第585話
帝国の兵士達が去ってから、1週間が経とうとしていた
その間に周囲を探索して、食料を集める事になった
木の実や野草はもちろん、食べられそうな野生の動物も狩った
そして準備が出来た頃に、ギルバート達はドワーフ達から提案を受けていた
近場にはグレイ・ウルフしか居なかったが、少し離れた場所には野生の動物も居た
小さいが狂暴な一角兎や、強烈な突進をする突進羊。
それに魔物には分類されないが、子供ぐらいの大きさで爪の鋭い青山鳥。
そういった獲物を狩って、食肉も確保されて行った。
「これで当分は、食料には困らないだろう」
「そうだな
後は装備も…」
「ああ
ここ数日の狩りで、矢羽根やナイフ等も新調出来た」
「他には準備に必要な物は?」
「薬草やポーションはどうだ?」
「セリアの協力もあったからな
十分に補充出来たよ」
「そうか
それなら問題無いだろう」
帝国の兵士達の治療に使った分も、ここ数日で補充出来ていた。
セリアがノームやシルフと協力して、洞窟の周辺で薬草を育てたからだ。
ついでに幾つかの、食用の野菜も増やしていた。
これで準備は、すっかり整っていた。
「それでは明日にでも…」
「ああ
ようやく出発だな」
帝国の兵士が攻めて来た事で、20日ほど出発が遅れていた。
この間にも、偽の女神は各地で暗躍しているだろう。
急がなければ、事態は益々悪くなるだろう。
ギルバート達は、明日にも出発する事にする。
そこに様子を見に来た、ドワーフの代表が声を掛けて来た。
彼はガンドノフの息子で、マクツースと言う鍛冶職人だった。
ガンドノフ亡き後、彼がドワーフの纏め役になっていた。
そんな彼が、ギルバートの前で跪いた。
「ギルバート殿
お願いがございます」
「どうしたんだ?
マクツース」
ただならぬ様子のマクツースに、ギルバートは驚く。
「何なんだ?
いきなり跪いたりして
いつも通りに…」
「いえ、これは正式に主従の臣下を正す為の物
我々の気持ちです」
「え?
臣下って…」
「オレ達はお前達を、隷属しようとは思っていないぞ」
「はい
それは分かっております
しかしそれとは別に…」
「何だ?
何がしたいんだ?」
マクツースの態度に、アーネストも動揺していた。
彼等は昔に、魔導王国の奴隷にされていた。
その事にはギルバートもアーネストも、激しい憤りを感じていた。
しかし彼等は、ギルバートに対して服従の意思を示していた。
これでは彼等が、奴隷に戻りたい様に見えていた。
「オレは奴隷なんて嫌だぞ」
「それは分かっております」
「だったら何故?」
「ワシ等も奴隷なんぞなりたくありません
ですがあなた達の旅に、同行したいのです」
「旅に?」
「はい」
それはこれから、女神の神殿に向かう事を指しているのだろう。
しかしそれは、危険な旅になる筈だった。
だからギルバートは、その頼みを断る。
「駄目だ!
危険過ぎる」
「ほう…
それは何故ですかな?」
「お前達には、直接は関係無い旅だろう?
オレ達が向かうのは、人間を滅ぼす事を止める為だ
それにはドワーフは、関係無いだろう?」
「そうですかのう?
ワシには、とてもその様には感じませんが?」
「どういう…」
「もし、女神が人間だけを狙っているのなら…
ここへは近付けさせる必要は無かったのでは?」
「それは?」
「ギル
もしかしてだが、マクツースの言う事も間違いじゃあ無いかも?
女神が狙っているのは、人間族全ての殲滅かも知れないぞ」
「え?」
「そうですな
ワシもそう考えております」
「人間だけでは無いと?
それならエルフやドワーフも?」
「その可能性は高いだろう」
「馬鹿な事を言うな!
