第578話
ギルバート達に向かって、熊の魔獣のグレイ・ベアが迫って来る
その巨体は、近付くにつれて迫力を増していた
5mほどの大きさの身体に、4本の腕と足を生やしている
それを振り回しながら、行く手を遮る兵士達を薙ぎ倒し、弾き飛ばして行く
熊が近付いて来たので、アーネストは先ずは茨を生やす
魔法の茨は、それだけで魔獣の身体を覆い隠した
それで拘束する訳だが、魔獣の力は予想通り相当な物だった
グレイ・ウルフを数秒でも縛り付けたのに、グレイ・ベアはあっという間に引き千切ってみせた
「ぐうっ!
簡単に破ってくれる」
「大丈夫か?」
「ああ
引き千切られたからと言って、オレにはダメージは無い
しかしこれが効かないとなると…」
アーネストの得意な、茨の拘束が効かないのだ。
そうなればそれ以上の、魔獣を拘束する魔法が必要になる。
しかし睡眠や麻痺を加えようにも、魔法の矢もあの毛皮に弾かれるだろう。
熊の毛皮は、見て分かるほどに頑丈そうだった。
「魔法の矢も効きそうに無いな」
「ああ
さっきの矢も効かなかった様だし」
実は兵士の放った矢は、正確には魔物には当たっていなかった。
しかし近くを矢が通った事で、魔獣の注意を引く事は出来た。
それで魔獣は、二人の存在に気付く事が出来た。
二人の魔力は、魔獣にとっても看過出来ない魔力の量だったのだ。
そのまま周囲の兵士を、薙ぎ払って殺すのは簡単だった。
しかしそれだけの魔力を持つ者が、自分を狙っているのだ。
魔獣は身の危険を感じて、先にギルバート達を始末する事にする。
そうすれば後は、兵士を思う存分蹂躙出来るからだ。
これだけ死体があれば、数日は食い物に困らないだろう。
尤もこの巨体だ、数日しか持たないのだが…。
グガアアア
「真っ直ぐ向かって来るな」
「ああ
完全にオレ達を標的にしている」
「おい!
ここから離れろ!
巻き込まれるぞ」
「ひいい!」
「魔獣が来たあ!」
「に、逃げろ!」
「しかし何処に?」
兵士達は逃げようとするが、目の前には防壁がある。
そしてその周りには、グレイ・ウルフがまだ6体暴れていた。
既に3体は殺されているが、それでもまだまだ周りに居るのだ。
騎兵達も防壁から離れられないので、近寄って来たグレイ・ウルフしか相手にしていなかった。
「アーネスト
どうするんだ?」
「話し掛けるな
集中しているんだ」
「あ、ああ…」
アーネストは魔力を手中させて、魔法を放とうとしていた。
茨が効くのなら、魔力を集中させて強度を上げても良かっただろう。
しかしあれだけ簡単に千切られたのだ、少々強度を上げても、数秒ももたないだろう。
それならば、他に方法があるのか?
泥濘も考えたが、それでは兵士も巻き込まれる。
もっと指向性を持たせて、魔獣だけを拘束する必要があった。
しかしそんな便利な魔法はなかなか無いのだ。
アーネストは魔力を集中させると、精霊に囁き掛ける。
「水の精霊よ、力を貸してくれ
水球」
水の玉が幾つも現れて、次々と魔獣に目掛けて放たれる。
それは水の塊で、見た目よりも重量がある。
しかし魔獣は頑丈で、それを食らっても怯みはするが、倒れる事は無かった。
ゴガアアア
グガルルル
「おい!
アーネスト
効いて無いぞ?」
「良いから黙ってろ
サンダー・レイン」
ズバシュ!
ドゴーン!
続いて稲光が走り、雷の魔法が炸裂する。
魔獣は水を浴びているので、電気を通し易かった。
ここまで考えて、アーネストは魔法を発動させていた。
しかし魔獣は、それでも前に進んで来る。
雷が効いているのか、その歩みは遅くなっている。
しかしギルバート達を危険視しているので、それでも向かって来ていた。
「ギル!
これを」
「ガンドノフに伝えるのか?」
「ああ
オレが拘束する」
「分かった!」
「これならどうだ!
ソーン・バインド」
再び茨が生えて来て、魔獣を拘束する。
さっきと違って、今回は雷のダメージもある。
しかし魔獣は抗い、何とか逃げ出そうとする。
「くっ!」
「ワシ等も助太刀するぞ!」
「え?」
「いつの間に?」
ドワーフ達が数名、いつの間にか防壁をよじ登っていた。
「ワシ等も簡単な精霊魔法なら…」
「攻撃では無いが、これぐらい」
「どうじゃあ!」
いつの間にか、周囲に精霊の力が満ちていた。
それはセリアが、危険だと判断して精霊を呼んでいたのだ。
そして土の精霊の力を借りて、ドワーフ達は魔法を発動する。
普段なら出来ないが、精霊の力が加わっていたからだ。
地面から土の腕が生えて、魔獣の腕や足に絡み付く。
茨と土の腕に押さえれれて、さしもの魔獣も身動きが取れなくなる。
しかしこの拘束でも、1分はもたないだろう。
「早く!
