第586話
ギルバート達は、ドワーフの郷を出発する
目指す目的地は、ここから北北東にある女神の神殿だ
そこには女神の眠る場所があり、偽の女神もそこで待っている筈だ
彼女の企みを阻止する為に、再び神殿を目指す旅が始まる
ドワーフの郷から、先ずは東に向かって進む事になる
ドワーフ達の話では、暫く進むと急峻な山脈が立ち塞がっている
そこを一旦、南に迂回して、それから北東に向かう事になる
険しい山脈は、春の今でも雪が積もっているからだ
「向こうに見えるじゃろう?
あれがあるから真っ直ぐに進めんのじゃ」
「随分と高い山だな」
「山と言うよりは、あれは山脈じゃな
幾つもの険しい山が連なっておる」
「それじゃ…」
「しかしここから、一旦南に向かう
それで山脈は躱せる」
「ううむ…
しかし時間が掛かるな」
「それは仕方が無いじゃろう」
ドワーフの案内で、一行は東に向かってから、一旦南下する事になる。
そのルートの方が、魔物に遭遇する可能性が低いからだ。
先の中国の兵士達も、恐らくはこのルートを通った筈だ。
今のところ争った跡は無いので、彼等も無事に通過している様だった。
「しかし魔物や魔獣も居ないって事は…」
「この辺は高台になっておってな
高山植物しか生えておらん
じゃから餌になる物も少ないんじゃ」
「そのお陰で魔獣も見掛けないのか」
「ああ、そうじゃ
しかし同時に…」
高山植物しか生えていないので、動物の数も少なかった。
だからこのルートを通るには、それなりに食料を持って来る必要があった。
「野営の跡か…」
「一角兎の骨があるな」
「奴等はこの辺で狩ったのか?」
「ううむ
しかし見当たらんのう…」
帝国の兵士達が狩ったからか、一角兎の姿は見られない。
仕方が無いので、その辺で野営をする。
しかし肉になる様な、獲物の姿は見られなかった。
「奴等が狩り尽くしたか?」
「そうじゃのう
近場には居そうにもない」
「まあ、干し肉は十分にある
無理に狩る必要も無いさ」
干し肉と野草を煮込んだスープと、黒パンを夕食に食べる。
旅に出るには、どうしても日持ちの良い黒パンが必須になる。
黒パンは水分が少ない分、痛みにくいからだ。
しかし水分が少ないので、どうしても固くて食べ難い。
だからスープに浸したりして、柔らかくして食べる必要があった。
「この辺は、食べられる野草も多いな」
「ああ
兵士達はあまり、野草を採っていないな」
「旅の知識に乏しいのか?」
「そうじゃな
野草を摂らんんと、高山病に罹り易くなる
それぐらいは知っておるじゃろうに…」
帝国の兵士達は、元は遊牧民達である。
だから野草や高山に関しては、知識が高い筈である。
しかし彼等の野営地の跡では、あまり野草を摘んだ様子が無かった。
「まあ、他国の兵士を心配しても…」
「それもそうなんじゃが
しかしそれにしても…」
ドワーフ達だけで無く、騎兵やハイランドオーク達も心配そうにしていた。
敵対したとはいえ、相手も人間だった。
こんなところで間抜けな理由で、力尽きて欲しいとは思わない。
出来れば無事に、国に帰って欲しいと思っていた。
「敵だったオレ達が言うのもなんですが…」
「生きてて欲しいですね」
「大丈夫だろう?
肉は食ってる様子だし…」
「ですが野草を摂らないと…」
「野営地でも集めていただろう?」
「あれは野草と言っても、薬草がほとんどじゃ
こいつ等まともに食事をしておるのか?」
「ううむ…」
考えてみても仕方が無いのだが、確かに気にはなっていた。
そして彼等の心配は、やがて現実味を帯びて来る。
それから数日は、彼等の野営地を追う形で野営を行っていた。
しかし数日すると、その野営地の痕跡が変わって来た。
「今日は獲物が少なかったのか?」
「野草は相変わらず、あまり採っていないな」
「他で食料を集めているのでは?」
「それにしたって…
道中にそんな痕跡はあったか?」
野営地の跡には、今日は骨や食べ残しの跡は無かった。
そして周囲を見ても、野草はあまり採られていない。
その様子を見ると、あまり食べ物がある様子には見えなかった。
「大丈夫かな?」
「まあ、何か食い物はあるだろう
こっちはこっちで、魔獣に警戒しながら進もう」
「はい」
ギルバート達は、一角兎の様な獲物は見付からなかったが、何とか魔獣を探して討伐していた。
青い翼の美しい青山鳥や、ワイルド・ボアが何頭か見付かった。
その肉と野草を煮込んで、一行は夕食として食べていた。
沢山狩る事は出来なかったが、彼等の人数では十分な数は獲れていた。
それから数日進むと、いよいよ事態は深刻になって来ていた。
野営地の跡の周りには、野草も残されていない。
いや、正確にはこの辺りでは、野草自体の自生も少なかったのだ。
それに加えて、標高が高くなっていた。
「少し肌寒いな…」
「これだけ高くなるとな」
「ああ
雪こそ見られないが、冬みたいな気温だな」
山脈の外周を回っているので、この辺りは標高が高くなっている。
その分気温も下がるので、高山植物の自生も少なくなるのだ。
それに加えて、野生の動物の数も少なくなっている。
こちらは生命力察知があるので、動物も何とか探せていた。
しかし帝国の兵士達は、それすらも出来ないのだろう。
野営地の跡には、食事の痕跡はほとんど無かった。
「おいおい…
本当に大丈夫なのか?」
「心配しても無駄だろう?
