第62話
領主邸宅に戻ったギルバートは、母親に事態を話した
母親は最初は気を失いかけて、取り乱していたが、娘の為に気丈に努めていた
そんな母親の強さが、ギルバートには頼りになると思えた
自分一人では、この重圧に耐えられそうに無かったからだ
夕食まで少し寝て、ギルバートは頭がスッキリした気がした
父親が倒れたのは思った以上に堪えた様だ
それにこれからの領主代行としての務めが、予想以上に重圧に感じていた
いくら領主の息子と言っても、まだ11歳になったばかりだ
これから領地経営を学ぶ筈だったのに、頼みの綱の父親が倒れたのだ
ギルバートは父親の執務室へ向かう。
先ほどは、ここで出生の秘密を明かされた。
その衝撃が収まろかという時に、魔物が侵攻して来た。
だから、王都へ向かう計画等も棚上げされたままだ。
「父上…」
ギルバートは執務机に座り、目の前の書類の束に手を伸ばす。
何気なく手に取ったが、それは今必要な重要な書類だった。
「何だ…これ」
慌てて書類の束に目を通す。
必要に応じて、書類を3つに分けてもう一度目を通す。
何度見ても結果は同じだった。
1つ目は、ギルバートが王都へ旅立つ計画の草案であった。
廃嫡の許可と後継者の選定を嘆願する書類。
特に後継者に関しては、かなり前から考えられていた様で、書類も古い物だった。
「ダーナ領主の後継者として、王都の貴族から選定する
これは既に決まっていた事なのか?
それに…」
その貴族は国王の選任となっているが、未婚の若い貴族が選ばれる事になっている。
場合に依っては、アルベルトを公爵として、その娘を婚約者として差し出すとまで書かれていた。
アルベルトは立場上侯爵の爵位を受けている。
それを一等上げて、より王家に近付ける物だ。
これはアルベルトの功績と、ギルバートと引き離す事への贖罪と書いてあった。
つまりは、王宮で公式に会える様にとの、国王なりの配慮であった。
「そうか…
国王はオレと父上の事を考えてくださっていたんだな」
もう一つの書類は、選定された貴族の子息の情報が書いてあった。
素行の問題で除外された者も上がっている。
しかし、どれも自分より年上ばかりで、妹の婚約者と考えると複雑な気分になった。
こんな奴等に、妹をやりたくないな…
父子までは行かないにしても、大人と子供だろ?
それに、正妻にするにしても、そんな子供を本気で愛せるのか?
ギルバートは気付いていなかったが、既に廃嫡となるし、そもそも血が繋がっていない。
昨日の時点で、ギルバートとフィオーナは兄妹では無くなっていた。
それを考えると、この考えは余計な口出しだし、ギルバートには関係の無い事であった。
3つ目の書類を見る。
そこには後継者として選ばれた者の名前と、国王に提出する書類が纏められていた。
これを王都へ送れば、1月程で後継者が着任し、引継ぎを受ける手筈になっていた。
父上が倒れた以上は、この書類に状況を追記して送るべきだろうか?
