第583話
アーネストは、ギルバートの前に座る兵士達を睨んでいた
彼等はあくまでも、ドワーフを奴隷にしようとしていた
そうしなければ、彼等が処刑されるからだ
しかしそれは、アーネストには許容出来ない事だった
兵士達はアーネストを睨み、何とか逃げだそうとしていた
ここで逃げ出して態勢を立て直し、再び襲おうと考えていた
怪我人を治療してもらっても、そんな事を考えていたのだ
彼等にとっては、そんな事は当然だと考えていたのだろう
自分達は選ばれた者なので、何をしても許されると考えているのだ
「ギル!
そいつ等を見張っていてくれ」
「何だ?」
「そいつ等、まだドワーフを狙っている」
「何だって?
勝てるつもりなのか?」
「ああ
そうなんだろう」
「止めてください!
この方達は、我々を助けてくださったんですよ?」
「だからどうした?
こいつ等がオレ達に、奉仕するのは当然だろう?」
「そうだぞ
オレ達は選ばれた、帝国の民なんだぞ?」
「何を言ってるんですか?
さっきの話を聞いていなかったんですか?」
「ふん
そんな物、こいつ等の考えた話だろうが」
「どうせ精霊とかも嘘で…」
「いい加減にしてください!」
治療を受けた兵士達の、半数は今の話を信じていた。
しかし半数は、死にたく無いので逃げ出そうとする兵士に同調していた。
それで兵士達は半々に分れて、睨み合いを始める。
このまま逃げ帰るか、再びギルバート達と戦うか。
しかしどう考えても、戦っても勝ち目は無いのだ。
「いい加減にしてくれ
そもそも勝てると思っているのか?」
「勝てるに決まっているだろ!」
「オレ達は選ばれた民なんだ!」
「馬鹿な事を…」
「それでどうなった?
妖魔に襲われて…」
「それはこいつ等が、妖魔を操って…」
「操ったかどうかはどうでも良い!
その妖魔に勝てなかっただろうが!」
「それは…」
妖魔に勝てなかった者が、妖魔を倒した者に勝てる筈が無いだろう。
「そもそも、あの爆発で生き残った者は少ないんだぞ?」
「生きて国に戻れるかも…」
「何でだ
妖魔はもう居ないだろう?」
「いや、さっき現れたばかりだぞ?」
「帰りに襲われないという保証は無いだろう?」
「何でだ?
オレ達は選ばれた…」
「もういい加減に認めろよ!
神なんて居ないんだ」
「さっきの妖魔に襲われたので、分からないのか?」
「そんな筈は無い
神殿の守護者様が…」
「彼等がそう言っているだけだろ?」
「そうだぞ
お前は神を見た事があるのか?」
「そんな事は無いが…」
「そんな不遜な考えを…」
しかしそれが事実であろう。
居もしない神だからこそ、誰も姿を見た事も無いのだ。
少なくとも女神は、精霊の前に姿を見せている。
そしてその精霊も、ここに声だけだが現れているのだ。
それに比べると、神の存在はあまりに曖昧だった。
「もう良いだろう?
傷が癒えるまでは、ここに居ても良い
しかしそれ以降は、国に帰ってもらうぞ」
「ギル
それで良いのか?」
「訳して伝えてくれ」
ギルバートはそう言って、その場を離れようとした。
しかしその時まで、彼等はその存在に気が付いていなかった。
いつの間にかギルバートの背後に、その男は近付いていた。
そして振り被った剣で、その首筋に切り付けようとしていた。
「分かった
それ…危ない!」
「死ね!」
「な!
ぐうっ」
ガギン!
ギルバートは咄嗟に、背後から迫る刃に対して頭を庇った。
結果として、その行為がギルバートの身を守った。
剣は手甲に阻まれて、首筋に触れる事は無かった。
「何だ?」
「勇者様?」
「何をされているんですか?」
「取り押さえろ」
騎兵達が慌てて、勇者を取り押さえようとする。
彼は常軌を逸した目をして、無茶苦茶に剣を振り回した。
それで騎兵達は、怪我をしない様に防御で身を固める。
そして逸れた刃は、座っていた兵士達を切り付ける。
「ぎゃはあああ
死ね!
死ねええええ!」
「狂ってる?」
「どうしたんだ?」
「恐らく爆発のショックで…」
勇者の耳の辺りには、流れた血が固まっているのが見える。
鼓膜をやられているのが一目で分った。
それに頭も打っているのだろう。
顔にも血の痕が残っていた。
「くそっ!
