第599話
ギルバート達は、カイザートの物語を見ていた
それは何者かが後世に残す為に、記録した映像だった
そこにはまだ覚醒していない、一介の騎士であるカイザートが映し出されていた
彼は遊牧民達と出会い、その運命を切り開こうとしていた
カイザートは長老に促されて、彼の天幕に入る
そこは小さいながら、小ざっぱりと片付けられていた
アランとアルサードも着いて来て、長老に促されて腰を下ろす
そこで長老は、カイザートを見詰めながら静かに語る
「カイザートよ
其方は何の為に戦うのじゃ?」
「長老!」
「良いんだ
アルサード」
「長老よ
ワシはアルサードに惚れた
だからワシは、彼女の為に戦う」
「ほっほっほっ
良いのう、若い者は」
「おい、爺
そんな事の為に…痛い!」
「黙っておれ」
長老は真剣な表情で、カイザートを見詰める。
「カイザートよ
其方に伝言を預かっておる」
「ワシに…
伝言?」
「おい、爺
耄碌した…痛い、痛い
分かったからその杖は止めてくれ」
「少しは黙らんかい!
全く…」
「カイザートよ
其方の国では、神は魔導王国の王じゃな?」
「はい
今はゼウスと名乗る者が、王位に着いております」
「うむ」
「人間が神だってよ
痛い
姉さんまで…」
「アラン
少し黙っていなさい」
長老は困った顔をしてから、再びカイザートに向き直る。
「それで…
はて、何じゃったかのう?」
「長老…」
「爺…」
「そうそう
お前の国では、女神はどうなっておる?」
「女神ですか?
確か古の信仰では、女神が創造神とか…」
「そう、その女神じゃ」
「カイザート
私達の中では、女神は今でも生きているの」
「そうだぞ
今は姿を見せないが、この世界を創ってくださった神様だ
人間の真似事とは違うぞ」
「そうなのか?
しかし肝心の女神が姿を見せないのは?」
「その女神からの伝言じゃ」
「え?」
「おいおい…
爺は本当に耄碌したんじゃ…
痛い!」
「この馬鹿もんが
話の腰を折るでない
忘れてしまうじゃろうが」
「いてて…
頭の形が変わりそうだ…」
「もう黙っていなさい」
「へい…」
長老は一頻りアランを睨んでから、話を再開する。
「女神は先程、長き眠りから目覚めたそうじゃ」
「眠りから?
それでは眠っていたと?」
「そうじゃ
過去の経緯は…今は話さんでも良いじゃろう
問題はこれからの事じゃ」
「これからの?」
「ああ」
「女神からの伝言はこうじゃ
これから其方は、多くの苦しみを越えるじゃろう
それはとても苦しい旅になる筈じゃ
それでも挑むのか?とな」
「挑むのか?とは?」
「アルサードの騎士となり、王国と戦う事じゃ」
「それは苦難の道であろうが…
何だって女神が?」
「それはのう、お前さんが資格があるからじゃ
女神の使徒としての資格がな」
「女神の使徒?」
「ああ」
「凄いじゃないか
女神様に認められたって事だぜ」
「カイザートが…
使徒?」
長老の言葉に、三人はそれぞれ違った反応を示した。
アランは女神に認められたと、それを祝福していた。
しかしアルサードは、何か複雑な表情を浮かべる。
そしてカイザートは、知らない女神から使徒と言われても、意味が分からず困惑していた。
「今は意味が分からずとも良い
問題は其方の気持ちじゃ」
「ワシの…気持ち?」
「ああ
ただ同情や、アルサードに気に入られたくて騎士になる
それならば止めておく事じゃ」
「ワシはそんな半端な気持ちでは…」
「まあ待て
これからこの地では、多くの危険が伴う事になる」
「危険?」
「ああ
女神の言葉が本当なら、この地に魔物が解き放たれる」
「魔物?
あの物語に出て来る?」
「物語などでは無い
魔物は本当に存在する」
「カイザートは知らないのか?
魔物は今でも居るんだぜ」
「そうよ
もしそんな物が現れたら…」
ここしばらくは、世界には魔物の姿が見られなくなっていた。
それは女神が眠りに着いた為に、ファクトリーが休止していたからだ。
地上に残された巨人は駆逐されて、北の地へ追いやられていた。
そしてオーガも人里を離れて、少ない数を何とか維持している程度だった。
その他の魔獣も、各地で魔導王国の騎士達に討ち取られていた。
そしてカイザートの住む王国では、魔物は既に物語の存在となっていた。
「魔物なんて物が、現実に存在するのか?」
「ええ、そうよ
今は数は少なくなったけど、それでも偶に見掛けるわ」
「お前達の国には居ないのか?」
「ああ
見た事も無い…」
「女神の話では、人間の国はやり過ぎた
ここで神罰として、その数を減らそうと思うと仰られている」
「なんだよそれは」
「神罰ですか?
