第603話
カイザートは負傷した為に、暫く前線から離れる事になった
負の魔力の影響で、彼は思った以上に身体にダメージを負っていた
しかし指揮は出来なくとも、全体の状況を把握する必要はあった
それで野営地には残って、天幕で休息を取っていた
カイザートはアルサードに看病されながら、戦況の報告を受けていた
魔物は既に、オークやオーガの姿も見られている
刻一刻と、魔物はその脅威を増している
そして王国の方でも、この戦場での戦いを重要視していた
「カイザート様
ガリアの旗印が見られました」
「少数ながら、西部の国も加わっている様です」
「むう…
厄介な事になったな」
「しかし魔物も増えています」
「このまま行けば…」
オーガまでなら、獣人や遊牧民達でも倒せる。
しかしここ数日で、魔物の階級が上がっている。
そうなれば王国の兵士も、迂闊にカイザート達を攻撃出来なくなる。
だが同時に、それはカイザート達も苦戦する事になる。
「魔物が王国軍を追ってくれるのは良い
しかし我が軍にも
ぐっ…」
「無理はしないでください」
「そうですよ
傷に障ります」
「すまんな…」
「いいえ
悪いのはあの獣人で…」
「それは違う!
確かに獣人達の中に、選民思想が根強く影響している
しかしそれは、我等人間も同じ!」
「ですがあの獣人が…」
「それは何でだ?」
「え?」
「何故彼は苦しんでいた?
それは何故だ?
ワシ等が追い込んだからだろう?」
「ぐ…」
「ですが…
カイザート様に…」
カイザートは頭を振ると、そうじゃ無いと告げる。
「彼も被害者だ
お前達だって、同族が…
両親や恋人、子供達が殺されれば怒り狂うだろう?」
「それは…」
「それも同族に差別されて…
その上で殺されたんだぞ?
それを責められんだろう?」
カイザートは同情では無く、その背景に怒っているからこそアモンを庇っていた。
彼の様な犠牲者を、これ以上出したくは無い。
だからこそ彼を殺す事では無く、許して救いたいと考えていた。
そして救う為に、今日も彼の天幕に訪れていた。
「グルル…
しつこいぞ!」
「そう言うなよ
傷はどうだ?」
「お前の方が…」
「そうじゃ無い
心の傷だ…」
カイザートはそう言うと、アモンの前に座り込む。
「オレの事は…
放って置いてくれ」
「ふうん…」
カイザートは首を傾げると、アモンをしげしげと見詰める。
「な、何だ?」
「もう死にたいとか言わないんだな?」
「う、うるせえ」
「それに毛並みも回復してきたな?」
「そんな物…」
「美しい毛並みだ…」
「はあ?」
カイザートはそう言うと、アモンの頭をポンポンと叩く。
年齢ではカイザートは18歳になったばかりで、まだ大人と言うには不十分だった。
そしてアモンは、獣人なので見た目よりも年を食っていた。
これで実は、既に20代半ばなのだ。
「触るな!」
「ふふ
母親もこんな綺麗な毛並みだったのか?」
「綺麗じゃねえ
呪われた物だ」
「呪いねえ…
何だってこんな美しい物を…」
「美しい?
この呪われた、死と闇の象徴の様な黒毛を?」
「ああ
美しいじゃないか
濡れ羽色の綺麗な毛だ」
「何が濡れ羽色だ!
こんな物のせいで…
母は殺され、姉は…」
「そうじゃ無いだろう?
お前の母は喜んでいた筈だ
違うか?」
カイザートのその言葉に、アモンはビクリと反応する。
それは一瞬だったが、アモンの心の奥深くに刺さっていた。
「何も知らない貴様が、母の事を…」
「褒めていた筈だ
美しい毛だと」
「そんな事は…」
「優しく抱きしめて、撫でてくれていた
違うのか?」
「そんな…事…」
「父親はどうか知らないが…
少なくとも母は、お前の事を愛していた筈だ」
「そんな…ぐおおおお」
こうして何日も掛けて、カイザートはアモンの心の傷に触れていた。
そうする事で彼に、自分に生きていて良いのだと思わせたかった。
カイザートは毎日の様にアモンの様子を見て、声を掛け続けた。
しかしアモンは、それでも頑なに拒み続ける。
それだけ心に負った傷が深く、絶望に苦しんでいたのだ。
それでもカイザートは、アモンの元へ顔を出していた。
そんなある日に、野営地は王国軍に急襲されていた。
狼の獣人の一部が、裏切って王国軍の味方をしたのだ。
それで本陣深くまで、王国軍が入り込んでいた。
「それ!
人間なんか殺してしまえ!」
「はははは
殺し合え」
「くそっ!
奴等裏切りやがって…」
「何とか持ち堪えるんだ」
騎士達は盾で獣人の攻撃を防ぎ、何とかそれ以上侵入されない様に堪えていた。
しかし一部の獣人達が、ウサギや羊の獣人に襲い掛かる。
「それ!
