第580話
ギルバート達は帝国の兵士を手当てする為、彼等の野営地に向かう
その途中では、傷付いた兵士が沢山横たわっている
騎兵達も指示されて、馬にポーションや薬草を載せて向かう
皇女も連れて来たかったが、彼女はまだ来れなかった
地下での怪我人は、騎兵達は少なかった
しかしドワーフ達が、炉を守る為に火傷を負っていた
地下からの熱で炉の周りが焼かれ、それの消火をしようとしたらしい
それを助ける為に、ハイランドオークも負傷していた
「そうか
皇女は来れないか…」
「ええ
ドワーフやハイランドオークの負傷者の手当てで、魔力を使い切ったそうです」
「元々魔力が大きい訳では無い
それは仕方が無いだろう?」
「しかしそれなら…」
「ああ
重傷者はギルが治すんだ」
「え?
オレは魔法はそんなに…」
「そんな事を言っている場合か?
オレでは神聖魔法は、浄化ぐらいしか出来ない」
「それを言うなら、オレも重症までは治せないぞ?」
二人が言い争っているの見て、騎兵達は溜息を吐く。
「はあ…
お二人共お止め下さい」
「そうですよ
負傷者は我々が、ポーションや薬草で手当てします」
「お二人は彼等に、手当てを納得させてください」
「しかしそれでは…」
「そうだぞ
ポーションや薬草が足りなくなる…」
「いや!
そんな事を言っている場合じゃ無いだろう」
「そうですよ
怪我人をどうにかするのが先決です」
「それはそうだが…」
「それに…
殺気立っているな」
「ええ
どうにか説得してください」
「ああ
そうだな」
ギルバートが前に出て、何とか宥めようとする。
「我々には諸君らを、手当てする薬草やポーションがある
素直に手当てさせてもらえないか?」
「うるせえ!」
「この蛮族共が!」
「貴様等のせいで…
みなが…」
帝国の兵士達の半数近くが、ギルバート達のせいでこうなったと睨んでいた。
元々は彼等の方が、ギルバート達に襲い掛かっていたのだ。
それを逆恨みするのは、少々おかしな事なのだが…。
「何を言っている?」
「こうなったのは、我々のせいだとさ」
「な…
攻め込んで来たのはあいつ等だぞ?
それを我々のせいだと?」
「ああ
そう言っている」
ギルバートは帝国語が話せないので、アーネストが間に立って訳していた。
しかし兵士達の言葉に、顔が既に引き攣っている。
「貴様等が素直に、妖魔を渡していれば…」
「そうだ!
貴様等が死んでいれば、こんな事にはならなかった」
「はあ…
お前等は馬鹿か?」
「何!」
「何だと!」
「元々は、お前等が攻め込んで来たんだろうが?
それにこっちは、なるべく殺さない様にしてたんだぞ?」
「うるさい!
貴様等があの妖魔を嗾けたんだろうが!」
「そのせいで…ぐうっ…」
「こいつも殺されたんだぞ」
兵士は抱き上げていた、仲間の死体をアーネストの前に突き出す。
彼は少し前までは、何とか息をしていた。
しかし魔獣にやられたのか、肩から深い傷で抉られている。
これではポーションがあっても、助からなかっただろう。
「貴様等のせいで!」
「貴様等が死なないから!」
「ああ!
うるさい!
治療が出来ないだろうが!
怪我人を連れて来い!」
アーネストは遂に怒り出し、兵士に声を荒らげた。
しかし兵士達は、それでもアーネストを睨んでいた。
「あ、あのう…」
「何だ?」
「本当に治療をしてくださるんですか?」
「おい!
貴様!」
「何を考えている!」
治療を申し出ようとした兵士に、仲間の兵士達が掴み掛かる。
「治療をしてもらうだと?」
「こいつ等のせいで仲間達が…」
「もう、そんなのどうでも良いんです!
怪我している友が居るんですよ!」
「オレは腕が無くなっている
血止めだけでもして欲しい…」
「貴様等!」
ガキン!
兵士が負傷者達を、剣で切り殺そうとする。
そこへギルバートが踏み込み、その剣を素手で弾き飛ばす。
「危ねえな…
何を考えている!」
「うるせえ!
こいつ等が間違っているから…」
「ふむ
言葉は分からんが、何となく言っている事は分かるぞ?
お前は馬鹿か?」
ギルバートはその兵士の胸倉を掴む。
そしてそのまま、彼を軽々と釣り上げる。
「な!
ぐうっ…ああ…」
「片手で?」
「鎧を着ているんだぞ?」
「そもそも片手で釣り上げられるものなのか?」
「ふん
お前がどうなろうと構わんが…
こいつ等の手当てはさせてもらうぞ
おい!」
「はい
手当の希望の負傷者は来い!
