第61話
魔物は討伐出来たが、被害は大きかった
街を守る城壁は一部が崩され、守備する兵士も多くの者が命を落とした
魔物は居なくなったものの、いつ他の魔物が現れるか分からない
将軍は崩れた箇所の見張りも決めて、一先ず宿舎へ向かった
崩れた城壁の向こうで、ギルバートは横になっていた
隣には兵士が立ち、周囲を警戒している
ギルバートは力を出し尽くし、その場で寝ていた
正確には気を失っていたのだが、兵士は気付かずに起きるのを待っていた
「う、うう…」
ギルバートは呻き声を上げ、頭を振りながら起き上がった。
地面に寝ていたのもあるが、スキルの乱発のツケなのか?全身に倦怠感を感じていた。
「オレは…」
「殿下、気が付かれましたか?」
「寝てたのか?」
「はあ、多分
戦いの後に来てみれば、殿下は休まれていましたので…」
「そうか
見張ってくれてありがとう」
「はい」
ギルバートは兵士に礼を言うと、崩れた城壁を潜って中へ入った。
中へ入ると、既に負傷者は運ばれた後で、亡くなった兵士の死体が並べられていた。
よく見ると上半身だけの者もあり、下半身は食べられたと思われた。
遺体の欠損が激しく、オーガは戦闘中でも腕や脚を千切って食べていたそうだ。
その隣には、オークと戦っていた兵士の死体が並べられた。
こちらも損傷が激しいが、食われていない分欠損は少なかった。
その代わり人数は倍以上並んでいた。
150名近くが参加していたらしいが、生きて帰れたのは30名ほどであったらしい。
今も兵士が運ばれて来るが、怪我人はほとんどが居なくて無残な死体が並べられていく。
「くそっ
こいつももうダメだ
早く楽にしてやってくれ」
「そいつはポーションでどうにかならないか?」
「ダメだ、もう息をしていない」
「う、うう
腕が…
オレの腕はどこへ行った?」
「すまない
見つからなかった」
中には重傷者も居るが、一部の欠損ならポーションで出血を抑えれるが、腹が裂けていたりする者は手遅れとみなして止めが差された。
ギルバートは邪魔にならない様に移動しながら、死体を運ぶ兵士に声を掛ける。
「どのぐらいの被害が出ている?」
「こっちは出て行った奴等のほとんどが殺された
コボルトに当たれば良かったんだが、その向こうに大型の魔物が居たから
将軍に頼まれて豚に当たっていたんだ」
「豚も数が少なければ…何とかなったかも
でも、100は居たから
生きてる奴が居るのが奇跡だよ」
「あの大型の魔物が居なければ、城壁から攻撃出来たんですが
城壁も攻撃されていましたから」
やはり、被害の原因は大型の魔物に襲撃されたからだろう。
今後も来るなら、大型の魔物に対抗する手段が必要になる。
「そう言えば、弓兵の姿が見えないが?」
「ああ
弓兵は北門に集められました
あっちはゴブリンとコボルトでしたから
時間を掛けてでも城壁から攻撃しろって」
「なるほど
そうすると、北門の被害は?」
「ほとんど無かったみたいです
魔物も先ほど逃げ出したって聞きましたし」
「そうか
ありがとう」
ギルバートは兵士に礼を言い、負傷者を運ぶ先を見た。
アーネストも父親も姿が見えない。
考えられるのは、宿舎に運ばれて治療を受けているのだろうか。
父親の姿を探して、ギルバートは宿舎に向かった。
宿舎に向かう間も、応急手当を受けた者が次々と運ばれる。
包帯を巻いた者や担架に乗せられた者、負傷者同士で支え合って歩く者も居た。
その先には、宿舎の入り口で指示を出す者の姿が見えた。
非番で休んでいたエドワード隊長が、パーティー会場での姿のままで指示を出している。
「隊長」
「おお、殿下
よくぞ御無事で」
「アーネストと父上は?」
「…」
隊長は一瞬迷い、話を逸らす様に話題を変えようとする。
「この度は、佳き日にも関わらず、とんだ災難でしたなあ」
「隊長」
「まあ、無事に魔物を討伐出来…」
「隊長!」
「…」
隊長は少し躊躇い、優しく肩に手を掛ける。
「父上の事は…残念です
今はあちらで休んでおります」
ギルバートは慌てて指差された場所へ駆けようとする。
しかしそれを、隊長は肩を抑えて止める。
「殿下…」
「放してください」
「殿下!」
「父上が…」
「落ち着きなさい!!」
隊長の叱責の声に、辺りは静まり返る。
隊長は兵士を一人呼び、何事か指示を出す。
命じられた兵士は、ギルバートの前へ来て案内をする。
「殿下
どうぞ、ご案内します」
「あ、ああ」
ギルバートが兵士に着いて宿舎に向かうのを見送り、隊長は再び宿舎の手配の指示を出し始めた。
兵士は指示に従い、治療や休む為に運ばれて行った。
「殿下、こちらになります」
「ああ
ありがと…」
「お待ちください
良いですね、大声は出してはなりません」
「え?」
兵士はしっかりとギルバートの手を押さえ、静かに続ける。
「容体は思わしくありません
それでも良いんですね?」
「な!」
「静かに!