そもそも奴隷制は人間が…」
「人間だけじゃあ無いぞ
ハイエルフも昔は、他の種族を奴隷にしていたらしいぞ」
「え?」
「それだけでは無い
ドワーフでも、中にはそういった思想に影響された者も居った
まあ、昔の話じゃがな」
「そうなのか?」
「ああ
それに…
事は奴隷制や選民思想だけでは無いのだろう
それこそ、偽の女神の考えだからな」
「あ…」
この行いが、女神の考えならそうかも知れない。
しかし実際には、今動いているのは女神の名を騙る何者かだ。
それが何を考えて、人間の抹殺をしようとしているのか分からないのだ。
だから人間だけで無く、人間種全体の抹殺でもおかしく無いのだ。
「あれが何を考えているのか…
少なくとも、ここの者も殺そうとしているだろう」
「しかし、だからと言って旅には…」
「そうだな
危険な旅になる筈だ
それでも良いのか?」
「ええ
ワシ等はあんた達に着いて行きたい」
「だが、ここに居れば安全なんだろう?」
「それは以前の話じゃ
天井には穴が開いてしもうたし
ここの安全も疑わしくなって来た」
「そりゃあ…」
「確かにな…」
三人は先の戦いで、天井に開いた大穴を見上げる。
最初は地下の兵器置き場から、地上へ向けて一直線に穴が開いていた。
しかし冷え固まると、他の場所も崩れて来ていた。
今では炉のあった部屋も、天井が崩れて地上が見えている。
「それにな、武具の手入れの事もある」
「手入れ?」
「ああ
確かに真銀は頑丈じゃ
しかし手入れをしなくて良い訳では無い
お前さん達だけで、武具の手入れが出来るのか?」
「それは…」
「ギル
これは諦めた方が良いぞ
ここも安全では無いしな」
マクツースの要望は、旅の同行だった。
そしてその間は、武具の手入れはドワーフ達で行う。
その代わり戦闘は、ギルバートや騎兵達で行う。
それはギルバート達にとっても、魅力的な条件だった。
「しかし…
危険な旅になるぞ?」
「分かっておる
じゃからほとんどの者は、安全そうな集落でも見付けたら、そこに落ち着くつもりじゃ」
「それなら…」
「待て!
ほとんどの者と言ったな
それでは…」
「ワシを始めとして5名は、最期まで同行するつもりじゃ」
「え?」
「5名もか?
危険なんだぞ?」
「分かっておる
しかし事は、お前さん達だけの事では無い
そうじゃろう?」
「確かにな
あの偽の女神が、何を考えているのか…」
女神はギルバート達には、人間を滅ぼすと公言していた。
実際にそれで、多くの人間が傷付き倒れた。
王国だけでは無く、帝国も帝都失っている。
だから人間の抹殺は、恐らく彼女の目標ではあるのだろう。
しかし、それだけでは腑に落ちない事が多かった。
まず第一に、ここが未だに無事な事だった。
勿論、魔獣が用意出来ないという可能性もある。
しかし一月以上掛かっても、未だに大した魔獣が攻め込んでいないのだ。
それに、中国での神の事も疑問だった。
確かに神は、偽の女神が行っている事なのだろう。
しかしそれは、人間を滅ぼす事にどう繋がるのか?
彼女の行動が理解出来ないので、何が目的なのか分からないのだ。
「中国の勇者や、神を騙っている事も気になる」
「そうじゃな
それに、世界はここだけでは無い
本当に人間を滅ぼすつもりなら…」
「ああ
もっと大規模な侵攻があってもおかしくない」
「それって?」
「ああ
そもそもが、王国や帝国を襲った事がおかしいんだ
あんな半端な勢力では、却って力を着けるだけだろう?」
「ん?
魔王が居たんだぞ?」
「その魔王も、本気で戦っていなかった
アモンの力を見ただろう?」
「え?
ああ!」
「そうだ
彼が最初から本気で戦っていたら、王都は数時間で壊滅していた
それなら何故?
魔王に本気で戦わせなかったんだ?」
「確かにそうだ…」
「ギルバート殿
アモンと…黒の猛獣と戦ったのか?」
「ええ
以前に王都で…」
「ワシの父、ガンドノフは…
アモンの力が失われていると仰っていた」
「え?
力が失われている?」
「ああ、そうじゃ
この前の…
彼の最期の戦いでは、全盛期の半分にも満たないと…」
「あれで半分?
それじゃあ、それこそ全力の魔王では?」
「そもそも魔王には、国を落とせる力が備わっておる
黒の猛獣の名も、単身で王城を落とした事から着いた名じゃ
ワシも父から聞いた話と、彼の姿が重ならなかった」
「それじゃあ本当に…」
実はアモンは、女神から魔王の力を取り上げられていた。
魔王を除籍された時に、その力は失っていた。
だから残された寿命を使って、あの戦いを行っていた。
力を失っていなければ、彼は魔王らしい戦いを出来ただろう。
だが、それでも女神は、魔王に力を解放させていなかった。
アモンやムルムルが本来の力で戦っていたら、王都どころか王国自体が焦土と化していただろう。
本来の魔王とは、それほどの力を有していたのだ。
だから魔導王国は、その魔王に対抗する為に兵器を開発していた。
地下の兵器も、元はそういった目的の兵器だったのだ。
「女神の目的は何なんだ?」
「人間を滅ぼす
それだけでは無いのだろう」
「滅ぼすのは確定なのか?
それにしては…」
「ああ
確かに回りくどい
しかし確実に、人間を滅ぼそうと戦力は集めているだろう?
