第596話
浮遊大陸シャンバラが落ちた原因は、思いもよらない物だった
巨人が岩を持ち上げると、それを投げ付けるという原始的な物だった
しかしそれが効果的で、魔導兵器をも圧倒していた
そうして浮遊大陸は、再び大地に帰還した
ギルバート達は、その後の世界の映像も見ていた
人間の愚かな欲望が、再び平穏な時を破る様を
いや、それしきの事で破れるぐらいの、薄く不安定な平和だったのかも知れない
しかしその戦いは、20年以上も長く続いた
「それで泥沼の戦争とも呼ばれている
これが本当に収まるまで、実に20年以上掛かっているんだ」
「そんなにか?」
「ああ
結局女神が仲裁に入るんだが
それでも収まらなかったんだ」
「それじゃあどうやって?」
「最終的には魔物が放たれたんだ
それで戦争どころでは無くなって…」
人間達の争いは、最初は人間とエルフだけの物だった。
しかし戦局が進むに連れて、次第に他の種族も巻き込む事になる。
そこからは泥沼の戦いで、全ての人間種の戦いに発展する。
それを制したのは、またも女神による力技だった。
巨人やオーガが放たれて、人間種同士の戦いを続けられなくなって行った。
それから100年近く、魔物が地上を治める時期が到来する。
人間は城壁を建てて、魔物が侵入しない様にする。
ドワーフは地下に潜り、エルフはハイエルフの妖精の森へと引き籠る。
獣人だけが、魔物と戦いながら過ごしていた。
「これはまた…」
「このまま100年近く掛けて、人間は徐々に力を身に着けた
それは魔法の研究を行っていたからだ」
「魔法の?」
「ああ
身体強化だけでは、この魔物の数をどうにか出来ない
そこで強力な、攻撃魔法の研究が進められた」
「まさかそれが?」
「ああ
魔導王国を生み出した原因だ」
最初は北の地で、極寒に震えながら巨人と戦う者達が現れる。
そこでも霜の巨人と戦う、偉大な英雄王が生まれる事になる。
しかし政治闘争に敗れたのか、その国も長くはもたなかった。
それから今度は、もう少し南に王国が出来上がる。
彼等は強力な魔法を使って、オーガや巨人を打ち倒す。
そうして少しずつ、その領土を拡げて行った。
その王国こそが、魔法を中心にして栄えた魔導王国となる。
「この時の王国は、ギリシアと呼ばれる国を中心としていた
その国は雷の魔法を得意とする、英雄王が治めていた」
「へえ…」
「それから数十年は、その国が中心になって集権国家が生まれるんだ」
「集権国家って?」
「分かり易く言えば、そのギリシアが中心となった国々の集まりだな
個々の小さな国にも国王が居るが、全権を決めるのはギリシアで…」
「もうちょっと分り易く頼む」
「あのなあ…
はあ…」
アーネストは溜息を吐くと、ちょうど映像に出た国々を説明する。
「例えばこの国は、アテネイと言う女王を国主に抱いた国だ」
「女王が王様なのか?」
「そうだ
そして簡単な事は、この女王の採決で決められる」
「ふむ…」
「しかし宗教や大きな国事となると、ギリシアが決めた法に従う
ちょうど領主と国王の様な関係だな
それを国単位で行っているんだ」
「へえ…
それじゃあさぞ大きな…」
「ああ
そして女神信仰を排して、このギリシアの国王が神を名乗った」
「え?
それって…」
これは初めての、女神を否定した信仰だった。
それまでは女神を創造神として、誰もが崇めていた。
しかしこの王国は、初めて人間を神と定めたのだ。
そうなれば当然、宗教上の問題が起こって来る。
「ああ
女神を崇める者達は、大いに反対したさ」
「そうなるだろうな
それで女神は?」
「何も?」
「何もしなかったのか?」
「ああ
だって女神は、この時は眠りに着いていたんだ」
「な!
何だって?」
「だから女神は、何もしなかったんだ」
「だけど…」
女神には使徒が居て、人間を導く役目がある。
だから当然、これに対して何か動きがある筈だ。
ギルバートはそう思っていた。
「使徒はどうしたんだ?」
「何も
だって女神が眠っているからな」
「そんな…」
「そもそも、その前の神魔大戦の時もそうだっただろう?
