第572話
ドワーフの郷を襲っていた、帝国の騎兵達は引き上げて行った
そのまま倒しても良かったが、そもそもが彼等を殺す事が目的では無い
アーネストとしては、ドワーフ達を守れれば良かったのだ
だから帝国の兵士の戦意を挫いた時点で、彼の思惑は達成していた
帝国の騎兵達は、半数近くが倒されていた
約500名近く居た騎兵の内、200名ほどが殺されていた
そして死傷者は合わせて、300名近くが戦えなくなっていた
それで彼等は、仲間の死体も全て持ち帰っていた
その中には、彼等を率いていた隊長の死体も含まれていた
「それで貴様等は、おめおめと逃げ帰って来たのか?」
「ですが彼等は、最初から戦う意思は…」
「言い訳はいらん!
貴様等は栄えある帝国の、威信を大いに傷付けた!
国に戻ったら、死罪を言い渡す」
「な!」
「そんな!」
「貴様もだぞ!
何が勇者だ」
「くっ…」
勇者と呼ばれていたアルタイも、その身を拘束されていた。
そして負傷した騎兵達は、その場で不要だと殺されていた。
残された騎兵達も、これから討伐に向かう際に先頭に立たされる。
そうする事で、肉の盾として扱われるのだ。
「どう思う?」
「はっ!
半数近くを倒したという事は、なかなか油断は出来ません」
「ふん
それはワシが負けるという事か?」
「い、いえ!
決してその様な…げはっ」
「死体は捨て置け」
「はい」
意見を求められた兵士は、決して間違った発言はしていない。
しかし大将であるその男の、求めている答えでは無かった。
それでその場で、あっさりと切り殺されていた。
これが帝国の、今の状況を現わしていた。
国主や領主の思い通りにならなければ、いつでも民衆は殺される。
殺されない為には、死ぬ気で領主の思い通りになる様にするしか無かった。
しかし今回は、相手が悪過ぎる。
ギルバート達は、彼等でどうにかなる相手では無かった。
例えここに、2000名近くの兵士が集まっていてもだ。
「負傷していない騎兵を加えても、総数は2200名です
どうやって攻めますか?」
「ふん
洞窟に籠っているらしいが…
やる事は同じだ」
「しかし洞窟では…」
「入るのが怖いか?」
「いえ
どうやって入るかが…」
「簡単だ
こいつ等を盾にして、そのまま進む」
「しかしそれでは…」
「ワシの言葉が聞こえなかったか?」
「いえ
分かりました」
彼も部隊を任されているだけあって、状況を冷静に判断していた。
このまま無策で向かっても、先の様に先頭から殺されるだけだろう。
それならば何か、策を練って進むべきなのだ。
しかし大将である男は、ただ洞窟に進めとしか命令しない。
このままでは、彼の部下も無意味に死んでしまう。
そんな事は許容出来ないが、それでも命令を聞くしか無い。
それは大将である男が、彼よりも家格が上の存在だからだ。
だから部隊長である彼も、黙ってそれに従うしか無かった。
「ふん
追撃するぞ」
「はい」
「騎兵部隊を前にする
異存は無いな」
「は、はい…」
「何だ?
不満か?」
カチャ!
「いえ
決してそんな
騎兵部隊は準備をしろ」
「はい」
返事は良かったが、彼等は一様に不満そうだった。
何せここまで強引な行軍で、食料の残りも少なかった。
休み時間も少なかったので、兵士の士気は著しく下がっている。
しかし男は、強引に進軍を進める。
これは彼が、この行軍に不満を覚えていたからだ。
貴族の彼としては、単に面倒臭い任務だった。
魔物が現れないので、行軍自体は簡単だった。
しかし貴族の家での生活を思えば、行軍中は退屈で不満な旅だったのだ。
「さっさと済ませるぞ
その土妖精とやらを、捕まえて来るだけだろうが」
「はい
しかし抵抗する人間が…」
「蛮族なんぞ捻り潰せば良いでは無いか」
「しかし思ったよりも強くて…」
「それは貴様等が、ワシの様に選ばれた者では無いからだろう
ワシが居れば、そんな蛮族なんぞ一捻りじゃ
わはははは」
「そんな甘くは無いだろうが…」
「ん?
何か言ったか?」
「いえ、何も」
部隊長達は、勇者が適わなかったと聞いた時点で、これは失敗すると思っていた。
だから行軍しながら、遺書はどうしようかと考え始めていた。
このまま進んだのでは、遺書を書く暇も無いだろう。
後は逃げ出す部下が、何とか言伝を届けてくれるのを期待するしか無かった。
「おい
お前達の中で生き残った者がいたら…」
「止してくださいよ」
「そうですよ
アムゼン様なら、どんな敵が来ようとも…」
「そうですよ
オレ達は神様に選ばれたんですから」
「そうであれば良いが…」
部隊長は言伝を、彼等に任せるのも無理だと考えた。
そもそも生き残っても、本国まで遠く離れている。
それに戻れたとしても、責任を問われて処刑されるかも知れない。
そう考えると、成功しか生き残る道は無いのだろう。
どうにか勝てないだろうか?