大声や揺すったりしてはイケません
頭を強く打っています
兎に角安静にして…それでも数日が山場です」
「そ、そんな…」
兵士は静かに注意して、音を立てない様に慎重にドアを開ける。
中はカーテンを閉めて薄暗くしており、ベットの傍らでは司祭と魔術師が見守っていた。
少し離れたテーブルには、アーネストが突っ伏しており、その前には多量のポーションが空になって置かれていた。
兵士が静かに近付き、司祭や魔術師とヒソヒソと小声で会話をする。
暫く話すと、入り口のギルバートの側へ戻って来た。
「魔術師の話では、かなり生命力も弱っていると」
「アーネストが必死になって頑張り
今は落ち着いています」
「ポーションは?
傷を癒すポーションは…」
「既に試しました
しかし、効果は…
最初運ばれた時は、もうダメかと思われました
今は少しだけですが、持ち直しました
しかし…いつまでもつかは」
兵士は首を振る。
ギルバートは一瞬、怒りに殺気を漏らす。
しかし、すぐに自分を押さえようと呼吸を荒くして耐える。
「で、殿下
いけません」
「ぐ、くうっ
はあはあ…」
「落ち着いて…
落ち着いてください
今の殿下の殺気では、アルベルト様の寿命を削ります」
「くっ…」
「隊長が止めたのが、分かりましたか?」
「…」
「行きましょう
私達に出来る事は有りません」
兵士に肩を叩かれ、ギルバートは素直に従った。
喚き散らしたかった。
泣いて縋りたかった。
しかし、それすら許されないほどに、父親の容体は危険であった。
それならば、今の自分に出来る事は無い。
病室代わりの宿舎を出て、力なく歩く。
兵士はそんなギルバートを見て、支えようか悩んでいた。
隊長からは、今の領主の様子を見せて、後は関わらない様に言われていた。
しかし、息子とそう変わらない年齢の青年の、打ちひしがれる姿を見ると放っておけなかった。
「殿下…」
「…」
ギルバートは少し離れた宿舎の壁にもたれ掛かり、壁を殴った。
そうして、泣き出したいのを必死に堪える。
そこへ大股で歩く足音が近づいて来た。
「殿下
こちらに居られたか」
将軍が来て、ギルバートの肩をガッシリと掴んだ。
「お父上の事は伺いました
しかし、火急の業務が御座います
よろしいですね」
「な、ちょっ
将軍!」
落ち込んでる者に、容赦なく仕事をさせようとする将軍を見て、思わず兵士は声を上げる。
「分かっている
しかし、彼は領主の息子だ
悲しんでいる暇は無い」
「しかし!」
「例え親が死のうと
領民の為に働かなくてはならない
それが領主と云う物だ」
「将軍!!」
無礼とは思ったが、兵士は思わず将軍の胸倉を掴む。
しかし、それを黙っていたギルバートが止める。
「殿下?」
「良いんだ
確かに、将軍の言う通りだ」
「しかし、他に言い様が…」
「構わない
オレは…やるべき事をする」
「では、殿下はこちらへ」
将軍に連れられて去って行くギルバートを見送ってから、兵士は壁を殴りつけた。
「将軍になったら、ああなるのか?