クズ共を殺せ!」
「はははは」
「止めろ!」
「くそっ」
獣人達は天幕を壊して、怪我人が集まる区画に踏み込む。
そこで草食獣の獣人達に守られた、アモンの姿を見付ける。
「おい!
忌み子のくそが居るぞ!」
「殺してしまえ」
「貴様のせいでワシ等は…」
「させない!」
「みんなで守るんだ」
しかし何故か、草食獣の獣人達がアモンを守っていた。
「何だ?」
「クズ共に守られているのか?」
「みんな、止めろ
さっさと逃げるんだ」
「出来ませんよ」
「だってあなたは、私達を守ってくれた」
「良いから逃げろ!」
「はははは
クズ共に守られているとはな」
「忌み子にはお似合いだな」
「この呪われた魔物が!」
「止めろ!」
「させるか!」
ガキン!
そこにカイザートが、アランと共に駆け付ける。
「大丈夫か?」
「カイザートさん」
「はい」
「何とか守れました」
カイザートが獣人達の間に、割り込む様に入る。
「何でだ?
何でそいつを守る」
「そうだぞ!
そいつが戦乱の原因だろうが」
「そいつさえ殺せば…」
「違うだろうが!
貴様等の方がよっぽど、原因になっているだろうが」
カイザートは吐き捨てる様に言うと、襲い掛かって来る獣人を退ける。
「何でだ?
何でこいつ等もあんたも、オレを殺さないんだ?」
「殺させないよ」
「そうですよ
あなたは私達を守ってくれた」
「そうですよ
今度は私達が守ります」
カイザートと草食獣の獣人達は、アモンを狼の獣人達から守る。
「何故だ…
オレなんか差し出せば…」
「そうはいかんだろう?
お前みたいな奴を守る為…
これ以上増やさない為に戦っているんだ」
「そうですよ
そんな悲しい事は言わないでください」
「ぐうっ…」
アモンは涙を流しながら、カイザートや獣人達の姿を見る。
「くそっ!
こうなればそこのクズ共だけでも…」
「させん!」
アモンは前に出ると、襲い掛かる獣人を弾き飛ばした。
「アモン?」
「か、カイザート殿
剣を…剣を貸してくれ」
アモンは少し照れながら、カイザートの名を呼んだ。
「これで良いか?」
「出来れば二本欲しい…」
「それじゃあ…」
カイザートは騎士達の、予備のショートソードを手渡す。
アモンはそれを受け取ると、両手で軽く振り回す。
「何のつもりだ?」
「魔物の貴様が、我等に敵うつもりか?」
「この忌み子が
我等の牙に打ち砕かれるが良い」
「ぐるるる…」
狼の獣人達が身構えるのを、アモンは唸り声を上げながら睨む。
そうして低く姿勢を落とすと、一気に前に飛び出した。
「オレは…
オレはアモンだ!」
「な!」
「くそっ」
ガキン!
ギャリン!
アモンは剣を咥えて低く飛び出すと、一気に獣人達の中に入り込む。
そして両腕に剣を持って振り回すと、彼等の剣を弾き飛ばした。
「うおおおおお」
「くっ!」
「何でだ!
何でこいつが…」
バキン!
ドガッ!
アモンは剣を弾き飛ばすと、剣を咥えて拳を振り回す。
そして屈強な筈の狼の獣人達を、次々と殴り倒した。
「アモン…」
「カイザート殿
こ奴等の処遇は任せてもらえますか?」
「殺すなよ」
「ええ
殺しはしません
しかし狼の誇りを…」
キャイン
ギャン
アモンはそう言うと、彼等の尻尾を切り飛ばした。
「こうすればこいつ等は、その力の半分を失います」
「そうなのか?」
「はい」
アモンは彼等の尻尾を、集めてカイザートの前に置いた。
「これで許してやってもらえませんか?」
「ううむ…」
「ふ、ふざけるな」
「尻尾を切られるなんて」
「殺せ!」
喚く獣人達を、草食獣の獣人達に任せる。
そうしてカイザートは、アモンを正面から見詰める。
「吹っ切れた様だな」
「はい
オレはもう…迷わない」
アモンはその場に跪くと、深々とカイザートに頭を下げる。
「オレは狼が獣人、黒のアモン
カイザート殿
オレをあなたの…
あなたの軍に加えてくれ」
「良いのか?