そうすれば、当面はその貴族の子息にダーナの領主代行をお願いできる
その後は…国王と会談してからになるだろう
父上が健在であっても、同じ考えであろう
ギルバートは書類に追記として、先の戦闘の被害と父の容体を記した。
そうして、書類を執事に託そうとベルを手にしたところで、母がどこまで知っているかが気になった。
一度母親と相談しようと思い直し、書類の束を机の上に置いた。
そして他の書類に目を通し始める。
領地での今年の前半での作量と収穫量の記録。
各ギルドからの税収と使用料の記録。
数字と記録だけなので、読んでも分からないが、追加で挙げられた魔物の被害報告と、魔物から得られた素材の金額は比較出来た。
結果としては、魔物の被害額よりは収益の方が大きく上回っていた。
しかし、それは金額という数字上の収支でしかない。
「結局、魔物から得られる物は大きいが、人口は確実に削られている
このままでは人口は減少の一途か…」
人口増加計画や移民優遇政策の草案も置いてある。
これも直前まで書いてあった形跡がある。
父親は忙しかった様だ。
書類を片付けていると、ドアがノックされた。
コンコン
「坊ちゃま
御夕食の用意が出来ました」
執事の声が聞こえた。
流石はハリスだ、ここに居るのを知っていたのだ。
ギルバートは返事をして、部屋を後にした。
「分かった
すぐに行く」
食堂に向かいながら、ふとホールに目をやる。
昼前は、ここでアーネストとバカ騒ぎをしていた。
それなのに、たった数時間でこの有様だ。
父親は倒れ、街への被害も甚大だ。
おまけに、自分に出生の秘密があったなんて、まるで詩人の物語の主人公の様だ。
ホールは昼過ぎには閉鎖され、片付けも終わっていた。
残った料理は、恐らく使用人の家族や孤児院へ届けられただろう。
急な事で、パーティーも途中でお開きになったからだ。
静まり返ったホールの前を通り過ぎ、ギルバートは食堂へ向かった。
食堂では母親と妹二人が待って居た。
「ギル
お加減はどうです?」
「はい
少し眠りましたので、良くなりました」
「そう、良かったわ
あなた、帰った時は真っ青な顔をしてたから、心配したわ」
ジェニファーはそう言いながら、溜息を吐く。
無理もない。
夫は意識不明の重態。
見舞いに行く許可も下りていない。
その上、息子もショックで落ち込んでいた。
気丈に振舞い、息子を励まそうとしていたが、内心は夫の元へ駆け付けたいのを必死に堪えていた。
「お兄ちゃん
大丈夫?」
「兄様?」
二人の妹も、不安そうにギルバートを見上げる。
「大丈夫だよ」
ギルバートは微笑み、二人の頭を撫でる。
「お父様はまだお帰りにならないの?」
「忙ちいの?」
次に、帰らない父親に不満を現し、頬を膨らませる。
仕事が忙しくて帰れないと、二人には嘘を伝えていた。
真相を語るには二人は幼く、心配を掛けさせたく無かった。
「仕事が片付いたら、また戻って来られるさ
それまで二人は、いい子にしてられるかな?」
「はい」
「もちろんです」
フィオーナは元気に返事をし、セリアもハッキリと返事をした。
ヨシヨシと頭を撫でると、ギルバートは二人の為に椅子を引いた。
二人を座らせると、ギルバートも席に着く。
やがて食事が始まり、今日の夕食は静かに行われた。
二人はあまり会話の無い夕食が退屈だったのか、食事を終わらせるとすぐに自室へ向かった。
取り残された二人は、聞かれては困る相手が居なくなったので、領地の話を始めた。
「ギル…
父上の事ですが」
「はい
暫くはオレが代行をします」
「ええ」
そこでジェニファーは躊躇うが、最悪を想定して言葉を続ける。
「その事ですけど
いっそ誰かに頼みませんか?」
「領主代行の件ですか?」
「ええ」
「考えたくも…無いんだけど
もし、もしアルベルトに何かあったら…
どうすれば良いのか」
「そうですね
先ずは今の状況を国王にお話ししなければ」
「そうねえ」
食器が下げられ、食後のお茶が用意される。
メイドが礼をして下がり、代わりに執事が入って来る。
「失礼します
アーネスト様がいらっしゃってます
如何いたします?」
「こちらに通してくれ
それとお茶の用意も頼む」
「はい
それでは」
執事は礼をして立ち去る。
代わりにメイドが来て、用意していたのかお茶を置いて下がる。
入れ替わる様にアーネストが入って来て、ジェニファーに礼をする。
「夜分遅くにすいません」
「それで?
あなたが来たのは何の用?」
息子と今後の事を話していたのに、部外者のアーネストが入って来たので、ジェニファーは幾分か不機嫌そうに尋ねる。
「アルベルト様より、以前から頼まれていた事を果たしに来ました」
「おい!
アーネスト!」
ギルバートは出生の事かと思い、止めようとする。
ただでさえ夫の怪我でショックを受けている、その上その話をするのはマズいと思った。
しかし、アーネストは片目を瞑って合図をすると、そのまま話し始めた。
「領主様は以前より、ご自分の身に何かが有った際に、国王に連絡を取り、その是非を問う様にと仰っていました」
「それは、本当の事でしょうね?」
「ええ
何なら、領主様が元気になられてから、改めて確認されても宜しいですよ」
アーネストは本当か嘘かも分からない事を、さも何事も無い様に言った。
アルベルトが快方に向かった様子も無いし、そんな話がされていたかも怪しい。
それでも、今の言葉は状況を改善する一番の手に思われた。
「具体的に、どのように相談するつもりだ?」
「そうだねえ
先ずは正直に、領主様は魔物との戦いで重傷を負われ、意識不明だと記すべきだね
それが無いと、国王には火急の案件として通らないだろうから」
「ふむ
それで?」
「城壁の件と兵力の不足の件
それと…代行の貴族を選任する嘆願書も欲しいかな?
