第65話
父親が意識を回復したと兵士が駆け込んで来た
状況は良く分からなかったが、二人は取る物も取り敢えず宿舎に向かった
ギルバートは父親が快復したと思い、喜んで急ぎ足になっていた
兵士を急かしながら、ギルバートは宿舎に向かった
ギルバートは兵士に容体を聞いたが、兵士は報せを聞いただけで詳細は知らないと答えた。
ギルバートは希望に笑顔になっていたが、アーネストは不安で顔を曇らせていた。
燃え尽きる蝋燭の様に、死に瀕した者は一時的に回復する
違っていれば良いのだがと不安に思った
「それでは、貴方は父上の容体を知らないんですね?」
「はい
領主様が意識を取り戻されたので、殿下を呼ぶ様に将軍に言われました
それ以上は知りません」
「そうですか…」
そう答えながらも、ギルバートは意識が戻った事に安堵していた。
そんなギルバートの横顔を見て、アーネストは何も言えないでいた。
アーネストは不安を振り払う様に、首を振った。
大丈夫だ
きっと大丈夫だ
ギルにはまだあの人が必要なんだ
三人は宿舎の間を走り抜け、領主の居る宿舎の近くまで来た。
そこで三人の前に将軍が近付き、静かにする様に伝える。
「夜分遅くにすみません
事は急を要する事でしたので」
「いえ、将軍
それで、父上は!」
「しーっ
静かにしてください
大きな声は堪えますので」
「あ…」
「ギル
今は落ち着いて、な」
ギルバートは逸る気持ちを静めて、深呼吸を繰り返す。
「落ち着いたか?」
「あ、ああ…」
「それでは
領主様に面談していただきます」
「はい」
将軍は静かに呟くと、宿舎の前に二人を連れて行き、静かにドアを開ける。
ギルバートも静かに返事をすると、唾を飲み込む。
静かに開け放たれたドアの向こう、ベットの枕元にはジェニファーが立ち、赤く腫らした目を俯けていた。
静かにギルバートの方へ見上げると、静かに手招きをした。
ギルバートは黙って頷くと、ゆっくりと室内へ入って行った。
ジェニファーは優しくギルバートを抱き締め、思わず呻く。
「ギル…
う、うう…」
「母上?」
将軍が静かに近付き、ジェニファーを支えながら椅子に座らせる。
ジェニファーは大きな声を上げない様に、必死に嗚咽を堪える。
室内に嗚咽を堪える声が響き、アルベルトが薄っすらと目を開ける。
「ち…父上」
ギルバートも一瞬声を上げそうになり、慌てて声を抑える。
「ギ…ル…」
「父上…」
「ワシは…な…が…ない」
「え?」
「しょ…るい…こく…う
たの…む」
「廃嫡と代行の書類は送らせていただきました
返事も頂いております」
いつの間に隣に来たのか、アーネストが代わりに答える。
「はいちゃ…」
「奥方様!」
大声を上げて立ち上がるジェニファーを、将軍は慌てて止める。
アルベルトはアーネストに頷いていたが、ジェニファーの声に苦しそうに顔を顰める。
ギルバートは慌ててワタワタと手を振り回して、アルベルトの顔を見る。
横でアーネストが黄色い粉を取り出し、手で捏ねながら呪文を唱える。
魔法が効いたのか、アルベルトの苦悶の表情が和らいでゆく。
「くっ…はあ…はあ
すま…ない」
「いえ
これで暫くは…
しかし時間の問題です」
アルベルトは頷き、ジェニファーを枕元へ手招く。
「あなた…」
「ジェニファー、ギルバート
話しておく事が、ある」
「何もこんな時に
お元気にな…」
「いや
ワシはもうすぐ死ぬ
アーネストの処方したのは痛みを消す魔法薬
これは死に瀕した者にだけ効果がある」
「な!
この逆賊!」
ジェニファーはアルベルトの言葉を聞き、アーネストをキツく睨む。
それをアルベルトは窘めて話を続ける。
「止しなさい
この子はワシの為に時間をくれた
薬が切れる前に、手短に話そう」
「そんな…」
「父上…」
「アーネストに頼んでおいたのは、ギルバートの廃嫡と新たな領主となる者を立てる事
その為に、既に後任の領主を代行に寄越す様に書類を用意しておいた」
「何故ですの?
