第581話
アーネストの話を、兵士達は真剣に聞いていた
中にはまだ、選民思想のままの者も居る
しかしそれでも、自分達の考えに疑問を持ち始めていた
それだけアーネストの話には、信憑性があった
特にアーネストの話に合わせて、精霊が肯定するのが大きかった
兵士達にとっては、精霊は見た事も効いた事も無い存在だ
それが実際に現れて、声だけだが兵士達に主張している
これは兵士達には相当堪えていた
「神が偽者?」
「いや、それよりも本当に女神が居るのか?」
「ああ
そっちの方が問題だ」
帝国にも、女神の存在は伝わっていた。
しかし詳しい事は分かっていない。
あくまで神話の時代に、天地創造をした女神が居たという程度だ。
それ以上の情報は残されていないのだ。
「そもそも、その女神というのは何者なんですか?」
「ふむ
お前達の国では、女神はどう伝わっているんだ?」
「それは…」
「神話での天地創造だけです
それ以外には何も…」
「そもそもが帝国では、女神とは神話の存在だと思っていますから」
「そうか…」
精霊が横から、女神に関して説明を始めた。
それは一部、アーネストも知らない情報が含まれていた。
「女神はね、この世界を創造したとされてるわ
でもね、それには誤りがあるわ」
「え?
どういう事です?」
これはアーネストにとっても意外だった。
女神聖教でも、女神は天地創造を行った神とされている。
「女神はね、初めてこの地に降り立った神ではあるわ
しかしそれはね、既にこの地が在ったという事よ」
「え?
ですが女神が世界を創ったと…」
「そうですよ
それでは誰が、この世界を創ったんですか?」
「それは、私達も知らないの
でもね、彼女が降り立った時には、私達は既に存在していたの」
「え?」
「精霊様が?」
「それでは女神は?」
「あなた達を創り出したのは、彼女で間違い無いわ
私達はそれを見ていたからね」
彼女はそれから、どういった事が行われていたか話し始めた。
「女神が降り立った時、この地には二つの種族が居たわ
私達精霊と、竜族が住んで居たの」
「竜と言えば、古代竜の事ですか?」
「ええ
あなたは知っているのね?」
「はい
しかし物語程度です
エルリックから聞いただけですから」
「そう
エルリックが知っている話も、あくまで私達から聞いた話だけでしょうね
古代竜の遺骸が、今も各地に残されているとか」
「ええ
そんな話です」
兵士達はその話を聞いて、ひそひそと話し始める。
実は帝国にも、そう言われる場所があるのだ。
「古代竜だって?」
「もしかして禁足地か?」
「あそこは確かに、龍の住処と言われているが…」
「そうね
あれも古代竜の遺骸だわ」
「え?」
「遺骸って…?」
「まさかあの山が?」
「そうよ
あの山自体は、昔は天に浮かんでいたの
あなた達の国では、その神話が残されている筈よ」
帝国というか、遊牧民の間に伝わっている伝承がある。
それは今では禁足地になっている、ある山についての伝説だ。
そこは昔は浮遊大陸で、古代の英雄たちが住んで居たとされている。
そして中に入る事が出来れば、古代の英知を授かるという物だった。
「しかしそれは伝説では?」
「いいえ
第二次神魔大戦の折に、理想郷は堕とされたわ
今では誰も住んで居ないけど、機能は停まっていないわ」
「それでは中に入れれば?」
「そうね
古代王国の知識は残されているでしょう
それに古代王国の残した兵器も…」
「それは…」
「伝説は本当だったのか」
「それなら一攫千金で…」
「しかし無理でしょうね
あなた達では…
いえ、ギルバートでも覚醒しなければ、龍に勝つ事は出来ないわ」
「え?」
「覚醒?」
「いや、その前にギルバートって…」
兵士達は暴れそうな兵士達を見張っている、ギルバートの方を見る。
ギルバートは素手で剣をへし折っているし、妖魔も倒していた。
兵士達から見ても、彼は勇者かそれ以上の強さを持っている。
しかし龍は、それ以上の強さだと言うのだ。
場所を知っていても、彼等では入れないだろう。
「あそこは女神の命令で、竜種が守っているわ
竜種はあなた達の言葉で、ランクBからランクCの魔物よ」
「ランクB?」
「さっきの魔獣がランクEだ
それで想像できるだろう?」
「あ…」
「そんな化け物なのか?」
「そうだな
あれを普通に出来る存在だと思えば…」
「そうね
普通のドラゴンのブレスでも、地面が溶けるほどの熱量があるわ
守護龍ならあれぐらいでしょうね」
「あれぐらいって…」
「さっきの爆発?」
「あんな事を出来るのか?」
アーネストはドラゴンの説明に、地面に空いた穴を指差す。
正確にはその竜が、どの様な存在か分からない。
しかし魔導王国の資料には、街を壊滅させる力を持つと書かれていた。
そう考えれば、間違っていないだろうと思われる。
「竜の巣には…
禁足地にはファクトリーもあるから、女神は厳重に護らせているわ」
「え?