今の状況では、経験の有る貴族の手が必要だろう」
「それは、貴方の口を挟む様な事では無いわ!」
ジェニファーは思わず大きな声で反論する。
幾らこれまでの功績が有るとは言え、アーネストの言葉は出過ぎた発言と思ったのだろう。
しかし、ギルバートはその発言を推した。
「そうだな
経験が無いオレがとやかく言うよりは、経験の有る貴族が代行する方が、領民も納得するだろう
それに…
アーネストの見立てはどうなんだ?」
ギルバートの言葉に、室内に張り詰めた空気が漂う。
ジェニファーは口をキッと結んで堪えているが、今にも怒りで爆発しそうだ。
「良いのか?」
「ああ
正直に頼む」
「そうか…」
アーネストは小さく息を吐くと、小声で呟いた。
「正直…3日ももてば良いだろう
ジェニファー様には明日から病室に待機してもらうつもりだ」
「ひっ!」
ジェニファーが気を失い、ギルバートは慌てて駆け寄る。
ギルバートは執事とメイドを呼び、母親を寝室へ運んでもらった。
二人になったところで、ギルバートはアーネストに提案する。
「すまないが、見て欲しい物がある」
「ん?」
ギルバートはアーネストを連れて執務室へと入る。
「良いのか?」
「ああ
これを…お前に判断してもらいたい」
ギルバートは例の3部の書類の束を渡す。
アーネストはソファーに掛けて書類の束に目を通す。
「ふむふむ
大体は分かった」
「そうか」
「やはり、アルベルト様は事前に考えていた訳だ
それがここに書かれている
当然…お前も読んでいるんだよな?」
「ああ
さっき目を通したよ」
「なら、後はコレを送るだけだな」
「そう…なんだよな」
「?」
「そうなんだが
妹を知らない男に差し出すのは…
それもオレより年上のだぞ!」
「え?
…ギル?」
「フィーナが可哀そうだと思わないか?」
「貴族だと当たり前なんだが?」
「そうだとしても…
お前はどう思うんだ?」
「うーん
フィオーナちゃんが幸せになれれば、それで良くね?」
「…」
「それに、この子爵
なかなかな切れ者で、彼に任せるならダーナも安泰じゃないか?
何が不満なんだ?」
「可愛い妹が、おっさんに嫁ぐんだぞ…」
「ああ!
そこか!」
「確かに、嫁ぐ頃にはおっさんと若い娘だな
だが、それならば、それまでに婚約破棄にさせれば良い
お前はこれからおう…むぐ」
「馬鹿!
それは軽率に言うな」
ギルバートは慌ててアーネストの口を押える。
「むぐむぐ」
「誰かに聞こえたらどうするんだ!」
「むうー!むむう…」
「今知られるのは…ん?」
気が付くとアーネストの顔は蒼くなり、ぐったりとしていた。
「わあ!
すまん!」
ペシペシ!
「死ぬな
死なんでくれ」
ビシ!バシ!
「ぐはっ!
殺す気か!!」
「すまん…」
ギルバートはその後暫く怒られた。
そして、アーネストの意見が押し切られる形で決まった。
書類はアーネストの使い魔で送る。
これなら王宮まで1日で着くだろう。
送り先は王宮魔術師宛てになっている。
どうやら、以前に会う機会が有ったらしい。
アーネストが手紙を添えて、使い魔の鳥の足に括り付けた。
「この書簡が有れば、王宮まで一つ飛びだ
あの人なら国王に渡してくれる」
「随分信用しているんだな?」
「ああ
師匠の兄妹弟子だった人だ
ギルは病気だったから会えていないんだよな…」
「そうなんだ」
アーネストは執務室の窓を開けると、使い魔を解き放った。
使い魔は初夏の夜を、一路王都へと向けて飛び立った。
ダーナの希望をその翼に載せて。
王都への旅立ちまで、もう一波乱があります
出来ればもう一本、今日中に上げたいです