部隊長はそう考えながら、騎兵達と共に進むのであった。
彼等は半日掛けて、洞窟に近い場所まで進んだ。
しかし既に、日は傾き始めていた。
季節は春になっていたが、まだ日の傾く時間は早かった。
そして大将は、暗くなる事で不満を口にしていた。
「どうなっておる!
まだ着かんのか?」
「いえ
もう目と鼻の先ですが、これから暗くなります
攻めるには不便かと」
「なら、明るくすれば良いでは無いか」
「いえ、さすがにそれ…ぐはっ」
「アムゼン様
我々は神ではございません」
「何だと?
貴様も死にたいか?」
「アムゼン様が出来るのなら、私も明るくしましょう
しかしアムゼン様が出来ない様な事を、私が出来るとお思いですか?」
「ふん
仕方が無いか
野営の支度をしろ」
「はい」
部隊長は返事をして、騎兵達に指示を出す。
その際に、先に大将の天幕から張る様に指示を出す。
そうしなければ、何をされるか分からないからだ。
そして序でに、食事や酒の用意も指示を忘れない。
そうしなければ、部下達が殺される恐れがあるからだ。
薄暗くなった野営地で、騎兵達は慌てて天幕を張っている。
大将のご機嫌を取る為に、必要以上に時間が掛かっていたからだ。
それから焚火を作りつつ、自分達の休める天幕を張る。
しかしそれすらも、使えるか分からなかった。
大将である男の不興を買えば、何をされるか分からないのだ。
「何をちんたらやっておる」
「ぐはっ」
「止めてください
アムゼン様」
「これでもう、50名以上は亡くなってますよ」
「やかましい!
ワシの部隊のクセに、ちんたらしおって」
騎兵の一人が、大将に殴られて横たわっている。
何とか生きてはいるが、負傷したのでいつ殺されるか分からない。
部隊長達は、何とかこれ以上兵士を減らされない様に説得する。
「こんな調子では、その妖魔を捕らえるまでに兵士が居なくなりますぞ」
「何?
そんなに時間が掛かると言うのか?」
「そうではありませんが…」
「なら、すぐに行って捕まえて来い!」
「ですから今は、兵士を休ませなければ…」
「そうですよ、明日の朝に向かいますから…」
「この程度で音を上げる兵士など、ワシの部隊には必要無い」
男はそう言って、倒れた兵士に止めを刺そうと剣を引き抜く。
「まあまあ
そんな事は言わずに、これでも飲んで休みましょう
夜も更けていますし」
「むう?」
大将の側に立つ、見目麗しい少女がそう声を掛ける。
「ハクがそう言うのなら、仕方が無いかのう」
「ええ
もう、夜も遅いですし」
「そうじゃのう
それは片付けておけ」
「は、はい」
ハクと呼ばれた少女は、部隊長達に目線で合図を送る。
それで部隊長達は、負傷した兵士を運ばせる。
「ふう…」
「何とかなったな」
「ああ
ハク殿に感謝じゃ」
そのハクと言う少女も、本当は男である。
帝国でも戦場には、女は連れて行けないのだ。
だから大将の中でもお気に入りの少年兵が、少女に扮して世話を焼いているのだ。
勿論この後は、夜伽の相手もする事になっている。
彼が誠心誠意尽くす事で、この行軍での死者が少なくなっていた。
「全く
あの子が居なければ、何人死んでいる事やら」
「しかしその為に、あの子には気の毒な事を…」
「言うな
どうせあの子も、そうで無ければ殺されていた身だ」
「そうじゃぞ
アムゼン様に逆らった者が、どうなって来たか…」
少年兵と言っても、元は兵士として徴用されていた。
それが夜伽の相手もとなると、色々と外聞が問題になる。
そこで彼の両親は、大将に気に入られた時点でこの世から消えていた。
そしてハク自身も、奴隷として仕える様に申し渡されていた。
こうした事が、この帝国では日常的に行われていた。
だから兵士達も、そういった感覚が麻痺していたのだ。
「ワシの息子も…
ああなっていたかも知れんのう」
「言うな
そんな事になれば、周囲の者は皆殺しじゃ」
「そうじゃぞ
あの子には悪いが、身代わりになってくれて助かる」
「そうじゃのう
ワシもまだ、死にたくは無い」
少年には同情するが、あくまでもそこまでだ。
自分が代わりになんてなりたく無いし、関りも持ちたくも無い。
下手に目を付けられると、その場で切り殺されるからだ。
そしてそれは、親族にまで影響を及ぼす。
貴族や領主に睨まれれば、どうなるか分からないのだ。
「さて、これ以上騒がれない様に…」
「ああ
見張りは立てておくか」