ガンドノフに…」
「あ、ああ
ガンドノフ!」
「聞こえておる!
兵器で攻撃する
すぐにその場を離れろ!」
「え?」
「何が起こるか分からん
危険じゃから…ザザッ…
…にか…んじゃ…ザッ」
「ガンドノフ?」
「何だ?」
「ぐむう!」
「これは?」
グガアア…
ゴガア…
何かを感じて、魔獣達も必死に藻掻く。
そして足元から、何か奇妙な感覚が突き上げて来る。
それはとても大きく、気持ちの悪くなる感覚だった。
アーネストは逃げ出したくなる感覚を、懸命に押さえ込んで堪える。
「下か?」
「ガンドノフの奴、何をしたんじゃ?」
「あ、危ない!」
ギルバートは危険を感じて、慌ててアーネストを抱えて飛び出す。
それを見て、ドワーフ達も魔法の発動を忘れて慌てて防壁から飛び降りた。
見れば足元の、土の防壁が赤く染まっていた。
そして土の腕や魔獣の足元も、赤く染まって溶け始めていた。
グガア?
ゴガルル…
防壁は熱で溶かされる、雪の様に解け始める。
ギルバートはアーネストを抱えたまま、一気に洞窟の入り口まで駆けこむ。
その後ろを異変を感じた、騎兵達も駆け込んで来る。
ドワーフ達も短い足で、懸命に洞窟に向かっていた。
「急げ!」
「ギル?
どうなっている?」
「分からん
分からんがあのままで…」
「あれは?」
「いかん!
伏せろ!」
ドワーフ達が飛び込むと同時に、光の柱が天に向かって放たれる。
ドシュッ!
ズズン!
キーン…!
直後に下から突き上げる様に、猛烈な地鳴りがする。
ギルバート達も慌てて、地面に伏せていた。
そうしていなければ、先の光に目をやられていただろう。
それほど強烈な光が、地面から突き抜けたのだ。
そして激しい地鳴りは、猛烈な爆発が起きた物だった。
それで洞窟の入り口にも、吹き飛んだ土砂が入り込んでいた。
防壁の周りに居た者は、その爆発で吹き飛んでいた。
兵士を襲っていた魔獣も、その爆発に巻き込まれていた。
「な、何だ?
どうなった?」
「くそっ!
耳鳴りで何も聴こえない」
「どうなったんじゃ?」
「殿下?
殿下はご無事ですか?」
爆発の影響で、みな耳鳴りで聞こえなくなっていた。
入り口から外を見ると、そこには信じられない光景が広がっている。
周りには焼け焦げた死体と、まだ燃えている死体が無数に転がっている。
その先の地面には、真っ赤に燃える地面がに大きな穴の様な物が見えた。
「な…」
「さっきの地鳴りはこの爆発か?」
「これは…
ガンドノフ!」
「まさか?
ガンドノフは無事なのか?」
ドワーフ達は何かに気が付いて、慌てて地下へ向かって駆け出した。
「どうなったんだ?」
「これほどの爆発だったとは…
ギル
大丈夫か?」
しかし二人共、爆発のせいで耳鳴りを起こして何も聴こえなかった。
近くに精霊が来ていたのだが、それにも気付かなかったのだ。
洞窟の入り口では水の精霊のウンディーネと、炎の精霊のイフリーテが様子を見に来ていた。
二人は力を行使する為に、分体である子供ぐらいの大きさで来ていた。
そして彼等の力で、洞窟の周りの炎の熱は抑えられていたのだ。
「全く…
何て無茶を…」
「女王が呼んでくれていなければ、どうなっていた事か…」
ギルバート達が耳鳴りで済んだのは、咄嗟に精霊が障壁を張ったからだ。
しかしシルフが張った障壁も、飛び散る瓦礫や衝撃までは防げなかった。
それで周囲には土砂が溜まり、衝撃で耳鳴りを起こしていた。
しかし障壁が無ければ、この程度では済まなかっただろう。
「あれは…
人なのか?」
「ん?
燃えてしまっているな
それだけの熱量だったという事か…」
「何て事だ
これでは誰も…」
ギルバートが指差した事で、アーネストも死体を見ていた。
猛烈な熱に晒されて、それは一瞬で炭化したのだろう。
防壁の一部に守られて、炭化だけで済んでいたが、防壁の溶けた場所では炭も残されていない。
そしてその周囲では、熱に焼かれた者達が燃えていた。
それは魔獣も含めて燃えていたのだ。
燃えている者が動かないのは、爆発の衝撃で死んでいるからだろう。
そうで無ければ、熱さで藻掻き苦しんでいた筈だ。
少し離れた場所では、その様に焼かれながら叫んでのたうつ者が居た。
しかし耳鳴りが治まるまで、ギルバート達はそれに気が付いていなかった。
「何が起こった…
そうか、耳鳴りで聞こえないのか」
「何言ってるか分からないぞ?」
ギルバートはまだ、耳が聴こえ難かった。
そこで地面に、焼け焦げた枝で文字を書き込む。
『何が起こったんだ?』
「ああ
『爆破したんだろう?』
物凄い衝撃だった」
「爆発?
