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聖王伝  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第60話

Fランクの魔物に囲まれたダーナの街

騎士団は苦戦を強いられ、その間にも城壁は崩されていく

街に迫る危機に、ギルバートはどう立ち向かうのか

崩れた城壁から、覗き込む魔物の眼

アルベルトが階段を飛び降りた直後、そこへ棍棒が振り下ろされる

そして、城壁の一角が大きく崩れる


ウガアアアア

ゴガン!

ガラガラガラ!

「う、うわあ!」


アルベルトは立ち上がると、必死になってその場を離れる。


「領主様!」

「父上!」


兵士とギルバートが駆け付け、魔物の前へ立ちはだかる。


「ギルバート、逃げろ!」

「嫌です

 父上を置いては行けません」

「殿下、領主様を連れて早く…うぎゃあ!」

ガアアア

ガラガラ…グシャリ!


魔物の殴った箇所がさらに崩れ、兵士を直撃する。

兵士は崩れた瓦礫に圧し潰されて、瓦礫の山に埋もれる。

城壁の上に残った兵士が、魔物の頭に向かって剣を振り翳す。


「させるかー!」

ウガアア

ブン!

グシャッ!


「くそっ」


残りの兵士も立ち向かい、数人の剣が頭に当たる。

しかし、致命傷にはならず、魔物はさらに激しく暴れる。


「領主様、殿下、早く逃げ…ごぶあっ」

「ここは我々が…ぐはっ」


兵士達は叩き潰され、殴り潰され、飛ばされた者は地面に叩き付けられた。


「くっ

 このままではマズい」


ギルバートはアルベルトを庇いながら、じりじりと後退する。

側には魔力を使い果たしたアーネストが、何とか立ち上がろうとしている。

広場に残った兵士達は、震えながらも必死に向かって行くが犠牲が増えるばかりだ。

そして、遂に壁が魔物が通れるぐらいに崩れる。


ゴガアアア


「くそお

 このまま街に入られては、どうにも出来なくなるぞ」

「オレの魔力が、魔力が残っていれば…」

「ギルバート、危な…ぐはっ」


魔物が弾き飛ばした城壁が飛んで来て、アルベルトは咄嗟に前へ出た。

大きな石がそのまま頭に直撃し、兜が跳ね飛ぶ。


「父上!」


倒れ込むアルベルトを支え、ギルバートは魔物を睨む。

アルベルトは頭から血を流し、意識が混濁していた。


「ギル…

 早く…逃げ…」

「父上!

 ちちうえー!

 おのれー…」

「殿下」

「父上を頼む!」


ギルバートは近寄って来た兵士にアルベルトを託し、剣を抜いて構える。


「おい!

 ギル、止せ!」

「このままでは、いずれやられる

 ならば、この身を掛けてでも…

 うおおおお…」


ギルバートは駆け出し、魔物に向かって行く。

魔物が投げる城壁の石を躱し、崩れかけた階段を駆け上がる。


「りゃああ…」

ザン!


城壁に飛び乗りながら、掲げられた魔物の腕を切り落とす。


ガアアア

「逃がすかー!

 バスター!!」

ズガッ!

ガッ…


脳天をカチ割られた魔物は、力も無く後方へ倒れる。

それを押し退ける様に次の魔物が迫って来る。

向こうで戦っていた筈のオーガだ。


魔物の後方に目をやると、騎士団の半数が倒れており、オーガは残り3匹にまで減っていた。

その内の1匹が、城壁を目指して駆けて来たのだ。

残る2匹は、騎士団が必死になって倒そうとしていた。


「残る魔物は後少し

 ここを守り切るぞ!」

『おお』


足元の広場では、兵士達が希望に満ちた目で見上げる。

その為にも、ここはギルバートが守り切らなければならない。


「ギル!

 援軍が来たぞ!」

「殿下、はひっじゃひっ

 お待たせ、しました、はあっはあっ」

「これから、呪文を、唱えます、はあっはあっ」

「なんとか、堪えて、ください、ふうふう」


魔術師達は肩で息をして、呼吸を整えている。

これではすぐには呪文は唱えれないだろう。

何とか呪文が完成するまで、魔物を引き付けなければいけない。

ギルバートは前に出ると、城壁から跳躍する。


「せいっ!」

「な!

 無茶するな!」


ウガアア

ブオン!


オーガは急な跳躍に驚き、慌てて拳を振るうがギルバートは空中で身を捻って躱す。

そのまま腕に乗り上がり、腕を駆けて行く。


「うおおおりゃあああ」

ウガウ


オーガは腕を振るおうとするが、ギルバートは大股で駆けて膝蹴りを鼻面に当てる。


「このっ」

グシャッ!