「そうじゃのう
あの兵士の班が良いか?」
「ああ
それが良かろう」
こうして負傷した兵士の部隊が、そのまま寝ずの番をする事になる。
折角張った天幕も、使われる事無く朝を迎える事になる。
勿論他の部隊は、巻き込まれるのが嫌なので見て見ぬ振りをする。
むしろ自分達がしなくて済むと、喜ぶ者まで居るぐらいだ。
こうした風潮が、帝国人の心を少しずつ腐らせていた。
兵士達は見張りに立たされた兵士を、瀬々嗤いながら眠りに着く。
明日は我が身かも知れないのに、そんな事は絶対に起きないと信じているのだ。
そうやって自分達が、選ばれた人間だと思い込みながら生きている。
そうでもしなければ、この腐った国では生きて行けないのだ。
「はははは
あいつら立たされてるぜ」
「アムゼン様に睨まれたからな」
「当然の報いだろう」
「ひゃははは」
「くそっ…」
「オレ達が何をしたって言うんだ…」
「言うな
聞こえたら何をされるか…」
「そうだぞ
せめて明日は、眠気で失敗しない様にしなければ…」
寝ずの歩哨なので、当然疲れは溜まって行く。
しかしそれでも、翌日はそのまま働かされるのだ。
それで今朝がたも、眠そうにしていた兵士が殺されている。
このままでは疲れが溜まるので、少しでも無駄な体力は使いたくは無い。
だから彼等は、なるべく動かない様にして見張りを続けていた。
それがこの不当な歩哨の、最適な過ごし方だからだ。
「明日になれば、妖魔共の巣に向かう
そうなれば、どさくさに紛れ込める」
「そうだな
それまでは少しでも体力を温存しなければ」
「しかし、ここ数日まともに寝て無いぞ」
「言うな
それはみな同じだ」
他の騎兵達も、だからと言ってゆっくりと眠れていない。
こんな荒れ地で野営しても、ゆっくりと休める筈は無いのだ。
しかもここは、敵地に近い場所になる。
寝ずの歩哨が居るとはいえ、安心して眠れはしないのだ。
そしてそれ故に、兵士の士気は大きく下がっていた。
逃げ出す兵士がほとんど居ないのは、逃げれば家族に被害が及ぶからだ。
それも親族だけでは無く、周りの住民にまで及ぶ事もある。
だから平民の兵士達は、何事も起こらない様に祈りながら過ごしていた。
「うう…」
「寒い…」
季節はそろそろ、春の穏やかな気候になり始めていた。
しかし夜間になると、まだ外は肌寒いのだ。
こんな状況では、焚火の周りの方が暖かいだろう。
しかしそんな所に居れば、部隊長や大将に目を付けられる。
だから兵士達は、寒くても天幕の中で耐えていた。
そもそもギルバート達の野営に比べると、彼等の野営は粗末な物だった。
洞窟の中では、快適に過ごせる様に建物も作られている。
そして建物の中には、当然の事ながらベットも作られている。
天幕の中にあるのは、薄い布のシーツと掛け布ぐらいだった。
それに帝国では、羽毛の布団や魔獣の毛を使った毛布は無かった
彼等の住む帝国では、文化レベルでも大きく後退していた。
元が遊牧民だったし、その後も帝国より文化は遅れていた。
これが同じ帝国同士、国交があればマシだっただろう。
しかし彼等の帝国は、ミッドガルドとは仲良くはしていなかった。
思えばその頃から、彼等の国には選民思想があったのかも知れない。
「くそっ」
「おい
酒はマズいぞ」
「うるせえ
飲まなきゃ寒さでおかしくなっちまう」
「そうだよな…」
兵士の士気が低いので、寒さに耐えられない者は酒を飲んでいた。
そんな事をすれば、翌日の行軍にも影響する。
しかしそれでも、寒いのを我慢するよりはマシだった。
部隊長もそれが分かっているので、少量ずつ兵士に渡していた。
部隊の士気は下がるが、体調を崩すよりはマシだと判断したからだ。
酒を飲む事で、兵士達はようやく眠りに着き始める。
火照った身体で布に包まって、何とか朝まで眠りに着く。
しかしその睡眠は、決して快適では無かっただろう。
中には寒さで、夜明け前に起きだす者も少なく無かった。
こうした事が続くので、兵士達はみな疲れ切っていた。
そうして夜が明けて、兵士達はたたき起こされる。
大将に手柄を取らせる為に、ドワーフ達を捕らえなければならないのだ。
その為に、無謀な戦いを挑まなければならない。
その事を知らずに、兵士達は行軍の準備を始めていた。
まだまだ続きます。
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