でも、龍の背骨山脈には…」
「あそこのファクトリーは、暫く稼働を停めていましたから
それにファクトリーには入れなかったでしょう?」
「そういえば…」
エルリックはあの時、ファクトリーの一部には入れると言っていた。
それはファクトリーの中でも、あまり重要な場所では無かった。
だからエルリックが案内して入れたし、女神が魔物を使って襲わせたのだ。
そうで無ければ、重要な施設で危険な事は出来ないだろう。
しかしアーネストは、そんな事は知らなかった。
「ファクトリーって何なんです?
オレは魔物を生み出す施設と聞きましたが…」
「それは正確ではありませんね
そもそもあなた達の先祖も、そこで生まれた筈ですから」
「え?」
「私達の先祖?」
「まさか生き物は全て…」
「ええ
それ単体では、大した物は作れません
しかし素材があれば…」
「まさか古代竜の遺骸?」
「そうです
それと私達の因子
それを使って人間が造られました」
「それでは人間は?」
「いえ、全ての人間です
あなた達人間以外の、ドワーフやハイエルフ達もそこで作られました」
「な…」
「そんな…」
兵士達は明らかに、その話を聞いて動揺していた。
女神が生み出した事には変わりが無いが、他の妖魔と蔑んでいた者達と同じなのだ。
しかもファクトリーとかいう、訳の分からない物からだ。
それはギルバートの近くに居た、反抗的な兵士達にも聞こえていた。
「おい…」
「ああ
聞こえたか?」
「そんな馬鹿な話があるか!
あいつ等も騙されているんだ」
「しかし…」
「精霊様の声が聞こえただろ?」
「あれはあの男が…」
「いや、そんな筈は無いだろう?」
「あの男も驚いているぞ」
声が聞こえただけなら、アーネストが何かしていると思っただろう。
しかしアーネストは会話をし、その中で驚いてもいた。
それは演技には見えず、彼等の中で常識が崩れ始める。
人間が至上と考える、選民思想の前提が崩れたのだ。
「女神はファクトリーで、竜や私達精霊の因子を取り出しました
そしてそれを素にして、人間達を作ったのです
最初に作られたのはハイエルフとドワーフ、それから翼人でした」
「え?
人間は?」
「それは…
人間は保留したのです
女神は人間を信用出来ていなかった」
「な!
それじゃあ人間は?」
「最初の段階では、作る気は無かったのでしょう
天に翼人、地にドワーフとハイエルフ
女神はそれで満足していました」
「それでは人間は作らなかったのですか?」
「いえ
最初は…です」
「最初の頃はそれで十分だったのです
神魔大戦が勃発するまでは…」
「神魔大戦?
先ほども仰ってましたよね?」
「ええ
さっきのは第二次です
その前に…人間が造られる前にも一度あったんです」
「人間が生まれる前?
そうなるとドワーフやハイエルフ達が?」
「いいえ
原因は翼人です
彼等は自身を、神に選ばれた存在と勘違いしておりました
それでドワーフやハイエルフ達を…」
「では、翼人とドワーフやハイエルフが?」
「そうです
彼等はドワーフを地虫と呼び、家畜の様に扱いました
ハイエルフも森の麗人とは呼びましたが…
収集物の様に扱い…」
「魔導王国と同じか…」
「ええ
それで女神は大いに怒りました」
翼人達も、選民思想に囚われて道を踏み外した。
そして奴隷制を作り、ドワーフを家畜の様に扱ったのだ。
それが女神にとっては、許されない事だった。
「女神は全ての人の子を、等しく愛していました
しかし翼人達は、それを裏切りました」
「なるほど
女神はその頃から、選民思想に悩まされていたのか…」
「そうです
それで翼人達に、過ちを正す様に伝えました」
「それで?
何で神魔大戦なんだ?」
「それは…
彼等の住処に問題があって…」
「え?」
「翼人と申しましたわよね
彼等は文字通り、背中に翼を生やしていました
それで魔法の力を行使して、空を自由に飛びました」
「ということは…
住んで居たのは高い場所に?」
「ええ
古代竜の遺骸を使って、高い山脈の上に居城を作りました
それが後の理想郷です」
「え?