グガッ


慌てて顔を覆うオーガ。

しかし、その腕を蹴ってギルバートは城壁に戻る。


「どうだ」


ギルバートは剣をオーガに向けて、相手を挑発する。

その間に、魔術師達は呼吸を整え、呪文を唱え始めた。

横目に確認すると、魔術師達の周りに、魔力で作られた矢が生み出されて行く。

後少しもたせれば、呪文が完成して魔物に当てれるだろう。

ギルバートは怒った魔物が振るう拳を危なげなく躱す。

しかし、その度に足元の城壁が崩れて行く。

長くはもたせないだろう。


「殿下

 完成しました」

「下がってください」


ギルバートは城壁の崩れた場所に飛び乗り、魔物が狙いやすい様に誘導する。


「エネルギーボルト」

「マジックアロー」


魔術師達が呪文を完成させ、次々に魔力の矢が飛んで行く。

その矢は魔物の腕や顔に突き刺さり、確実にダメージを与える。

しかし、それでは致命傷にはならず、魔物は暴れる。


「喰らええええ

 バスター!」


ギルバートの止めの一撃が、魔物の頭蓋を叩き割り、魔物はゆっくりと倒れる。

そして、力を使い果たしたギルバートは城門の向こうの草叢に落ちた。


「ああ!

 殿下!」

「ギル!」


ギルバートの落ちて行く姿を見て、魔術師達は慌てふためく。

アーネストも慌てて立ち上がろうとするが、魔力不足でふらふらとする。


「くっ

 ギル、ギルー!」

「うるさい

 休ませろ…」


崩れた城壁の向こう側から、小さな声で悪態を吐くのが聴こえる。

アーネストは安堵して、再びへたり込んでしまった。


「う、うわあああ」

「殿下が魔物を倒してくださったぞ!」

「助かった、助かったんだ」


兵士達は歓喜して、手を取り合って喜ぶ。

その傍らで、頭を負傷した領主が、魔術師達に看られていた。


「領主様はどうなんだい?」

「…」


魔術師は首を振る。

息はしているが、頭を強く打っている。

頭の出血はポーションで止まっているが、容体は思わしくない。


城壁を破壊していた魔物は倒せたが、領主は倒れ、城壁も一部が崩されてしまった。

早急に対応しなければ、再び魔物が来た時に対処が出来ない。

アーネストは兵士を呼び、今後の対策を告げる。


「オレに権限は無いが、早急に対策をしなければならない

 そこで、商工ぎるどに伝言を頼みたい

 城壁の修復と、魔物の遺骸から素材を取って欲しいと伝えて欲しい」

「分かりました

 それではオレが行って来ます」

「頼んだよ」

「はい」


兵士は駆け出し、ギルドの方へ向かった。

それを見て、アーネストは改めて城壁を見上げた。


間もなく、残りの魔物を片付けて、将軍が帰還するだろう

しかし、領主が倒れた今、誰が指揮を執るべきだろう

領主が倒れた事を良い事に、自分の権限を増やそうと出しゃばる者が出て来るだろう

それを制しながら、街の立て直しと騎士団や兵士の補充をしなければならない

今の戦闘だけでも、熟練の騎士や兵士が多数死んだ。


アーネストはギルバートが休んでいると思われる方向を見る。


ギルではまだ、あの馬鹿者共を御せれないだろうな

そういう意味では、領主ももう少し早く領地経営の勉強をさせていれば…


アルベルトが何を考えていたかは分からない。

それでも、戦闘訓練ばっかりさせないで、もう少し有力者や貴族との駆け引きを学ばせていれば、状況はマシになっただろう。

しかし、たられば論をしても今更だろう。


兎に角、邪魔をしてくる商人や工房主を黙らせて、利権で釣って従わせなければ、この街は内部から腐ってしまうだろう

善くも悪くも、領主が一人で回していたツケが、ここに来て返ってきてしまった訳だ

先ずは…当面は将軍の力を借りるか


アーネストは開き始めた城門を見やる。

そこには傷だらけになった騎士達が入って来ていて、将軍も戻って来ていた。


「これはまた…」


将軍は、改めて破壊された城壁を見上げた。

戦闘中にも、部下の騎士の報告で知ってはいたが、改めて破壊の跡を見て驚く。


城壁は、元々は帝国の襲撃に備えて作られた物だ。

破壊される事など考えられず、敵の侵入を防ぐ為の物だ。

勿論、破城槌や投石等使えば破壊は出来るだろう。

しかし、それでも容易である筈が無かった。

事実、帝国が攻めて来た時も、十分に耐えられていた。

それがいとも容易く、魔物の攻撃に破壊された。

それを考えれば、これからはその辺も考慮した城壁造りが必要だろう。


頑丈な石を積み上げた城壁。

それを超える物を作らなければ、再び魔物に壊されてしまう。

商工ギルド長が到着し、破壊された城壁を見上げる。

同行した石工や石材生産職に意見を聞きながら、新たに造る城壁の構想を練っている。

それを横目に、将軍は城壁の石を見る。


人間の頭ぐらいの大きさの石を、漆喰で固めて積み上げる。

言うのは簡単だが、石工や専門の職人が慎重に計算して積み上げ、これまで数十年の歳月を守って来たのだ。

これを超える城壁等、そう簡単に造れないだろう。

将軍はギルド長に近付き、声を掛けてみる。


「どうだ?