もし出会っても、何もしてやれないぞ」
「そうじゃな
こっちもギリギリの状況じゃ
分けてやる食料なんぞ無いぞ」
「ううむ…」
そして翌日には、遂に野営地に墓が残されていた。
簡単に穴を掘って、埋めただけの墓だった。
そもそもが彼等の国では、主に土葬を行っているらしい。
しかしこんな所に、土葬をしたら危険な事になる。
「墓か…」
「しかも土葬だな」
「掘り返して焼いてやれ」
「はい」
このまま置いておくと、後に死霊になってしまう。
そうならない為にも、燃やしてやった方が良かった。
騎兵達が掘り返して、その遺体を薪の上に安置する。
それから火を着けて、燃え尽きるまでそれを見張っていた。
ウオオオン
「狼か?」
「そうだな
煙の匂いに反応したか」
「食えないが、殺すしか無いか」
「そうですね」
死体を焼いた匂いで、グレイ・ウルフが3体近寄って来た。
騎兵達が出て、それを片付けて来る。
ミスリルの武器を手にした事で、彼等だけで狩る事が出来る様になっていた。
そうして狩って来た狼を、ドワーフ達が嬉しそうに解体する。
「ほっほっほ
上質な皮が手に入ったわい」
「服でも作るか?」
「そうじゃな」
素材をドワーフ達に渡すと、後は死体と一緒に燃やした。
グレイ・ウルフは魔力が高いが、その肉は筋張っていて食べられ無いのだ。
だから勿体無いが、肉は燃やすしか無かった。
「骨ももらって良いか?」
「良いけど…
荷物にならないか?」
「なるべく荷物にならん様に、砕いて粉にしておく」
「どうするんだ?」
「魔力の籠った骨粉じゃ
肥料や魔鉱石の材料になる
どこかで使えるじゃろう」
「そうか
それなら好きにしてくれ」
「ありがたい」
マクツース達は、嬉しそうに骨を集める。
この先で集落でも見付けたら、そこで有効活用出来るだろう。
「しかし…
犠牲者が出始めたな」
「ああ
暫くは高地が続く
使者は増えるだろうな」
「そうだな」
その翌日も、野営地には墓が残されていた。
昨日よりも増えて、今度は8個の墓が作られている。
それを同じ様に、墓を掘り起こして燃やしてやる。
そうして残った骨は、再び埋めて墓に戻してやる。
「まだまだ増えそうだな」
「ああ
恐らくは怪我人だろう」
「体力が無いからか?」
「それもだろうが、この寒さだ
負傷者には厳しいだろう」
「そうだな」
それから5日、一行は野営地の跡を見付けては、死体を燃やしてやっていた。
既に死者の数は、軽く100名を越えていた。
やはり高山を横切るには、負傷者には無理があったのだ。
それでもここを通ったのは、南の低地よりは魔物が少ないからだろう。
ギルバート達も、初日のグレイ・ウルフ以外は見掛けていなかった。
「そろそろ肉も少なくなって来たな」
「ああ
だがもう少しだ」
「明日には下りになる
彼等とは別方向になるじゃろう」
この高地を抜けると、帝国の北側の平原に出る。
そこからギルバート達は、北東方向に向かう事になる。
一方で帝国の兵士達は、そのまま南東に向かって進んでいる。
彼等の野営地を見るのも、今日か明日が最後だろう。
「別方向になるのか?」
「ああ
ワシ等は北に向う
こいつ等は恐らく、南か東じゃな」
「なるほど
そうなると無事に進んでいるかは…」
「気にする必要は無いだろう?