そんな事が?」
『それで、何で爆発したんだ?』
「何で?
そりゃあ…
ガンドノフ!」
ここでアーネストは、ドワーフ達が居ない事に気が付く。
彼等は事情を察して、慌てて地下に向かったのだ。
アーネストも慌てて、駆け出そうとする。
それをギルバートが、慌てて捕まえる。
「何だ?
どうしたんだ?」
「そろそろ少し聞こえているだろ?
ガンドノフが危ないだろう!」
「ガンドノフ?
何で…」
「この爆発は、魔導兵器だろうが!」
「あ!」
耳鳴りの中、微かに聞こえる声でギルバートも気が付いた。
あの光が魔導兵器なら、その直後の爆発も魔導兵器の物だ。
そしてこれだけの爆発だ、地下ではもっと酷い状態だろう。
二人は慌てて、地下に向かう階段を駆け下りる。
騎兵隊はそれに気が付かづ、呆然と惨状を眺めていた。
それはあまりに現実離れして、惨たらしい状況だったからだ。
彼等の思考は停止して、助けに向かう事も忘れていた。
身動きも取れずに、その惨状を眺めている。
ギルバートが動けたのは、それだけ今までの経験が生きていたからだろう。
その惨状の向こう側では、生き残った者達が動き始めていた。
まだ動ける者は、慌てて炎から逃げていた。
また、仲間を助ける余裕のある者は、生き残っていそうな者を探す。
軽い火傷や負傷なら、まだ助かる見込みがあるからだ。
アルタイは死体の山の中で、気を失って倒れていた。
彼が無事だったのは、魔獣と戦っていたからだ。
仲間を庇って懸命に、彼はグレイ・ウルフの攻撃を防いでいた。
攻撃こそ出来なかったが、何とかグレイ・ウルフの攻撃を捌いていた。
軽傷で済んでいたのは、彼もまたガーディアンの候補だったからだろう。
そんな彼は、庇っていた仲間の死体の山の中から起き上がる。
周りに転がっているのは、彼と共にギルバートに向かって行っていた兵士達だ。
グレイ・ウルフに襲われながら、ここまで逃げ延びていたのだ。
しかしそんな彼等も、爆発の衝撃で亡くなっていた。
「一体何が…
っ痛!」
痛みを感じて耳を押さえると、そこには血がべったりと着いていた。
頭も負傷していたが、その血は耳から流れていた。
どうやら爆発の衝撃で、鼓膜が破れたのだろう。
頭痛と吐き気を感じて、ふらふらと立ち上がる。
眩暈はするが、何とか立ち上がれる。
節々が痛いのは、爆発の衝撃で吹き飛んだからだ。
そして彼の目の前には、先ほどまで戦っていたと思われる魔獣の死体が転がっていた。
それは爆発の衝撃を受けて、下半身は吹き飛んでいた。
「これは…」
この魔獣の陰に居たので、アルタイは奇跡的に生き延びていた。
魔獣が衝撃を受け流したので、アルタイは吹き飛ばされただけだったのだ。
もしそうで無ければ、彼の全身の骨も粉々に砕けていただろう。
それだけの衝撃が、彼等に襲い掛かっていたのだ。
「おい!
お前達…」
声を掛けながら、アルタイは生きている者が居ないか周囲を探る。
周りに転がっている死体は、どれも見た目は無事だった。
しかし全身の骨は砕け、血を吐いて死んでいる。
起こそうとして彼は、その死体の異常さに気が付いた。
「な…
これは?
骨が?」
信じられなかった。
いや、信じたくは無いというのが正解だろう。
腕や足を持っても、ぐにゃりと変な所で曲がるのだ。
骨が砕けているので、身体を維持出来ていないのだ。
「そんな!
そんな、そんな!
馬鹿な…」
彼は慌てて、周囲の死体を調べる。
しかしどの遺体も、同じ様に骨が砕かれていた。
中には多少、骨が砕けきっていない者もいた。
しかしそれでも、衝撃は全身を襲っていたのだろう。
同じ様に血を吐いて、その場で絶命していた。
「誰も居ないのか?
ハーン
ヨゼフ
ツグルト…」
彼は仲間の名前を呼びながら、周囲を彷徨って行った。
彼の仲間の中には、転がっていた死体の中に居ない者もいた。
一縷の望みを求め、そんな仲間達の名前を呼ぶ。
しかし彼の声に、応える者は居なかった。
いや、居たとしても、その声は聞こえていなかったかも知れない。
彼は鼓膜を失っていたし、満足に声も上げられなかっただろう。
そんな状況で呼び掛けても、生き残った者を見付けるのは困難だろう。
アルタイは名前を呼びながら、幽鬼の様に戦場を彷徨い続けた。
まだまだ続きます。
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