 何とかなりそうかね?」

「いやあ、無理だろう」


「取り敢えずは、魔物が侵入しない様に、崩れた場所は応急で修復してみる

 それでも、漆喰が乾くまでは見張ってもらわないとな

 暫くは上がるのも禁止だ」

「そうなると、外にも見張りが必要だな」

「それは任せる

 ワシ等は作る事しか出来んからな」


ギルド長は職人達に命じて、壊れていない石を集めさせる。

それを組み上げて行き、足りない石は追加で注文する事になる。


「順調に組み上がっても、壁が抜けれなくなるまで2日は掛かるじゃろ

 それまでは見張りを立てんとなあ」

「そうだな

 先ずは今夜の夜警から手配しておくよ」


将軍は振り返り、兵士に夜警の手配をする。

その間にも騎士達は装備を解き、怪我の応急の治療を受けている。

出撃出来たのは3部隊36名で、足りない分は騎兵から掻き集めた。

総勢70名で出撃したのに、帰って来たのは半数も居なかった。


「被害は騎士が22名、騎兵が12名か…

 部隊長が負傷したとはいえ、生きていたのはマシなのかな?」


将軍は溜息を吐き、負傷者達を見る。

鍛錬が足りて無かった。

訓練は決して甘くは無かった。

事実コボルトの殲滅は負傷者しか出なかった。

問題はオークの上位とも思える、大鬼の魔物のオーガだ。


その巨体から繰り出される一撃は重く、騎士も一撃で殺されていた。

その上でタフで、少々の怪我では怯む事も無く、腕や脚を失っても貪欲に襲い掛かって来た。

ある者は齧られ、そのまま食べられてしまった。

また、ある者は致命傷と思われる突撃の後に、鎌を掴まれて他の騎兵に叩き付けられていた。

しかも皮も頑丈で、恐らく矢では余程接近しなければ弾かれるだろう。

それだけに、素材の皮や筋繊維は期待が出来る。


「あの筋繊維で作ったら、強力な弓が出来そうだな」

「その前に、引ける者が居ませんよ」

「あ…そうか」

「もう

 将軍はそんな事を考える必要はありませんよ

 何に使えるかは職人の仕事です」

「そうだな」


将軍の独り言に、ギルド長が的確な突っ込みを入れる。

確かに強力な筋肉は魅力的だが、それを引く力もそれだけ大きくなる。

並みの弓兵では無理だろう。

それこそ将軍でも無理かも知れない。


「そうなると、折角の素材が何に使われるか、気になるよな」

「そりゃあ、筋繊維なら盾や皮鎧の補強でしょう

 衝撃を吸収するのに使えそうですね」

「それは…どういう効果が望めるんだ?」

「ハンマーやメイスの一撃に対して、威力を吸収してくれます

「なるほど」


「他にも

 防具や武器以外にでも色々使えそうですよ

 まあ、そこは職人の腕次第でしょう」

「そうだな」


「皮にも期待出来そうだな」

「ええ

 丈夫な皮鎧が出来そうです」

「そうなると、魔物の備えにも安心出来そうだな」

「とは言え、すぐには無理ですよ

 皮を鞣して、加工して

 2週間ぐらいは待っていただかないと」

「そうか」


皮鎧一つ作るにも、色々手間が掛かって時間も掛かる。


「それに、先ずは試作を作って、強度や耐久性、皮の加工の適正も見極めないと」

「それで…

 どれくらい掛かりそうか?

「まあ、一月後ぐらいですかね」

「思ったより掛かるなあ」

「コボルトの皮より丈夫なんです

 それぐらいは掛かって当然でしょう」

「そうか」


将軍は兵士達の方を見て、溜息を吐く。

再び魔物が来たら、また多くの犠牲者が出るだろう。

今回の教訓で、攻め方を変えるにしても、あのタフさは見逃せない。

倒すのを手間取っている間に、犠牲者が増える一方だ。


それに…

トロールも危険な魔物であった。

火が有効とは言え、魔術師を呼びに行く手間が掛かる。

常にアーネストが居る訳にもいかず、魔術師の人数にも限りがある。

ここは王都に増援を打診するしかない。

将軍はそう考え、国王への上申書の文章を考えて憂鬱になっていた。

多くの犠牲を出し、魔物を倒す事は出来ました

しかし、城壁は崩れ、領主も負傷して倒れます

そんな困難な状況が続きます

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