第576話
ギルバート達は、無事に中国の帝国兵達を退けた
彼等は任務を失敗し、大将であるアムゼンを失った
しかしその事が、彼等を縛っていた物を軽くした様子だった
彼等は不満を持ちながらも、その場から立ち去って行った
ギルバート達は、襲撃によって荒らされた洞窟の入り口を片付けていた
こちらへの被害は無いが、周辺には兵士達の血が流れている
それを少し離れた川から、水を汲んで洗い流す
そうしなければ、血の匂いで魔物が引き寄せられるからだ
「凄い血の量だな…」
「ああ
後半は負傷だけに留めたが、それでも相当な人数だった」
「そうだな
あれでは彼等も、帰還するには苦労するだろう」
向かって来たのは、ここまで来ていた兵士の半数だ。
総勢2000名は超えていたが、最初の襲撃の失敗で、おおよそ200名が殺されていた。
一部は隊長である男が、無茶な指揮で殺していた
しかしそれでも、死傷者を合わせると半分以上の300名近くが戦えなくなっていた。
それなのに次は、その倍の1000名ほどで向かって来た。
それはここが、洞窟の入り口で狭いと判断したからだろう。
しかしまともな指揮官なら、ここは総攻撃で向かうべきだろう。
何せ500名でも、軽々と半数まで減らされていたのだ。
倍の1000名でも、失敗のリスクは高いと判断すべきなのだ。
「奴が馬鹿で良かったな」
「ああ
まさかあそこで、剣を奪って向かって来るとはな…」
アーネストがアムゼンを、逃がそうとした時の事だ。
アムゼンは引き取りに向かった、部隊長を殺して剣を奪った。
ただでさえアムゼンは、大剣を担いでいたのだ。
それを予備の剣を奪ったので、その分間合いも短くなっていた。
「何であんな剣で勝てると思たのかな?」
「さあな?」
「もしかしたらですが…
我々の剣を狙ったのでは?」
「お前達の?」
「ええ
もしかしたらですが、オレ達に勝てると思ったのでは…」
「まさか?
あれだけ簡単に拘束されていたんだぞ?」
「ですがあの男は、最期まで神を信じていましたよ」
「ああ
神がどうとか言っていたな」
「ええ
ですから神の加護で…」
騎兵はそう言った後に、首を振ってその考えを否定しようとしていた。
彼にしても、それは信じられない事だった。
しかしそれでも、それでもあの男は信じていたのだろう。
それこそが、選民思想に侵された者の恐ろしさだった。
何でも神のお陰で、出来ると信じて疑わないのだ。
「神の加護?
そんな物は存在しないだろう?
セリアの精霊の加護だって、そこまで便利な物では無いぞ」
「ええ
ですがあの男は、そうである筈だと信じていました」
「そこが恐ろしいところだな
自分は神に選ばれたから、何をしても良いし、何でも出来る
そう信じ切っているんだ」
「厄介だな…
そんな馬鹿が…」
「ああ
あれだけで済めば良いがな」
兵士達は引き上げる為に、元居た野営地に戻った。
ここに来ていた士官たちは、ここでの出来事を十分に理解している。
しかし野営地に残った者達は、理解出来るとは思えない。
そう考えると、あれから動かない事に不安を覚える。
「素直に帰還するかな?」
「どうだろう?」
「しかしあれだけ怪我人が出たんですよ」
怪我人に関しては、ポーションや薬草を与える訳にはいかなかった。
こちらにも物資が必要なので、迂闊には提供出来ないのだ。
そこで彼等が戻る前に、一度皇女に来てもらった。
怪我が酷い者だけ、その場で応急処置をしたのだ。
「その怪我人も、無事に帰れるのか?」
「そうですね
皇女の魔法も、ほとんどの者が恐れて受けたがらなかったですからね」
「そうだな
失礼な奴等だ」
「しかし、魔法を妖術と言って恐れているんだろ?」
「それはそうだが…」
彼等は魔法を妖術と呼び、魔物が使う物だと信じていた。
それでポーションも、不気味な妖術の力だと信じていた。
だから治療に関しても、彼等は妖術と恐れて受けたがらなかった。
結果として、平民の兵士の一部しか手当てを受けなかった。
後は馬に載せられたり、担いで運ばれて行った。
それから彼等は、野営地に戻って相談をしている様子だった。
あれから2時間以上経つが、彼等が動き始めた様子は無かった。
怪我人を手当てしているのか、あるいは議論が紛糾しているのか。
野営地から動き始めた様子は無かった。
「暫くは動きは無さそうか?」
「そうですね」
「それならオレは、セリアと食事をしてくる」
「そうですね
何かありましたら報せます」
「頼んだぞ」
「はい」
見張りは騎兵達に任せて、ギルバートは休憩をする事にする。
アーネストは暫く残り、彼等がどうするのか見たいと言っていた。
何か気になる事があるらしく、敵の軍勢が動くのを見張っていた。
それでギルバートは、一人で中に戻って行った。
「アーネスト様
よろしいのですか?」
「ああ
食事は後にでも取れる
それよりは今は…」
「しかし動きませんよ?」
「ああ
オレ達が居るし、まだ敗けた事に納得が行かんのだろう」
「それでしたらなおさら、今の内に休まれた方が…」
「休んでいる暇があれば良いがな」
「え?」
「このまま引き返して、向かって来る可能性もある」
「まさか…」
騎兵はそう言うが、その可能性が無いとは言い切れない。
何せ彼等は、先ほどもそうやって無謀に向かって来たのだから。
「さっき敗けたばかりですよ?」
「ああ
しかし中には、未だに神の加護とやらを過信している者も居るだろう?」
「神の加護ねえ…
さっきの奴は髪の加護もありませんでしたが?」
「おい!」
「ぷっくく…」
「そうだな
すっかり見放されていたな」
「止めろよ
折角真面目な話をしている時に…」
言いながらもアーネストも、笑いを堪えた表情だった。
兜の脱げたアムゼンは、すっかり髪を失っていた。
神に選ばれてはいても、髪には選ばれなかった様子だった。
「神に愛されても、髪には愛されていなかったか…」
「くくく…
止めてくださいよ」
「真剣な表情で…ぶふっ」
「そんな事を…」
兵士が笑いを堪えている様子を見て、アーネストは敵の陣地へ視線を向ける。
笑わされた仕返しは、十分に出来たと思ったのだ。
「なかなか動かないな…」
「アーネスト様も休息を…」
「待て!