この先にも、同じ獣人との戦いがあるかも知れんぞ?」
「構いません
その時はあなたを守る為に、オレは二振りの剣になりましょう」
「カイザート様
こいつは暴走するんですよ?」
「そうですよ
危険です」
「その時は、オレを切っても構わない」
「大丈夫だろう
なあ、イシュタル」
「ええ
彼はもう、負の魔力の影響されていません」
「そういう事だ
憎しみに囚われていた、黒い獣人はもう居ない」
「カイザート殿
それでは?」
「ああ
歓迎するよ」
「良かったですね」
「アモンさん」
「お前達…
オレは狼なんだぞ」
「ですがあなたは、仲間を守る心優しき者です」
「そうですよ
私達の仲間も、あなたに助けられました」
アモンが暴走して戦っていたのは、弱い獣人を守る為だった。
草食獣の獣人達を守る為に、憎しみの黒い魔力に身を任せていた。
しかし今日、彼はそうならない様に戦ってみた。
そして負の魔力を使わなくても、彼等を守る事が出来たのだ。
「お前はもう、あの危険な黒い負の魔力に縋る必要は無いんだ
これからは仲間を守る為に、その剣で戦ってくれ」
「はい」
アモンは深々と頭を下げると、涙を流しながら答えた。
こうして獣人のアモンが、本格的にカイザートの仲間に加わる。
しかし彼は、その後の六大神の中には加わっていない。
それには明確な理由があった。
「よし!
このまま王国の騎士を追いやるぞ」
「はい」
「アモンは獣人達が襲われている、左翼に向かってくれ」
「任せてくれ
この剣に賭けて」
「このまま一気に押し返すぞ」
「おう!」
アモンは力強く頷くと、両腕の剣を掲げる。
その意思は以前よりも固く、負の魔力に負けないとしっかりとしていた。
しかし実際の戦闘では、なかなか思う様には行かない。
暴走こそ無かったが、何度か負の感情に襲われる瞬間があった。
「うおおお…
ぐうっ」
「しゃらくせえ黒狼が!」
「羊共々殺してしまえ」
「さ、させない…」
「アモンさん
無理はしないで」
「そうはいかん
お前等を守ると誓ったんだ」
「ですが…」
草食獣の獣人達を守る為に、アモンは必死になって王国の騎士を退ける。
しかし王国の騎士が持つ負の感情が、アモンの感情を揺らす。
負の感情に押されて、アモン自身も負の感情を抱いてしまう。
それを何とか押さえながら、騎士達の攻撃を何とか捌く。
「アモンが押されているか…」
「そうですね
やはり王国の騎士の、負の感情の影響でしょう
しかし何とか押さえています」
「その分集中出来ていないな
難しいのか?」
「そうですね
負の魔力を押さえながらですから、苦しいでしょうね」
アモンは負の魔力に煽られながらも、何とか騎士達を退ける。
そうして本隊のカイザート達に、何とか合流する事が出来た。
この戦いによって、彼は未だに負の感情に弱い事を思い知らされた。
それと同時に感情さえ整理出来れば、負の魔力に囚われる心配は無い。
「カイザート殿
そのう…」
「負の感情か…」
「え?」
「未だにお前は、王国の騎士に悪感情を持っている
違うか?」
「そ、そうだ
あいつ等は彼等を…
弱き力を持たぬ者達を奴隷にする」
「それは彼等だけでは無いだろう?
獣人にだって…」
「そうなんだが…」
「なあ、アモンよ
人間は…
我等人間も含めてすべての人種は、誰も負の感情を持っていると思うんだ」
「全ての?
それはあなたでもか?」
「ああ
ワシだって…」
カイザートはそう言いながら、アルサードの方を見る。
「アルサードに何かあれば、理性を保てんだろうな…」
「それは私もよ
カイザートに何かあったら…」
「という事だ…」
「カイザート殿やアルサード様でも?」
「ああ
恐らくは全ての人間がな」
「それでは…」
「だからと言って、その感情に呑まれる訳にはいかん
そうすれば先のお前の様に…」
「そうだ
黒い気持ちに支配されて…
全てを壊したくなる」
「全てを…壊したくなるか
それがお前を縛っていた負の感情なんだな」
「ああ…」
カイザートは頭を振りながら、そんなアモンの肩に手をやる。
「そうした感情に支配されそうになったら
母親の事を思い出せば良い」
「母?」
「ああ
お前の母も、優しいお方だったのだろう?」
「そう…
母は全てを許し、守ろうとしていた…
だからオレは…」
「そうだ
お前もその意思を継いでいる
だろう?」
「オレが?
母の意思を…」
「その気持ちを大事にしろ」
アモンはカイザートの言葉を、深く胸に刻み付ける。
守る為に戦う、それはとても難しい事なのだろう。
ともすれば、破壊の為に力を振るってしまいそうになる。
それを自分の意思で押さえて、力の振るい方を考えるのだ。
「さあ
戻ろう」
「そうだな
また魔物が現れるかも知れない」
「少しでも体制を立て直そう」
カイザート達は、再び魔物と戦う可能性を考慮して、野営地を移す事にする。
このままここに居ては、王国軍に襲撃されるだろう。
少し離れた場所に移って、体制を立て直す必要があるのだ。
アモンは己の両腕を見ながら、その後を追うのであった。
まだまだ続きます。
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