魔獣もどんどん強くなっている」
「あ…
そう言われればそうか」
人間を滅ぼす気が無いのなら、魔獣もそこまで強い物を用意する必要も無いだろう。
しかし魔獣も、少しずつだが確実に強くなっている。
既にミスリルが無ければ、ギルバートでも苦戦する魔獣まで居るのだから。
しかし、段階的に強くなる意味が分からなかった。
「何でだろう?」
「あん?」
「だって、オレ達を殺したいのなら、それこそ最初からグレイ・ベアみたいのを…」
「ああ
それはオレも考えていた
しかし答えが見付からない」
「そうなんだよな
何で少しずつ強くなっているんだ?」
「ううむ…
急に強い魔物は作れない…とか?」
「そうなのかな?」
「それ以外には考えれないからな」
ギルバートの疑問に、アーネストはそう答える。
しかしアーネストも、その考えには疑問があった。
それなら女神は、どうやって人間を生み出した?
段階的にしか作れないなら、昔の強力な魔獣もそうやって生み出したのか?
全てが謎に包まれていた。
「分からない事を考えても無駄じゃろう?
それで、ワシ等はどうなるんじゃ?」
「ううん…
アーネスト」
「おい!
こっちに投げるな!」
「しかし、オレの独断では…」
「良いから、お前が決めろ!
お前の臣下になりたいって話なんだぞ!」
「へ?」
「聞いて無かったのか?
奴隷じゃ無くて、お前の臣下に加わりたいって言っているんだよ」
「そういう事なのか?」
「はい
あなたの臣下に加えていただいて、旅に同行させてください」
「ううむ…」
結局ギルバートは、彼等の同行を許す事にする。
このまま残しても、確かに彼等の郷は危険だった。
それならば安全な場所まで、彼等を連れて行くしか無かった。
それに、ドワーフの鍛冶の能力は魅力的だった。
「分かった
同行を許すよ」
「おお!
それでは…」
「ただし、危険な場合は残ってもらうよ
この先に安全な場所が…あればだけど」
「分かりました
ですがワシ等は…」
「マクツースもだよ
危険な場合は離れてもらう
君が死んだら…
ガンドノフに申し訳が無い」
「そんな事は!
ワシの父なら、死んでも着いて行けと言うじゃろう!」
「それでもだ!」
ギルバートは躊躇いながらも、マクツースの肩に手を置く。
「オレの為に、誰かが犠牲になるなんて…」
「それは違いますぞ!
あなた様の為ならばこそです
あなた様ならば、この世界に希望をもたらせる
ワシ等はそう信じています」
「オレはそんな、大した者じゃあ無いよ」
「あ…」
「マクツース」
ギルバートは哀しそうに、首を振って洞窟の奥に向かった。
アーネストは優しく呼び掛けると、マクツースの肩に手を置いた。
「ギルはな、沢山の死を見て来た
だからその中に、お前達が加わるのが辛いんだ」
「ですが!」
「分かっている
だから今は、焦らずに行こう」
「しかし…」
「あいつも分かっているんだ
そんな生半可な決心では、誰も守れないって」
「ワシは守られたいのでは…」
「分かっている
だから、今はその言葉は言わないでくれ
これ以上は…」
「分かりました」
マクツースは頷くと、仲間の元へ向かった。
旅の同行が許された報告と、自分達の支度をする為に。
「ただ闇雲に、守るんじゃあ無いんだ
命を賭けるのなら、オレが…」
アーネストはそう言いながら、杖を握り締めていた。
「お兄ちゃん」
「セリア
支度をするぞ」
「ここを発つの?」
「ああ」
ギルバートは洞窟の奥に向かうと、ノームが捕らえられていた場所に向かった。
そこではセリアが、ノームが寂しくない様にと、花を植えて育てていた。
天上が崩れた事で、そこにも外の日差しが差し込んでいた。
その光の中で、彼女は美しく輝いて見えた。
「悪い女神の所に行くの?」
「ああ
今度こそ…」
「止めに行くんだよね?」
「ああ」
「死にに行くんじゃ…
無いよね?」
「あ、ああ…」
「お兄ちゃん?」
ギルバートは頭を振ってから、もう一度セリアを見る。
「大丈夫だ
オレは死んだりしない」
「うん」
「セリアを独りにはしない
そう誓ったんだ」
「うん」
「だから…」
「怖い?」
「…ああ
そうだな」
「なら、セリアが一緒に居てあげる
それなら怖く…」
「セリア」
「うみゅう!」
ギルバートは思わず、セリアを抱き締めていた。
恐くは無いとは言ったが、それは嘘だった。
あんなに強かったアモンでさえ、魔獣と戦って命を落とした。
そしてムルムルやガンドノフまで、ギルバートを守ろうと命を落とした。
「お兄ちゃん…」
「すまない
暫くこうさせてくれ…」
「うん
良いよ…」
降り注ぐ陽光の中で、ギルバートはセリアを抱き締めていた。
その温もりが伝わり、恐怖に震える心を温める。
そうして暫く、愛する人を抱き締めていた。
柔らかい花の香りが、ギルバートの萎れていた心を勇気づける。
「生きるんだ…」
「うん」
「セリアと一緒に、必ず戻るんだ」
「うん」
「行こう!」
「うん♪」
二人は手を繋ぐと、洞窟の外に向かって歩き始める。
女神と対峙する為に。
まだまだ続きます。
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