使徒が動いていれば、あの様な泥沼な戦いににはならなかった
しかし使徒達は、黙ってそれを静観していた」
「そういえばそうだな
何でそんな事に…」
「女神の指示が無かったからだ
だから使徒達は、何も出来ずに指を咥えて見てたんだ」
「そんな馬鹿な事が…」
実際に馬鹿みたいな事が、そこでも起こっていた。
ギリシアが中心となり、他は属国となっている。
だからギリシアの命令には、誰も逆らえ無かった。
そうしてギリシアを中心とした、選民思想国家が生まれてしまった。
「こうして神に選ばれた国と、それに従う国という関係が生まれる」
「それって…」
「ああ
選民思想だ」
神に選ばれた民として、ギリシアの者達は他国を隷属させる。
最初こそ穏やかだったが、次第に武力を排除させて、力尽くで従わせる様になる。
そうなって来ると、やはり奴隷という者が生まれてしまう。
力の無い属国の民は、ギリギリを中心とした力ある国々の奴隷となって行った。
「最初はギリシアだけだったのだが…
その内に他の国々も真似を始める
そうして再び、奴隷制が文化として普及されるんだ」
「くそっ!
何でこんな事を…」
「もっと良い暮らしがしたい
もっと楽をしたい
もっと楽しい思いをしたい
人間の欲は際限が無いんだろうな」
「そんな…」
「オレやお前みたいに、小さな事で満足出来る者は少ないんだ
騎兵達の中にだって…」
言いながらアーネストが視線を向けると、数名の騎兵が視線を逸らしていた。
「な!
お前達!」
「責めてやるな
少なからず、そうした欲求を持っている物なんだ
だから必死になって戦えるし、大事な物を守ろうとするんだ」
「しかし…」
「あいつ等はマシな方さ
どうせ可愛い嫁さんが欲しいとか、もっと楽に稼ぎたいとか…
その程度だ」
アーネストの言葉に、騎兵達は首を縦にして振る。
彼等の欲求がその程度なので、こうして女神に立ち向かおうと思えるのだ。
そうでなければ、逆に旅に着いて行こうとは思わなかっただろう。
「欲望があるからこそ、こうして着いて来てるんだ」
「しかし…」
「そんな目で見るなよ
お前だってセリアに…
それに子供が欲しいとか思っているだろう?」
「別にそんな!
いや、子供も考えてはいるが…」
アーネストの言葉に、ギルバートは顔を赤くする。
確かにギルバートも、セリアを欲しているという自覚はある。
少し前までは気付かなかったが、彼女が居るお陰で勇気が持てるのだ。
セリアが居なかったら、確かに女神に立ち向かおうなどとは思わなかっただろう。
「それこそが人間の力だし、大事な生きる活力でもある
ハイエルフやエルフは、そうした欲求が乏しいらしい
だから森に引き籠って、ずっと大人しくしてたんだろうな…」
「ん?
セリアもハイエルフなんだよな?」
「あれは特別だぞ?
セリアが人間に…
お前に興味を示したからだろう」
「オレに?」
「ああ
そうで無ければ、ここまで来れなかっただろうな…」
思えば各所で、セリアに救われる事があった。
特にギルバートが負の魔力に囚われた時には、セリアの助けが無ければどうしょうも無かった。
それだってセリアが、ギルバートの事を好きになっていたからだろう。
そうで無ければ、彼女は救おうともしなかった筈だ。
そしてそれは、彼女の気持ちを掴んだギルバートの手柄でもある。
「考えてみれば、お前が中心なんだな…」
「ん?」
「何でも無い」
アーネストは再び、映像を指差した。
そこでは人間同士の、醜い争いが始まっていた。
「今も昔も変わらない
大き過ぎる欲望に引き摺られて、誤った道に踏み込んでしまう」
「これが誤った道なのか?」
「ああ
奴隷制を持って、自分達の欲求を満たすだけの日々
それに何の意味があるだろう?」
「だってお前が、さっき欲望を持つ事が大事だって…」
「言っただろう?
大き過ぎる欲望だと
誰かを好きになる
楽に生きる為に努力する
楽しい思いがしたくて学ぼうとする
それ自体は罪じゃ無いさ…」
奴隷制に味を占めた人間達は、次に他種族に標的を移す。
勿論そこには、奴隷になりたくないという思いもあったのだろう。
最初は属国の者達が、獣人の集落を襲った。
彼等を純粋な労働力として、ギリシアに提供しようとしたのだ。
「また他の種族を…」
「今度は自分達が生き残るという名目もあるんだ
彼等を差し出せば、自分達の被害が少なくなるからな」
「だからと言って…」
獣人狩りが進み、次第に労働力から慰み者として求める様にもなる。
それで力ある大人の男だけでなく、女子供まで攫われる様になる。
王国の兵士が通った後には、老人たちの死体だけが残されていた。
「くそっ!