危ないな」
「早く逃げろ」
「あ、ああ…」
「勇者様
オレ達の事が分からないのか?」
「鼓膜がやられてるんだろう」
「それに様子も変だ」
「良いから逃げろ」
騎兵達が盾になって、兵士達を逃がそうとする。
しかし勇者は、それにも構わず剣を振り回していた。
「死ねえ
ぎゃはははは」
「おかしくなったのか?
やむを得んな…」
「お願いします
勇者様を殺さないでください」
「そうです
あの方は私達を助けようと…」
「しかしこのままでは、死人が出るぞ」
「ですが…」
兵士達の懇願する姿を見て、ギルバートは頭を振った。
「仕方が無い
拘束するか」
「殿下?」
「押さえるから、縄を持って来てくれ」
「は、はい」
「これで大人しくなれよ!」
「ぎゃひゃあ」
バキン!
勇者が持っていたのは、その辺に転がっていた普通の剣だ。
だからギルバートを傷つけられなかったし、簡単にへし折る事が出来た。
そしてギルバートは、素早く腕を叩いて剣を落とさせる。
その後は両手を掴み、そのまま地面に押さえ込む。
「ふん」
「ぎゃひゃあ」
「これでどうだ?
むうっ…」
「ぎぎぎ…」
「くそっ
凄い力だ」
ギルバートは身体強化を使っていたが、それは全力では無かった。
あまり力を加えると、勇者の身体を壊しそうだったからだ。
それでも勇者は、ギルバートの力に抗おうとしていた。
それは彼が、この戦いで力に目覚め始めていたからだろう。
もう少し早く目覚めていたら、より厄介な存在になっていただろう。
勇者の膂力は、既に騎兵達に並んでいたのだ。
「殿下
これで巻き付けます」
「ああ
しっかりと結んでおけ
相当な力を持っているぞ」
「はい
我々だけでは押さえれませんでしたね」
「ああ
覚醒しかけているな」
「勇者様…」
「何でこんな事に…」
兵士達は勇者の様子を見て、何か感じている様子だった。
それが影響したのか、彼等はもう、争う気を失っていた。
大人しく治療を受けると、そのまま野営地を立て直し始めた。
そうして重傷者を、天幕の中で休ませた。
「申し訳ございませんでした」
「ん?」
「勇者様の事といい、今回の襲撃といい…」
「ああ
オレはもう、気にしていない
それよりも、無事に帰れるかだな」
「はい…」
兵士達はすっかり戦意を失い、大人しくなっていた。
元々一部の兵士が殺気立っていたのは、神の守護を信じていたからだ。
しかし魔物の襲撃で、その神の存在も当てにならないと判明した。
それで彼等も、素直に従っていたのだ。
「ここに来る時は、襲われていなかったんだよな?」
「え?
それはそうですが…」
ギルバートは言葉が分からないので、アーネストが兵士達と話をする。
それは今の事より、この後の事だった。
「ですが妖魔は…」
「そうだね
恐らくは今までは、女神の指示で近付けなかったんだろう
しかしこれからは…」
「ええ
帰還するにしても、あの妖魔から逃げ切れるか…」
「ああ
しかし逃げ延びなければな
この辺には本来、あの程度の魔獣は沢山生息している」
「あのう…
あなた方はそれを、どうやって?」
「勿論、戦って倒して来たさ
しかしさっきのは…」
グレイ・ウルフは倒せそうだが、さすがにグレイ・ベアは厳しい。
それでガンドノフが、身を挺して兵器を起動させた。
結果は失敗だったが、それでグレイ・ベアは討ち果たした。
問題は、次はどうするかだ。
「あの爆発は、お前達が妖魔と呼ぶドワーフ達が、お前達を守ろうとして起こったんだ」
「ドワーフ…
土妖精ですか?」
「その言い方も問題があるが…
そもそもさっきの話が真実なら、ドワーフの方がオレ達人間よりも上だぞ?」
「そうですね
先にこの世界に生まれていたんですよね」
「ああ
それに人間よりも力を持っている」
「あの爆発は、魔導兵器を使おうとして起こった」
「兵器ですか」
「お話に出ていた物ですね?」
「ああ
あれはそれの複製だったんだが…
それでもあの状況だ」
「恐ろしいですね」
「ああ
失敗作だったから爆発したが…
もしまともな兵器だったら…」
アーネストは立ち昇った、光の柱を見ていた。
まともに見ていたら、暫く目が見えなくなっていただろう。
それほどの強烈な光が、地面から突き上がって魔獣を焼き尽くした。
それは恐ろしい攻撃だっただろう。
「あれで失敗作ですか?」
「ああ
光は確かに魔獣を焼いたが、その後の爆発がな
それで何人か死んでいる」
「それでは爆発は?」
「ああ
光の柱が兵器の力だ
爆発は想定外だった」
「そうですか…」
「お前達が蔑んでいた、ドワーフ達が命懸けで動かしたんだ」
「え?」
「お前達を魔獣から、救おうとしてな」
「そんな
それでは爆破で亡くなったのって…」
「ああ
そのドワーフ達だ」
アーネストの言葉を聞いて、兵士達は落ち込んでいた。
自分達が奴隷にしようとしていた者達が、命懸けで兵器を動かした。
結果としては、それでさらに多大な被害が出たが、ドワーフ達も死んでしまった。
しかもその原因が、自分達を救おうとして起こったと言うのだ。
それなのに自分達は、その後も彼等を奴隷にしようとしていた。
今さらながら、彼等は自分達の行いを恥じていた。
「私達は、救ってくれようとした恩人達を奴隷にしようと…」
「そうだ
だからオレも怒っていたんだ」
「何で最初から言ってくれなかったんですか?」
「言って聞いたのか?」
「それは…」
「聞く耳は持たなかっただろう?