見損なったぜ」
兵士は将軍が守備隊長をしている頃から知っていた。
だから、今の将軍の言動が許せなかった。
あんなに部下思いで優しかった大隊長が、将軍となったら変わるんだ。
兵士は腹立たしく感じると共に、悲しいとも思った。
ギルバートは将軍に連れられながらも、注意点を伝えられる。
「これから会うのは、商工ギルドの長です
城壁の修復に当たり、殿下には決済の印を押していただきたい」
「オレが…ですか?」
「ええ
殿下が現在の領主代行ですから」
「計画の企画書は?」
「オレとギルド長で作成しました」
「信用…して良いのか?」
「そこは…
信用してくださいとしか
殿下には知識が有りませんでしょうから」
「それは…まあ」
ギルバートは城壁の構造は元より、掛かる経費や時間を聞いても分かる訳が無い。
「母上は?」
「ジェニファー様ですか?
確かに権限は御座いますが…殿下と変わらないかと
知識は御座いませんでしょうし、財政状況も恐らくは…」
「善くも悪くも、父上が一人で仕切っていたからな
仕方が無いか」
「ええ
ジェニファー様を呼ばれるよりは、ここに居らっしゃる殿下に頼む方が宜しいかと愚行しました」
「それと
オレが落ち込まない様に、仕事に託けたんだろ?」
「むう
お見通し…でしたか?」
「いや
今気が付いたよ
将軍はいつもそういうの気にしてるからな
先のは違和感しか無かったよ」
「はははは
そうですか」
「それでは、こちらに」
将軍が執務室に案内し、ギルド長に面会を促す。
「既に顔は知っているかと思いますが
商工ギルド長です」
「よろしくお願いします」
「ああ
ギルドには幾度か通っている
剣や鎧の事でも相談に乗ってもらったからな」
「はい」
「それでは、こちらが書類になります
費用は来年の予算から、期間は…来月一杯を見ていただければ」
「ふむ
オレでは分からないが、貴方を信用するしか無いな」
「そうですね
それに…急がなければなりません
魔物がいつ来るか分からないからね」
ギルバートは書類を見ると、ざっと内容を読んでみる。
特に不審な点も見つからず、決済の印を手持ちの指輪で押す。
「これで良いのかな?」
「ええ
お手数を掛けてすいません」
「良いよ
貴方も将軍とグルなんでしょ?」
「バレていましたか
それでは私はこれで…
そうそう、領主様が目を覚まされたらお呼びください
失礼します」
ギルド長は深々と頭を下げて、部屋を辞した。
将軍は頭を振りながら呟く。
「あのおっさんも素直じゃないなあ
領主様の事心配してたのに」
「そうなんですか?」
「ああ
領主様には世話になってるからな
ほとんどの奴が領主様の事が好きで、心配しているだろうな」
「へえ」
「ただし、一部の者には気を付けろ
中には、この機に乗じて一儲けしようと企んでいる奴も居る
詳しくはアーネストに…
ってアーネストは?」
「さっきは父上の病室に居ました
必死になって父上の治療をしてくれたと…
暫くは起きれないでしょう」
「そうか…
なら、後ほど聞いてくれ
オレよりはあいつの方が詳しいから」
「はあ…」
「それで…
要件は以上ですか」
「そうだなあ
当面は危険も無いし、屋敷に戻って休んでいて欲しいかな
オーガは一部が逃げ出したし、他の魔物が来るかも知れない
いざという時の為にもね」
「分かりました
それでは帰ります」
「それではお気を付けて
後でアーネストが起きたら向かわせます」
ギルバートは執務室を出ると、宿舎の出口に向かった。
こちらは騎士団の宿舎なので、死者が多く出た分宿舎の人気は少なかった。
簡単に聞いただけでも、騎士団の約半数が命を落とした事になる。
王都に応援を呼んだとは聞いてはいるが、暫くは当てには出来ないだろう。
そうなると、街の防衛は守備隊のみになる。
不安を覚えつつも、今は休みたいと思った。
これから起きるであろう混乱を考えれば、今は静かに眠りたかった。
どうしてもストーリーや設定を考えると、戦闘シーンが少なくなりますね
もう少し増やした方が良いんでしょうか?
悩むところです
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