ギルを呼び戻せ!」
「え?」
「すぐに戦闘に備えろ!
すぐにだ!」
「は、はい」
「敵はまだ…」
「いや!
あいつ等じゃあ無い
恐れていた事になった!」
アーネストはそう言うと、呪文を唱え始めた。
それは今までは唱えた事の無い、複雑な呪文だった。
「頼む、精霊よ
その力が残っているのなら、この地を護ってくれ
アース・ウォール」
ゴゴゴゴ…!
地面が揺れて、洞窟の少し前の地面が盛り上がり始める。
それは地面を隆起させて、壁を作り出す呪文だった。
しかし効力が十分で無いのか、その高さは人の背丈ほどで停まった。
「くそっ!
精霊力が足りないか」
「アーネスト様
これは一体…」
「精霊魔法の一種だ
ここに防壁を築こうと思ったが…
残された精霊力は少なかったか…」
「精霊の力?
まさか地下のノームですか?」
「ああそうだ
あれだけの精霊が居たのだ
さぞかし精霊力があるかと思ったのだが…」
「アーネスト様…
忘れたんですか?」
「そうですよ
精霊は力を吸われていたんでしょう?
アーネスト様がそう言ったんですよ」
「あ…
くそっ!」
アーネストは忘れていたが、ノームは精霊力を魔導兵器に奪われていたのだ。
だから土の精霊力を行使しようとしても、残りかすの力しか無かったのだ。
だからと言って、風の精霊力はこの場にはほとんど無かった。
水は川が離れ過ぎているし、火も地下の炉から離れている。
結局はここでは、土の精霊力に頼るしか無かった。
「それで、どうするんです?」
「そもそも、何が起こっているんです?」
「魔獣だ!
奴等の野営地に、魔獣が襲い掛かっている
こっちに逃げて来るぞ」
「え?」
「ですが彼等は…」
「神に護られているとか…」
「そうだな
ここまで魔物には、襲われていないって話だったな
しかしそれが、女神の仕業なら?」
「あ…」
「女神がここに向かい易い様に、魔物を避けさせていたと?」
「ああ
それがここに来て、魔物を寄越したんだ」
「どうして…」
「不要になったんだろう?」
「不要って…」
「ここの襲撃に失敗したからですか?」
「ああ
それでここに被害が出る様に、あいつ等を魔物に襲わせた」
「それでこちらに逃げて来ると?」
「ああ
こっちが強いと分かっているんだ
生き残る為に、大挙して向かって来るだろう」
魔獣に襲われて、野営地は混乱していた。
しかし頭の回る者は、真っ先に洞窟に向かって来るだろう。
ここなら魔獣も侵入し難いし、強い騎兵が守っているからだ。
しかし数刻前まで、彼等は敵対していたのだ。
すんなりと中には入れないだろう。
「中に逃げ込む為に、奴等強引に向かて来るぞ」
「中に入られたら、ドワーフ達が…」
「それに、中で暴れられたら危険です」
「そうだな
何とか追い返さなければな」
アーネストが防壁を作ろうとしたのも、彼等を見捨てるからでは無い。
彼等に入られては、ドワーフ達が見付かってしまうからだ。
そうなれば彼等は、使命の為にドワーフを渡せと要求して来るだろう。
たとえそれが、偽の神の命令でもだ。
「そんな
折角守れていたのに…」
「それだけじゃあ無い
奴等が邪魔になって、魔獣の攻撃も防げなくなるぞ」
「それでは魔獣まで…」
「ああ
だからあの防壁を越えて、こちらには入れられない」
「ですが彼等は…」
「ああ
死にたく無いから、それこそ死に物狂いで向かって来るだろう
防壁の周りに広がって、魔獣も兵士も通すな!」
「分かりました」
「オレも魔法で応戦する
気を抜くなよ!」
「はい」
魔獣はまだ、こちらには向かっていない。
先にこちらに向かえば、帝国兵達は他に逃げるからだ。
女神の目的は、あくまでもこの洞窟の筈だ。
それならば洞窟に混乱を起こさせる為に、ここに向かって追い込む必要がある。
「動き出したぞ!」
「はい」
アーネストは魔力感知と、生命力を魔法で見張っている。
それで帝国兵達が、こちらに移動し始めたのを確認する。
最初は数人が、周囲に散らばって逃げ出した。
しかし数人が、明らかにこちらに向かい始める。
中には助けてくれと、叫びながら向かっている者もいた。
「さっきまで殺そうとしていた相手に、よくまあ助けてと言えるな」
「自分達が選ばれた存在だから、助けられるのも当然と思っているんだろう?」
「迷惑な話ですね」
「ああ
選民思想って奴は、本当に迷惑な物だな」
アーネストは吐き捨てる様に呟くと、呪文を唱え始めた。
「そこより先には入って来るな!