それは王国にですよね?」
「いや、この地に呼び出すそうじゃ
人間が攻め込まぬ様にと…」
「そんな!
それじゃあ…」
「そうじゃ
ワシ等も危険なんじゃ」
「ぬう…」
女神が長老に下した神託は、この地に魔物が解き放たれるという物だった。
そして被害を受けない為に、遊牧民達は避難する様にという物だった。
それを聞いて、アルサードは首を振って拒否する。
「そんなの聞けないわ
ここは私達の土地よ」
「そうだぜ
例え魔物が来ても…」
「戦うのか?」
「そうね
それしか無いでしょう?」
「しかし多くの者が死ぬぞ?」
「それは…」
「死を恐れて、オレ達の土地は守れないだろう?」
「だからと言って、魔物と無謀にも戦うのか?」
長老とカイザートに言われて、二人は言葉に詰まっていた。
「そこでな
女神はこう仰っておった
カイザートが望むなら、アルサードを連れて逃げろと」
「ワシに?」
「私と逃げろと?」
「そうじゃ
みすみす女神の認めた者を、失いたく無いそうじゃ」
「この地を…捨てろと?」
「アルサード…」
「だって、ここには父や母の思い出もあるわ
それに…どこに逃げると言うのよ?」
「北に…
この地より北に、嘗ての女神の神殿がある」
「勇者の建てた神殿?」
「そうじゃ」
「そこに逃げろと?」
「ああ
アラン、お前も着いて行け」
「しかし…」
女神の神託は簡単な物だった。
カイザートとアルサードに、神殿に逃げ込めと言う物だ。
そこに逃げ込めば、魔物から襲われる事は無い。
しかしそれは、他の遊牧民達を見捨てる事になる。
「長老よ
そこには遊牧民達を連れて行く事は…」
「それは駄目じゃ
あまり多くの人間を残せば、そこでまた争いが起きる
女神はそうお考えじゃ」
「そんな!
それじゃあみんなを…」
「ワシも残るつもりじゃ」
「爺!
手前…」
「ワシも長く生き過ぎた
ここらで旅の終着点にしようと思う」
「そんな…」
「長老
何とかならんのか?」
「無理じゃな
魔物は解き放たれる
それは変える事は出来んじゃろう」
「それなら、あなたも遊牧民達も…」
「それは女神がお許しにならんじゃろう
それに…」
長老は寂し気に笑うと、静かに呟いた。
「若い者が生き残るべきじゃ
孫の顔を見れんのが残念じゃがのう」
「長老…」
「ふざけてんじゃねえぞ、この爺」
アランは長老の胸倉を掴むが、長老は静かに首を振った。
「生き残れば良いだろうが!」
「そうもいかん
女神からの神託じゃ」
「女神ねえ…
ワシは会った事も無い方じゃ
とても信じられそうにも無い」
「カイザート!」
「おい、あんた
信じられないのは仕方がねえ
しかしオレ達が生きていられるのも女神様のお陰だ」
「女神様の?」
アランはそこで、過去に起こった人間と他種族との衝突を語って聞かせた。
それはギルバート達が見て来た映像と同じで、所々長老が話しを修正しながら語られた。
「そういう訳でな…」
「なるほど…
元はドワーフどころか獣人も同じ人間だったと?」
「そういう事になるな」
「見た目や能力は異なるが、女神にとってはみな同じ子供なんじゃ
じゃから争う姿は見たくないとのう…」
「しかしそれで魔物を解き放ったと?
何を考えているんだ」
「カイザート」
「そんな事を言うもんじゃねえ
女神様も苦しんだ上の決断だ
そこまでさせたオレ達にも責任はある」
「しかし今回は、悪いのは王国じゃ
ここのみんなは何も悪く無いじゃろう?」
「それは…」
「しかし女神は…」
「女神、女神って…
ワシは納得出来んぞ」
「じゃがのう…」
「みんなで話し合おう
その上で決める」
カイザートは天幕を出て、遊牧民達を集める。
騎士達も見張りに立っていたが、残った者達を一緒に集めさせた。
「カイザートさん
一体どうしたってんだ?」
「公爵様
何を話されたんで?」
カイザートはみなが集まったところで、もう一度長老に話してもらう。
今度はアランも、茶々を入れずに真面目に聞いていた。
しかし話の終わりに長老が、ここに残ると言ったところでキレ始めた。
「だからふざけんなって!
爺が残るのなら、オレもここに残る」
「そうだ
長老だけ残せねえ」
「ししか考えてもみろ
それでこの一族は…
部族はどうなる?」
「アルサードが居るだろ?
それにあんたも一緒だ」
「そうだ
あんたとアルサードが居れば、そこからまた始められる」
「そんな事…」
「分かった」
みなが口々に意見を言う中で、カイザートが静かに決断を下す。
「ワシもここに残る
勿論アルサード様が残られるのなら…じゃが」
「カイザート…」
アルサード暫し躊躇ってから、頷いてその意見を受け入れる。
「そうだな、私も残る」
「アルサード!」
「何言ってるんだ」
「お前だけでも生き延びろ!」
「そうだぞ
お前とその…
カイザートが居れば再び子を成せるだろうが!」
「いいや!