何故ギルが廃嫡ですの」
「それは後で、今は話しておらん事を伝える」
「あなた!」
「頼む、ジェニファー
聞いてくれ
ワシの最期の…最期の…ゴホゴホ」
「マズい!」
アーネストが再び近付き、薬と呪文を唱える。
「ふう
これで暫くは落ち着きますが、あまり興奮させないでください
薬の効き目が短くなっています」
「すまん」
アルベルトはゆっくり息を吐き、再び話始めた。
「ジェニファー
このお方はアルフリート殿下だ」
「え?」
ジェニファーは言葉の意味が理解出来ず、目を見張って驚いた表情で夫を見た。
「ワシ等の息子は
本物のギルバートは、生まれて間もなく息を引き取った」
「え?
嘘でしょ…」
「嘘ではない」
「でも、この子には私の…」
「そう
お前がそう感じるのは当然だ
ワシも最初は信じられなんだ
この子の中には、確かにギルバートの魂も宿っておる」
「そん…な」
ジェニファーは力無く崩れ落ち、その場に座り込んだ。
「うそ…
うそ…」
譫言の様に繰り返し、目の焦点が合わなくなる。
将軍が優しく支えて立たせ、そのまま手を引いて部屋から連れ出す。
「あいつには、後で話してやってくれ」
「はい」
「必ず」
アルベルトは頷くと、ギルバートの眼をしっかりと見詰めて話す。
「思えば、不思議な体験だった」
「アルフリート殿下
これからワシが話す事をしっかりと胸に刻み込んで、よく考えて行動してください」
「はい」
アルベルトはどこか懐かしむ様に、思い出しながら語る。
「本当なら、ワシも一緒に、ハルと語る予定でしたが…
ワシの知り得る限りを、伝えます」
「あれは…
あなたが産まれた日から始まりました」
「あなたが産まれた時、あなたは痣を持って産まれました
救国の王、その者の宿命を示す聖なる痣、それを胸に受けて産まれました」
「痣?
オレにはそんな物は…」
ギルバートは思い返してみたが、そんな痣は胸には無かった。
「それは帝国の初代皇帝、カイザードの持っていた物」
「そして…
古代王国の建国者、ミッドガルドのイチロー国王が遺した物です」
「古代?」
「王国?」
二人はその言葉を理解しようと飲み込む。
歴史や伝承に出て来る、幻の古代魔法王国。
魔物を従え、世界の半分を治めたという伝説の王の事だ。
女神に逆らい、一夜にして消えたとされる幻の古代王国。
急に現れたその王国の話が、何故今関わるのか?
「あなたには、その二つの宿命の血が流れております」
「オレに?」
「ええ
正確には、ワシやハルもその末裔です
あなたはその血を色濃く受け継ぎ、産まれました
ゴホゴホ…」
「アルベルト様…」
アーネストが三度呪文を唱えて、魔法を掛け直す。
「アーネスト
何とかならないのか?」
「無理だ
これは痛みを誤魔化すだけの呪文だ
寿命は…既に」
「良いんだ
続けさせてくれ」
ギルバートは泣きそうな顔をしてアルベルトの手を握る。
女神に対して、言い知れぬ怒りが込み上げる。
沸々と湧き上がる怒りに、身体が熱くなってくる。
その余熱が伝わったのか、アルベルトが呻く。
「う、うう…」
「父上」
アルベルトがそう呟いた時、軌跡が起きた。
ギルバートの身体がボウっと輝き、腕に痣が浮かび上がる。
そこから輝きが伝わり、アルベルトを包む。
「う…
痛みが?