それは彼等の運命だ
オレ達が関わる事じゃあ無い」
「ああ、そうなんだが…」
ギルバートは不安そうに、その先に視線を向ける。
出来れば無事に、辿り着いて欲しいと願いながら。
「さあ
下に降りたら獲物も見付かるだろう
寂しい食事もあと少しだ」
「そう願いたいな
そろそろ干し肉にも飽きて来たところだ」
「うみゅう
しょっぱいのは嫌…」
「はははは
セリアのは野草が多いだろう?」
「でも、お肉がしょっぱいから…」
「それは仕方が無いよ
もう干し肉しか無いんだから」
「むう…」
干し肉は塩漬けにするので、どうしてもスープが塩辛くなる。
セリアはまだ、子供の舌なので塩辛い物は苦手だった。
だからスープにパンを浸して、ちょっとずつ食べていた。
「しょうがないなあ」
「わあ♪
木の実だ」
「後で食べるんだぞ」
「むう…」
「今食べたら、余計に塩辛くなるぞ」
ギルバートはセリアに、甘い木の実を分けてあげる。
それでセリアは、塩辛いスープを我慢して食べる。
「にゅふふふ」
「ちゃんと殻を剥いて…」
「うん」
ギルバートが殻を剥いて、セリアに木の実を食べさせてやる。
その様子を、騎兵達はほっこりしながら見ていた。
「美味しい♪」
「そうか
それは良かった」
「むう…
無くなった…」
「ははは
食べ過ぎは良くないからな」
「駄目?」
「ニキビが増えるぞ」
「むう!」
木の実は美味しが、食べ過ぎは身体に良くない。
だからギルバートも、セリアには木の実を3個しか渡さなかった。
この辺りには、木の実があまり採れなかった。
もう少し低い場所に下りなければ、灌木もあまり生えていないのだ。
「さて、周囲の状況を見て来るか」
「一緒に行っても良い?」
「ん?
そうだな…」
この辺りには、魔獣の気配は感じられなかった。
大丈夫かアーネストの方を向くと、ニヤニヤしながら横を向く。
好きにしろって事だろうか?
ギルバートは肩を竦めると、薄暗くなった野営地の周りに向かった。
「何も居ないね」
「そうだな
一角兎でなくても良いから、何か居れば良いんだが…」
「一角兎は危ないよ
可愛いのに突っ込んで来るから」
「そうだな
だが…こう何も居ないんじゃあ…」
「そうねえ…」
セリアは寂しそうに、足元の野草に手を伸ばす。
数は少ないが、小さな野草は黄色い花を咲かせている。
春先に掛けて咲く花で、塩味にして煮込めば美味しかった。
さっきのスープの中にも、この野草も含まれていた。
「あるのは野草ぐらいか」
「うん」
「それも少ない…」
「肌寒いもんね」
「そうだな」
思い出すと少しだけ、風の冷たさを感じる。
季節は春なのに、ここだけまだ冬の様だった。
「ぴとっ♪」
「ん?」
「寒いでしょう?
暖めてあげる」
「はははは
ありがとう」
そう言いながら、ギルバートは恥ずかしくなって赤くなっていた。
触れるセリアの指先から、少しだけ温かさを感じる。
そんなセリアの肩を抱く様に、腕を回してマントに包んであげる。
二人の体温が合わさって、ゆっくりと暖まってゆく。
「温かい」
「ああ」
セリアが振り返ると、その可愛い頬は上気して赤くなっていた。
そしてなびく髪からは、花の香りが微かに漂っていた。
「ねえ
兵士の人達は大丈夫かな?」
「そうだな
彼等も同じ状況だろうな」
兵士達にすれば、この寒い中をひもじい思いで野営をしているだろう。
近くに居たのなら、助けてやる事も出来た。
しかし今は、数日離れた場所で野営をしている筈だ。
それにギルバート達にも、分けてやれるほどの食料も無かった。
「無事でいれば…
良いのだが」
「大丈夫だよね?」
「そうだな
仮にも兵士だからな」
ギルバートには、そう答えるしか無かった。
翌日はギルバート達も、北に向って進路を変えていた。
それで野営をする時も、兵士達の野営地の跡は見付からなかった。
気にはなっていたが、こちらも寄り道をしている余裕は無い。
まごまごしていれば、食料が不足して立ち往生してしまうだろう。
「殿下
一角兎が見付かりました」
「他の魔獣は居ませんが、少しは肉が見付かりそうです」
「そうか
無理しない程度で探してくれ」
「はい」
高地を降りたので、動物の数も増えていた。
何よりも林があるので、木の実が手に入るのが助かった。
それで食べる物が増えたので、野生動物や魔獣も見付かったのだ。
「魔獣でも肉が食えるのが助かる」
「そうだな
向こうにも何か、獲物が見付かっていれば良いんだが…」
「逆に魔獣が出るとな…」
「ああ
それはマズいか…」
今のところは、小型の魔獣しか見付かっていない。
しかし一角兎でも、十分に危険な魔獣である。
油断していれば、その鋭い角で突き刺されるのだ。
ギルバートは知らず知らずのうちに、帝国の兵士達を心配していた。
まだまだ続きます。
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