シャンバラって確か…」
「その頃はまだ、浮遊大陸ではありません
しかし高い場所にあるので、ドワーフやハイエルフ達では届きませんでした」
「では、どうやって?」
「それは彼等が、空から襲って捕らえていました
しかしドワーフやハイエルフ達は、仲間を取り返しに向かえません」
「それはそうだろうな…
しかし、女神は違うだろ?」
「そうですね
ですが女神は、制約で直接手を下せません」
「え?
しかし帝都は砂の下に…」
「そうですね
ですからあれも、何か抜け道があるのでしょう
そもそも本物の女神では無いでしょうし」
「そうか
偽物なら、その制約とやらは関係無いのか」
「ええ
恐らくそうでしょう」
女神は精霊の話では、制約が会って直接手出しは出来ないらしい。
その為に魔物や、使徒を使って干渉しているのだろう。
しかし帝都は、直接砂の下に埋められてしまった。
もし彼女が、本物の女神なら出来ない筈なのだ。
その事も、あれが偽者の女神であると示唆していた。
「話を戻しますが…
神魔大戦とは、魔物が関わっているからそう呼ばれています
最初の神魔大戦で、初めて魔物が生み出されました」
「それは直接手を出せないからか?」
「そうです
ですがドワーフ達では、翼人達の住処には向かえません
それで騎乗する為の、竜種が生み出されました」
「そうか!
ドラゴンの背に乗って…」
「まあ、ワイバーンと呼ばれる小型の騎乗用の竜ですが」
「なるほど、ワイバーンか…
ワイバーンはその時生み出されたのか」
「そうです
竜は強力で危険です
ですから女神は、あまり力を持たない翼竜を作りました
過剰な戦力にならない様に」
ドラゴンでは、その力の強さから後の禍根になるだろう。
女神はそう考えて、あまり力の無い翼竜を作り出した。
ワイバーン自体は、ランクDの魔獣に当たる。
しかし空を飛べる事で、実質ランクCに近い魔獣に分類されている。
だが、それは人間にとってのランクになる。
ハイエルフやエルフは、弓を得意武器としている。
それにハイエルフは、精霊魔法も得意としていた。
だからワイバーンに関しては、弓で空の優位は低くなる。
ドワーフにしても、頑丈な身体と地面に潜る技術がある。
翼人は洞窟や地下に、侵入されてしまう。
しかしワイバーンの大きさでは、ドワーフの潜った場所には入れない場合もある。
こうしてワイバーンが、後に災いにならないと考えられていた。
少なくとも、ドラゴンを作るよりは安全と考えられていたのだ。
「ワイバーンか…
それで翼人の居住区に侵入を?」
「ええ
翼人は激しく抵抗しましたが、高い場所の優位性が無くなりましたからね
それでドワーフやハイエルフ達は、仲間を救出出来ました」
「なるほどね…
しかし魔物は分かったけど、神の名が冠されているのは?」
「問題はその後だったのです
彼等は今度は、翼人達を羽虫と呼んで拘束して…」
「まさか翼人を奴隷に?」
「ええ
翼を切り取り、奴隷にしました
自分達がされた様に…」
「そんな馬鹿な事を…」
「なあ、これって…」
「ああ
我々のやっている事に似ているな」
「それなら本物の神が居るのなら…」
「ああ
怒っているだろうな」
兵士達は話を聞きながら、自分達が同じ事をしていると感じ始めていた。
それならば神は、何故そんな事を勧めて来たのか?
そもそもが彼等の、神が選んだと神託が下されていた。
それで彼等の帝国は、自分達が選ばれた民と信じていたのだ。
しかし実在する神は、そんな思想には否定的なのだ。
それならば何故、神はそんな神託を下したのか?
「お前達は神殿の守護者に、選ばれた民だと教えられたんだな」
「ええ」
「少なくとも、そう教わって育ちました」
「恐らくは、その神殿の守護者というのも、神を名乗る者に操られているんだろう
そうする事で、自分にとって操り易いからな」
「そうなんですか?」
「ああ
実際に、お前達がそうだろう?」
「それは…」
「選ばれた民だからと、何も考えずに言葉に従って来た
その結果が、この様だ」
「そう…ですね」
「そんな…
それでは守護者様も?」
「そうだな
そう言われて、都合良く操られているんだろう
実際に神の僕として、良い暮らしをしてるんじゃ無いのか?」
「そうですね…」
「そう言われれば…」
神の僕と名乗る者は、それだけで他者を従えられていた。
先に部隊を率いていた、隊長やアムゼンがそうだった。
そう考えれば、神に従う事は魅力的な事なのだろう。
それで妄信して、何でも指示に従っていたのだ。
「神か…
それも偽の女神の仕業なんだろうな…」
「でしょうね
少なくとも、女神はそんな事はしません」
精霊はそう言うと、首を振って否定していた。
そう考えると、合点が行くからだ。
まだまだ続きます。
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