…って言葉が分からないか?」
「しょうがないな…」
ギルバートは不満を持つ兵士達を、纏めて力ずくで押し返す。
彼等も披露していたが、それでも素手で簡単に押し返されるとは思っていなかった。
しかもギルバートは、籠手をしていたとはいえ、素手で剣を叩き折った。
バキン!
「な!」
「馬鹿な…」
「ふん
こんな軟な武器で戦っていたのか?
脆いな」
「何て言ってるんだ?」
「分からん
分からんが…」
「ああ
あれは勇者の奴と同じ部類の化け物だ」
兵士達はギルバートの力を見て、今さらながらに震えていた。
彼からすれば、帝国の鈍鉄の剣では傷すら受けない。
簡単にへし折れてしまうからだ。
その間に、アーネストが兵士達に呼び掛ける。
治療を希望する者は、ここに来て手当てを受けろと。
負傷して歩けない者は、仲間に担いでもらってそこに来る。
そして騎兵達が、出来る限りだが手当てをしていた。
そうは言っても、傷の痛みや骨折の発熱は薬草で抑えられる。
小さな傷なら、ポーションで傷口から塞いで治せていた。
欠損した部位も、傷口を塞いで治せる。
さすがに切れた手足までは生えないが、肉が盛り上がって傷口は塞がっていた。
「な、治った?」
「凄い…
これなら歩く事も出来る…」
「腹に開いた穴が…」
「ポーションは妖術では無いぞ
薬草を煮詰めて、その液を瓶に詰めた物だ
まあ、これは効能を上げる為に、オレが魔力を込めているがな」
「魔力?
妖術とは違うのか?」
傷が治った兵士達が、他の怪我人の手当てを手伝う。
そうしながらも、アーネストにポーションや薬草の事を尋ねる。
可能ならば、これを自分達も出来る様になりたいと思っているのだ。
アーネストも可能な限りは質問に答える。
本来なら敵対していた者達だ、技術の流用は避けたかった。
しかし彼等が無事に帰るには、多少の薬草の知識は必要だろう。
彼等はアーネストからすれば、まともな治療の知識も持っていなかったのだ。
「これが傷を塞ぐ為の薬草で
こっちが発熱を押さえる
これが痛み止めの薬草だ」
「そんな物まであるのか?」
「知らないのか?
よくここまで無事だったな?」
「それは…」
「私達は神に護られて…
いや、それは間違いなんだろうな」
「ああ
神なんて居ない
お前達は騙されていたんだ」
「それじゃあどうして?」
「そうだよ
道中には妖魔は居なかったぞ?」
「どうして急に…」
「それはな、お前達が失敗したからだろう
お前達を利用していた存在が、あの魔獣を近付けさせなかった
だから今まで襲われなかったんだ」
「近付けさせなかった?」
「それじゃあ、あの妖魔は…」
「ああ
元々はこの辺に沢山いる魔獣の一部だ
あれでもあいつ等が倒せる程度だぞ?」
あいつ等と言ってアーネストは、騎兵達の方を指差す。
それを聞いて、兵士達の顔色が変わる。
「え?」
「彼等でもって…
それじゃあ彼等も?」
「ああ
お前達が勇者と呼んでいた男と、互角に戦えていた」
「え?」
「勇者殿と互角?」
「それじゃあ我々では…」
「ああ
端から勝負にもならない
だからなるべく負傷させない様に
殺さない様に戦っていたんだ」
「そんな…」
「それじゃあ!
我々は何の為に?」
兵士達が自分達が、何の為にここに来たのか気にするのも当然だろう。
元から勝てる訳が無い状況だったのだ。
それならば神は、何の為に自分達をここへ寄越したのか?
「お前達が神と呼んでいた存在
恐らくはそれは、オレ達が追っている恐ろしい者だ」
「あんたが恐ろしいって?」
「一体何者なんだ?」
「それはこの世界を創り上げた、女神…」
「女神?」
「それは神話で創作じゃあ?」
「いや、女神は実在する
それに使徒にも会ったからな」
「え?」
「使徒って…
女神の指令を受けて地上に降りる…」
「正確には人間や亜人の中から、力を身に着けた者がなるんだ
ギルの…
あのギルバート王太子殿下の様な者が、女神に選ばれてなるんだ」
「あの方が?」
「王太子殿下?
それで他の者とは風格が…」
帝国の兵士達も、ギルバートが他とは違うと感じていた。
正確にはギルバートとアーネストが、抜きん出て違っていると感じていたのだ。
「それではあなたは?
あなたも相当な人物と思われますが?」
「そうですよ
妖魔を…
魔獣を倒したあの爆発は…」
「あれはオレでは無いんだがな
まあ、オレも使徒にはなれると言われているがな」
「やはり!」
「いや、あの爆発は違うって…」
「ん?