それではこの部族は滅びた事になる
それでは生き延びたところで意味は無い!」
アルサードの強い言葉に、男達もそれ以上は何も言えなかった。
カイザートは頷くと、静かに立ち上がる。
そして魔物に備えようと、発言をしようとした。
「全く
あなた達は成長をしませんね」
「そうだぜ
女神に逆らってどうする」
「っ!」
不意に後ろから声がして、カイザートは思わず身構える。
しかし圧倒的な力を前に、すぐに委縮して跪いてしまう。
遊牧民や騎士達も、その威容に圧倒されて膝を着いていた。
そこには大柄な男と、病弱に痩せた青白い男、そしてフードを被った人物が立っていた。
「ぐ…
み、見張りは…」
「ああ
彼等には気付かれていないよ
何せここまで転移しているからね」
「あれらを叱ってやるな
熱心に見張っておるが、所詮は人間の力でしか無い」
それは魔王と呼ばれたルシフェルと、魔族のアシュタロトによく似た人物だった。
しかしよく見て見ると、少しだけ雰囲気が違っている。
「あ、あなた様方は…
もしや?」
「ああ
私は魔族のアシュタロトと言います」
「ワシは魔物を束ねる者
魔王ルシフェルじゃ」
痩せた男はアシュタロトと名乗り、大柄な男も魔王ルシフェルと名乗った。
しかしその姿は、よく似ているが微妙に違っていた。
ギルバートは映像を見ていたので、その僅かな違いが気になっていた。
しかしその場に居るカイザート達は、魔王を見るのは初めてだった。
「あなた様が魔王ですか?
それでは魔物を…」
「うむ
その前にここに立ち寄らせてもらった」
「あなた達の話に、主が堪え切れませんでね」
「主…ですか?
まさか!」
「女神様」
「どうぞ」
「うむ…」
二人に促されて、フードを被った人物が前に出る。
彼女はそのフードを後ろに下げると、その美しい姿を見せた。
それはまるで彫像の様に、美しく儚い姿だった。
少女と大人の女性の間の、最も美しい時期をそのまま彫像にした様な姿だ。
濃い金髪を波の様に肩まで伸ばし、端正な顔には強い意思が見られる。
眼は美しい翡翠の様な緑色で、口元は微笑を浮かべている。
カイザートもアルサードに出会っていなければ、このまま騎士として跪いていただろう。
彼女の美しさはそれほど素晴らしかった。
「う、美しい…」
「なんというお姿じゃ…」
「心が洗われる様だ…」
みなその姿に心を打たれて、自然と頭を伏せていた。
しかしギルバートは、その姿を見て不審に感じていた。
これが実物では無くて、映像だったからなのか?
ギルバートは女神の姿に違和感を感じていた。
そしてカイザートも、女神の威容に耐えようとしていた。
彼は単純に、女神のやり方が気に食わなかった。
そしてそれに抗う様に、何とか首を擡げて女神を睨んでいた。
「ふむ
一人だけ反抗的な様じゃな」
「ルシフェル
止しなさい」
「しかし女神よ…」
「彼がカイザート
マーテリアルの意志を継ぐ者です」
「こいつが?
何の力も感じないが?」
「それはそうでしょう
あなたの様にガーディアンに覚醒してませんし
何よりも戦いも経験が少ないんですよ
ですがその意思は…」
女神はそう言って、カイザートを見ながら首を振る。
そして溜息を一つ吐くと、哀しそうに呟く。
「まだ…
ここから立ち去ろうと…」
「い、嫌だね…
あんたは女神様らしいが…
ぐ…ぎぃ…」
カイザートは懸命に抗い、何とか威圧から立ち上がる。
そうしてアルサードに手を差し出して立たせると、彼女を抱き寄せた。
「わ、ワシの女神は…
このアルサードじゃ」
「な、我等の威圧に?」
「しかし不遜な
女神を前にして」
「止しなさい」
アシュタロトは驚き細い目を見開き、ルシフェルは不愉快そうに身構える。
しかし女神が、そんな二人を止めていた。
「ふふ…
面白い子ね
気に入ったわ」
「女神?」
「何を言ってるんだ?」
「あなたを試してみましょう」
「おい!
女神!」
「黙っていなさい」
「ぬう…」
「しかし…」
「試すだって?」
「ええ
あなたがここで生きて行けるか…
この子を本当に倒せるのか」
女神はそう言うと、片手を掲げて何かを呟く。
するとそこには、身の丈5ⅿもある大きな巨人が立っていた。
「おいおい…」
「いくら何でも人間には…」
「さあ、カイザート
あなたの力を見せてみなさい」
グゴアアアアア
巨人の唸り声が、遊牧民の集落に鳴り響いた。
まだまだ続きます。
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