薄れる?」
「これは?」
「痣が輝く?」
アルベルトは身を起こし、ギルバートの手を握ったまま見詰める。
「やはり伝承の通りです
アルフリート殿下、あなたこそ救国の英雄
聖なる王の後継者です」
「この痣が…」
「不思議な輝きだ
心が落ち着いて、不安や悲しみが押し流される様だ」
「恐らく、この輝きがワシに最期の力を与えてくれています」
アルベルトは頷き、静かにギルバートを見詰める。
「しかし…」
「しかし?」
「女神はこの力を恐れました」
「女神様が?」
「ええ」
「アルフリート殿下が産まれた時、女神はある神託を下しました
これから産まれるであろう痣を持った子供
その子供は世に災いを齎す
早急に見つけ出し、殺す様に…と」
冷水を掛けられた様な気がして、その場が静まり返った。
「ころ…す?」
「赤子を?」
「ええ、そうです
女神からの神託です」
それは信じられ無いことであった。
慈愛と平和を望む創世の女神が、産まれたばかりの赤子を殺せと命じたのだ。
「何かの間違いでは?」
「ワシもハルもそう思った
だが、何度問い合わせても、神殿からの答えは変わらなっかった
そして…使徒が来た」
「使徒?」
「そう
あなたもよく知っておられる、あの使徒です」
「そこからは、私が話そう」
窓際から人影が現れて、静かにベットに近付く。
「フェイト・スピナー…」
「エルリック…」
アルベルトとギルバートはその者の姿を凝視する。
トレードマークの赤い帽子を脱ぎ、恭しく礼をして、エルリックは枕元に跪く。
「アルベルト
よく頑張って話しましたね」
「ふん」
「あなたの寿命は既に尽きています
この子の力で留まっていますが、このままでは…アンデット化しますよ」
「ギルの力って、この輝く力か?」
「ええっと
正確には違います
アルフリートが受けている反魂の邪法の影響ですね」
「反魂?」
「邪法?」
ギルバートは訳が分からず、アーネストは邪法の響きが気になった。
「アルフリート殿下は…
死ぬ筈でした
女神から受けた呪いで、死んだ筈でした」
「呪い?」
ギルバートは呪いと言う言葉を、アーネストから聞いた事を思い出した。
そして、それが女神様の仕業と聞いて、再び驚いた。
「そうですね
ガストンとヘイゼルが私の言葉を信じてくれたのは行幸でした」
「何が行幸なものか
そのせいで、アルフリート殿下は成長も死ぬ事も出来ずに、ただ時間から切り離されていたんだぞ
その間にハル達がどんなに苦しんだか…」
「しかし、そのお陰で彼は生き残れました
犠牲は大きかったのですが、彼が生きている事が重要なんです」
「くっ
それは…そうだが」
「あなたはよくやってくれました
この子を我が子として育て、ここまで真っ直ぐに育てました
誇って良いと思いますよ」
「ふん」
アルベルトはそっぽを向くが、その頬は照れてか赤くなっていた。
「さあ、アルフリート
あなたの初めての試練です」
「試練?」
「何をさせる気だ?」
アーネストは身構え、厳しくエルリックを睨み付ける。
「なあに、簡単な事です
ただし、覚悟してください
これを失敗すると、彼は輪廻の輪から外れ、アンデットして永遠に彷徨う事になります」
「アンデット…」
「止めろ
やるならオレがやる」
「アーネスト…」
「アーネスト君
君が彼を父の様に慕うのは勝手ですが、これはアルフリートにしか出来ない仕事です」
「な!」
「アーネスト?」
「アルベルトはそのつもりは無かった様ですが、親の居なかった彼には、あなたが父の様に慕える大切な人になっていたんですよ」
「くっ」
アーネストは顔を顰め、アルベルトから視線を外そうとする。
しかし、アルベルトはそんなアーネストを優しく見ると、微笑んで片手を差し出す。
「そうか
いつの間にか、ワシには二人の息子が居たんだな」
「アルベルト様…」
アーネストは悔しそうに顔を歪めていたが、アルベルトの差し伸べた手を取ると、両の瞳から止め処も無く涙が溢れた。
「お前達は…
ワシの自慢の息子達だ」
二人はアルベルトの手を取り、一頻り涙を流した。
「それでは、時間もありません」
エルリックが厳かに宣言する。
二人が手を放すと、アルベルトは急に苦しみ始める。
「ぐ、うう
くう…」
「アルベルト様!」
「父上!」
「ダメです
今は彼の生き様を、その眼に焼き付けなさい!」
思わず伸ばした手を、二人は力なく垂らす。
「ここまで来ては、魔法でも痛みは消せません
それに、アルフリート
君の力が暴走しているとは言え、そのまま力を使うと君も父上も、闇の呪力に蝕まれますよ!」
そう言って、エルリックはギルバートの肩を叩いた。
ギルバートは力が抜けた様に崩れ、その場に座り込んだ。
「何をした!」
「暴走した力を抑えました
幸い覚醒していなくて良かったです」
「う…あ…」
ギルバートは急に力が抜けて、声も出せなくなっている。
「さあ
二人で看取ってあげなさい」
エルリックがそう優しく囁き、アルベルトの側に近付く。
「アルベルト
あなたは良くやりました
後は二人に任せて、安心して逝きなさい」
「ぐ…あ…
は…」
最期にアルベルトは目を見開き、二人に優しい眼差しを向けると、静かに息を引き取った。
「ち、父上…」
「アルベルト様…」
「さあ、もういいですよ
今はお泣きなさい」
エルリックが優しく二人の肩を叩き、二人は声を上げて慟哭した。
二人の泣き声は夜明けまで続き、ダーナの街を悲しみに包んだ。
ここにダーナの領主、アルベルト・ダーナ・クリサリスはその生涯を閉じた。
ちょっと私用がありまして、更新が遅れました
楽しみに待って居たみなさん、すいませんでした