そういえば…」
「どういう事なんですか?」
兵士に詰め寄られて、アーネストはどうしたものかと振り返る。
しかし騎兵達は忙しそうだし、ギルバートも反抗しそうな兵士を見張っている。
何よりもここで、帝国語を話せるのはアーネストしか居なかった。
彼等に事情を説明するには、アーネストしか居ないのだ。
「分かった分かった
仕方が無いなあ…」
アーネストはその場に座って、帝国の兵士達にこれまでの事を語り始めた。
今、世界で何が起こっているのか?
そして自分達が、その為に何を行っているのか?
それを順を追って、兵士達に話し始める。
「先ず
お前達を操っている存在…
恐らくは神殿の守護者とやらも、それの口車に乗せられているのだろう」
「な…」
「神殿の守護者様達が?」
「馬鹿な?
あの方達が騙されていると?」
「ああ
実際にそうだろうが
ここに向かって来たのが証拠だろう?」
「う…」
「確かに…」
彼等が敵わないと知っていたのなら、そもそも差し向けること自体が無駄な事なのだ。
それなのに何故か、彼等をここに向かわせたのだ。
本物の神ならば、そんな事はしないだろう。
「それでは何故?
神はそんな事を?」
「考えられる事は、時間稼ぎだろうな」
「時間稼ぎ?」
「ああ
こうしている間にも、他で何か画策しているんだろう
その為の時間稼ぎだ」
「我々が勝てないと思っていながら、時間稼ぎの為に死にに行かせたと?」
「ああ
そこからも、神が怪しい存在だと分るだろう?」
「むう…」
兵士達はアーネストの説明に、筋が通っているので言い返せない。
彼等の力では、確かに時間稼ぎにしかならなかったのだ。
正確には、時間稼ぎにもならなかたのだが…。
「それじゃあ…
神は一体何者なんでしょう?」
「それはな、オレ達は女神の偽者だと思っている」
「偽者?」
「いや、そもそも女神に偽者?
じゃあ、本物はどうしているんですか?」
「それはオレ達も分かっていない
しかし本物の女神なら、こんな事はしないと思うんだ」
アーネストはここで、女神がどの様な物か説明を始める。
「女神というのは、この世界を創られた創造神だ
それぐらいはお前達の国でも…」
「ええ
天地創造の物語なら、我々の国にも…」
「しかしそれは物語で…
神話であって実在は…」
「いや、女神は実在するんだ
精霊が来てくれれば、証明は…」
「私なら居ますよ」
「え?」
「誰だ?」
「何処から声が?」
何処からか声が聞こえて、兵士もアーネストも周囲を見回す。
しかし声の主は、その姿を見せていなかった。
「あの子達では、力が無いので見えないでしょうね」
「え?
いや、オレにも姿は…」
「あら?
ここでは力が薄いので、あなたでも見えないかしら?」
その声の方を向くと、アーネストも微かにだがその姿が見える。
しかし薄く靄の様に透けて、その姿は見え難かった。
「あ…
微かに見えるな」
「あなたにもっと精霊力があれば…
そもそもこんな事態にはならなかったでしょうね」
「それは仕方が無いだろう?
精霊力の使い方を学んだのも、最近なんだし」
「そうね
それで…
この子達に説明すれば良いの?」
「ああ」
「あなた達には、私の姿が見えないでしょうね」
「ええ」
「あなたは何者なんですか?」
「私は風の精霊
あなた達がシルフと呼んでいる者よ」
「シルフ?」
「風の精霊様ですか?」
「そうよ」
「な、何という事だろう…」
「生きてこの世で精霊様に邂逅しようとは…」
兵士達は感極まったのか、その場で頭を下げて平伏する。
「な、何だ?」
「これが普通の反応よ?
あなた達は精霊を、身近に感じていたわよね
この子達は私達を、神に等しい存在と思っているのよ」
「へえ…」
「まあ、実際には自然災害の化身と思われているから
神と言っても畏れ敬られる存在かしら」
「なるほどね」
「精霊様
彼の語った事は本当なんでしょうか?」
「おい!」
「アーネスト
良いから黙ってて」
シルフは一呼吸置いてから、彼等に語り掛ける。
「信じたくは無いでしょうが、本当の事よ
私達も女神が…
偽物が居るというのも半信半疑だけど、人間を滅ぼそうとしていると見ているわ」
「何だって?」
「え?
人間を滅ぼす?」
「ええ
その為にあちこちに、魔物や魔獣を放っているわ
そして信奉者を操って、人間同士も争わせている
今回の件も、その一端ね」
「まさか…」
「神が我々を滅ぼそうと?」
「いえ、偽者ね
神のふりをして、それを行っている者がいるわ
それが神の正体よ」
シルフの言葉に、兵士達は大きく動揺する。
アーネストの言葉も予想外だったが、ここに来て精霊の登場だ。
しかも精霊まで、神は偽者の神だと言っている。
彼等の信じていた物が、根底から覆されたのだ。
兵士達は、そのままアーネストと精霊の話を聞く。
彼等はもう、アーネスト達を信頼し始めていた。
まだまだ続きます。
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