だから話をしたんだ
冷静になる様にな」
勿論今も、ドワーフを捕らえるべきだと言う者は居る。
彼等の恩義を無視してでも、生き残りたいと思っているからだ。
しかしアーネストの話を聞いて、それが間違っていると理解する者も居た。
出来る事なら、そうした者こそ生き残って欲しい。
アーネストはそう思っていた。
「この辺りには強力な魔物が居る
それこそさっきの魔獣以上のやつがな」
「そんな物が居るんですか?」
「ああ
あれでランクEなんだ」
「え?」
「ランクEって、龍がランクCですよね?」
「そうだ」
「それなら…」
「この辺の魔獣は、ランクDからランクEの魔獣だ
その意味は分かるな?」
兵士達は唾を飲み込み、無言で頷いていた。
そのランクという言葉で、状況が分かってしまう。
このままでは、生きて帰るのも至難の業なのだろう。
「生きて…
帰れますか?」
「さあな
そこまではオレ達も感知出来ん」
「ですよね…」
「おい!
オレ達を無事に送り届けてくれないのか?」
「そうだぞ
ドワーフ達を寄越さないんなら…」
「話を聞いていなかったのか?」
「これ以上恥ずかしい真似は止めてくれ」
中にはアーネストに、不満を言う兵士も居た。
しかし他の兵士達が、その男達を睨み付ける。
彼等は未だに、選民思想が正しいと思っているのだ。
それは仕方が無いだろう。
今までそれが、当たり前だと思っていたのだから。
しかし一部の兵士は、それが誤りだと理解していた。
彼等が居れば、これ以上は馬鹿な真似はしないだろう。
アーネストは薬草の種類を教えて、自分達で集める様に場所も教えた。
そうして治療を終えたと判断して、洞窟に戻る事にする。
「これが傷薬の原料ですか?」
「ああ
この辺にも自生している
自分達で集めれる様にな」
「はい」
「何から何まで、ありがとうございます」
「構わんよ
王太子殿下の指示だし
ドワーフ達もお前達を救いたいと言っていた」
「そうですか…」
「彼等には申し訳ない事をしました」
「そうだな」
兵士達が十分に反省している様子なので、アーネストはそれ以上は何も言わなかった。
後は彼等自身が、どうやって行くか判断するだろう。
それでも再び向かって来るなら、その時は再び倒せば良いだろう。
それだけの力を、アーネスト達は持っているのだから。
「何か困った事があれば、こっちに声を掛けてくれれば良い
オレ達も暫くは、あの洞窟に居るから」
「ですがこれ以上は…」
「そう思うんなら、早く怪我を治すんだな
そのままじゃあ旅も出来ないだろう?」
「はい」
アーネストはそう言って、彼等の野営地を後にした。
「なあ
大丈夫かな?」
「大丈夫じゃあ無いだろう」
「え?」
「だからと言って、これ以上は何も出来ないがな」
「それはそうだろうが…」
「食料も満足に残っていない
薬草は教えたが、自力でどこまで集めれるか…」
「そんなに分かっているのなら、どうして…」
「手助けは出来ないさ
彼等は敵だったんだぞ?」
「しかし…」
「それに食料や薬草は、こっちも不足しているんだ
あいつ等に差し出せないぞ」
「そうなのか?」
「ああ
地下の一部が焼けたからな」
「そうか…」
ギルバートの気持ちも分かるが、これ以上の手出しは出来なかった。
下手に支援すると、いくらでも要求する事になるだろう。
それこそ一部の兵士は、未だに選民思想を掲げているのだ。
それがある以上は、一定の距離を開けておく必要がある。
アーネストはそう考えていた。
まだまだ続きます。
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