何て酷い事を…」
「ギル
覚えておくんだ
こうした酷い事だって、人間は平然とやってのける
勿論オレだって、必要ならこうするさ」
「アーネスト?」
「勘違いするな
どうしようも無かったらだ
見て見ろ」
そうした光景が続く中で、次第に反抗する人間が現れる。
全ての人間が、奴隷制に納得をしている訳では無かった。
そうして幾つかの国が、立ち上がって反抗を開始する。
しかし魔導王国の力は、あまりに強大だった。
「反抗する者だって居たんだ
しかし魔導王国は…
あまりに力を持ち過ぎていた」
「あ…
ああ!」
幾つかの国が、魔導王国の兵士に焼き払われて行く。
そうして反抗する力を失い、奴隷として連れ去られた。
そうした中で、遂にドワーフの国にまで手が伸びて行く。
彼等は逃げ惑い、中には妖精の森へと逃げ込む者達も居た。
エルフと長く仲違いをしていたが、どうしようも無くなっていたのだ。
「精霊達は、ドワーフに逃げ場を与えていた
精霊からすれば、エルフもドワーフも大した違いは無いからな」
「ああ
しかし…」
捕まったドワーフ達は、鉱山労働や鍛冶などの仕事を押し付けられる。
やがて王国の手は、妖精の森にまで広がって行く。
捕らえたエルフ達は、農作業や慰み者として連れて行かれる。
幾つかのドワーフの国や、妖精の森が落とされて行った。
「こんな…」
「魔導王国は力があったからな
エルフやドワーフでも勝ち目が無かったんだ」
「獣人や魔族は?」
「獣人は粘っていたな
彼等は集落こそ作るが、国作りは苦手だったみたいだな
まあ、多種の獣人が集まる国なんて、なかなか上手く行かなかったんだろう」
獣人達は幾つかの、同種の獣人達の集落を作っていた。
しかし細かい種の違いから、そんなに大きな国を作る事は無かった。
その為に集落が多く、抵抗する事も難しかったのだ。
肉食獣と草食獣では、生活環境も違っていたのが大きかったのだろう。
「魔族に関しては、実はよく分かっていないんだ
気が付けばいつの間にか、この世界から姿を消していたからな
あるいはどこかで全滅していたのか…」
「そういえば、この前の神魔大戦の時にも数が少なかったな」
「ああ
そして魔導王国が全盛期に入る頃には、彼等の姿は見当たらなかったらしい」
魔族はこの争いの中には、加わっていなかった。
そもそもその姿を、見掛ける者すら居なかったのだ。
だから魔導王国の残した資料にも、魔族に関しては名前しか残されていなかった。
古にその様な種族も、この世界に居たらしいとしか記されていない。
「こうして暫く…
大体200年ぐらいかな?
魔導王国が中心の世界が続いたんだ」
「そんなに長くか?」
「ああ
だから人間であるオレ達にも、その頃の記憶が残されている
しかしそれでも、300年以上も昔の国の事だ」
やがて都市国家を持たない、東の遊牧民達が蜂起する。
そこから起こった火種が、少しずつ魔導王国を浸食して行く。
そうした中で、王国の中に一人の男が生まれた。
彼の名はカイザート、後の帝国の初代皇帝だ。
「遊牧民にまで、王国は手を伸ばした
しかしそれが失敗だった」
「遊牧民って、東に住む蛮族だよな?」
「それは蔑称だよ
実際は放牧を営む、穏やかな人々だったんだ」
「そうなのか?」
「ああ
しかし長くそうした生活を営む中で、彼等は家族を大事にする事を学んでいた
だから奴隷として連れ去ろうとする、王国に激しく抵抗をした」
「うわっ
どう見ても勝てないだろう?」
「そういう問題じゃあ無いんだ
彼等は家族を大事にする
それこそ命懸けでな」
武器や魔法で圧倒する、魔導王国の兵士を前にしても、彼等は一歩も引かなかった。
愛する家族を奪い返す為に、それこそ命を賭して戦い続ける。
それに呼応するかの様に、次第に他の種族も集まり始める。
そうして戦いが激化する中で、遂に女神が再び目を覚ました。
「え?」
「魔物が現れただろう?
女神が目覚めたんだ」
「え?
しかしこれでは…」
「そうだな
女神はあくまでも、争いを収める為に魔物を放ったんだ
だから魔物は、王国とか関係無く襲い掛かった」
次々と現れる魔物の群れに、王国の軍は次第に押される。
そしてそれは、多種族の混成軍も同じだった。
魔物は敵味方関係無く、目に付いた生き物に襲い掛かった。
それで戦場が荒らされて、両軍は一旦離れて睨み合う事になる。
「これが有名なカイザートの初陣だ」
「初代皇帝カイザート
これが歴史の授業で聞かされた…」
「ああ
よく見ておけ
これからの魔物との戦いに、参考になるかも知れない」
それは魔物と人間と、多種族の軍とが入り乱れる戦いだった。
ギルバートは固唾を飲んで、その光景を見守るのだった。
まだまだ続きます。
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