マッド・プール」
それはマッド・グラップの上位魔法で、足元に泥濘の沼を作る魔法だ。
効果範囲は狭いが、行使した場所に泥濘を作り出す。
土の防壁の隙間に、泥濘の沼が口を開ける。
それに嵌れば、膝までの泥濘に足を取られる。
「助けてく…うわっ」
「何だこれは?」
「動けない!」
「そこの貴様等!
ワシは帝国士官だぞ!
さっさと助けに来ないか!」
「あいつ等…」
「何て言ってるんですか?」
「帝国の士官だから、早く助けに来いと言っている…」
「はあ?」
「何でオレ達が…」
「何を考えてるんだ?」
「そこから先には入って来るな!」
「ふざけるな!
ワシは帝国のムサカだぞ!
さっさとここに来て…」
「ムサカだかトサカだか知らんが、何で助けないといけない?」
「な!
ふざけるな!」
「ふざけてるのは貴様だろうが!
さっきまで殺そうと向かって来たクセに!」
「何だと!
それは貴様等が、悪しき行いをする蛮族だからだろうが!」
ムサカと名乗った男は、金切り声を上げて怒鳴っていた。
どうやら彼は、先ほどの襲撃には参加していなかったのだろう。
未だにアーネスト達を蛮族と呼び、助けられるのが当たり前だと思っているらしい。
「お前は馬鹿か?
そう思っている相手に、何で助けられると思っているんだ?」
「な…
ワシは神に選ばれた…」
「ああ、そういうのはもう良いから
こっちは助ける気も、関わる気も無いから
それ以上入って来るな」
「ふざけるな!
早く助け…げひゃ」
男は後ろから迫って来た、魔獣の跳ね飛ばした石をもろに食らった。
それで頭が潰れたのか、そのまま何も言わなくなった。
そして周りの兵士達は、その様子を見て必死に叫び始める。
もう少しの距離まで、グレイ・ウルフが迫って来ている。
「助けてくれ!」
「オレ達は従っていただけで…」
「貴様等も兵士なら、自分の命は自分で守ってみせろ!」
「無理だ!」
「こんな妖魔になんて…」
「仕方が無い
マジック・アロー
スリープ」
シュバッ!
アーネストは魔法の矢に、睡眠の魔法を付与する。
それをグレイ・ウルフに向かって、狙いを定めて放った。
防壁の隙間に向かっていた、グレイ・ウルフに向かって矢が突き刺さる。
ギャワン!
ズシャアッ!
矢は魔獣に突き刺さり、そのまま魔獣の意識を奪う。
魔獣は走って来た勢いで、兵士達の近くまで滑って来た。
「生き残りたいのなら、自分達で戦え!」
「そんな
助けてくれないのか?」
「何を言う!
これは貴様等が忌み嫌う、妖術の力だぞ?」
「それは…」
「くそっ!
こうなれば!」
最初に兵士が一人、恐怖に震えながら剣を引き抜く。
そして倒れた魔獣の、眼球に向かって剣を突き立てる。
キャイン!
ドガッ!
「ぐふっ」
兵士は苦痛に暴れる、魔獣に弾き飛ばされた。
しかし魔獣の頭には、眼から深々と剣が突き刺さっている。
魔獣はその苦痛で、のたうち回る事しか出来なかった。
「や、やったのか?」
「いや、油断す…ぐわっ」
しかしさすがにランクEの魔獣だ、この程度ではすぐには死なない。
魔獣は苦痛に暴れながら、近場に居る兵士を弾き飛ばしていた。
そしてその騒ぎを聞きつけて、少しずつだが兵士達がこちらに向かい始める。
それに合わせる様に、魔獣も洞窟に向かい始めていた。
「くそっ!」
このままでは、魔獣は洞窟に向かって来る。
アーネストはどうやって戦況を立て直すか、頭を悩ませるのだった。
まだまだ続きます。
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