が尋ねる。

ギルバートも気になって質問する。


「そうだよ

 何で女神様に逆らってまで、オレ達を助けてくれるんだ?」


「あー…

 私が…人間を、アルベルトやあなた達を気に入ったのもあります」


エルリック4人を順々に見る。


「女神の命令とはいえ、我々使徒があなた達を傷つけたのは間違いありません

 その贖罪の意味もありますね」


「後は…」

「後は?」


ギルバートが聞き返す。


「これは…

 すいません、まだ言えません

 ただ、私も夢が、守りたい物が有ります

 ですから…あなた達に共感したんでしょうね」


そう言うと、エルリックは頭を振ってから、片手を挙げる。


「また、お目に掛かりましょう

 それまでお気を付けて」


そう言って窓際で姿を消す。


「行ってしまったか…」

「ええ」

「本当、良く分からない奴だ」


三人が感想を述べた後、溜息を吐く。


「ギル…

 いえ、アルフリート殿下」

「母上、それは…」

「いえ、けじめは必要です

 私は確かに…あなたを育てたわ

 でも、あなたはこの国の王子

 全てが明らかになった今、あなたは王子として行動すべきです」

「それでも…」


「母と慕ってくれるのは、嬉しいわ

 でもね、アルベルトの為にも、あなたは王子に戻ってください」


ギルバートは言葉に詰まった。

アーネストが肩を叩く。


「焦らなくても良いとは思う

 それでも、慣れて行きましょう

 公の場だけでも」

「アーネスト…」


「そうですよ

 殿下が生きておられた

 王にとっても喜ばしい事です」

「将軍…」


「ただ、発表は少し待ってください」

「え?」

「アーネスト?」

「どういう事だ?」


アーネストは国王の命令が書かれた書類を取り出した。


「アルベルト様からも命令がありました

 王都に向かい、国王に会います

 王子と言う発表はそれからになります」


「なるほど…

 それまでは秘密にするのか」


将軍が呟く。


「では、アルベルトの葬儀はどうするの?」

「ギルバートとして、嫡男として出席していただきます

 その方が対外的にも宜しいでしょう」

「そう…

 分かりました」


「将軍

 その様にお願いします」

「分かった

 葬儀の手配はオレがしておこう」

「お願いします」

「頼みますよ」


アルベルトの葬儀の手配と、ギルバートの秘密を守る事が決まり、各々で準備を行う事になった。

ギルバートとアーネストは葬儀の準備に掛かり、将軍も各種手配に向かった。


そうして三人が出た後に、ジェニファーはもう一度夫の顔を見に向かった。

これから、二人の娘に父の死を伝えなければならない。

その責任に重い気分になるが、娘の事を思い気持ちを切り替える。

最期にもう一度、愛する人にキスをして、領主夫人はその場を立ち去った。

ちょっと説明的な部分が多くなりました

後程修正するかも知れません

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